28.八番目は動き出す
未来のことなど微塵も考えていない一回目の私は、その日も変わらぬ朝を迎えていた。その日は、ゲノド達との試合の次の日。興奮のあまり眠れなかったのか、ゲノド達は眠そうな顔で朝食を摂っていた。
異変は既にあったのだ。私が気付かなかっただけで。
影の背が伸び地が橙に染まる頃、それは始まった。
帰宅途中の親子がいた。母が子を背負っている。
子が母親の首を食い千切っていた。
流狼の一体が餌を食べていた。
相棒であるゴブリンの腕だった。
戦う者がいた。何者かが襲って来ているようだった。
守る者はゴブリンだった。襲う者もゴブリンだった。
秋でもないのに森が紅く色づいた。
ナハトアの流した血だった。
デルクが幼いゴブリンの子を守っていた。
戦っていたのは、デルタだった。
逃げなきゃ。
本能からか、真っ先に思ったことがそれだった。死に戻りがあることも理由の一つと言えるだろう。
「ガロウ! ガレウ! ガラウ!」
私が呼んだ途端、彼らは私の影から姿を現した。三人が狂っていないことに安堵しつつ、次の行動を決める。
「リュフォネやゲノド達を安全な場所に連れて行け。俺は街で狂った奴を食い止める」
人間である彼らが最優先だ。魔物は従魔で、私の能力があれば先ず死なない。何故、私の従魔が突然可怪しくなったのか分からない以上、私にできることは多くなかった。
同行人で、体力の多い者から少ない者に移す。命令で出来る限り行動を制限する。力があっても尚、そこまでしかできない不甲斐なさに腹が立つ。
屋敷にいるゲノド達はいいとして、リュフォネは街にいたはずだ。そう思いながら街を駆けた。
リュフォネの死体を見つけたのは、それから数分と経たないうちのことだった。街の外れ、森との境界で小さな建造物の近くで見つかった。
通気口以外ない、リュフォネの能力で建てられた頑丈な建物で、中にはスライムが一体入っていた。スライムならどんなに狭くても隙間さえあれば出入りできる。きっと、狂った仲間から守ろうとしたのだろう。中のスライムは随分弱っているようだった。
この世界は、どれだけ僕の大事なものを奪うのだろう。……俺が何をした?
ユノアが死んで、大事なものを作るのが怖かった。ペットなら、奴隷ならと、仲間がどんどん増えていって、でも、リュフォネだけが違った。リュフォネだけは友人だった。始めから……終わりまで。
何故、私ばっかり失うの? 何度も失うくらいなら、こんな力、あったって意味がない。死んで、失って、死んで、失って! 死んで! 失って!! 死んで!!! 失って……!!!!
苦しむくらいなら、奪われるくらいなら、失うくらいなら。もう何も……何もいらない。
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10/13。
記憶を取り戻した私は、反射的に身を起こした。長い、長い悪夢を見ていたような気分だ。目覚めは良いものではなかった。
どうやら、私は倒れてベッドまで運ばれたようだった。部屋には誰もいない。ガレウあたりが誰も入らないようにしてくれているのだろう。
『死に戻り』。いつからか、私は死に戻りのライフのことを残機と呼ぶようになった。残機数を超えれば、私は本当の意味で終われる。
繰り返す度に私は記憶を失っていたはずだ。それでも、残機が無くなることはなかった。
従魔である魔物達は死ななかった。繰り返した記憶を辿って分かったことだが、ガロウ、ガレウ、ガラウ、リスラ、デルダ以外の者は皆、遅かれ早かれ狂っていった。狂い、暴れ、やがて疲れ果てて動かなくなる。仲間につけられた傷や自らつけた傷に苦しんでいた。
私はそんな彼らに、自らの手で終わりを与えた。記憶が曖昧だが、それは確かなことだった。後悔はしていない。今は、そんな大事なことをまたも忘れていたことによる歯痒い思いが強い。
「……ル、……ル、フェル!」
記憶を辿り原因を探って思考の海に潜っていた私は、ノックの音も、かけられた声も聞こえていなかった。気が付くと視界いっぱいにガレウがいた。
「顔色が悪いですが、また怖い夢を見たのですか?」
普段は仕舞っている狼の耳が不安そうに垂れ、同様に八の字の眉が私を心配する。しまったと思ってももう遅い。ただでさえ倒れて心配を掛けているというのに、反応がないのでは不調を想像するに決まっている。
私は主従関係の主であるが為に、従魔の感覚を共有する権限があるが、従魔から私に感覚共有を行うには私の許可がいる。当然、体調は顔色を見て判断するしかないのだ。
「ちょっと疲れただけだ。今日はもう休むから、心配しなくていい。皆にもそう伝えておいてくれ」
早く動き出したい衝動に駆られながらも、それを抑えて今日は休むことにする。ガレウにも、そして皆にも心配はかけたくない。休めるうちに休まなくては。
「それと、言葉使い。リュフォネについた嘘みたいなものだけど、ガレウともガロウのように気楽に話がしたい。ダメか?」
「…………フェルが望むのなら、そうしよう」
言葉遣いが以前に戻っていることが、ガレウの知らないガレウを知る私には辛かった。
残りが三日。何度か同じ日を繰り返すと、何日経ったのかが曖昧になる。それでも、ゲノド達に定めた試合日から四日後だと分かった。
試合当日は勿論、動くことなどできない。動くなら明日か明後日しかない。注文した服が仕上がって届けられるのは、恐らく試合の前だ。それを考えると、動けるのは一日だけということになる。
休む前に少しでも決めておこう。
ガレウが退出し、またベッドに横になった私は、目を閉じて記憶を眺めた。
『フェル、リスラがまた、スライムの話をしてがっていたよ。今度はトレントを食べさせたらしい』
『擬態を得意とする魔物で、魔木と言われている。殆どが木に擬態するんだ』
『フェル。ゲノドがガロウの元にいないようだが、いいのか?』
『リュフォネが凄いと言っていたよ、フェル。弓を教えていたなんて知らなかった』
『あぁ、フェル。シギナがまた屋敷に行きたいそうだよ』
『侵食が突然止まったみたいだ。今朝、警備隊から聞いた。何か良くないことが起こるかもしれない』
『フェル! ゲノド達を連れ逃げてください。リュフォネは我々が探してきます』
『フェル。何か悩んでいないか』
記憶の中にヒントがないかと、私は持てる時間をフル活用する。体は休まっても、頭は休めているとは言えないが。
ガレウの言っていた言葉が妙に引っ掛かった。この中に答えがあるようで、数分前の所為でガレウが気にかかるだけのようでもある。
何か悩んでいないか、か。悩んでいないと言えば嘘になるだろう。流石はガレウだ。
繰り返していることは誰にも話していないが、私の些細な変化に気を遣ってくれる。本当に、あの時契約に同意してくれて良かったと思う。
今思えば、私は今まで一度で前に進めたことがない。何をするにしても、死に戻っては繰り返していた。失うことは怖い。繰り返すだなんて死んでもしたくない。
「ああ……答えが分からなくても、何度死にたくなっても、私は皆に執着するんだろうなぁ」
やっぱり、一人でなんて生きられない。
私は夜明けよりも前に目を覚ました。この時期はまだ夜明けが遅い。皆が起きるのは空が青白くなる頃だ。
早くに寝たこともあって、眠気は一切ない。時間を無駄にしない為に、私は一人朝支度を進めた。




