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本と神様の約束  作者: 全無
第一章 冒険者と商人の奴隷
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2.旅人には出逢いを

 国を出てから数日が経った。ダンジョン内は案外快適で、身を守れれば引き籠もりにはぴったりの物件だ。勿論、私は引き籠もることを目的としているのではない。決して、別に、そういうわけでは、ないんだ。……うん。


 白く何かも分からない材質の壁。大理石のような床。所々に入った模様のような亀裂。でかい蛙。初めて目にした外の世界は、私が思ったよりも狭かった。

 当然の如く蛙は焼いて食した。淡白な肉に苦い体液が焼く程溢れ出てきた。イレイアが解毒の報告をしたときは苦笑するしかなかったとだけ言っておこう。

 代わり映えしない景色に飽き飽きしながらも、五日間ダンジョンを歩き回った。遭遇した魔獣は毒耐性を駆使し全て綺麗に戴いた。

 イレイアの情報はいつも正確だった。会話と呼ぶには拙すぎる一方通行だが、私には何よりもあたたかかった。


 いつになったら出口に辿り着くだろうかと、イレイアや能力を頼れば解決する問題に頭を悩ませるふりをしているときだった。万能優秀イレイアさんの探知に引っ掛かった生物がいた。

 人間だ。


 迷いなく進んでいく彼等の後ろをつけるように追う。バレないように、等間隔で置かれている柱の影に隠れながら尾行した。

 全部で四人。役割があるのであれば丁度いい人数だ。ダンジョンにいるということは冒険者とか、そういった類の職の者達か。


 イレイアがしれっと解析して、それを報告してくれる。レベルはなく、性別、職業、称号、ステータス、スキルが表示された。名前だけは表示されないように指定した。貴方の名前は知っています、だなんて、ストーカー発言にも捉えられる。シャレにならない冗談はお望みではない!


 小さく聞こえる話し声に耳を傾け、見失わないよう神経を研ぎ澄ませる。今日は儲かったとか、酒場でぱーっと呑もうとか話している。


 ……何か少しわくわくする。ストーカー紛いの自分の立場が恨めしい。

 幼い体で柱と柱を進んでいくが、だんだん足が重くなる。体力が子供並みになっている為だ。ずっと動き回っていたこともあるのだろう。

 集中も切れてきたな。


 れ、ろ。

 「ぅ……ひっ!」と変な声が出てしまう。突然、後ろから首筋を何かに舐められた。不意打ちに驚き、不快感で全身が強張る。足を掬われたかと思うと、天地が逆転していた。


「きゃあッ!!」






……






「きゃあッ!!」


 その日の依頼を攻略し終えた冒険者パーティーの四人。ダンジョンを出口へと歩いていた最中のことだ。

 悲鳴が、聞こえたのは。


 「コンラート!!」冒険者の一人が仲間の名を呼ぶ。呼ばれた者が腰に提げていた剣を引き抜き、悲鳴のした方へと身体を向け地を蹴った。続くように残りの三人が駆け出す。

 冒険者にとって面倒事は真っ平だ。しかし彼等は放っておけない質だった。


 コンラートが逸早く駆けつけ、助けを求める者を目にした。驚愕に見開いた目が全てを理解するよりも先に、彼の脚はまた駆け出した。

 ツイントヘッド。二つの頭を持つ巨大なヒキガエルの魔獣。その魔獣の片方の頭が、長い舌を幼い子供の脚に絡ませていた。

 逆さに吊るされ、頭に血が上りぐったりとしている。衣服の間から見える肌は毒に侵されていた。駆け付けた女性冒険者が二人、揃ってその惨状に口を覆った。


「イゼファ……」


 女性冒険者がもう一人の女性の裾を掴み、鋭い目付きを魔獣に向けて呟いた。


「助けたい……!」「助けるよ!!」

 二人の声が重なった。


 前衛のコンラートがツイントヘッドの舌を剣で弾く。頭のひとつが子供により潰されていたことで攻撃が弾きやすい。女性冒険者が弓を引き、子供を避けて射る。コンラートが弾いた舌が、そのまま射られた矢を叩き折った。ビシッと激しい音が空間に響く。

 ツイントヘッドがその長い舌を振り回す。コンラートともう一人の男性冒険者が、ツイントヘッドを挟むように隊形を変えた。一人となった男性冒険者の方向へと、ツイントヘッドが跳ねる。跳んだ拍子に下を潜り潰されることは逃れた。

 冒険者パーティーを見て二つの目が嘲笑う。子供の体を人質だと分かっているのか、毒のある舌でベロリと舐めた。子供は気を失っていて反応を示さない。その顔だけが、苦しそうに歪められた。


「イゼファ!!」

「分かってるわよっ! 黙って待ってなさい、馬鹿オルバ!!」


 逸る気持ちを胸に、他者には通じない会話をする。徐々に毒が子供の身体を蝕んでいるというのに、女性冒険者……イゼファに頼るしかできない己が不甲斐なく、そして腹立たしい。イゼファを除く三人がそれぞれツイントヘッドの相手をし、気を逸らさせる。その間、イゼファは祈るように両手を組み、そのキツい顔付きには似合わない姿勢で魔獣に向かう。


 ビシャッ!


 遅延性の毒を持つツイントヘッドが毒を吐き出した。オルバが真正面からそれを受けた。隊形が崩れていく。ツイントヘッドが目を細め、次の瞬間、全てが終わった。






「本当に大丈夫なの? 連れて来ちゃって」


 アメジストの瞳を持った女性が心配そうに眉を歪めて尋ねる。尋ねられたのは男性冒険者、コンラートだった。

 借りている宿屋の一室。借りた三つの部屋のひとつで、イゼファと弓使いのセーカが使っていた部屋だ。そこのイゼファのベッドに、今は名も分からない子供が眠らされている。変色した肌が痛々しく、女性は先程とは違う理由で眉を歪めた。

 コンラートは女性への返答に困った。当たり前だ。規制されたダンジョン内に入れる筈のない年齢の人物がいて、その人物を連れて来てしまったのだから。

 本来であれば冒険者ギルドに報告し、預かってもらうのが正しい判断だ。わざわざ荷物を減らしてまで宿の部屋に連れて来たことが正しいとは思っていない。しかし、間違いだとも思えないのがコンラートの心情だった。


「イゼファに聞いてくれ」


 コンラートは子供を連れて行くと言い出したイゼファに丸投げすることにした。すまないと、小さくその場にいないイゼファに謝る。

 イゼファとセーカは冒険者ギルドに、依頼達成の報告と報酬を受け取る為に出掛けている。帰る途中で薬を買うと言っていた。

 買えるといいが。コンラートはその言葉を口の中で飲み込んだ。要らぬ心配はかけたくなかった。兄であるオルバより先に子供を心配する彼女が、心配の裏に隠している感情を察したからだった。


 沈黙は二時間程で破られた。帰って来た彼女達の表情を見て二人は顔を曇らせた。それとほぼ同時に微かな息が波打った。


「…………?」



……



 意識が飛んでからどれだけの時間が経ったかは知らないが、気付いたときには見知らぬ天井と、見知らぬ人物が視界に入ってきていた。

 あのときの感触がまだ身体に残っている。前世で猫や犬に舐められたことはあるが、両生類に舐められたのは初めてだ。


「良かった、目が覚めたのね……!」


 覚醒していなかった頭が覚醒する。視界の中の一人、金髪にアメジストが綺麗な瞳の美しい女性。

 誰なのか尋ねようとしたが、思ったように口が動かない。それどころか、全身が金縛りにあったように動かない。


 覚醒した頭が高速で回り出す。でかい、()()()()()()()()蛙と多く遭遇した。遅効性の毒を使ってきた魔獣だ。恐らく襲ってきた魔獣もそいつだろう。

 スキルで耐性を持っているとはいえ、それは身体的な抗体とはまったくの別物だ。だから、抗体を作る為に毒耐性を耐性操作で弱めていた。毒耐性を手に入れてから耐性の強さを上げていた為、今の耐力なら蛙の毒も容易く分解できる。


 身体から痺れと痛みが引いていく。視界の中の人達が何やら騒がしい。「毒が……!!」「毒耐性のスキルか?!」「でもそれじゃあ」と話し合っている。


 ああ、嫌だ。目がこちらを見ている。人の、目が。

 そう思った途端身体が震え出す。言いようのない恐怖で吐き出しそうになり、必死に堪えた。獣のように息が荒くなる。

 彼等が何かを言っていたが、うまく聞き取れない。視界が涙ではない理由から歪んでいき、顔も見れなくなっていった。それに少しほっとする自分がいる。声色から、心配されていることも戸惑っていることも伝わってきた。

 体を引き摺って後退り、震えを抑える為に手元のシーツを力の限り握りしめる。

 次第に声が減り、目が二つずつ消えていった。そして、ただ二つの目だけが部屋に残った。ラリザと名乗ると、その二つの目は私の方へと近付いた。腕を伸ばしても届かない程の位置で立ち止まると、甘い蜜のような声で言った。


「大丈夫、大丈夫よ。後で食事を持ってくるから、食べられそうだったら食べてね」


 優しい声が優しい言葉をかけてくれる。少し落ち着くことができた。部屋を出る際、ラリザは「じゃあね」と言って笑った。

 宣言通り食事を盆に乗せ持ってきてくれたラリザは、食べ終わる頃にまた来て片していき、まるで母親のようだった。眠くなり、外も暗いようだったので、私はそのまま眠った。

 沈んでしまうベッドに対して、それはあまりにも浅かった。




 夜明け丁度に、私は目を覚ました。

 彼等のいるであろう隣の部屋から物音はしない。人の気配はする為、まだ寝ているのだろう。

 音を立てないよう細心の注意を払う。


 部屋を出ると、広いリビングのような空間があった。私がいた部屋の左右に一つずつ部屋があり、そこから人の気配がする。リビングの三つの扉の向かいに一つの扉がある。その先は廊下だった。

 確認だけしてまた元の部屋に戻った。


 さて、これからどうするか……。

 ダンジョンから出られたのは僥倖だが、代わりに借りを作ってしまった。勝手に出ていっては失礼だ。

 兎にも角にも、まずは恩を返すことを考えよう。人の目にも馴れないと。


 そこまで考えて、隣部屋で何かが動いた気配がした。誰かが起きたのだろうか。確か、あのとき見た人数は四人だった筈だ。

 私はまた気配を殺しながら部屋を出た。人が起きていると思われる部屋の扉を静かに開ける。

 ベッドが二つ並び、その間に低めの机がある。前世のホテルを彷彿とさせた。ベッドの両方で人が寝ていた。私が感じた気配は気の所為だったのだろうか。

 足音を立てないようにベッドに近付く。布団の盛り上がりは分かるが、身長が低い所為で顔を覗うことはできない。私のいた部屋よりも遠い方のベッドが、何かが動いた気配がした方だ。

 枕元へと行き、そっと背伸びをする。薄い金と同時に、魘される男の横顔が目に入った。悪夢を見ているのではない、毒に侵されているのだ。ふと考えて、自分の所為かもしれないと思い至る。


 蛙の毒はニ種類。酸と、痺れと痛みを伴う毒だ。彼が受けたのは恐らく後者。それならば薬が使える。早くて三日で命を奪う毒。異常なまでに繁殖した、異常な蛙の魔獣の毒ですら、解毒できる薬だ。

 収納魔法からある陶器を取り出す。蓋を開けると、鼻の奥にツーンとくる刺激臭が溢れ出た。思わず顔を顰めながら、中身が合っているか確認する。薄茶色の粘り気を帯びた液体が揺れていた。蛙の毒から作った特効薬。飲んで一時間もすれば毒が完全に中和される。


 蓋を一度閉め、ベッドに登ろうと足をかけた。足に目一杯力を込めて。結果、私は登れなかった。

 力の入れ方を忘れたかのように、上手く身体が動かせない。かけていた足を下ろし、力を込めようと試みる。空いている方の手を開き、閉じる。違和感が貼り付いてきた。

 不思議に思い自分の右手を見つめていると、ガシッとその手首が掴まれた。反射的に後退る。しかし抵抗虚しく、登ろうとしていたベッドに引き上げられた。


 良かった、と思うべきなのか?


 引き上げられた直後、透き通ったエメラルドグリーンが私を真っ直ぐに捉えた。掴まれた手首がかけられた体重に悲鳴を上げる。瞳が驚きに揺れて、それからゆっくり閉じられた。今、彼は私の上で寝ている。

 柔らかい髪が頬に触れ、耳を荒い息遣いが擽る。


 大丈夫。私なら、できる。


 浅く息を吸い上げる。そして吐き出した。心臓が穏やかに音を刻んでいく。

 手の中の陶器が横一線に割れる。中から液体が玉となり、ふわふわと宙を泳いだ。拳一つ程のそれが二つに分かたれ、四つに分かたれる。更に細かく、ビー玉程の大きさになったそれを彼の口へと運んだ。

 良薬口に苦しと言うが、この苦すぎる薬を飲ませて目が覚めなかったことは本当に良かった。今目を覚まされるととても困る。彼が子供を押し潰して寝ていると気付いたら、どんな顔をするか知れない。

 彼の身体を風魔法で傾け、下敷きを脱する。それでもまだ、彼の左手は私の右手首を掴んで放さなかった。まるで、生死の狭間から抜け出してきたかのように一層力が強まった。手首が痛くなくなったのは、彼の優しさからだと思う。


 早朝に起きてしまった私の身体は、ベッドの誘惑に負け二度寝という仮眠を始めた。






……






 朝目覚めたオルバは、自分の置かれた状況に頭を抱えた。置かれたのではない、置いたのだから質が悪い。悪夢でも見たように魘され、汗でベタついているというのに、それすら忘れてしまえた。

 誰か俺を殴ってくれっ!! 叫びたい気持ちを抑えながら、隣で眠る子供と、更に隣のベッドで眠る友人を見やる。一番に目が覚めたことにほっとする。

 掴んでいた子供の手首を放し、火照る顔を覆い、覚束ない足取りで部屋を出た。痛みも痺れも、底知れない恐怖も払拭されていた。


 皆が広間へと出てくるときには、子供はイゼファとセーカが使っていた部屋に戻っていた。

 子供が起きた丁度にコンラートも起き、二人が数秒見つめ合った後に無言で別れたことは、二人の間だけの秘密である。コンラートに隠されて部屋に戻ることができた為、子供はそれはそれは感謝したという。

 友の名誉を守る為にもコンラートは黙すことにしたのだ。


 朝食は広間のテーブルでとられた。オルバの快復に誰もが喜び、その原因と思われる人物を除いて食事をした。二人の妹の心からの笑みに、オルバは改めて小さな子供に感謝した。

 謀ったように姿を現さなかった子供は、一人部屋で食事をとった。盆に乗せた食器が空になって返された時、取りに向かったラリザは、怯えることがなくなった子供に目を細め笑んだ。

 誰もオルバの毒の話はしなかったが、悟ってはいた。何者かを気にするよりも先に、礼をせずにはいられなかった。たとえそれを望まれずとも。

 部屋を出る間際、ラリザは「ごちそうさま」とたしかに聞いた。

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