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本と神様の約束  作者: 全無
第零章 従魔と森の覇者〜魔物国建国編〜
3/53

2.始まり

 金髪を長く伸ばし、緩い三編みで結っている。

 森の緑を写し取ったような、鮮やかな緑の瞳は、優しいことが読み取れる。


 腹黒かもしれないが、少なくとも、向けられた笑顔は嘘ではない。嘘なら分かる。


 それが、転生して初めて会う人間。

 私の目に初めて映った、生き物だ。




 彼は私のことを歓迎してくれているようだった。不思議と危険は感じない。

 私は彼に引かれるがまま、家に上がった。


 可愛らしい家の中には、これまた可愛らしい、お伽噺に出てくるようなリビングがあった。奥にはキッチンが見える。

 自然の木をそのまま利用しているように見える。

 むしろ、木が自らの意思で家具になっているみたいだった。


 テーブルにイスが6つある。

 キッチンを向くようにして、真ん中の席に、よじ登って座った。

 私が物珍しそうに辺りを見渡していると、視界の隅で、彼がお茶を入れようとしているところが見えた。

 たどたどしい動きからは、彼が最近、お茶を入れていないことが窺える。


 対応は良く、私を客として扱ってくれているようだ。

 こんな辺鄙なところに訪れてくれる者など、滅多にいないからかもしれない。




 私は彼に対し、何か話そうと口を開いた。そしてすぐに閉じる。後悔が胸にしみる。


 そもそも言葉が異なっていては、会話が成り立たない。

 それに加え、私はこの世界に来てから一度も、声を出していなかった。




 これでは話そうにも話せず、知りたい情報も手に入らない。


 翻訳機能カモン!

 なんて叫んでも、意味なんてない。……分かっている。


 彼がこちらを向いていなくてよかったと、二度思った。

 一度目は、口を開いたとき。

 二度目は、溜め息をついたとき。ついさっきだ。


 言語を覚えるのは、骨が折れる。

 挫けそうになりながら、それでも知りたくて努力する。数十種類もの言語を覚えたいが為に、勉強を始めたころは、何度も諦めかけた。


 結局いくつの言語を覚えられたのか、今はもう覚えていない。他にも、医療や商売用品、技術、技能などの専門用語なんかを、多岐にわたって覚えてきた。


 ぶっちゃけ、覚えているわけないだろう?


 誰に言うでもなく問うた。

 覚えてはいるのだろう。そう感覚では気づいているが、思い出せないものは仕方がない。


 原因は考えられるが、今は必要のない情報だろう。


 私は目で彼を追う。

 鼓動が五月蝿い。


 怖いわけじゃないし、緊張もしていないはずなのに……。


 恐怖心はない。緊張感とも少し違う。

 それでも五月蝿く鳴り響く心臓に、私は疑問符を、裏拍を打つようにして並べていた。


 きっと、楽しいのだろう。これから、この世界を生きていくということを考えるだけで。

 この鼓動は、ただ興奮状態を表していただけなのだ。


 彼は、それはもう嬉しそうに、ティーカップにお茶を注いでいる。

 踊り出しそうなほどだ。

 彼を眺めているうちに、今後の計画を立てることを忘れてしまった。窓の外は闇に等しいほど暗い。


 今晩はしっかり眠れそうだな。


 そっと息を吐き出す。この身体には、随分無理をさせたのかもしれない。ほっとするのと同時に、転生ということへの戸惑いも交じる。


 短な沈黙を破ったのは、当然私ではない。彼だ。

 相変わらず五月蝿い音は消えず、耳に心臓があるのではと思ってしまう。


「お茶を淹れるのは久しぶりでね」


 驚きのあまり固まったのは言うまでもない。

 まさか言葉が通じるなど思ってもみなかった。

 包み込むような声が、鼓膜に余韻を残した。しばらく意識が飛び、固まっていた。


 その間に、カップが目の前に置かれる。コトリと小さな音がした。白いシンプルなデザインで、模様も何もない。だが、それがこの家の雰囲気に合っている気がした。

 白い湯気が香りを運んでいた。ブレンドしているのか、知識にない茶葉を使っているのか、香りから種類を推測できなかった。


 言葉については、ひとまずおいておくことにした。


 念の為だが、毒がないか確認する。

 匂いに異常はない。

 口に含んだ。舌の上で味わうように、しびれがないか、変な味が少しでもしないか確認した。


 毒はなさそうだ。遅効性なら毒味も何も意味がないけど……。


 口に含んだ茶をゆっくりと嚥下した。面白い味だ。

 緊張が和らぐ。引きつった頬の筋肉が、役割を忘れたかのように緩んだ。


 美味しい。


「変じゃなかったかい? 口にあうといいんだけど」


 彼が心配そうにこちらを見つめる。


 少し気恥ずかしい。自分の姿がわからないからだろう。

 私は言葉の代わりに、笑みを返した。下を向いてしまった為、上手く返せた気はしない。

 だが彼が、安心したのか笑ってくれた為、おかしくはなかっただろう。


 自分の笑顔には確かに、言葉を理解できたという喜びもあったのだろうと思う。




「自己紹介がまだだったね。やあ、僕はユノアナ。よろしくね。ユノでも、ノアでも、好きなように呼んでくれていいよ」


 いきなりそんなことを彼から言われた。

 いや、もう彼ではなくユノアナといった方がいいだろうか。


 私は一言も返せなかった。

 言葉が通じるのか分からない。だからといって、何も言わないのは失礼というものだ。それでも、言葉が出てくることはなかった。


「………」


 ティータイムが、しばらくの間続いた。口を開く度、話そうかと考える。それでもやはり、話すことはない。

 その時間は両者とも無言で、物音と鼓動だけが、脳が耳になったかと思うほど、響いていた。




「君の名前は何かな?」


 ユノアナが、しばらく経ってから聞いてきた。


「………」


 変わらず無言で返す。


「何処から来たんだい?」


 無口キャラを貫くことにしよう。

 変な設定ができてしまった。


「………」

「一人なのかい?」


 一人といえば一人かな。


「………」


 無口で居続けていると、ユノアナは質問の仕方を替えてきた。


「……帰る場所はあるのかな?」


 私は首を横に振った。初めて示した意思だった。

 髪がびしびしと顔にあたるが、そんなこと気にしない。

 自分がどんな顔をしているのかは、分からない。


「………ここに、いるかい?」


 最後の質問。ユノアナは、囁くように優しく、そう言った。

 ユノアナの心情を読み取ることはできない。何か企みがあるのかもしれない。ないかもしれない。

 わかることは、今は生き抜くことを最優先にするべきだってことだ。


 当然、返事は『YES』だった。

 それ以外に選択肢など、ないのだから。


 こうして、この世界で暮らす場所を手に入れた。


 居候ではあるがな……。


 そしてこの日、この後の記憶はあまりない。

 疲れて寝てしまい、とても良く眠れたことだけは覚えている。眠りが深くて、夢を見ることはなかった。






 目が覚めると、見慣れぬ天井が目に入った。

 木組みのきれいな組み目だ。


 おまけに背中に痛みがない。ふかふかのベッドが感触で判る。


 このまま二度寝しよう。……うん、そうしよ。


 昨日までのことが全て夢であると。

 ふかふかのベッドに、違和感はあまりない。天井は、どこかの洒落た病院だと思えばいい。

 頭を打って見た、おかしな夢だったのだと……。


 溜め息が漏れる。


 いつもなら、今頃雪乃が叩き起こしに来るのにな…………。


 穴が、胸に黒い斑模様をつくる。


『もう、雪乃には会えない』


 そんな台詞(セリフ)、私に言う権利はない。

 言えばきっと、怒るに決まっているから。


 体を起こし、眠気を覚ますと同時に、心に蓋をする。


 バシッ。


 気合いを入れる為、両頬を叩いた。

 いい音が響いた。できれば誰かに殴ってほしいところだったのだが、流石に頼むのはやめた。

 自分でやったのだが、結構痛い。


 数十秒して、自分から見て右奥にある、部屋でひとつだけの扉が、内側に開いた。そこには、ユノアナが立っている。

 さっきの音が聞こえていたらしい。


「どうかしたのかい?」


 私は何も言わず、ベッドから飛び降りてユノアナのもとに向かう。自分の身長が低いのか、ユノアナの身長が高いのか。ユノアナと約1mの距離に立ち見上げると、首が痛くなった。


 じっと見つめていると、「朝食にしようか」と言って道をあけてくれた。察するのが上手い。

 ベッドの隣の机に置いてある荷物を持ち、私はユノアナの後を追った。


 部屋を出ると長い廊下だった。向かって右に進んだ。

 金属らしきものでできた照明が、等間隔で壁についている。その間には窓があるが、外は見えなかった。

 夜ではないはずなのに。


 部屋の扉がいくつか並び、一番奥の扉の前に来る。

 ちょうどユノアナの胸の高さに、宝石のような飾りがある、他とは違う扉だ。


 ユノアナはその宝石のような装飾に手をかざした。すると、扉はひとりでに開いた。自動ドアというものがあった前世を考えると、驚くことはなかった。

 扉の向こうは、あのリビングだった。




 昨日、茶をもらった席に座り、朝食を食べた。ユノアナはその向かいに座っている。

 朝食は、フレンチトーストにミルクで、特に変わったものではなかった。

 勿論、私は終始無言で、ただ食べていた。


 ユノアナはというと、朝食後、部屋の案内をすると、用事があるからと出かけた。


 私はユノアナの背中を、呆然と見上げていた。

 ………見上げていた。




 この世界に来てよかったなどと、今はまだ思っていない。

 スタート地点が森で、体は子どもで。

 よかったことをあげるとすれば、ここに家があったことと、夜空がきれいだったことだけだ。


 ここがファンタジーかなんて、考える余裕もなかったんだ……。


「……魔法、だ」


 感動が、口から溢れた。

 喋ることができたことを認識するまで、数秒を要した。




試験(チュートリアル)をクリアしました』


 !?


 突然、頭で機械音声のような声がした。


 …………え??


 頭が爆発するのではと思うほど、混乱しているのが自分自身でも分かった。


 機械音声のような声は、またも私を混乱させた。


『消去された記憶を復元します』

『成功しました』


 声の言った通りに、記憶が戻った。過去の記憶が押し寄せ、無理矢理流れ込んでくる。






 これって………。











 このとき、私は知らなかった。この世界のことも。自分自身のことすらも。

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