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本と神様の約束  作者: 全無
第零章 従魔と森の覇者〜魔物国建国編〜
4/53

3.記憶

 頭が痛い……。


 何かを強く打ち付けたような、激しい痛みが襲う。少し遅れて、耳鳴りがし始めた。




 あの声が聞こえてから数分。記憶にないことばかりが、脳裏に浮かび上がる。自分のことではないような気がした。痛みを伴った状態で、感情移入して見た映画のような感覚だ。

 痛みで目を強く瞑る。瞼の裏に、より鮮明に記憶が映った。私の能は、莫大な情報を処理しきれなかった。直後、私はその場で昏倒した。


 目が覚めるのに、長くはかからなった。陽は位置を変えていない。折角得た情報も、能が耐えられなくなり、あまり覚えていない。しばらくすれば思い出すかもしれないが、もう思い出すことができないかもしれない。


 やることがない。


 私はふと思った。ユノアナがいないとやることがない、と。決してないわけではないが、できることとやりたいことが限られてしまう。

 森の中は何があるかわからない。危険のある場所で彷徨い歩くなどできるわけがない。前世の身体であったなら話は別だが、それでも危険はついてくる。




 結果、家の中を探索、もとい散策することにした。異世界ならば、ここが小さな廃墟であってほしかった。


 まあ、ユノアナがいてくれて良かったからいいか。


 私は、あの長い廊下を通った時から考えていたのだ。この家は、魔法がかけられているのではないかと。

 先ず、外観から見て、廊下とそこに繋がる部屋は入らない。二階はあるが、吹き抜けになっている。地下という選択肢もない。

 たとえ地下があったとしても、階段を上り下りしたことがない為、あり得なかった。


 恐らく、あの扉に何かがある。

 私の勘ではあるが、間違いではないだろう。


 ダイビングルームとリビングルームは一緒になっているのであろう。そして、そこを見渡せるように、壁がないキッチンがある。大人であれば、部屋全体が一度で見渡せる、という感じだ。

 生憎、今の自分は子供だった。


 家にある扉は、玄関扉ともうひとつ。

 あの例の扉である。


 私は扉を開け…………られなかった。

 その扉には、ドアノブもつまみも、一切付いていなかった。

 小さな体で押してみる。が、開かない。押して駄目なら引いてみな、はできなかった。

 横にスライドしようにも、見た感じ違う。引手もなければ、敷居もない。そもそも、蝶番ですらなかった。


 試行錯誤したものの、已む無く敗北。ひとつの扉に負けたのであった。外に廻り窓を探すが、出たところで気が付いた。この体では無理だと。家に入った。


 ファンタジーゲームなら、魔法は行使した本人にしか解けなかったり、使えなかったりするから、意味のない行動だったかもしれない。

 ああ! そうか、ファンタジーだよ! …………魔法だよ!


 私は叫びそうになったものの、留めることができた。口が半開きではあるものの……。


 突然、記憶の一部が覚醒した。そう、叫びそうになったが留めることのできた、魔法についてである。別に叫んでも問題はないだろうが。

 そして、それと同時に、この世界に来て一番必要のないものだった本を思い出した。


 今なら、何か書いてあるかもしれない!


 ただの勘であった。

 ただ、それには確かに理由があった。






 籠を持ち、私は今朝と同じ席に着く。ユノアナが帰る前に、幾つかやりたいことをできれば、と思ったのだ。


 さて、あの本は、と………………あった。


 本とは、この世界に来た時に持っていたものである。白紙しかなく、日記帳のようでそうでない。そして、終わりが無かった。ある意味不思議な本だ。

 私は籠からそれを取り出すと、表紙を捲った。


 魔法がある異世界で、この本がただの本だとは考えづらい。


 そして私はそれを目にした。


 !?


 多少は予想していたが、驚いた。そこには、前にはなかったはずの文字の羅列がある。それも地球には存在しなかった言語だ。恐らく、記憶を取り戻すことで見れるようになったのだろう。その記憶は混乱状態で使えないが。

 探究心が込み上げてくる。久しぶりに感じた感覚だ。


 それから解読に移すまで、そう時間をかけることはなかった。数十頁を読み、記号のような意味のわからない文字を記憶していく。ある種類は全て。そこから前世での言語に当てはめ、該当するものを見つける。

 解読に勤しんでいると、時の流れなど忘れてしまう。終わる頃には、日が暮れ始めていた。







 内容がわからなかった為、できたのは文字を覚えることだった。


 始まりしか読めなかったな。文字は全て記憶できた。多分アルファベットだろうけど、内容がわからないんじゃあなぁ。

 とりあえず片してユノアナの帰りを待とう。


 もう既に日は沈み、入り込む光が弱くなっていた。それほど待たず、扉が開かれる。ユノアナだ。すぐに私に気付き、笑顔で声をかけられる。


「ただいま。待っていたのか。夕飯の支度するから、また待っててくれるかな?」

「………」

「あぁ、そう言えば名前を聞けていなかったね」


 あぁ、名前言ってなかったね。そして、発声練習してなかったね……。すっかり忘れていた。部屋で聞こえない程度に歌ったり、早口言葉で練習するか。他にもやることはまだまだありそうだ。


「言いたくなったら教えておくれ。名前が無いのなら、一緒に考えよう」


 ユノアナがそう提案した為、肯定の意を示す。それからユノアナはキッチンに向かった。


 夕飯が何なのか、少し楽しみだ。

 ユノアナが帰ってきた今、私は何をしようか……。

 本の文字を教えてもらおうにも、内容によっては見せることができない。魔法……も無理そうだし、発声練習かな。





 と言うことで、部屋にて発声練習を行う。ユノアナが見えるように移動し、伝わるか分からないアイコンタクトをする。とはいえ、軽く目を瞑る程度だ。伝わったかは確認せず、そのままあの部屋に向かった。部屋を数えておいたおかげで、自分が使っていた部屋に辿りつけた。


 部屋に戻ってすぐに、発声練習を行う。前世、地球で流行った有名な曲から、あまり知られていないけれど良い曲など。好きな曲を歌う。

 少年のような、少女のような。大人のような、老人のような。男性のような、女性のような……。つまり、男とも女とも、若者とも老人とも判断のつき難い声。しかし、自分が子供であるからだろうか、子供の声のように聞こえた。

 幼く自分のものとは思えない声も、使ううちにだんだんと慣れてくる。





 どれほどの時が経っていたのか、ユノアナが呼びに来ていた。ダイニングに戻り、出されたものを口にする。夕飯は、鶏の丸焼きだった。何故鶏の丸焼きなのかはわからないが、塩のシンプルな味付けが丁度良かった。

 出かけた際に得た物かと思い、同時に手に持っていなかったことを思い出す。収納系の魔法があるなら便利そうだと、期待に胸を躍らせる。

 その間ずっと、話をどう持ち出すかを考えていた。


「魔法……」


 私は無意識の内に、そう呟いていた。

 食後のティータイムの時だった。


「魔法、教えてあげようか?」


 思わぬ返答に戸惑う自分。当たり前だ。今はユノアナがいるのだから。雪乃がいない場所では、いつも一人であったが為の、思い違いであった。

 戸惑いはしても、言葉が通じない訳ではない。しかし、戸惑いと歓びとで、複雑な表情になってしまった。そこで、相手がこちら側の言葉を理解できたことは、頭から抜け出た。


 恐る恐る顔を上げると、そこには、清々しいくらいの良い笑顔を浮かべたユノアナがいた。上品に頬杖をついて。

 魔法を教えられることに喜んだのか、私が喋ったことが嬉しかったのかは分からないが、その笑みはどこかで見たものに似ていた。前世で学校で有名だった、泣く子も黙るヤ…………ではなく、『スパルタ教師』と呼ばれた者の笑みに……。


「今日はもう遅いから、明日からにしようか。魔法を人に教えるのなら、魔力を回復させたいしね」


 不意をつかれたような気がして、また頷きだけで返した。

 ユノアナは私を部屋まで送ると、長い廊下を通り、リビングに戻っていった。私はそれを、部屋の扉を少しだけ開けて眺め、確かめた。あの扉が確かに、ユノアナにしか開けられないことも加えて。

 そっと扉を閉めると、光が入らず、辺りは一気に暗くなった。それでもベッドの位置は分かるので、何ら問題はない。

 それに、完全に光が絶たれている訳ではなく、ある程度すれば目が慣れてくる。


 ベッドに入ると、すぐには眠ることができなかった。興奮しているのか、まだ悩みが残っているのか。思い出せないもどかしさは、誰にだって分かるであろう。そしていつの間にか、私は眠りに就いていた。






 翌朝。

 今日はユノアナが迎えに来る前に起き、廊下で待っていた。いや、起きたのではなく、目が覚めた。そして、待つことしかできなかった。この方が正しいだろう。

 扉は、ユノアナにしか開けられないのだから。


 朝食は前日と変わりない。フレンチトーストにミルクだ。そんなにフレンチトーストが好きなのか、これが定番メニューであるのかは分からないし、知る気もなかった。

 食べたいものがあったら作る。無かったら代わりを、気に入ったら食べ続けても良い。飽きたら別のものを、それだけの話だった。


 会話のない食事に時間はかからない。大食いとは言わないまでも、食べることには慣れている私は、ユノアナの配慮による子供の量を食べ切るのが早かった。ユノアナもすぐに食べ終わる。短い朝食であった。

 食器を運び片付けるユノアナ。剣士と言われると納得しないけれど、魔法使いと言われると納得できる。

 これから教わることに期待を半分、不安を半分で待つ。

 この世界の魔法の技術を私は知らない。だからこその期待と、だからこその不安であった。前世で決して叶わなかった、『魔法』という未知の存在。

 地球に魔法は存在しなかった。ゲームや漫画の中にある魔法とは、生活に使える程度のものから、地形を変える、地図を書き直さなければならない程のものと様々である。基準が分からない以上、下手に夢を膨らませたりはしなかった。

 ほんの少し、ほんの少しだけ、期待が上回っていたが。











 そしてもうひとつ。私は忘れていることがあった。

 機械音声のような、記憶を呼び戻した声。そう、あの頭に響いてきた声だった。

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