21.きっと、私は欠けている
身勝手な願いを言ってしまった。始めから一人旅でもできていれば、そんなスタートならと考えてしまう。出会えたことは嬉しいのに、出会ってしまったことに申し訳無さがある。
神々は何をしたいのだろう。私なんかをこの世界に生まれ変わらせて。もしかして、神が生まれ変わらせた訳ではなく、私が未来でやらかすのを見て、手を出してきたのか。
くっ、ふ、うぅ、う……。
ふと、啜り泣きが聞こえてきた。何かと顔を上げて見れば、デルダが目頭を押さえて泣いている。ちょっと待って、どこに泣く場面があったの!?
「申し訳ございません。フェル様がそのようにお思いだったとは存じ上げず……」
いや、言ってないのだから当たり前のことだし、泣くほどのことじゃないと思うんだけど。デルダって涙脆かったっけと考える。そもそも、そこまで考えられるほど知ってもいなかった。
「我々従魔一同、誠心誠意仕えさせて頂きます」
「……あ、あぁ、ありがとう」
いきなり改まって宣告されると少し照れる。そんな大層な者でもないのに。デルダを筆頭に従魔全員が頭を下げてくるから、肩が妙に強張った。吊り上げた目をそのままに話を聞いていたリュフォネを見る。眉間の皺が消えていない……。
「強くなる為に、か。……はぁ。フェルみたいな変わり者、そうそういないな」
理由として十分だったらしく、狭まっていた眉の間が普段通りになる。面白がるような悪い笑みを向けられ、珍獣扱いされていそうだと思う。
場の空気が和んだところで解散してくれると思ったら、後ろで控えていたデルクが一歩前に出てきた。
「あの、フェルさ、フェル。呪器は、どのようなものなのでしょう。効果や代償を知っておいた方がいいのでは?」
どうやら、私が装備してしまった呪器のことを気にしているようだ。少し待つように伝え、ステータスから装備を確認する。
・喜怒哀楽
喜怒哀楽が入り交じった気味の悪い仮面。着けると仮面は見えなくなる。
ランク:SS【呪】
種別:アクセサリー
効果:容姿・人格・感情コントロール
代償:使用後、自我や感情が徐々に失われる。長時間使う程、自我や感情を取り戻せなくなる。
「使用しなければ代償を払う必要はないらしい。周りに影響を与える物でもないし、多分使うこともないだろうから安心してくれ」
私の言葉に、ついさっきの話より大きく安堵の色を見せた。隣に並ぶデルタも同じことから、余程不安だったのだろう。幼い頃から言い聞かせられた禁忌に、主である私が触れてしまったのだ。不安に思わない訳がない。
窓の外を見ればもう夕方だった。家はどれくらい建てられただろうか。食料に関しても、農耕を行うという手もあるが、それに回せる人手がない。リュフォネに家を提供してもらっているが、能力である以上限界がある。私の知識も問題なく伝授できたわけだし、あとは時間があればいい。
「もう平気だから、皆戻っていいぞ」
なかなか部屋を出ようとしない皆に、私からそのことを口にする。デルダ達だって家ですることがあるだろうし、リュフォネは今日一日能力を使い続け、慣れないことをして疲れただろう。
「リスラ、スライム見に行くね」
一番に動いたのはリスラだった。ガラウがいて遠慮していたリスラだが、進化して間も無いスライムが気になって仕方なかったのかもしれない。相変わらずブレないところがリスラの良いところだと思う。新しい種類のスライムで、能力や個性も変わるだろう。私も興味がある為、細かな事でも伝えるように言って送り出した。
一人が動いたことで、他の者も動き始めた。デルダ親子が揃って帰り、リュフォネも私室に戻って行く。残ったのはガロウ達三人だけだ。
「さて、やっと本題に入れるな。悪かったな、こんな事になるとは思わなかったものだから」
「いえ、ご無事で何よりです、フェル様」
これでガロウ達と話ができる。もともと午後はそうする予定だったのに、私がこんなことになった所為で遅くなってしまった。
私はガロウ達にある調査をお願いしていた。川を下った先、荒野の一件だ。
「境を沿って走ってみましたが、一寸の狂いもない円形でした。走っている間も広がっていた為測ってみたところ、円周の長さから察するに、走り始めたときで凡そ五万平方メートル。時間が経つに連れ拡大する速さが増している為、今では六万はいっているかと」
話を聞けば、対処への時間は早くした方が良いと分かる。森の恵みも無限ではない。緑が減れば尚更だ。どうにかしようにも、原因が分からなければできるわけもない。
より詳しく話を聞き、荒野の中は魔源が吸われていることが分かったが、その魔源がどこに行っているのかは分からなかった。
荒野の件は後回しにし、もう一つの件を片付けるとする。別に必要という訳ではないが、あれば荒野の件を効率的に解決できる。
ナハトア。夜行性の鳥の魔物だ。
年中空を飛んで大移動を繰り返す。トアと呼ばれる八羽の群れを作り、綺麗な湖を探してはそこで繁殖する。その美しさに世界中を旅している旅人もいるのだとか。
そして今夜、そのナハトアがこの村の上空を通る。ゴブリンの警備隊とガロウ達で目撃したから絶対だ。
「やらなきゃ、ダメかな……?」
弱々しい声が、自分のものとは思えない。一人ならまだいい。一人ならできると、ガレウに言っても引いてはくれない。
もうすぐで時間になります、行きましょうと言って諦めない。どうしてこんな頑ななんだと問いたい。
渋々、ものすごく渋い顔で、私は外に出た。空を通り過ぎるだけのナハトアを、誘き寄せる為に。
「歌わなきゃ、だめ……?」
外に出ても尚歌おうとしない私に、呆れとからかいの目でガレウが見てくる。日が沈む。歌わなければ行ってしまうのに、どうしても歌いたくない。下手ではないことを知られているからこそ、歌わない選択肢がないのだ。
「フェルが契約するのですから、僕が歌ってしまっては意味がないではないですか」
仰る通りです!
でも、でもね。まだ、こちら側の言葉に直して歌えないのに歌うのは嫌なんだ。
なるべく村の者に聞こえないようにと森の中に来たが、ガレウを含め、ガロウとガラウがついて来た。来なくていいよ……もう。
当たり前というか何というか、折れたのは私だった。三対一は卑怯だと思う。時間もないし、これを逃せば何時できるか分からないからと納得はした。事前に確認済みだから良かったが、本来なら見つけるのは大変な魔物だ。試すだけでもやりたい。
「あ〜、あ〜」
うーん。やっぱりイヤだなぁ。
そうは思いつつも、結局は歌うのだ。
「ラララ〜、ラララ〜、ララ……」
言葉にできない為、音だけで歌った。恥ずかしさを紛らわせるように大声で歌ったお陰か、ナハトアは容易に誘き出せた。
闇に紛れ、夜を纏ったような鳥の魔物。ナハトアの群れが私の周りに寄ってきた。
「上手でしたよ、フェル。ナハトアも気に入ったようです」
「あ、ありがと」
様付けを禁止したガレウの距離が近い。嬉しいけど恥ずかしくて、頭が忙しい。ナハトアどころじゃないくらいだ。
滞りなく契約を行った後、名付けをする。と言っても、良い名前が思い浮かばない。
「何か良い名前ないかな……」
「何も思い浮かばねぇなら、同じので良いだろ」
「え?」
ふと呟いた独り言に返事が来て驚く。ガロウが興味なさげにナハトアを見ている。
「ユユ、ヨヨ、ルル、ロロ、クク、ココ、トト、ムム」
思いついた名前はとても単純で、でも何故か私は気に入ってしまっていた。ガロウは呼びやすくていいと言ったが、私は同じ音が並んだ単純な名前がいいと思った。
仲間が増えたことに静かに喜んでいたガラウに、私は気付かなかった。
部屋に戻った私は、就寝時間より早くベッドに入った。普段なら日記を書く頃だ。明日もやりたいことがある。魔法の練習という課題も増えたことで、一日が退屈しなさそうだ。
それはとても、あまりにも悲しい出来事で。
それなのに、涙の一滴も溢れないのが不思議で不思議で。
ああ、私は今、魔物なのだ。そう、初めて自覚した。
全てが溢れて零れ落ちる。
掠れた声しか出せない喉が憎くて、伝えたいことが伝わっているようにと願うことしかできなくて。
私の手は、全てを求め、全てを溢し、残っていたであろうものも、抱きしめ壊してしまっていた。
その力で自分を締め、終わりの始まりを繰り返す。思い出さなければならない記憶を、幾重にも重ねて植え付ける。
夢と、現実と、過去と、今と、未来と。
さあ、始めようか。
これは遊戯であって、遊戯である。
しかし、人生であって、人生ではない。
《参加者が誕生しました》
私が求めた時と同じくして、世界の声がそう告げた。
朝は挨拶から始まる。前世で日常だったそれが、今思うと素晴らしいことのように感じられる。
「おはようございます、フェル様」
今日も家を建てに出掛けたリュフォネと違い、ナハトアとあることをしようと村を歩いていた私にデルダが声をかけてきた。歩く度挨拶されることが少し嬉しくて浮き足立っていたところに、不意打ちを食らった気分だ。
「おはようデルダ。何かあったか?」
「ええ、まあ」
何やら言い難いことらしいので、帰りがてら屋敷に招くことにした。ナハトアのことは後でもできる。
屋敷に戻り、客室の一つを使うことにした。会議室のような部屋もあるが、人数が少ない為の客室だ。
リスラは森でスライム達と、ガロウは流狼といる。今この場には、ガレウ、ガラウ、デルダ、そして私だけだ。
「今朝、ナハトアのココ殿が遊びに来まして、そのときに話されたことなのですが……」
進化したナハトアは、言わずもがな幼児姿だ。自由にしていたが、どうやらデルダ宅にお邪魔していたらしい。
リスラもそうだが、ナハトアもゴブリン達に可愛がられている。ガロウ達は子供姿でも尊敬されているようだ。
「オーガとオークが戦をするとか」
「オーガと、オークが?」
「はい。そのようです」
デルダが話したのは、この村から川を渡り、リザードマンの住処を過ぎた先にあるオーガの里。そこにオークが群れで戦を仕掛けに向かっているとか。
「因みに、どっちが強いんだ?」
「一対一であれば、圧倒的にオーガが上でしょうな。しかし、オークの数が尋常じゃないと、ココ殿が申しておりました」
オークは草原で暮らしている。森に入ったということは、原因はやはり荒野だろう。食糧難に加え、住む地も追われたのか。
「荒野の調査と拡大阻止の予定を早めよう」
荒野が草原に戻らなければ、オークの住む地がないままになる。第三者が介入するには、そうするのが最良だろう。
それに、放って置けばこの村にも火の粉が及ぶ。予定が早まっただけだ。
『力ありし者よ、我が元へ来い。そして我を……』




