3.冒険者には依頼を
朝食をとって暫くして、部屋を出てみることにした。未だ、彼等に視線を向けられて平然としていられる自信はない。
扉を開けると、そこには卓を囲む六人の男女がいた。食後に今日の予定を話し合っていたのだ。
キィ……という音に全員がこちらを向いた。ラリザが意外そうに目を丸くしている。
手前に三人の女性がいて、そのうち一人は会ったことのない人だ。奥には男性二人とラリザがいる。私は奥の方へ回り込むように駆けた。
私を唯一〝殺さない〟者の元へと。
「あら、コンラート。いつの間に仲良くなったの?」
ラリザがくすくすと上品に笑んだ。
え、いや、とコンラートが弁明しようと私と女性陣を交互に見た。どう言えば誤解を生まないか考えている。
そんな中、私は彼女達を見て驚きを隠せずにいた。それもその筈、私は彼女達の、狂ってしまった姿しか知らないのだから。
暫くしてようやく弁明を諦めたのか、コンラートから自己紹介が始まった。
「私はコンラート。パーティーでは主に前衛と中衛を担っている。宜しく頼む」
「コンラートは堅いわねぇ。こんにちは、私はイゼファよ。皆をサポートするのが私の仕事。よろしくね」
コンラートの向かい側に座る女性、鋭い目つきの彼女が名乗る。橙の瞳から真っ直ぐな印象を受ける。
「ほら、貴方も」と、イゼファが隣の大人しそうな女性へと促す。
「せ、セーカです。よろしく、ね」
「セーカは後衛、弓使いなの」
口数が少ないセーカにラリザが補足する。セーカは一番性格が変わって見える。
そして、更に隣に座る女性の番が来た。
「私はカトリー。君の好きなコンラートの隣の、オルバの妹だ」
カトリー。格好良い感じのお姉さんキャラで、姐御という言葉がよく似合う。誤解という名の茶化しは現在進行系らしい。
すまんなコンラート。
ラリザが改めて自己紹介をし、最後、カトリーが呼んだオルバの自己紹介。
「オルバだ。俺は前衛を中心に担っている。よろしく」
オルバの毒を負った肌はすっかり治っていた。薬が効いたようで本当に良かった。
さて、次は私の番だ。
ユノアに貰った名のひとつ、
「メオネオン・ライト」。
小さくよろしくと付け加えて、私にはそれが精一杯だった。今はまだ。
話し合いの末、私の愛称はメオとなった。私も頷く程度だが参加させてもらった。
最終的に決まったことは二つ。宿の者に無断で連れ込んでしまった為、改めて宿に人数が増えると伝え、宿代を払うこと。私の冒険者登録をすること。冒険者登録は身分証明となるかららしい。どちらも私がいなければならない。
私がここへ運ばれたときと同じように、荷物の中に入れられ外に出る。人の目のつかない場所で出された。
高くない建築物と街を行き交う人々。偶に通る馬車はお貴族様だろうか。石畳で整備された道をガタガタと揺れながら走っている。統一されたクリームの家々が、服の鮮やかさを際立たせている。
オルバ達の後をついて歩き、街の雰囲気を堪能した。歩いて十分も経たないうちに目的地へと着く。周りの建物より一回り大きな建物がそびえ立つ。
冒険者ギルド。
異世界要素を漂わせたそれが、私の心臓を高鳴らせた。
私の隣を歩き同じように立ち止まったイゼファが、私を中へと促した。
ギルド内は静かだった。依頼書らしき紙が幾枚も貼られた壁があり、受付嬢が受付で仕事をし、隣接された酒場では昼間から何人かが酒を呑んでいた。
受付嬢の目が扉を開いた私達の方へと向けられる。瞬きひとつした後、穏やかな態度で「『鵺鵼の翼』の皆さん、こんにちは」と、挨拶してきた。鵺鵼の翼はオルバ達のパーティー名だ。
「皆さんお揃いなんて、珍しいですね」
私が見えていないのか、本心からの疑問が投げられる。
オルバが冒険者登録を、と言うと、受付嬢は私を見つけ目を可愛らしく丸めた。それも一瞬で、すぐに準備に移っていく。
カウンターの奥から別の女性が出てくる。彼女の方が少し年上だ。二人とも同じ服を着ていた。意識していなかったが制服があったようだ。対応していた受付嬢が受付係を頼んで、木箱を持って奥に入った。さも当然のようにオルバ達が続いていく。私も彼等の後を追った。
カウンター奥の部屋は細長く、入口から最も遠い位置に階段があった。酒場にも階段があったから、二階は区切られているのかもしれない。階段を上りながらふとそう思った。
二階には、向こうの壁まで続く廊下と二つの扉があるだけだった。近い方の扉を受付嬢が開く。中は想像よりもずっと狭い。部屋の大きさが違っていて、小さい方の部屋に案内されたらしい。八人が入る分には問題ない広さだった。
部屋の中央のテーブル。その左右に置かれたソファに座る。隣にはオルバとコンラートが座り、ラリザ達女性は更に横に設けられた椅子に座った。受付嬢が私の前に座り、何かの書類や持ってきた木箱などを並べた。
「それでは説明を始めさせていただきますねっ!」
受付嬢の明るい声が部屋に木霊した。
書類から取り出した一枚の紙が私の前に置かれる。その横にもう一枚、また別の紙が出された。どちらも獣の皮でできた羊皮紙だった。
初めの紙には表が書かれており、小さな欄に三つの文字、その横の長方形の欄には文があった。下の枠外にもう一文書かれてある。二枚目は空白だらけだ。
受付嬢が一つずつ指し示し教えてくれた。
「冒険者には実力に応じたランクが存在します。ランクによって受けられる依頼が変わってきて、ランクの高いもの程危険度が増します」
表の一番上、小さな欄の文字に指が添えられる。
「ランクは上から順に、『S』、
『A+』、『A』、『A-』、
『B+』、『B』、『B-』、
『C+』、『C』、『C-』、
『D+』、『D』、『D-』、
『E+』、『E』、『E-』、
『F+』、『F』、『F-』、
『G+』、『G』、『G-』。
そして、非戦闘員の『H』があります」
指を上から下へと口に合わせて滑らせる。『H』のところが枠外の一文だった。指が離され、説明が続けられる。
「『H』の非戦闘員は戦闘員を援助する方々です。主に職人や投資家が所属するランクですね。回復術師もいますのでHランクの冒険者は非常に多いんです。G-ランクかHランク、どちらからでも登録できますが、いかがいたしますか?」
Hランクには引退した冒険者の方もいますので実力が不確かなのですが、街の中での依頼しかありません。そう言って受付嬢が微笑む。子供は始めHランクから入るのが殆どだとも教えてくれた。
話さない代わりに指し示す。枠外の『H』、の上の『G-』を。
「それでは書類の作成をしましょう」
空白の書類の項目を埋めていく。名前、成人済みか否か、職種の選択。書くことは多くなかった。
名前は『メオネオン・ライト』。この世界での成人は十五歳らしく、見た目から否に丸をつけた。
職種は、『万能職』。
受付嬢が書類を手に部屋を出ていく。暫くして戻った受付嬢は、名刺サイズの薄い板と金属のプレートを持っていた。渡されたそれは、冒険者カードと証明としてのネックレスだった。
冒険者カードの方には、名前と職業が刻まれ、正方形の金属がはめ込まれていた。はめ込まれている金属はプレートと同じものだ。
「では改めて、冒険者ギルドへようこそ。新たな冒険者様」
大仰な態度でお辞儀される。私はこの瞬間、冒険者になった。
冒険者カードの名前が徐々に薄れていることに、気付く者はいなかった。唯一人、メオネオン・ライトという名を持った者のみを除いて。
試験がありますので三日後にまた来てくださいね。目線を合わせそう言った受付嬢は、私達が一階に下りると共に受付へと戻っていった。
ラリザとカトリーが宿へと帰り、オルバ、コンラート、イゼファ、セーカの四人は依頼を探す。めぼしい依頼がなかったのか、少し話し合った後一枚の紙を手に受付に向かった。
依頼は自分のランクと一つ違いのランクしか受けられないそうだ。私も依頼を受けようと、紙が貼られた壁に行く丁度その時だった。
バタァン!!!!
「回復魔法を使える冒険者は居りませんかッ!!」
冒険者ギルドに一人の男が飛び込んで来た。
必死の形相で、大粒の汗をその額に浮かべて。
酒場に運良く、男が探す回復魔法を使える者がいた。その者と男はすぐにギルドを出ていき、事態は説明されることなく過ぎ去った。
珍しいことでもないようで、ギルド内の反応は冷めたものだった。きっと誰かが酷い怪我を負ったとか、毒を受けたとかその程度だろう。それくらいの考えが大体だ。冒険者は職業がら死傷者が出るものなのだ。一々同情していたら心が保たない。今この瞬間も、依頼を達成できず命を落とす者がいる。ランクによる制限を設けてさえも、死亡者をゼロにすることは叶わなかった。
関係ない、訳がないんだよな……。
閉じられた扉を横目に、吐きたい溜め息を呑み込んだ。
受けられる依頼を取り受付で受注したのは、それから間もなくのことだ。
私が受注した依頼は薬草採取だ。それも、街の中で完結する至って簡単なもの。薬草と言えど世間一般的には雑草だ。
しかしこれ、Gランク前後の者が受けていいものなのか、微妙だな。
オルバ達と別れた後、件の薬草が採取できる場所に一人で赴き、纏わり付くような空気に鳥肌が立つ。
温かい視線と冷たい視線。これ程までに分かるものなのか。向けられた視線の意味には一切の感情も抱かず、私はただ、街の裏路地を歩き回った。貧民のごろごろとした眼球が私を追う。
差し詰め、人攫いといったところか。
都会も一つ裏に入れば寂れた景色に変わる。人が転がっていてもおかしくない地域もある。生きることすら困難になれば、人は悪行に手を染めるものだ。
道端に生えた薬草を摘んでいく。人目がある為、異空間に仕舞うことができない。仕方なく抱えて持つことにする。依頼とは別に、薬草よりも多く群生している雑草を根こそぎ摘んでいった。薬草となる雑草は必要量だけに留めておいた。
日が建物に隠れ小一時間が経った頃、私はギルドへと足を向けた。来た道を辿りギルドに着く。扉が閉まる直前、依頼にない雑草を誰にも見られることなく異空間、私の『胃袋』へと収納した。
ギルド内を見回し、嗚呼、やっぱりかと思う。
時間がない。人脈もない。
そんな私にうってつけの危機的状況。
システムが用意した人生から生まれた分岐点。横道とは違う、確かな分かれ道。
良くも悪くも、ね。
ピロン! と、場違いな音が脳に響く。視界にホログラムのようにメニューウィンドウが表示される。そこには英語でイベントとイエスとノー、日本語でイベントの名前が載っていた。
『悪役の微笑』
口の中で「YES」と呟いた。メニューウィンドウが動いた気がしたが、私の意識がギルドへと移った後だった。イベントが開始された。
昼間よりも多い受付嬢の数。酒場は空なのに対し、受付前は慌ただしく行き交う冒険者とギルド職員で溢れていた。彼等は数人がかりで一人を運んでいる。負傷し、肌が爛れた冒険者だった。酒場の螺旋階段を上っていく。そこにいた他の負傷者と共に敷かれた布の上に寝かせる。二十八の呻きが響く空間は、被災地の救護所を彷彿とさせた。
そんな光景に、私はただ立っていることしかしなかった。この〝先に見える〟行動に笑ってしまう。選択肢を選ぶかどうかの問題ではない。
突っ立っていた私は知らない受付嬢に見つけられた。幼い容姿になのか、持っていた薬草になのか、その瞳が捉えたものは分からない。傷の手当をしていた彼女は足早に私に近付き、一瞬理解が遅れる早さで捲し立てた。
「冒険者の方ですね丁度良かった、人手が足りないんです力を貸してください。負傷者に水を飲ませてあげてください薬草はお預かりしますね報酬は後程お渡ししますので」
瞬く間に腕の中の薬草が消え、受付嬢が消えた。ぽつんと一人立っているのも嫌になり、部屋の隅に置いてある水瓶から器で水を掬う。器は横の棚にあった物を使わせてもらうことにした。それを怪我人の口元に運び飲ませる。
誰も見ていない。私が何をしようと、誰も気付くことはない。
見た感じ、傷より毒が問題のようだ。オルバが負った毒と同じだ。症状は、呼吸困難や咳。一部の者は吐血もある。
この行いをどう捉えられようと、私はどうだっていい。
忌々しいシステムの思い通りになろうとも構わない。
私が楽に生きていく、その為に。
全員の口に運んだ水を流し込む作業を終える。この身体には結構な重労働だ。誰か褒めてくれ。
回復魔法か応急手当により、外傷の殆どは癒やされている。毒の方は、解毒剤をもう投与しているはずだ。そして、それの効果が一向に現れないことも分かっているはずなのだ。
打てる手は打った。仕組みは上々。
「メオ……?」
ふと、背後から声がした。振り向けばそこにはオルバ達、ナハトアの翼の四人がいた。オルバが心配そうに眉を下げる。
やっと、役者が揃った。
彼等が来たことに、私は喜びから薄く笑った。
オルバの横を通り過ぎ、水瓶から水を掬う。その水面を眺め、それからオルバ達を見やり呟いた。
「大丈夫」
疲れた身体に、その水は痛く浸みた。




