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本と神様の約束  作者: 全無
第零章 従魔と森の覇者〜魔物国建国編〜
39/53

使い捨ての存在

 フェルが消えた。

 誰もがその一瞬をそう捉えた。


 消えたと捉える自身の脳に、あるものをないとする己自身に背く。見えない相手への攻撃は予測の範疇でしかできない。


 それでも動く、動く。奴隷風情が勝利を望む。

 そんな刃が一本、フェルの足を止めた。


 目がいい者程、残像をより鮮明に捉えてしまうらしい。

 ソリアが倒れたその一瞬に使われた魔法が、果たして幻影魔法なのか……。考えても答えは出てこない。


「アン、次が来るぞ!」


 ソリアの近くにいたアンに、ゲノドが叫ぶ。ソリアの少し離れた位置に、キオハが放ったナイフにより足を止めたフェルがいた。フェルはソリアを気絶させた後、すぐさまアンへと方向転換していた。

 それに対し、アンは逃げる素振りを見せない。代わりに立ち向かう態度を見せた。戦う覚悟はとっくにしていたようだ。


 フェルは嬉しくて嬉しくて堪らず、破顔しそうになっては抑えていた。手を緩める気はない。対等な勝負にならずとも、戦えることに喜びを感じていた。自分は彼等の師匠となることができないからこそ、成長する弟子ではない彼等が微笑ましいのだ。

 武器を持たない手をきつく握る。幼い手だ。小さな手だ。自分が何者かも分からないフェルが、唯一感じられる()()がそこにある。

 大人など相手にできるわけもない手で、体格に大きな差のある彼等と戦う。それがどれほど凄いことか自覚もせずに。


 アンの魔法は援護魔法。その名の通り、対象者を援護する魔法だ。しかし、その本質は風魔法である。援護することもできれば、妨害することもできる万能な属性だ。


 フェルもそれには気が付いていた。ユビンの動きが明らかに違っていたからだ。

 ユビンの動きは、数日で変われるような動きではなかった。援護魔法がかかった、押されているような動作が所々見られたのだ。

 援護魔法と言っても、簡単なことではない。それは例えるならば、坂道で重力に逆らわずに落ちることを意味する。

 つまり、援護される側が体を預けられなければならない。信頼関係の問われる魔法なのだ。


 今まで使えたのかは定かではないが、()()にも関わらず使いこなせていることは素晴らしいと言えよう。


 それはさておき。アンの魔法属性が風属性だということはフェルも分かっている。そして、武器を持たないフェルがアンを相手にするには、近接戦に持ち込む為に魔法を躱さなければならないということも。

 そんな状況を理解しつつも、フェルは真正面に突き進んだ。アン以外の相手に意識を向けながら、アンが放つ魔法を躱す。

 アンの魔法攻撃はフェルほど素早くはない。攻撃が来ることが分かっていれば、対処の仕様は幾らでもあった。逆に言えば、どれだけフェルの意識を裂けるかがアンの仕事だと言えた。


 アンの攻撃は相変わらず当たらない。だとしても無意味な訳ではない。アンの攻撃の本来の目的は、時間稼ぎなのだから。

 そうして、フェルがアンに近付こうにも近付けずに一分以上が経った。


 ソリアが倒れ人数が減ったことにより、陣形を変えることとなったゲノド達だが、アンの動きでカバーできたようだ。

 ユビンを先頭に、ゲノドとミサナが並び立つ。キオハも移動し身を隠していた。囲い込むようだった陣形が、向かい合う陣形へと変わっていた。


 ユビンが地を蹴り踏み出す。と同時に、ゲノドとミサナが手にしていた武器を放った。

 フェルに向かって二本の刃が襲いかかる。弧を描くそれは――


「ブーメランっ!?」


 ――くの字型のブーメランだった。

 目を見開くフェルは、それに殺傷能力があるのを肌で感じていた。

 そのブーメランには、くの字の片方に柄が、もう片方に刃があった。

 フェルの首筋に冷たいものが走る。唇を噛み震えを抑えるが、どうやら意味はないようだ。


 想像を越えてくる柔軟性、躊躇いのない決断力、唐突な変化への対応力。


(申し分ないね)

《選択した門での生存率は72.94%です》


 独り言のような会話がフェルの中で行われる。誰も聞かないそれの返答はあまりにも無機質なものだった。


 ゲノド達の穴のない連携に、フェルは長期戦を強いられていた……ように、旗から見れば思えただろう。しかし、フェルを理解しているリュフォネにはそうは思えなかった。

 六人中一人が戦闘不能になった今でも、フェルの優勢は変わらなかった。時折キオハが良いアシストをするが、それも気休め程度にしかならない。流石に疲労が溜まったのか、ユビンやアンの動きが遅くなっていた。




「本当にこうするしか方法はないのか……」


 リュフォネは、一向に試合を()()()()()()フェルを見つめ呟いた。

 フェルには、強制的に試合を終わらせる力がある。また、リュフォネには試合を止める力があった。故に、リュフォネは迷っていた。止めるべきか否かを、フェルはリュフォネに委ねていたのだ。


 リュフォネの疑問が膨らむ一方で、戦況にも変化があった。前衛を担っていたユビンが崩れたのだ。また一段、ゲノド達の表情が重くなる。

 リュフォネはまた、フェルが倒れるソリアに言っていたように、ユビンにも何かを言っているのを見た。しかし、やはり内容までは聞き取れない。

 リュフォネは意識的に深呼吸をした。届かないことがもどかしい。


「フェル。君を殺そうとした俺に信じられても、君は困るだけだろうけど……だとしても、俺は君を信じるよ」


 もうすぐ、試合(裏切り)終わる(始まる)




 二本の刃が交差する中、フェルが舞うように容易くそれらを躱す。既にゲノド達に勝機はなかった。

 アン、ゲノド、ミサナ。そして、森の中に潜んでいたキオハが戦闘不能となった。試合開始から一時間足らずで、ゲノド達との再戦が終了した。フェルの圧倒的勝利をもって。


 ゲノド達が目を覚ますその瞬間まで、フェルがどうしていたのか、リュフォネは見て見ぬふりをした。

 フェルのとった選択が正しいのかどうか、リュフォネにはわからない。そしてそれは、フェルも同じことだった。


 気を失ったゲノド達が、フェルの魔法で目を覚ました。

 また負けた。ゲノドの悔しさが他の五人に伝染した。

 ただ一人、その空間にいる者のうちのたった一人だけが、苦虫を噛み潰したような表情で立っていた。


「……転移魔法――無名霧想」


 消えてしまいそうなほど微かな声が、フェルの中の叫びを覆い隠していた。眩い光が目的と同時に、フェルの思いさえ包み込んだかのようだった。


 十分足らずで町を出たフェルの姿は、抜け殻そのものだった。空が雲で覆われていき、籠もるような空気が空間に充満した。外であるにも関わらず重い空気は変わらない。言葉が出ない、静止してしまったかのような時間が従魔達を支配した。




 フェルのいない町にて。

 戦場となる地へ向かったフェルを見送り、それぞれが仕事へ戻ろうとしていた。止める者など到底いないと、リュフォネすら思っていたときだった。


「皆、聞いてくれ」


 以心伝心により言葉に出さずとも会話のできる従魔が、わざわざ言葉に出して周囲の注目を集めたのだ。視線の先にいたのは、ガレウだった。

 現在、この場にいるのは従魔とリュフォネだけだ。フェルがいない今、彼等はフェルの目を気にせずに行動が出来た。そして、ガレウが皆を引き止めたのは他でもない、フェルについて話し合う為だった。


「……作戦は以上だ。何か意見のある者は、仕事の合間に俺の元に来い。作戦決行は日が傾いてからだ」


 少し長く話しすぎたと言わんばかりに、ガレウは屋敷へと向かった。

 ガレウの話を聞いたリュフォネの目には、先程のフェルの姿が映っていた。笑顔のない行ってきますは、数日間共に過ごしたリュフォネにとって初めてのことだった。

 その代わりというのだろうか。思い浮かぶフェルはどれも笑っている。

 気付いたときにはリュフォネの体は動き、屋敷へ向かったガレウの後を追っていた。


 屋敷の一室である会議室には、ガレウを始めとした従魔が集っていた。フェルの作戦がどれだけ知らされているかは知らないが、ホブゴブリンと違い戦力足り得る者達だ。そんな者達を、フェルはここに残して行ってしまった。不甲斐なさに身を震わせているのは、他ならない彼等だった。


「どうして追わない!」


 リュフォネが会議室に入った瞬間ガロウの怒号が飛んだ。相手はどうやらガレウらしい。ガレウは面倒事のように溜め息を吐いている。


「意見があるのならばそう言えガロウ」

「そのことじゃねぇよ。何故主を追わないのかって聞いてんだ」


 ガロウは、フェルが一人で戦地に行ったことに不満があるようだ。しかし、それはガレウとて同じこと。


「ガロウ、俺達には命令が下されているだろう。この町を守るという命令が」

「それが主人を一人にしていい理由にはなンねぇだろぉが、純白狼サマよぉ?」

「フェルの……フェル様の命令は絶対だ。俺達は所詮、従魔でしかないんだよ」


 ガレウの顔がいつになく険しく、爪が喰い込む程拳を握っている。葛藤が渦巻いているのが、誰の目にも明らかだった。二人の言い争いを止めることができずにデルダが困り果てたときだ。


「勝負、すれば……?」


 とガラウが言った。ぽかんとした空気が部屋に流れる。室内にいるガラウ以外の全員が唖然とする。


「あっははははは」


 そんな中、リスラだけがガラウの言葉を理解したのか唐突に笑い出した。




 空が暗くなり、空気が湿ってきてから暫くして、フェルが予想していた通り雨が降り出した。

 未だ未来の出来事が、フェルの脳裏に強く焼き付いたままだった。目を瞑れば嫌なほど思い起こされるであろう残酷な光景。たとえ雨に打たれようとも、今は目を瞑ることなどできない。


 オークとオーガの戦争が始まるよりも早くっ!

 ただそれだけを考えてフェルは走った。進化した流狼の姿で、残酷な物語を捻じ曲げるために。改悪するために。


「ディスト、読みが甘いよ。バケモノが復活するのは、もっと後なんじゃないのか。俺の町を滅ぼすバケモノは……」


 フェルが七回死に戻ることとなった元凶、それに会いに行く。
















「早く来るが良い、小さくおかしな者よ。

 我を止めてみせよ、我を楽しませてみせよ。

 くくく、アーハッハッハッハッハッハッハ」

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