友達なんて……
生きる理由がここにもあった。
リュフォネとの語りは終わりを知らずに続けられた。まだ暫く終わりそうにない語り合いに、リュフォネが飲み物を取ってくると言って部屋を出て行った。
…………。
戻って来ない。どうかしたのだろうか。
いくら待っても戻って来ないリュフォネに、少し心配になってくる。リュフォネなら能力ですぐ戻ると思っていた為に、余計待ち時間が長く感じられた。
まだかまだかと、焦りが現れたときだった。ふっと、風が吹いてもいないのに、灯りの火が何かに掻き消された。更に暗さの増した部屋を、月明かりが照らし出す。
目が闇に慣れた頃、やはりリュフォネを探すべきかと本気で考える。
……ぇる。フェル。
リュフォネが私を呼ぶ声が聞こえる。脳に響くようで何処からなのか判断できない。声が聞こえ、リュフォネを探すことを決めた。
リュフォネに何かあったのなら、能力で構造が変わっているだろうか。部屋の外は長い廊下だ。見た感じ変わっているようには見られない。小さく遠くから聞こえてくるような呼びかけに、廊下を歩きながら耳を澄ます。
『気が付いたら一面真っ赤で……』
ふと、リュフォネに話したあの日のことが、言葉と共に思い起こされる。全てが赤く染まったような感覚に、逆に視界が赤いのだと考えたが、すぐにそれとは違うと頭がわかってしまった。
そう、まるでこの廊下のように……血の赤で染まって。
!!!??!!?!?
逃げろと脳が警鐘を鳴らす。心臓が一瞬止まり、反動のように強く遅く脈打ち出した。身体の奥から何度も何度も叩かれては、逃げろ、見るなと頭が叫ぶ。
目が、視界一面の赤を捉え、手が、破く感覚を脳に送り、鼻が、独特の臭いを吸い込み、耳は、せめてもの救いとして塞がれていた。音が聞こえなくとも、自分の息が荒いことは自分が一番理解している。
「な、んで……っ」
絞り出せた言葉は喉に支えて形が歪だ。
「りゅふぉね…………?」
ユノアとリュフォネが視界の中で重なる。赤が白に変わって、あのときこうなって欲しかった状態へと落ちた。身体の前面に受けた衝撃がどうでも良くなるほどに、もう頭が動かなかった。
呼吸の仕方を忘れたとき、私は閉じていた目を開いた。
意識が急激に覚醒していく。夢だった。そう思った途端、涙が込み上げそうになり拳を握って堪えた。「フェル」と確かな呼び声が聞こえ視線を移せば、リュフォネが生きて立っていた。
自分でもおかしいと思うほど当たり前のことに、あれは夢なのだと再度認識した。現実味を帯びた夢は、経験の追体験ならよくあることだと、そう思いながら。
「ほんと、心配したんだぞ。何か怖い夢でも見たのか?」
夢に魘されていた私は、リュフォネが私を起こしに来たことに気づかなかった。長い間ここで暮らしているお陰か、リュフォネは森の植物を美味しく調理できる。今まさにリュフォネのお手製スープを朝から頂いている。
「ちょっと夢見が悪かっただけだから」
大丈夫と笑って返せば、思ったより引き攣ってしまったことに後から気付いた。リュフォネが眉を寄せて訝しんだが、追及はしてこなかった。そのことにほっと息を吐きつつ、村に帰ってからのことを考えた。
やはり技術を持つ者にはある程度の知識として、前世の記憶を伝えておこうと思う。見ようと思えば見える脳内の本棚的な感じで、遠い誰かの記憶として与えれば平気なはずだ。……たぶん。
整った環境でまともな食事をしたのは何日ぶりだろうと思えば、結構前だったことを思い出す。あまり急ぎすぎるのも良くないが、早く村を発展させたい。
出発のときになって、リュフォネに屋敷をどうするのか尋ねたら、それほど愛着もないから消しても残してもいい、らしい。折角なので残すことにした。
屋敷を出て少し歩くと、ガロウ達が現れる。ほぼ歳の変わらなそうな子どもが数人で森の中から現れれば、妖か何かではないかと思えた。アンマッチ、だよね?
「フェルさ」
まを言い切るより先に、私はガレウの口を抑える。危なかった。以心伝心で様付け禁止! と叫び、ガロウにもご主人サマはやめるようにと言う。口論が始まりそうになるのを通信を遮断して止めた。
リュフォネに一人ひとりを紹介し、一度だけ魔物の姿になるよう指示した。驚いた様子ではあったものの、事前に伝えていたお陰で質問などはなかった。リュフォネの方も笑って自己紹介が済み、今夜までに着く為にも早々に発つことにする。
一人の絶叫と風を切る音が耳を擽りながら、私はリュフォネに声をかけた。「口閉じないと舌噛むよ」と。
私がガロウ、リスラはガレウ、リュフォネはガラウに乗っている。一列縦隊で走り、リュフォネを乗せたガラウは真ん中を二人に挟まれていた。私は先頭で走っているから風上なのだが、リュフォネの絶叫がはっきりといえるほど届いている。心なしか笑っているようにも聞こえるから、満更でもないようだけど。
木が前から後ろへと目まぐるしく過ぎ去っていき、私はリュフォネには内緒の話をするべく以心伝心で呼びかけた。
(ガロウ、ガレウ、ガラウ、リスラ。移動中の会話は可能?)
移動中が無理なら、昼食時や休憩時間にでも……。
(ンなの余裕だ)(大丈夫です)(……ん)(ん〜)
改めようかと考え言おうとしたが、すぐ返事されて遮られる。同時に話されているのに分かるところが聖徳太子にでもなった気分だ。複数人と通話するとこうなる。
ガラウは相変わらず口数が少ない。もっと話して欲しいとか、声が聞きたいとか言っても変わらないと思う。こればかりはどうしようもないし、時間が改善してくれることを期待するしかない。
(リスラには済んだ話なんだが)
(ん、リスラ? リスラがどうかしたの?)
技術者に記憶を与えるか否かの意見と、ガロウのように長い時間共に行動している者にも与えられたらという話をする為リスラの名を出したのだが……。
(うん、まあ。リスラに俺の記憶を与えたことなんだけど、ガロウ達にもどうかなって思って)
(記憶?)
(アァ? 抜け駆けしやがって)
ガレウとガロウがそれぞれ喋るが、ガロウは何か文句を言ってくる。私のしたことの何が抜け駆けなのか。
(えっへへへ〜、リスラの自慢〜)
リスラまで。てか自慢ってなによ。語尾に音符でも浮かべてそうだし、顔見なくても蕩けてるのがわかる。
それに機嫌でも損ねたのか、ガロウが以心伝心ではなく舌を鳴らした。それに油でも注ぐつもりか、リスラの自慢が始まった。
(リスラね〜、分身作れるようになった。あとね、あとね〜、いくつか進化条件満たしたよ! あ!! でねでねフェル、他の子達のことなんだけど)
(リスラ? ちょっと待っていようか)
思ったより低い声になった。話がそれたことに、どうやら自分でもだいぶご立腹らしい。このまま行けばリスラの自慢で休憩時間になってしまう。そしたらきっと休憩時間中も話続けるだろう。遮断すれば口頭にしてくる。知能は私と同じはずなのに何故こうも違うのか……。
はぁ……。…………ん、んん?? もしかして……でも、だとしたら。
(あの、フェル、様? 記憶というのは……)
思考に耽っていれば、ガレウが続きを促してくる。そうだ、記憶のことを話さないと。
(以心伝心は従魔にあらゆることを伝えられる。だからリスラに、俺の記憶を伝え与えたんだ。望むならガロウ達にもと思ってな。今夜までに決めておいてくれ)
言いたいことが言えたとき、丁度出発から昼食の間の休憩時間になった。速度が緩まり停止する。狼姿だったガロウ達も、このときは人型になる。
リュフォネが用意した革の水筒から水を飲み、飲んだ分を魔法で補充した。
「リュフォネ、乗ってみてどうだった? 気分悪くなったりしてない?」
直接聞くなら今しかないと思いリュフォネに尋ねる。乗り物酔いは初めてであれば起こりやすい。ガラウには配慮するように言ってあるが、酔うときは酔うものだ。
「気分は悪くないから平気だ。ガラウが話してくれて気も紛れたし、風が気持ち良かったよ」
「それなら良かった。何かあったらガラウに言ってくれればいいから」
ちょっと待って?!! 今ガラウが話したって……! リュフォネは良くて私は駄目なの!?!? 私って、やっぱりガラウに嫌われて…………。
「ガラウとフェルの話するの楽しいから、気分悪くなんてなンねぇよ」
ん、のか、な? ガラウのことが全然わからない。一番話したのなんて、蜘蛛討伐のときくらいだし。
リュフォネの話にますますガラウのことが分からなくなり休憩時間は終わった。同じ順にまた進む。今度からは私から積極的に話しかけようと胸に刻んで。
森を駆けること数分。一列だった隊形が乱れ、私は耳を塞ぎたい衝動に駆られていた。
「でね、分身がぷにぷにで面白いんだよ。形がぐにゃってなって〜戻れって言ったら丸くなるの」
「へー」
「泥団子みたいにころころしてたらどっか行っちゃったんだけど、でこぼこの道でも帰ってきて〜」
「そうなんだー」
「あ、それでね、いろんな形に変えてみたんだけど、細かい形はまだ全然で、立方体とか、球とかならできたよ。今は十二面体目指してるの!」
「ふーん」
「あと、進化できるようになった子達がいるから進化させたい!! 最初はどれがいいかな〜。やっぱり無難に魔力系? それとも魔物系? あ! 氷! 暑い日はやっぱり氷だよね〜。かき氷食べた〜い」
「自分食べるのかな?」
「あーでも溶けちゃうかな。あー! 木になったら森でかくれんぼできるよ!! スゴくない!? リスラ天才!?」
「はいはい凄い凄い」
本気で耳を傾けていた始めに比べ、今では返事すら棒読みレベルだ。内容は入ってきてはいるが。
隣ではリスラを乗せたガレウが申し訳ありませんと平謝りしている。耳と尻尾が垂れ下がって、こちらが謝りたい。うちのばかスライムがごめんね。
リスラの自慢話で耳に蛸ができ、時間が昼になってしまった。お昼はガレウが採っていてくれた果物だ。一つずつ食べても余りがあり、乗せてもらっている側としてガロウ達三人に渡す。お腹が空いているわけでもないからと言って遠慮するガレウとガラウに押し付ける。ガロウは遠慮も何もなく食いついている。
「フェルフェル」
残りを食べるガロウ達を眺めていれば、リスラが横から突いてくる。鬱陶しく感じくながらも返事だけはしっかり返せば予想外の話を持ち出してきた。
「リスラ以外のスライム達いるでしょ。何かわかんないけど、リスラ三人の眷属になったらしいよ」
………………………………は?
「一応報告までに」
「私>リイム・スイム・ライム>他スライムってこと?」
眷属とは何かを高速回転させ、前世から持ち寄りの頭脳で考えた結果、このような答えが出てきた。進化を考えればありえなくはない。ガロウ、ガレウ、ガラウだって似たようなものだもの。
「フェル≫リスラ>他の子達、だよ」
訂正されたけど、まあいいや。
ガロウ達も食べ終わり、また村へと進んで行くことになる。休憩を挟むことはできるが、そのまま行けば日が沈む頃に帰れるだろう。
「リュフォネ、休憩したくなったらガラウに言ってね。休憩無しで進むから、リュフォネのペースに合わせるよ」
ガラウに跨がるリュフォネに、先にガロウに乗っていた私から伝えておく。返事をしてから、ガラウに「ガラウ、よろしくな」と言っていて、既に仲良さげな感じが羨ましい。リュフォネのコミュ力を分けて欲しい。ゲームの賭けにガラウの攻略法でもお願いしようか。
順調に進み村に着くまでそれほどかからなかった。疲れていた所為もあってか、午後の移動で会話は殆どされなかったのもあるだろう。
村に着くとデルダを筆頭に代表格の数名に出迎えられた。時間も良い頃だし、美味しそうな匂いがすることから夕飯時かと思われる。
リュフォネをデルダ達に紹介し、自己紹介がそれぞれ終わると夜になってしまった。リュフォネには家を建てて欲しい旨は伝え済みだが、あくまで仮設。技術が発展してくれればゴブリン達自らの手で家を建てていきたいと思っている。
しかしながら、リュフォネにゴブリンと同じ家で過ごせというのは気が引ける為、できるなら能力で一軒建ててくれるようお願いした。……のだが。
何故、こうなった?
「フェル達も一緒に住むだろ?」
そう言ったのは他ならないリュフォネだ。明日からどんどん建てていくと意気込んでくれたはいいが、記念すべき……仮設ではあるが、一軒目には一緒に住みたいということらしい。
「友達なんだから。またゲームしようぜ」
ああぁぁああぁ、やめて! 友達ってサラッと言わないで。
自分が言葉にするのにどれほど努力したか知る由もないリュフォネは、簡単に友達と言ってくれる。羞恥と歓喜で軽く死ねる。
あああぁぁ、ほんと。
私には、ガラじゃない。…………らしい。




