31.ペテン師はペテンを嫌う
朝食の席、リュフォネの様子が明らかに可怪しかった。
名前を呼べば、リュフォネから話があるときた。何か欲しいものでもあるのかと思っていたが、見るからに思い詰めたような顔だった。
過去も、未来も。私はリュフォネのことをあまり知らない。ゲームの中に出てきた。それだけで知っているとは言えないだろう。
リュフォネは謎の人物だ。プロフィールが公開されず、イベントの特殊キャラとして期間付きで登場した。どのストーリーかはまだ思い出せない。
「それで、話って何?」
朝食後、場所を移してすぐに私はリュフォネに尋ねた。軽い話でないことは空気が伝えてくれる。
リュフォネが言った。
「フェルは、俺に秘密を話してくれた」
初めての友達だもの。そりゃぁ話すよ。
私の秘密は、優越感を与えてはくれない。代わりに心を蝕むから。秘密を話して楽になったんだよ。
話したら、リュフォネも私と同じように感じてくれる?
リュフォネが続ける。
「フェルは、俺なんかよりよっぽど凄い」
私はリュフォネがいないと、皆がいないとまっすぐ立てない。歩けない。リュフォネのように前を向いて歩くには、私はあまりにも弱い。
リュフォネの声が震える。
「フェルは、きっと……誰も見捨てない」
私は救ったとは思っていない。むしろ救われているのはこっちの方なんだよ。怖くて怖くて仕方ない、ただの臆病者だよ。
「お願いだ……奴隷を、救ってほしい」
まるで十歳にも満たない子供のように、吐息ほどの大きさでリュフォネは言った。
それが心からの願いで、それを言葉にする為にどれだけの勇気を出したかは計り知れない。
ああ、そうか。そう、だったんだね。
全てを悟った私は、自ら拒否権を手放した。
「……………………。
うん、判った」
やっと私と目を合わせてくれた、笑ってくれた。
たった一言。それだけでリュフォネが安心してくれたことが、私には何よりも嬉しかった。
ベレメントを倒したからといって、休んでいるわけにはいかない。リュフォネの様子を見るに、奴隷のこともできる限り早くした方が良さそうだ。
明日は発注していた服が届く。明後日は再戦日だ。動けるのは今日しかない。
すぐさま偵察に出ていたナハトアを呼び戻す。
豚頭族と大鬼族の戦争を、ただ利用するために。
「おかえり、クク、ルル」
ナハトアの姿のククとルルを可愛がる。気持ちよさそうに目を細めていて愛らしい。
他のナハトアは見張りについていて撫でてやれない。今日はククとルルだけだ。
「お疲れ様。もう休んでいいよ」
いつもより眠そうだ。無理をさせてしまったような気がして申し訳ない。
「あとは俺がやる」
もう眠ってしまった二人に囁く。
もうすぐ始まる、始まってしまう悲劇を止める。飛びかかる火の粉を払わなければ、私の宝物が壊されてしまう。だから、その前に。
《目的に合致する門を発見しました。
逆算し読み込みます。……………………読み込みに成功しました。使用可能な門に変換し記録しました》
ありがと、イレイア。これで準備が整った。
時間が無情に過ぎてゆく。そう思っていたが、準備が済めば案外ゆっくりできるものらしい。
逆に暇なのが怖い。
今はそんな悩みを持っている。
日付が変わり、予定通り服が届いた。
ひとつ違ったことといえば、デルク達の表情が柔らかくなったことくらいだ。
あまり気に留めることでもないだろう。
「フェル様」
お披露目をしている最中、シギナから声をかけられた。飲みの誘いだ。自分自身の年齢が不明な為前世を基準にしているが、この世界では飲酒可能な年齢らしい。そもそも魔物に飲酒規制はないけれど。
場所を移して横並びに席に着く。蝋燭の火がダークウッドに揺らめく、雰囲気の良いバー風の一室だ。高い椅子に座るのに抱えてもらったが、私は主だ。
「どうぞ、フェル様」
渡されたグラスに口をつける。まだまだレベルは低いが不味くはない。これを造ったのは誰だっただろうか。
「フェル様、今日ゲノドが来ましたよ」
それは唐突に始まった会話だった。飲み途中だったがグラスを口から離し耳を傾ける。
「何も話さずに連携がとれています。凄いことですよ」
「そうか」
「知っておられましたか。これでは、色々質問されたことも知っておられるようですね」
「質問? しているだろうとは思っていたが、どんなことを聞いているかはしらないな。知っちまったら詰まらないだろ」
「フェル様のことについて色々と、ですよ」
へ〜、俺のことをね。
明日が試合だけど、どれだけ情報を集めるつもりなのだろうか。全くと言っていい程情報が集まらないのか。
一つの属性しか使わないと大見得切った以上、それだけで互角にはやりあいたいと思っている。
酒が回っていたのだろう。私は言葉の選択を誤った。
そして、酒が回っているのは私だけではなかった。
「なんて言ったんだ?」
「知ってしまってもいいんですか?」
まだ誤りに気付かない私が、ちらりと横を見やる。そこには大人の笑みがあった。そんな私に、シギナは構わず口を動かした。
「フェル様が可愛いものがお好きだとか、ゲノド達をとても大切にしていらっしゃることとか、スライムを抱いて寝ているとか、流狼達にブラッシングしていらっしゃることとか」
――!?!!!??!?!!
顔が急激に熱を帯びる。一つひとつ言葉にして並べられる度、心臓がドクンと返事をする。何を言っているのだとシギナを見るが、私のことはお構いなしにぺらぺらと溢し続ける。
酔ってる!?
そんなシギナを、私はグラスを強く叩きつけて静止させた。
「明日ですね、試合」
「…………、あぁ」
酔いを覚ましたシギナが言う。
私も大分熱が下がった。一度でも言われればまた赤面しそうだ。
まさか、本当に話してはいないよな……。
「勝つおつもりですか?」
「さあ? どうだろうな。勝っても負けてもアイツらの為になるんだから」
「流石ですね。フェル様のお考えを全て見抜くことは、出来そうにありません」
「明日も早いんだ、おやすみシギナ」
「おやすみなさいませ、フェル様」
《選出した門から一つを選択してください》
『➢スイートピー
・ベゴニア 』
ピッ。
『・スイートピー
➢ベゴニア 』
ピッ。
『➢YES ・NO』
ピロン。
「……転移魔法――無名霧想」
……………………ごめん。
眩い光が収まり、そこにあった〝モノ〟が消えた。未だ脳裏に焼き付いたままのそれが、妙に痛く胸を刺す。
嘘を吐いた。罪となる嘘だ。誰かを傷付け、己を裏切る嘘だ。
「ありがとうリュフォネ。こんなことに協力させちゃって、ごめんね」
「俺は、フェルが俺を頼ってくれたことが嬉しいよ。何でも一人で抱え込むなよ、フェル」
「…………うんっ。ありがと……、ありがとう」
私みたいなヤツに付き合ってくれるリュフォネが、私の中で大きな存在になっていた。
原因の一つは排除した。それでもまだ、私の中の不安は消えていない。見てしまった、知ってしまった残酷な未来を、私はなんとしてでも変えなくてはならない。
たとえ、何度繰り返そうとも。
地獄だってことは端っから知ってんだよ。その先が地獄でないのなら、私はそこへ生きたい。
幾つもの影に見送られながら、私は振り返らずに「いってきます」とだけ応えた。
仰ぎ見た空が今、雨色に染まりつつあった。
オーガの村は川を渡り、リザードマンの住処を過ぎたところにあるという話だった。
擬態とは便利なものだ。流狼の姿になって森を駆けられるのだから。
森を駆けること数分後、小さな小さな雨粒が空から大量に降りてきた。戦場が、泥濘。




