29.選んだ道は未来を変える
持っている中で最も丈夫な服を選び着替える。行く先は決まっていた。昨夜、記憶を見たことで解決したのだ。
捜索に出していた分身を森で回収し、更に奥へと進む。まだ肌寒い時間帯で、木陰ではより寒さを感じた。
遠回しにしていた侵食地の問題。緑が減り荒れ地となった森の一部だが、私はよく調べようとしなかった。スライムの話を聞くまでは。
森の潤いは魔力によるものだ。侵食されたのは、魔力が何者かに吸われているという証拠である。リスラはスライムに、魔力の失われた土を食べさせたらしい。スライムの食による進化はそれ相応の量が必要となる。
では何故、ガレウの話したスライムはトレントだったのか。
小さな体で辿り着いた荒野の中心地は、球形に土が掘られていた。まだそれは見えていない。あと二日も掘られれば見えてくるだろう。
トレント、魔木の根が。
荒野ができたのは数ヶ月前だと、ゴブリンに知り合った頃に聞いた。もし、もしここにアレがあったなら……。
異常なトレントの成長、魔物への精神攻撃、死に戻りが始まったきっかけ。全部辻褄が合う。
土魔法は想像がしやすい為扱うのが楽だ。リスラがスライムに掘らせた分、私が魔法で掘り起こすのに時間なんてかからない。そして、推測が確信に変わった。
私の目に映ったのは、地下で成長を続けたトレントの根と、それに絡まれた箱だった。
トレントについての情報は、イレイアから聞いていた。地上に出ないこの種のトレントは、ベレメントと言う中級種らしい。地下で成長することで発見や討伐が困難なんだそうだ。魔法が使えれば討伐は容易だとイレイアは教えてくれた。精神攻撃をしてきたのは、このベレメントが闇魔法を扱えるかららしい。
私は今、とても不機嫌だ。原因が分かったことでそれに油が注がれている。この感情を制御するなど到底できない。と言う訳で、土魔法でこのベレメントを丸裸にしようと思う。ベレメントは光に弱い。その上、闇属性ならよりダメージを与えられるだろう。
別にこのベレメントに罪はないのだが仕方ない。従魔が狂ったのはこいつの所為で間違いはないけれど、不憫だと言わざるを得ない。
試練か、嫌味か。その為だというなら、人さえ巻き込み利用するのか?
怒りに任せたと言える操作で、私は土魔法を使う。手を空へと向け、そこに魔力を溜めていく。足元の土がペリペリとめくれ、それらが土塊となって空中を舞う。数が次第に増え、土塊の移動速度が上がり、小さな砂嵐のようなものが私を中心に出来上がっていた。
魔法は環境を利用すると、本来の何倍にも強くなる。私はそこにあった物を操作しただけで、魔力を土に変え生み出した訳ではない。魔力は使えば使う程成長するのだが、アイツの為に魔力を少しでも消費することが不快でならなかった。
ベレメントの姿が顕になる。木の葉の遮りなどないこの荒野には、日の光が存分に当たることだろう。退かした土は邪魔なので、そして早く終わらせたいのでお見舞いすることにした。お陰で早く終わったが、気分はまだまだ晴れそうにない。
それもこれも、全てアイツの所為。
自分で上げた土埃にさえ腹が立つ始末である。これは、会ったときに文句の一つや二つ言う権利はあるだろう。いいや、言わなければ気が済まない。
ベレメントが朽ちてクレーターとなった荒野に、ぽつりと箱が一つ置いてある形になった。箱を開けてみれば、そこにはビー玉のようなものが入っていた。
当然のようにそれに触れる。それから起こることを予測しながら。予測した通り意識が遠退くのを感じ、それに身を任せるように目を閉じた。
「……早過ぎるぞ」
苛立ちの籠もった声が頭上から降ってきた。早いとは何のことだろう。閉じていた目をゆっくり開く。分かっていたことに後悔するが、巻き戻す術はない。
「はああぁぁぁぁ」
思わず盛大に溜息をついてしまった。取り敢えず目を逸らす。
「なんだ、その溜息は」
「……いや、その、…………えっと」
上手い言い訳が思い浮かばず、目が宙を泳ぐ。きっと嘘で誤魔化すことはできない。
影のない白い空間に、私と彼だけがいた。先ほどまでいたはずの荒野ではない。ここは、呪器という名の鍵によって開かれた神との謁見の間。尤も、まだ二回目で死神としか会っていない為、死神としか謁見できない可能性もあるが。
ごめんなさいと謝りつつも、理由だけは述べない。私は遅くても会いたいとは思わないなど、神に言える訳がない。
「ごめん、ディスト。先に謝っておくよ」
神に対して大変失礼な言動を、私はこれからしようとしている。文句の一つでも言わなければ気が済まないという理由で、神相手に命知らずな行動をとるのだ。先に謝っておいた方が良い。
もう一度、神、死神の名前を呼ぶ。
「ディスト」
いよいよ訳が分からないといった様子で、ディストの眉根が寄った。
「ディストなんでしょう? 仕組んだの全て」
「――っ!」
神様とは嘘が下手なのか。ディストの狼狽えようは、そう思えるほどだった。
偶然にしては出来すぎているくらいに、呪器のあった地点はユノアの家からほぼ同じ方向だった。ベレメントより奥の森はまだ行っていないが、そこにあるものはある程度予想がついている。私の考えを一つずつ述べ、それらが推測ではなく事実であると裏付ける。
「――だから、ディストが仕組んだことだと思った。違う、かな?」
「…………そうだ。君の推察通り、私がやったことに間違いない」
若干躊躇いながらディストが応える。何故だか、ディストが認めたというだけで怒りが発散してしまった。良かったと思うべきなのかさえも分からない。
「すまない」
長い沈黙の後、ディストがぼそりと呟いた。
「これから君には多くの苦労をかける。私が望まずとも、君の未来は過酷なものになるだろう」
「それは、神様からの助言か何か?」
「いいや、助言ではない。……上手く言えないが、君に対価を払うべきだと思った」
まっすぐに私を見る嘘偽りのない神の瞳が、少しだけ人間らしく感じた。だからだろうか、神様相手に、私らしくないことを言ってしまったのは。
「友達になってよ」
友達なら、対等になれるかな。なんて、バカなことを考えた。対価としてディストは断れないとわかっていたから、きっと口が滑ってしまったんだ。
「それが君の願いか」
「うん」
「それでは今から、私と君は友人だ」
友達宣言など普通の友達はしないというのに……。
「神様ってやっぱ、不器用なんだね」
その言葉を最後に、空間が歪み始めた。終わりが来たのだ。届くか届かないかの声でディストに言う。
「神様も、泣いていいんだよ」
視界が歪み、滲み、やがて色を帯び始める。しかし、茶色が多く綺麗とは言えない。
私は荒野で一人倒れていた。時間は殆ど経っていないらしく、太陽はあまり位置を変えていなかった。
「戻ってきた……」
肺に収まるだけの空気を吸い込む。空気が生きていることを教えてくれる。終わったとは言えない。それでも、一つ地獄が去った。それだけで息ができる。これだけが呼吸に必要だったんだと、今頃になって気付いた。
オークとオーガの件、ディストの言う過酷な未来の件、少し前に見たゲノドの夢の件。まだまだ知らない未来があるけど、今はひとつ、深呼吸くらいしてもいいよね。
仰向けに寝転がり、よく晴れた青空を味わう。少し前の私には、天気を気にする余裕もなかった。
余裕綽々な訳ではない私はすぐに蒼い空に文字を浮かべた。
・約束
姿形のない装備品。装備していない時は玉のような姿をしている。人によって色の見え方が違うことが特徴。
ランク:SSS【呪】
種別:???
効果:秘密としたモノを必ず隠し通す。使用者の意思に関係なく、秘密保持の為に秘密を自動設定する場合がある。
代償:言えない苦辛。
隠蔽系の能力、闇魔法に付随した能力の装備のようだ。ベレメントが使っていた闇魔法はこれを装備したからなのか。
土が露出した状態ならまず、植物系の魔物の影響を疑うはずだ。草木が生えないのは魔力が失われているのだから。それなのに、それを全く思い浮かべなかった。もしかしたら、この呪器が関係しているのかもしれない。
これは使える。良い呪器が手に入ってよかった。呪器を手に入れる度ディストに会うことになるが、これからは楽しめるかもしれない。
(フェルー! 朝ごは~ん)
(ああ、今行く)




