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本と神様の約束  作者: 全無
第零章 従魔と森の覇者〜魔物国建国編〜
32/53

26.思い出してはならない

 何を焦っているのか、自分が分かっていない。大切なことを忘れているようで、思い出そうと試みる。しかし思い出せたのは、思い出してはならないということだけだった。




 頭を捻っている間に、とうとうレッドベアとの戦闘に入った。アンがその細い腕で、細い剣を振るう。細身の剣レイピアが、デルクが渡した剣だった。

 強靭な爪が、大木のような腕により振るわれる。デルク達は、全体的に下がってそれを回避した。

 アン一人が違った。姿勢を低くし攻撃を躱し、その体勢から突きを放つ。レッドベアの腕に穴が開く。しかし貫通までは至らない。


 スピードはある。けど、パワーが足りないんだ。

《貫通を目的とするのであれば、もう一方から突く必要があります》

 そうだね。でも、あの表皮を破っただけでも凄いことだよ。

《ミコトの攻撃力では一撃です。胴をも貫通できます》

 買い被り過ぎだよ。それとイレイア、やっぱりその名前で呼ぶのやめて。今度からはイレイナにしよう。イレイアの家族、イレイナ・リィンにしておいて。

《了解しました。マスターの名を、ミコトからイレイナ・リィンへと変更します》


 イレイアとの会話で新たに名前を作っている間も、アンとレッドベアとの戦いは続く。デルクはやはり観戦に徹するつもりらしく、手助けするような素振りはない。

 アンは一撃を食らわせた後、瞬時に剣を引き抜き離れるようにして後方に跳んだ。その一瞬後、アンのいた位置を大木が過ぎった。

 痛みに悶ることなどせず、本能のままに獲物に喰らいついてくる。痛覚はあるのだろうが、生き残る為には意識などしていられない。しかし、これも躱されてしまった。当たらない攻撃など無に等しい。


 レッドベアの怒りは増す。その巨体から発せられる咆哮は、肌に突き刺さる針のようで、ピリピリと焼いてくる。

 そんな中、アンは決して立ち止まらなかった。木々の間を駆け回って止まらない。それが正しいことを知っているのだ。止まれば攻撃が当たってしまう。レッドベアの桁違いの力で吹き飛ばされることだろう。


 隙を的確に狙えればいいけど。

《レッドベアの表皮は、胴体であれば腕の二倍の強度を持ちます》

 やっぱりか。

《狙うなら……》


 逃げ惑うようにしか見られないアンの動きに、レッドベアがだんだんと対応できるようになってきていた。レッドベアの巨体に比べれば、アンなど人形と同じだ。このままではアンが幼児の玩具にされてしまう。


(ねぇねぇフェル、ゲノドが……)

(リスラごめん、後にして)


 木々の間を駆けていたアンだが、レッドベアの動きが変わりできなくなりつつあった。レッドベアが木を引っこ抜いてきたのだ。これでは逃げるのは難しくなってしまう。

 危険と思えなくもない状況下となっても、デルクやその他のゴブリンが手を貸すことはなかった。声をかけることすらも、一度もない。どれだけ本気でアンに向き合っているのかが窺える。


 …………目、だね。狙うなら目だ。どんなに強度があっても、目だけは脆い。

《レッドベアの最期です》

 ああ。

《見ないことをおすすめします》

 ……ああ。




 全て見て知ってしまっていては、後々の楽しみが減るというものだ。私はアンがレッドベアと戦い、倒しも敗れもする前にその場を後にした。

 本音を言えば、アンがあのレッドベアを倒す姿は見たかった。お姉さんといった雰囲気を纏った彼女が剣を持ち、自分よりも遥かに大きな魔物を倒す。剣だけであれば、細身であるレイピアは彼女に似合うお飾りだが、それを手にし戦う様はそれとは違う。


 きっと、綺麗だったろうな。

《…………》

 ん? どうかした?

《いえ、何でもありません》


 イレイアの様子がおかしいように感じたが、何かあったのだろうか。

 何かあったと言えば、リスラがゲノドがどうとか言っていたような気がする。噂をすればなんとやら。リスラが言い損ねたゲノドのことを連絡してきた。


(フェルもういい?)

(うん、いいよ。さっきはごめん)

(大丈夫。リスラもちょっと慌ててたの)

(ゲノドがどうかしたのか?)

(あのね、ゲノドが相変わらず情報収集してたときね、ガラウに聞いてなかったことに気付いたみたいなの。それで、ガラウに聞こうとガラウを追いかけて、今鬼ごっこしてる)


 へぇ、楽しそうだな。


(迷惑になってないならいいんじゃないか?)

(ガラウは迷惑してるよ)


 皆は仕事があるし、私の客人に手出しできない。それも、騒動を起こした訳でもないような状態では当然だ。そこで私に話が回ってきたらしい。


(仕方ない。ガラウとゲノドのことは俺がなんとかするよ)

(ありがとフェル)


 ゲノドも凄いな。ガラウがどれだけ逃げても追いかけるとは。

 丁度良いことだし、ガラウが以前言っていた影移動を見せてもらうことにした。勿論、呼び出し方法は以心伝心だ。


 私が声をかけた途端、ガラウの気配が急接近してきた。瞬間移動とは違って、高速移動といった感じらしい。空気に乱れがないにも関わらず、生物の気配が近付いてくる感覚は、鳥肌が立つほどだった。

 影の中から、まるで影であるかのように姿を現すガラウは、狼姿だった。もしかして、影の中を走ってきたのか。

 時間にして一秒もない。正確には、〇.〇八秒で辿り着いた。


 近所の犬を可愛がる気分でガラウを褒める。凄い。本当に凄い。これを従魔全体が使えれば、移動手段に困らない。魔法が使えないときもあるだろうが、使える場合は限りがない。


「凄いよ、ガラウ」

「〜〜〜っ」


 私が褒めたらガラウが喉を鳴らした。


 あれ? 前にも同じようなことがあったような……。


「フェル、ガロウが呼んでる」


 突然、ガラウが人化してそう言った。小さな声だったが、近付いていたお陰で聞き取れた。

 ガロウが呼んでいるそうだが、ミサナと何か問題があったとでもいうのか。だとしたら困る。彼らには強くなってもらわなければならないのだ。できるだけ早く。


 何故、早く強くなってもらわなければならない? 何故困る? ……どうしてだっけ。


 先程から疑問が絶えない。兎に角、ガロウが呼んでいるなら行くことにしよう。


 影移動だっけ。イレイア、私にも使えたりする?

《解析済みです。光魔法を応用し使用できます》

 光魔法? 闇魔法じゃなくて?

《影を生み出すには、闇ではなく光が必要です》

 なるほど。


「ガラウ。ガロウのところに一緒に行こう。ゲノドはまだ町だろうけど、俺が止めるから安心していい」

「うん」


 ガラウはゲノドが苦手なのかな。一緒にと言った瞬間、気配が波立ったような気がする。苦手な相手がガロウということはないだろう。二人は結構仲がいいから。

 影移動に慣れているガラウと共にやるとなると、私の失敗は主としてしたくない行為だ。


 イレイア、補助よろしく。

《……了解しました》




 影から抜け出した先は、町の端、日の反対側の建物で影のある場所だった。少し離れた場所から声が聞こえる。誰かに見られはしなかったようだ。


「ガロウは?」

「屋敷。ミサナといる」


 ガラウと並んで歩く。屋敷に向かっていたところだが、ミサナといるとは。一応、ミサナの指導をしてくれているということだろうか。

 屋敷に着く。リュフォネは、今朝開いたという店に行っていていない。ガロウの後はそこへ向かうか。


「ただいま」

「おかえりなさい、フェルちゃん」


 帰ってすぐ、ミサナが出迎えてくれる。ガロウはどうした、ガロウは。


「ガロウさんが帰ってくるって言ってたから。凄いよ、当ってた!」


 出迎えた理由を、私が聞く前に察して応える。ガロウをさん付けとは、見た目年齢からして逆だが、指摘しないでおこう。きっとガロウの態度が大きい上に、ミサナが素直な性格だからだろう。

 ガロウはリビングルームにいるらしい。不機嫌そうで出迎えに誘っても来なかったとミサナから聞いた。


 拗ねてるのか……。


 ガロウは時々、いや、結構な頻度で拗ねる。私が構わないと拗ねるのだが、遊んで欲しがりな犬みたいでついつい放ってしまう。

 それでも、誰かに不機嫌と言われたことはなかった。ミサナだからというのもあるのだろうが、そこまで放っておいたつもりはない。……つもりは、ない。


 玄関からリビングルームはまではそう遠くない。ミサナと話す時間もなく着いてしまう。当然、扉はしまっていて、ノックするのは私の役目だ。


 コンコン。


 別にノックを普段からしている訳ではない。リビングルームは皆が寛げる部屋であって、共有スペースなのだから。しかし、私はノックした。


 これは、怒ってる。


 扉の隙間から漏れ出る怒気。聞かされているのは、中に不機嫌なガロウのみだということ。感じ取ってしまったなら、見て見ぬ振りなんてできなかった。


 ミサナ、よく平気だったな。


 ノックしたら名乗る。名乗って入る。

 頭の中でそれらを十回以上反芻した後、私は意を決してそれを実行した。

 再度言う。これらは、リビングルームに入る際に必要な行為ではない。


「フェルだ、入るぞ」


 いつもより数段重く感じる扉を、私は小さな体を使って開けた。


 まあ、私が小さいからだろうけど。


「やっと来たか。主」


 腹の底から出たようなドスの効いた声が、私と見た目がそう変わらない子供から放たれた。




 屋敷の者達の寛ぎの間。今屋敷にいる全員が入っても広く感じるほどの広さで、それはゲノド達が来たときからだった。リュフォネがいないときは、人数で調節するという器用なことはできない。

 離れ過ぎてまるで被告人のような気分になる。これから裁判でも始まるのか。私、何かしただろうか。全く覚えがない。


 ガロウのおやつをソリアにあげたことだろうか。それとも、最弱であろうミサナの教育係を任せたことだろうか。ガロウと寝るのを拒んでいるからか。ガレウにばかり仕事を任せるからか。呼ばないからか。

 いくら考えても答えは出ない。代わりにガロウから質問が出された。


「何を隠してる?」

「別に何も隠してない。気の所為じゃないのか?」


 ガロウの眼光が強まった。


「なら、〝忘れてること〟あるだろ」


 隠していないなら、忘れていることがあると。

 私が、忘れている? そうだ、思い、出さなきゃ……。


《確認しました。マスター・イレイナの意思を尊重。

 『記憶喪失001』をUninstall(アンインストール)します》


 何、それ……?

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