22.主は森に入り
デルダに話を聞いた後、私はナハトア達を連れて森に入った。鳥の姿をした彼らは殆ど見分けがつかない。まあ、私は分かるけれど。
「ココ、デルダから話は聞いたよ。後で皆からも話を聞かせてほしいから、よろしくな」
「うん! いいよ」
ココとトトが今は私の肩に乗っている。子供だから先着二名までの狭さだが。
森を入って少しした所で止まった。開けて空が見える場所だ。
「ここにしようか。空も開けていて飛び立ちやすいでしょ」
今日はナハトアの飛行テストを兼ねた、ある実験を行おうと思っている。飛びたい者からと声をかければ、ヨヨが名乗り出た。
ちょこりと私の頭に乗り、翼を広げる。撫でるような風が吹く。探るように風を待った後、風に乗って飛び立った。
「感覚共有、目」
従魔契約特有の能力だ。イレイアから聞いた。
従魔契約は、精神魔法の一種でもある。精神魔法は光や闇属性だが、大元は無属性なのだ。無属性持ちの私はそういうものが得意らしい。勿論、他の属性も使えるので得意属性は定かではない。
《確認しました。スキル『感覚共有』を獲得……成功しました》
《スキル『感覚共有』の所持により、EXスキル『以心伝心』と『一心同体』が進化します。
ユニークスキル『同行人』を獲得……成功しました》
《『感覚共有』、『以心伝心』、『一心同体』が、ユニークスキル『同行人』に統合されます……成功しました》
色々と取得できたようだ。ユニークスキルも獲得している。
同行人は、使用者の相手への信頼度によって能力に差が出るものらしい。相手への信頼度から共有や供給の効率が変わるらしい。
感覚共有、目。その名の通り、視覚を共有する。今私は、ヨヨの視界と自分の視界、両方が見えている。
例えるならば、向こう側が見える状態のスクリーンで映画を見てる感じだ。動きで酔いそうになる。
森ではなく空を見るようにヨヨに通信すれば、やっとマシになった。目を瞑れば、ヨヨの見ている視界だけになる。当分はこれで慣れるしかなさそうだ。
他の七羽にも自由に飛んでいいと言い、私は暫くの間皆の目を借りた。それぞれの視界を切り替えて見れば、それぞれがどこを飛んでいるのかが分かる。
味方の視界を使えるのは良いが、敵の視界も使えれば尚良いと思った。敵の情報を奪えるのだから。
森で魔法の練習も行ってから帰った。ヨヨ達はまだ空の旅中だ。視界を借りられるから心配はいらない。
一心同体が同行人になったことでステータスの貸借ができるため、一撃で全従魔と私のステータスを削らなければならないのもある。ある意味チートだ。
昼になり、いつものパンを食べる。収納魔法に入っているパンにも限りがある。衣食住の衣食はある。住は現在進行中だが、食の改善もするべきだとは思う。その為には人員が足りないわけだけど。
従魔の視界を見ていくと、大分住居ができてきている。ゴブリンのステータスも以前より上がり、効率よく進んでいるようだ。
《三時の方向に六つの生命体を確認しました》
「フェル。森の手前の方に六人分の気配があります。いかが致しますか」
丁度、昼休憩で警備隊が交代したばかりの頃。イレイアとガレウから同時に生命反応の報告を受けた。
森の入口から村全体にかけて、等間隔でスライムが散らばっている。中には、訓練兼実験として罠を仕掛けている者もいる。
ただの魔物なら、ガレウは〝人〟を使わない。区別をつけて分かりやすくしているからだ。人を使うのは、ヒトであるときだけ。罠にかかればどうなるか分からない上に、この森にいるということは、リュフォネのように迷い込んだ可能性が高い。
ここらの地は私の従魔が殆どだが、魔獣は普通に出る。
魔物は知能をある程度持っているもの。ゴブリンあたりを言う。
魔獣はそれ以下。ケモノ程の知識しかないものを言う。
六人という数字に嫌な予感を覚えながらも、放って置く訳にもいかず、向かうことになった。私一人で。行く直前、ガレウに言われた言葉を頭の隅に留めた。
「地獄蟻のいる方向ですので、お気を付けて」
森の中を暫く歩く。一人というのは久しぶりだ。森に入ると余計一人だということが感じられる。一応ガロウにあることを頼んでおく。先手を打って損はない。
人は混ざり合っているとはいえ魔力を持っている。魔力探知が可能ということだ。自分の魔力を薄く伸ばし、ゆっくり広げていく。異質さを感じ取れば、そこに何かがいるということだ。
自分を中心に波紋を広げる。一方向に固まるように何かがいて、そこで細かく模様が割れる。ぶつかった。
結構はっきりと感じ取れたから、魔力を持っているのかもしれない。
遠くから見えるところまで来たとき、私の足は固まった。
身体が全体で警鐘を鳴らす。近付くな、関わるなと言っている。けれど、私は近付いた。巻き込まれに飛び込んだ。結局は飛び込む性分なのだと、警鐘を鳴らす何かに語る。
六人の男女がいるそこへ、歩み寄った。
「やぁ、迷子?」
中学生あたりの男女の視線が刺さる。私はここでは異質すぎる存在だろう。緊張しているようで、和ませようと声をかけてみた。が、逆効果だったらしい。
「お前、誰だ?」
最も高年長らしき男子が声を発する。聞き覚えのある声だった。ボロ布で継ぎ合わせた服を着て、痩せ細っている。六人全てがそうだった。
随分と警戒された様子だ。こんなにも安全な幼児だというのに。……ん? 違うって?
「僕はフェル。その先は危ないから行かない方がいいよ」
「お前も、同類なのか……」
彼の言っている意味が分からない。だが、分かったとしても同類とは呼べないだろう。
状況から察するに、奴隷といったところか。リュフォネと似た感じがする。ダンジョンから来たのだろう。
「君達はダンジョンから来たの?」
「私、ミサナっていうの。貴方もダンジョンから?」
「ううん。僕はずっとこの森にいる。その先は魔獣がいるから、行かないことをおすすめするよ」
ミサナという名前に一瞬気を取られながらも、彼女の質問に応える。
「こんな得体の知れない奴の言うことを、誰が信じられるかよっ」
始めに話しかけてきた男子は、私を信じられない様子だ。まあ、無理もないが。
「ちょっと!」
「この森に住んでる子供なんだよ。村があるんだよ、きっと」
「迷いの森に人が住んでる訳ないだろ」
……。
言い合いが始まったと思えば、村だの迷いの森だのと聞こえてくる。
村はあるけど魔物の村だし。ここは迷いの森って名前じゃないと思う。多分。
「信じられっか!! 行くぞ」
結局、信じて貰えずに奥に行ってしまった。
本当にこれでいいのか悩む暇もなく、決断するのは早かった。
(リスラ、何体か借りるよ)
(りょーかい、でっす)
スティッキースライムとクリーナースライムをリスラから借りていく。森のあちこちにいるため、呼び出せばすぐに来てくれる。
彼らの後を追えば、案の定、地獄蟻に襲われていた。
ヘランタス。蟻地獄は蟻を食らう虫が作る。地獄蟻は蟻が作るのだ。
「よろしくな、スティッキー」
連れてきたスティッキースライムに頼む。粘着性のある糸は地獄蟻の対策としては打って付けだ。タラスターの巣の記憶のあるスティッキースライムは、自ら糸で網を作れる。
落ちて行く彼らより下に、スティッキースライムが糸を吐き付ける。それでも砂が流れて止まらない。大元を絶った方が良さそうだ。
「スティッキー、餌だ。喰っていいぞ」
スライム達は私の命令なしに魔物や魔獣を食わない。進化を限定するのもあるが、生態系を崩さない為でもある。
スティッキースライムの糸が、網状になって降り掛かる。蟻の姿をした魔獣が拘束される寸前、地面に潜って逃げてしまった。
もともと食べる気など、さらさらなかったようだ。スライムにも好物というものはある。それ故に多様な進化先があるのだ。
「だから危険だって言ったのに」
言っても聞かないことを分かった上で、私は溜息を吐く。
危険とは会ってみなければ警戒できない。例え警戒したとしても、危険との遭遇をゼロにすることなど不可能なのだ。
「クリーナー、出番だ。頼むよ」
バレない程度に汚れを落としてもらう。身体が汚れれば心が荒む。心が荒めば、正しい判断がしづらくなる。
(主、リュフォネには伝えといたぞ。俺はもう寝る)
(ありがとう、ガロウ。任せて悪いな)
彼らを助け出したと同時に、ガロウから通信が入った。下準備は整ったようだ。
「案内するよ、僕の家に」
(……ぁ)
うーん。これはガラウだな。
(迎え、行こうか?)
(迎え? どうやって?)
通信なのに小声で話すガラウによると、闇属性の影魔法による移動が可能になったらしい。影に潜って影の中を移動する。似たような妖を知っているのもあり、とても気になる。てか、やってみたい。
(ありがとうガラウ、でもごめん。歩いて帰るよ。彼らと話したいこともあるから)
(……そっか)
(ガラウ。呼んだら飛んできて、それ見せてよ)
(………………ん)
ガラウの突然の通信も終わり、ミサナ達と歩く。
「俺はゲノド。さっきは悪かった」
「気にしてないからいいよ。信じられる確証もないんだから」
「ごめんね、ゲノドが。助けてくれてありがとね、フェルちゃん」
ゲノド、ミサナ、ユビン、アン、ソリア、キオハ。一人ひとり名乗ってくれた彼らに、私も改めて自己紹介をする。
「先に言っておくよ」
これは、私が魔物と関わる中で避けては通れない道。魔物と人。どちらが私の生きる道なのか、まだ分からないから。
「この森を出たことがないから、常識とかが分からないんだけどさ」
大丈夫だと言い聞かす。自分が何かよりも、どう生きるかを考える。でなければ、壊れてしまいそうで怖いから。
「魔物と暮らしてるんだ」
真実って、なんて残酷なのだろう。
「何も言わないで聞いてて」
魔物の話を出した途端、自分から目を合わせられなくなった。俯いたまま願うように言う。
リュフォネに言ったような説明をして、言った通り常識なんてこれっぽっちも知らずに生きてきたと。契約で魔物と仲良くしていると。
声が震えて、それが情けなくて仕方ない。自分が選んだことだというのに。
リュフォネに殺された事実が、尾を引いているだと自覚する。リュフォネは正しい。私がおかしいのだ。分かっていても、人のように生きる従魔達を見ていると、間違いだとは思えない。
そんなことを考えてしまったからか、弁明するようにリュフォネの話題を出す。
「人は、一人だけどいるんだ。リュフォネっていう、僕の友人が。魔物が怖かったら、魔物達とは離れたところで野営してもらうことになる」
今、顔を上げたら、彼らはどんな表情をしているだろうか。
「その魔物さんたちは、優しいのか?」
ユビンと名乗った少年が、私が語り始めてから間を見計らうように聞いてきた。
「……優しい。…………とっても!」
私の中で弾ける音がしたかと思うと、本当に伝えたかったものが溢れ出した。
「毎朝、挨拶してくれるんだ。一緒にご飯食べてくれて、狩りや採集の話してくれて。……何かあったら、すごく、心配してくれる」
いつの間にか顔を上げていた私は、ミサナ達とばっちり目が合っていた。
自分で話していて泣きたくなった。私は知らぬ間に、魔物も人も関係なく、彼らに救われていたのだから。もう、気付いているつもりだったのに。本当に情けない。
「ゲノド達に、紹介したいんだ。僕の、家族みたいなものだから」
上手く、伝えられたかな。




