23.奴隷と服
その部屋には、ベッドの上で魘される子供がいた。
汗を拭かれ、貼り付いた髪を直されている。握られたか、握っているのか分からないが、リュフォネと片手が繋がっていた。
眉間を狭め、濡れた枕をさらに濡らすように涙が落ちる。
病でなければ、悪夢に魘されているのだろう。
リュフォネを含む人間である者以外が、フェルの悪夢を理解する。以心伝心を無意識化で使用するフェルが、悪夢の中で泣き叫ぶ。
逃げてと、行かないでと、ごめんなさいを繰り返す。今まで〝これほど〟魘されていることはなかった。従魔だけが、痛みを知ったまま動かなかった。いや、動けなかったという方が正しいだろう。
「何なんだ……?」
唸る音を遮る形で、誰かが言った。それはこの状況を理解できないゲノド達の中の誰かだった。
「部屋を用意いたしました。ご案内します」
その声に応える者はなく、代わりにガレウが話を逸らした。リュフォネも席を立ち、魘されるフェルを残し部屋を出た。
三階の玄関側の大部屋の中。ベッドの並んだ寝室で、彼らは話されるのを待っていた。
「申し訳ございませんが、僕から話すことはできません」
ガレウはゲノド達が言いたいことを悟り、聞かれる前に言った。
「あの。魘されていたのに、何で起こさないんですか?」
「起こすなと、言われたからです。一から説明いたします」
ガロウとガラウが、壁に凭れる状態でガレウに目配せをする。余計なことは言えない。以心伝心により、フェルの思いを知ってしまった従魔は、契約上情報を洩らすことができない。
よって、可能な言動は限られていた。
「契約上、詳しくお教えすることはできません。それを踏まえた上でよろしければ、できる限りでお話しましょう」
ガロウ、ガラウ以外の者。つまりはガレウ、リュフォネ、ゲノド達六人がベッドに座っている。リスラはスライムの元に行きいなかった。そんな中、ガレウの声だけが、広い部屋に木霊する。
「我々従魔は、フェルと言葉を交わさず意思疎通ができます。フェルは決して、自身のことをひけらかすことをしません。暗に伝えるということもしません。能力によりそれを知ってしまった為、言えることは一つだけ」
ゴクリと、誰かが喉を鳴らす音がした。
「フェルは、貴方方のような、振り返りたくもない過去と、そして未来を持っています」
「はは、ガレウ、それじゃあ伝わらないだろ」
一つだけを言った直後、リュフォネが口を挟んだ。困ったような笑いだった。
ガレウ自身、それを知っていて選んだ答えだ。選ばざるを得なかったとはいえ、ゲノド達に伝えるには難題すぎた。
「ガレウの言う、未来っていうのは分からないけど、過去なら話せる。俺は魔物じゃないから、俺が話すよ」
「リュフォネっ!」
「フェルは暫くすれば必ず話す。話さなくて済む従魔とは違う。自分の口で、鮮明に思い出し、話すんだ。だから、先に俺が言う」
それにガレウは反論できなかった。
バトンを繋ぐように、ガレウからリュフォネに話し手が変わった。始めからこうしていればとも思えるが、リュフォネを気遣ったガレウによる遠回りだった。
「フェルは、魔法を師匠から教わったと言っていたけど、それは知ってるか?」
「はい、フェルちゃんが言ってました」
「その師匠が死んで、森を出ようと旅に出たらしい。ガレウ、ガロウ、ガラウ。フェルと出会ったのはいつだ?」
「十三日前だ」
一つひとつ質問しながら話し進めるリュフォネの問に答えたのは、ガロウだった。初めて従魔契約してから、十三日しか経っていないのだ。
「フェルはその日、師匠を失くした。フェルは、自分が殺したと、そう言ったんだ。それが真実かどうか、俺には分からない。俺も、フェルとはまだ数日しか過ごしてない。たとえ本当に殺したのがフェルでも、悪い奴ではないと断言できるよ。だから、これは俺からの願いだ」
一度、話を切ったリュフォネが、フッと笑った。
「フェルを見捨てないであげてほしい」
時は夕刻。空が橙に染まり、東では紫が見られる頃。
客がいることで豪華となった夕食の席には、フェルと従魔の古参、リュフォネ。そして、ゲノド達がいた。
「えっと、どうかした?」
食事の席が暗いことに耐えかねたフェルが聞く。何でもないと、それぞれから返されるが、どう見ても何かあったと分かる。
「フェルちゃん!」
ミサナが意を決したようにフェルを呼んだ。助け舟が来たと、フェルもそれに乗っかることにした。しかし、それは助け舟と呼ぶにはあまりにも泥舟に近かった。
「私達、決めたの。フェルちゃんと、奴隷契約を結ぶことにする!」
「え!! 何で!?」
僥倖であった為に、フェルの戸惑いは計り知れなかった。
夕食からニ時間前まで遡る。
日も大分傾いたこの頃、ゲノド達はミサナを中心に話し合いを行っていた。
「私、フェルちゃんに恩返ししたい」
そう切り出したのはミサナだ。
「初めのご主人様は優しい人だった。恩はしっかり返すようにって、何度も言ってたの。だから……」
「俺も、フェルは嫌いじゃない」
「ゲノド……」
「ユビンも、アンも、ソリアも、キオハも。それで良いだろ?」
「ゲノドが誰かに興味を示すなんて珍しいものも見られたし」
「そうそう。前はもっと可愛かったのに」
ユビンとアンが茶化す。ソリアとキオハも、
「ゲノドは素直じゃないから」
「僕はそんなゲノドも可愛いと思うよ」
と続いた。
ゲノドの顔が見る見るうちに赤く染まり上がる。
訂正。ゲノドを中心の話し合いだ。
「なぁ、俺の存在忘れてるだろ」
その輪に入れず一人呟くリュフォネがいたが、彼らの耳には届かなかった。
やっと笑顔が見られた。
リュフォネは思ったが、今度は声に出さなかった。
話は進み、奴隷に関する話題になった。主がいる限り、自分達は自由になれない。
ダンジョンで消えた者は、例え生きていたとしても戻ることはない。何れ契約破棄されるとは思っていても、それが今の安心には繋がらなかった。
「なら、やっぱり契約の『上書き』するしか」
契約の『上書き』。契約を二重で行うことで、一枚目の契約を強制破棄する方法である。しかし、それにはリスクが伴い、失敗する危険性がある。無事契約が成功したとしても、主が二人いる状態になることもある為、あまりやる者はいない。
そしてその上書きに、キオハが反応を示した。
「僕、契約陣の紙持ってる」
「え?」
契約陣を記した紙をキオハが持っていると言うのだ。ソリアが驚きで固まってもおかしいことではなかった。
「キオハ、またやったの?」
「別に、貰っただけ」
アンにキオハが、どうということもないと言いたげに答えた。その会話を蚊帳の外で聞いていたリュフォネは、それだけで何かを悟ったが、それはまた別の話。
と、そんなこんなでフェルのいないところで話は進み、奴隷契約の上書きをしてもらおう、となった。
フェルはその話を聞き、持っていた肉をフォークから落とした。すかさずガロウが掴み食らう。落ちなかったことは良かったと、フェルは思った。
「契約はしてもいい。但し、破棄は俺の判断でする。それでいいなら、明日にでも試そう」
あっさりと。それはもうあっさりと請け負った。
全ては、――の為に。
……
ナハトアと契約してから、朝はナハトアの鳴き声で起きるようになった。
契約と言えば、昨晩、ゲノド達に奴隷契約をしてほしいと頼まれた。私から言おうとしていたことだから良かったと、内心ほっとしていたりする。あくまで上書きだ。それに、奴隷非容認主義でもない。
朝食を普段通り食べ、朝の支度を済ませる。これから奴隷契約をするとなると、従魔契約とは違うからか変な気分だ。
キオハが何故だか知らないが、契約陣が描かれた紙を持っているらしく、ありがたく使わせてもらう。
失敗してもすぐ対処できるようにと、契約はゲノド達が使った部屋にした。
「じゃあ、契約しようか」
契約陣の描かれた紙は、三十センチ四方ほどだった。一度で契約はできそうもなく、床に拡大して描き写すことにして今に至る。
床を埋め尽くす文字の上に、ゲノド達六人が並び立つ。円を描き手を繋ぎ、そして目を伏せた。
手を合わせ、目を閉じ、イレイアに詠唱を頼む。
《詠唱を復唱してください。
我に仕えたらんとせし者等よ――》
「我に仕えたらんとせし者等よ、その名を預けよ。我が名はフェル。そなた等の名を預かりし者なり」
私の詠唱の後に、彼らが名前をそれぞれ述べる。彼らが胸に持つ奴隷紋が紫色の光を放ち、次第に収まっていった。どうやら痛みを伴うようで、若干涙目だ。
ステータスに彼らの名が加わった。これで、ゲノド達は私の奴隷となった。以前の主も消去され、破棄ということになっている。
ステータスに、従魔に加えて奴隷の項目が現れる。従魔に比べて、事細かな制限や罰則が設定できるようだ。
私はある項目にチェックを入れてステータス表示を閉じた。
契約の後は、彼らに着替えてもらった。
ホブゴブリンのメスであるゴブリナ達に、仕立てをしてもらい作る。私が一番に建てるよう指定した建物の中の一つが、服飾関係の工房だった。
「採寸からいたしますので、フェル様はどうぞこちらに」
私も一着仕立てて貰おうと思っていたのだが、別室に案内されてしまった。ゲノド達には、彼女の言うことを聞いて、良い服を作って貰えと言っておいた。
「フェル様、来てくれたのですね」
また別のゴブリナ、この工房の工房長をしているククナが声をかけてくる。
「ああ。皆の服を作ってもらっているからな。俺も、新しい服を一着仕立てて貰おうと思っていたんだが、いいか?」
「はい! 是非作らせてください」
良かった。工房もしっかり稼働しているようだし、問題はなさそうだ。私の記憶から、デザインのアイデアは豊富に出てくるだろうし、そこから発想力を鍛えてほしい。
「では、デザインから決めてしまいましょう。フェル様はどのようなものをお望みでしょうか?」
「そうだな……」
なるべく動きやすく、色は季節に合わせること。デザインはククナに任せるという条件で発注させてもらった。
私の発注が終わる頃には、ゲノド達の採寸も終わったようだった。一応、採寸して着られるサイズの服を着てもらう。私と同じで、後日できた服が屋敷に届けられるらしい。
今から楽しみだ。
ゲノド達の服は、それぞれククナが指名した者達が、デザインから縫製までやってくれるそうだ。協力して統一感のあるデザインにすると言っていたので、兄弟姉妹のようなお揃いになる予感がする。
礼を言って工房を出て、次は森に向かった。
ナハトア達から入った報告と、ゲノド達の実力を確認する為に。
現在ナハトアはお休み中だが、昨日は一日中飛び回っていたらしい。無理をさせてしまったと反省しよう。まあ、楽しんでいたみたいだが。




