4.旅人は完全犯罪を利用する
役者が揃った。
今、この二階のフロアには、負傷者に関係した者が集まっている。ギルドの職員、冒険者仲間、オルバ達。
私が水を飲ませていたとき、何故か人が誰も近寄らなかった。それが近付いてきたのだ。本当に良かった。
私はまた笑った。口だけが笑っていた。そこに感情があったのかすら怪しい。それでも、私の頬は口角を引き上げた。
ぐ、がはっ。
あ゛あ゛あ゛あああぁぁ!!
ごほっぐほっ。
途端、阿鼻叫喚が轟いた。負傷者全員が首を締められたように悶えだしたのだ。
パーティーメンバーなのであろう冒険者達が、ギルドの職員達が、彼等に駆け寄る。一体何があったのか。何故突然苦しみ出したのか。
受付嬢の着る制服の男性用のような似た服を着た男が、水を飲ませようと水瓶の、私のいる方へと駆けて来た。その顔には焦りが窺えた。棚から私がしたように器を、木製のコップを取り出す。水瓶から水を掬い、
「アイツだ!! あのガキが、俺の仲間を!!!!」
その手が、止まった。
ピタリと手が止まると同時に、彼の目が叫んだ冒険者が指した『ガキ』へと向けられる。
叫んだ冒険者の目と指が、水を取りに来た男の目が、その場にいた冒険者の目が、同じくギルド職員の目が、……オルバ達の目が、私に向けられた。
「アイツが仲間に、――――ませた――! ――!? …………――!!」
もう、そんなにか。
音がはっきりと聞こえない。冒険者の声が、水中にでもいるかのように弾けて消えていく。
叫び続ける冒険者は、同意を求めるように周りを見出した。表情を読み取ることが、もう出来なくなっていた。
上も、下も、右も、左も、前も、後ろも、全てが分からない。平衡感覚を失っていた。
私は重力に任せ瞼を下ろした。心臓が脈打つ音だけが、身体を揺らしていた。
……
ギルドに戻りすぐコンラートと合流した俺達は、ギルド内の異様な空気を感じ取った。
冷静さを欠いた冒険者達と、彼等に詰め寄られる受付嬢達が右往左往している。一体何があったと言うのか。コンラートに聞こうにも中に入っていた訳ではない上、メオがギルドに入った後は意識して見ていなかったらしい。
酒場の螺旋階段から二階へと向かい、その光景に現状を理解した。冒険者が負傷することは珍しくないが、毒となると話は変わってくる。毒で問題が起こる時は、薬が足りないか今までの薬が効かないかのどちらかだ。
負傷者が並べられている中にメオを見つけた。思わず「メオ」と呟いた。俺達に気付いたメオは駆けて来て、水瓶へと通り過ぎた。余程喉が乾いていたのか。この時はそれ程しか考えなかった。
下にいた冒険者達も二階に集まり、少し遅れてギルドの職員も上がってきた。恐らくギルド内の全員がこの場にいる。
メオが水を飲む前、こちらを向いて笑った。微かな笑みに一瞬見失ったが、笑っていた。そして、それと同じ程微かな声で、「大丈夫」と囁いた。水をゴクリと飲み干すと、フロアを螺旋階段の前まで歩き、目で一周し、俺等に背を向ける形で止まった。冒険者達に向く形となる。
メオの行動を不思議に思っていると、部屋に叫声が響き渡った。再びパニック状態へと陥る。
男がメオを指して叫んだ。メオが水に毒を盛り飲ませたのだと言う。
「アイツだ!! あのガキが、俺の仲間を!!!!」
「アイツが仲間に、毒を飲ませたんだ! なあ!? 皆見てただろ!!」
メオは微動だにしない。それを見た男の顔がみるみるうちに紅潮していく。大股でメオに近付き、その肩を掴む……前に止めた。メオを挟んで男の手首を掴み、俺は男を睨みつけていた。
男が怯んだ、その時だった。メオが俺にぶつかり、蹌踉めいて倒れそうになる。メオを腕で受け止め、その顔が見え血の気が引いた。
「メ、オ……?」
眠ったように気を失ったメオがいた。掴んでいた男の手首を放し、メオを揺さぶる。
「メオ! メオ!!」
顔が少し歪み、起きる兆候を見せた直後、こふっと赤いものが流れ出た。
思考が停止する。どうしてメオが毒に侵されている?
イゼファが目を吊り上げメオの様態を見る。血色が悪かった。メオは、流した血以外が恐ろしい程白い。
静かだった。後から思えば、俺とイゼファの声以外全てが止んでいた。
「息してないっ!?」
イゼファが叫ぶ。受付嬢に布を!! と怒鳴る。メオの背を軽く叩き、喉に詰まった血を吐き出させる。メオが噎せ血が流れる。受付嬢が布を持ってきた。イゼファがメオの口に布を噛ませると、白かった布がみるみる赤く染まった。
メオの息が、戻った。
「おや? 一体何があったんだい。ただの事故という訳でもなさそうだが」
メオが呼吸を取り戻した数瞬後、澄み渡った声が響いた。このギルドの女ギルドマスターだ。
『蝶殺しの剣士』の二つ名を持つ現役冒険者。ギルドマスター、カルア。
なるほど。細めた目で眺めた後そう呟いた彼女は、職員に指示を出し始めた。そして俺に対しても。
「テニィ。君は市場で手伝いを十人程呼んできてくれ。他の者はこの場で注意しつつ待機だ。
ナハトアの翼だったね。リーダーはその子を連れて付いてくるといい」
ギルマスの指示には従う。冒険者ギルドにて暗黙の了解となっていることだ。イゼファが自分も付いていくと言う。ギルマスが許可を出し、俺はメオを抱えイゼファとギルマスと共に一階へと下りた。テニィと呼ばれた受付嬢が遅れて下り、ギルドを出る。
「まったく、困ったことになったな。私がいるにも拘わらず毒を使うとは、舐められたものだ」
階段を離れテニィが扉を閉めた途端、ギルマスが溜め息交じりにそう言った。受付の前。ここならば大声でもなければ聞こえることはない筈だ。
ある程度の推測はしていたが、事件に巻き込まれたと考えて間違いないらしい。
「もう起きていいよ」
ギルマスが誰に向けてか、俺達にしか聞こえない程の声量で囁いた。いや、誰に向けてかなど判りきっている。確信めいたものを抱きながら、俺は、俺達はメオへと視線を向けた。
花が咲くように開かれた瞳。何処か虚ろげなその瞳には、それでもたしかに俺達が映されていた。小さな唇が話そうと足掻くが、舌が動かないのだろう。声を聞くことはできなかった。
メオに今いる場所を伝える。するとメオは、安心したかのように目を閉じ寝息を立て始めた。
「疲れたのだろうな。休ませた方がいいだろう」
「はい……」
ギルマスに受付の奥に案内され、そこの長椅子にメオを寝かせる。イゼファが膝枕をする体勢に変え、俺は余った部分に腰を下ろした。それを皮切りに、ギルマスのあくまで憶測の話が始まった。
事の始まりは四日前。ギルマスが会議へと街を出る日のことだったそうだ。ギルドで一通りの仕事を終えた後、荷物を持って街を出ようとしたのが昼過ぎのこと。この時間帯、ギルドにいる冒険者は然程多くはないことが常だ。しかし、その日は違っていた。
五つのパーティーから成る小規模クランが街を訪れていたのだ。総勢三十七人がギルドで依頼を受けようとしているところを、ギルマスは見かけたそうだ。
依頼内容は、この街にあるダンジョンの中ボスの討伐。ダンジョンのボス討伐となると貼り出されてはおらず、受付で直接依頼を貰う形となる。ボスの討伐は一定の人数がいなければならない。
「それなのにあいつら、迷宮ボスの情報ばかり集めていた。中ボスではなくラスボスに挑むつもりだったんだろうな」
遠くを眺め思い出すようにギルマスが語る。
「会議をすっぽかして正解だった」
え……?
一瞬何を言っているのか分からなかった。言葉を理解はできる。しかし、ギルドに所属する身として聴き逃がせる内容ではなかった。
「会議に出席しなかったと言うのですかっ」
メオが寝ている為、抑えられた声量でイゼファが叫ぶ。俺の気持ちも代弁してくたことに思わず頷いた。ギルマスは問題ないと言うように大丈夫、大丈夫と笑っている。イゼファが不服そうに目を吊り上げるが、ギルマスはメオを指してから立てた人差し指を口に当てた。
「その子が起きる前に話そうじゃないか」
ギルドは国家機関に属さない民間の組織だ。国家に捕らわれず動くにはギルド同士の繋がりは必要不可欠。
ギルマスはそれを棚に上げているというのに、あまりにも平然として見えた。
それから語られた推測という名の推理に、俺は冷や汗が背中を通るのを感じていた。
メオ。君は一体、何者なんだ……。
……
瞼を閉じてから耳を澄ませていた。とはいえ、所々虫食いのように途切れて聞こえない。今は一ミリも体に力を入れたくない。
それに、輪郭しか見えなかった彼女はどうやら上手く気付いてくれたようだから。この事件の、真相に。
使われた毒は二つ。解毒が効かないのも当然だ。全く違う毒が使われ、似たような症状が表れていたのだから。
毒の一つは、二つの頭を持つ蛙の魔物、ツイントヘッド(オルバから教わった)のものだろう。冒険者が魔獣の毒で死ぬのはザラだ。問題視されるのは魔獣や魔物で、事件性を疑うことなどない。
解毒される前にもう一つの毒を、何らかの方法で服用させればいい。ツイントヘッドの毒は解毒されるかもしれない。だが、もう一つの毒は? ……解毒できる訳がない。たとえ薬が用意できたとしても手遅れに〝なる〟。
密室殺人、変死事件、自殺。様々な迷宮入りの事件にほぼ共通してつけられる『完全犯罪』という呼び名。まさしくそう呼ばれることになったであろう事件。
私がいなければ、そうなっていた。それが正しい未来だった。
……。
…………、正しい、か。
何が正しいというのか。私が無理矢理に変えた未来が正しさから離れたところにあるのならば、正しい未来はどれ程までに娯楽の為のものなのか。
ゲームの、アニメの、小説の、漫画の、キャラクターとはいえ人の運命。それを、私は掌の上で転がしている。思った通りに進むかもしれない。些細な段差に、道が逸れてしまうかもしれない。
これは私の――――だ。
毒を以て毒を制す。
元は毒に対し別の毒で解毒したことからできた故事成語だ。
私は彼等に、二十八人全員に毒を飲ませた。毒は上手く解毒する方向に作用した。証人として私も毒を二つ喰らった。タイミングが悪く、毒を相殺するまでに体が麻痺してしまったが。生きているので良しとする。
そんな理由で、犯人の計画は私によって打ち壊されたわけである。
二つ目の毒は水瓶の中に混入されており、全部負傷者に飲ませたことで証拠はなくなってしまう。これにより完全犯罪は完成し、事件は事故として処理される。ここのギルドマスターは違和感を抱き個人的に調査するが、何の手掛かりもなく断念することとなる。
私は水瓶の水を掬っていない。掬ったフリをして、水魔法を使い解毒薬代わりの毒を混ぜていたのだ。勿論、水瓶の水を残すという目的もあるが、自分が毒を更に飲ませる理由などない。
解毒できてほんとに良かった〜〜〜。
状況を確認し、ひとまず第一関門を突破できたことに安堵する。別にゲーム感覚というのではない。ただ、まだ先があるというだけのこと。それを思えば、これは災厄の前の予兆のようなものなのだ。
考えが纏まった直後、オルバ達も話が終わったらしい。イゼファの温かい手が額を撫でた。
もう、起きなければ。
次の関門がすぐそこまで迫っている。多少の猶予はあるものの、今までの経験から早まらないとも限らない。
瞼を持ち上げる。それ程苦でもなかった。痛みは引き、視界も鮮明だ。
「メオ」
イゼファの声が聞こえる。聴力も取り戻せたようだ。
あとは身体が動かせれば申し分ないが、指先まで動かせている。問題はなさそうだ。
イゼファとオルバを交互に見る。私が毒を誤飲したという話を聞いて暗い表情をしているかと思ったが、目を覚ましたことで安心しているように見える。余程、彼女が上手く伝えてくれたようだ。
「起きれるか?」
オルバが起きようとする私に手を貸してくれる。起き上がる最中、ギルマスである女性へと目を向けた。にっこりと笑って自己紹介をしてくれた。現役の冒険者で、カルアという名だそうだ。
負傷者や冒険者達は未だ二階らしい。これからそこに戻り、呼んでおいた警備兵に後を任せるつもりだと教えられた。
ならば、犯人を名指ししに行こうか。




