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本と神様の約束  作者: 全無
第零章 従魔と森の覇者〜魔物国建国編〜
43/53

36.醜くも生き足掻く者達へ

 ロィファの笑みが増す。目を細め、恍惚に浸り、ひとつ舌舐めずりをした。


《確認しました。

 個体名ロィファの欲望を受諾します》


 以前イレイアに聞いたことがある。イレイアに似た声をしている御告げだ。そのことを聞いたとき、あのときの声がイレイアではなかったことに安堵した。

 世界の言葉と呼ばれるそれが、天から告げる。


《確認しました。

 個体名フェルへとユニークスキル『薬師(イヤスモノ)』を付与……成功しました》

《確認しました。

 ユニークスキル『薬師(イヤスモノ)』により、スキル『毒耐性』を獲得……成功しました》

《確認しました。

 ユニークスキル『薬師(イヤスモノ)』及び、スキル『毒耐性』により、エクストラスキル『耐性操作』を獲得……成功しました》


 これが、ロィファの力を目の当たりにした瞬間だった。ステータスにそれが加わり、イレイアに能力の解析を頼んだ。

 腕の中の少年は未だ荒い呼吸を続けている。だというのに、不安や焦りはなくなっていた。波が引くように穏やかだった。無感情に近い何かが渦巻く。


《確認しました。

 スキル『欲』を獲得……成功しました》


 何かまた新しいスキルを手にしたらしい。不思議なことに興味が沸かず、今はただイレイアの返事を聞きたかった。間もなくしてイレイアが解析が完了したと告げた。


 ユニークスキル『薬師(イヤスモノ)』は、その名の通り対象を癒やす能力らしい。私の回復魔法が向上するとイレイアが教えてくれた。また、薬の調合を補助する機能を持っていた。

 早速少年に使う。傷口をなぞるように、かざした手からスキルを使用した。「ゔっ……」と、小さく呻き声が零れる。痛かっただろうか。

 〝救いたい〟でも、〝救えるだろうか〟でもない。今は、〝救う〟。ただそれだけが先走っている。能力なのか、願いなのか今はどうでもいい。

 嘘のように火傷が消される。それを目にした途端、熱い何かが胸に込み上げてきた。従魔でも仲間でも、義理がある訳でもない。小さな命があるだけなのに……。

 彼をオークに見つからないよう、木陰へと連れて行き横たえさせる。微かな寝息が何よりも安心させてくれた。


 ぎゅっと、己の幼い手でちっぽけな拳を握る。


 自分が強いだなどと豪語するつもりはない。ないが、喧嘩を売りたい気分だ。

 殴り合いでの勝率など皆無だが、一発、豚面に打ち込みたくなった。






 醜くも生き足掻くオーク共に。



……



 数時間前に訪れたオーガの里。大きい訳ではないが、温もりを感じられる家々が立ち並んでいた。日本に似ているところがまた、自分に影響を与えていたのかもしれない。

 そう、私はこの場所が理由なしに気に入っていた。

 そんな景色も燃え尽き、僅かに残った分は燃料として炎を繋ぎ止めていた。赫い炎に相まって、鮮やかな朱が染め上げている。これがオーガのものかオークのものかも分からない。

 足が、里の前で止まったままだった。


 魔物の世界は弱肉強食。それは決して揺るがぬ理に近かった。敗者は勝者に傅き、強者は弱者の上に君臨する。されど、それは正当な戦闘において適応される。

 それは見るからに蹂躙だった。阿鼻叫喚も響かない。

 戦闘員が少ないとはいえオーガはオーガ。オークもただでは済まされない。遠目から見ても傷を負ったオークがいくらかいた。数としてはほんの僅かな損傷だが。


 隣に並ぶように立っていたロィファがこちらを不思議そうに見上げてきた。純粋な瞳が理解の及ばない私の行動に向けられていると分かる。

 取り敢えずオークの進行を止めなければ。そう思い、ロィファにここで待つよう口を開こうとした。彼女に遮られるまでは。


「妾の復活が予想以上に早まった。七位がここへ来ることも同様に。七位は主に気付いておる」


 ロィファの言葉が脳に染み込む。事実を直球でぶつけられ目を見開いたのは己だった。


「七位は魔物共を使うじゃろう」


 理解した途端、口角が吊り上がるのが抑えられなかった。ロィファの肩が一度だけ跳ねた。私は静かに口を開き、ロィファではない目の前の人物へと言い放つ。


「俺の……、もんだ。奪わせねぇよ」


 凄む自分を見て顔を引き攣らせる人物が見えた気がした。ロィファ相手に何を凄んでいるのかと、己自身で理由を探すが見つからない。誰に対して言ったんだ……?

 兎に角、オークを止めなければ。


 里にロィファと共に足を踏み入れ暫くした頃。出会い際に単独行動をしていたオークを、蜘蛛の魔物が使っていたスキル『粘糸』を使い拘束し、更にスキル『硬糸』で木に固定する。という作業で捕らえたオークが百に上ろうとしていた。

 自分の手から糸を出す感覚は何処ぞのヒーロー気分にさせてくれた。粘糸と硬糸を使っているうちに、スキル『操糸』を手に入れていた。そこからはより楽だった。生き物のように自分の手足が如く操れる糸によって、瞬く間に三十は拘束することができた。

 拘束したオークの数が五百に達しようとしている時にそれは起こった。オークを捕らえていた糸が、ものを失い形を崩したのが伝わってきた。中身だけが消えたのだ。ロィファは私の異変に反応したが、オークが消えた場所へと向かう私に気にするでもなくついてきた。


「貴様か? この豚共を縛り上げたのは」


 着いて早々、犯人と思しき人物に出会した。二本角に紅い瞳を持った、正真正銘の鬼がいた。

 私の知るゲームのオーガとは印象が違っていた。ゲームのオーガは厳格で屈強なイメージだが、目の前のオーガは筋肉質な体つきではあるものの厳格という印象とは程遠かった。

 怒りや仄かな殺気が感じられるが、それが私に向けてではないことは遥か遠くを見つめる瞳から分かる。ゆっくりとその目が私を舐め、最後に私の目を捉えた。真偽よりも私の力を探っているようだ。無理もない。私は魔物から見ればヒトの姿をした何かでしかないのだから。


 質問に答えるべく口を開く。が、答えるより前にオーガ()が動きを見せた。

 オークを縛り付けていた木の影から身を現したと思えば、それぞれが手にした武器でこちらに襲い掛かってきた。紅いオーガ以外で計六人。紅いオーガを含めたうち二人は動かずに見守ったままだ。

 青、紫、緑、黒。全員が色彩豊かで愉快な気分になってくる。まるで節分のお遊戯会だな、などと感想が漏れ不相応にも笑ってしまう。


 武器と武器の間隙を縫って避ける。ロィファの位置を考慮し動くのは案外難しかった。本人は何ともないような顔で無抵抗に動かされる。それが幾分か面倒を和らげてくれた。

 黒のオーガが日本刀らしきもので横に一閃する。屈んで躱し、ロィファは思い切り上空へと投げた。一応は受け止めようと上を見上げ――


 コイツ、欠伸してやがる。


 ――視界に入ったあってはならない態度に、ふつふつと怒りが込み上げてきた。こっちが必死に疲労を抱えた身体で避けているというのに……っ!!

 ふと、熱が上がった頭があることを思い付き、私はニヤリと悪顔を作った。丁度ロィファが地面にキスをして、ぶへっと情けない声を上げたときだった。

 地面で伸びているロィファの腕を掴んで起こす。幼気な子供二人を大人四人で襲うとは……。


「な〜んて、ね!」


 再び振り被られた武器の数々に対し、ロィファを掴む腕を、重心を回転させ一振りした。刀、モーニングスター、斧、メイス。オーガが持つそれぞれの武器がロィファに傷を、付けなかった。正確には、付けられなかった。


 ロィファは呪器だ。触れたことでディストに会えたことからも分かるように、そして本人が口にしていたように。呪器にはランクがあり、ランクを超えるものでないと破壊は不可能。ロィファを傷付けることなどできはしない、ということである。


 攻撃が通じなかったことで彼等が後ろへ飛び退いた。余裕が生まれたことにほっと息をつく。少しは話し合いができるかもしれない。


「質問に答えさせてほしい」


 ぐるりと周りを見回し彼等の一挙一動に集中する。私が話したことがそれほど珍しいのか、膠着状態へと移る。それを見てから続けた。


「オークを縛り上げたのはたしかに俺だ。だが、オーガのお前達にとっては不利益なことではない筈。違うか」

「貴様の言うことは尤もだ。しかし、それと貴様が敵か否かは関係ない」


 ん?

 何か聞き間違えただろうか。彼の言葉に耳を疑う。オークはオーガにとって敵ではないのか。


「貴様の連れている醜女は豚共を操っている者。俺達の敵だ。ならば貴様も等しく敵となり得る」


 静かな声に怒りが滲んでいた。その紅い瞳の憤怒が行き場を見つけ燃え上がる。きっと彼は、彼等は気付いている。或いは既に見てしまったのだろう。助からない同胞の命を。

 私は正しく理解した。突き立てられた刃はもう、弁明の余地など残してはくれない。

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