18.ガラじゃない
鬼ごっこが開始してからどれほど経ったのだろうか。ここが、前世の記憶にあるユウギとやったゲームの世界に酷似していると気付いたのは、リュフォネと二度目に会った後だった。確証はない。だが、似ていることは紛れもない事実なのだ。
もうそろそろか。そう思えば、すぐに扉が大きな音を立て開かれる。
「どうして追い掛けて来ないっ!」
耳が劈くほど思い切り怒鳴られた。
うん。分かるよその反応。私だって鬼ごっこすっぽかされたら怒るもの。……ごめんね。それでも、私は勝負に勝つ気はないから。
鼻息を荒くしズカズカとこちらに駆け寄ってくる。逃げなくて良いのかと呑気に思ってしまう。制限時間になりそうなので逃したりはしないのだけど。こうしなければ勝ち目などなかったのだし、彼の過去に触れたくはなくてもしなければならなかった。これで私が彼の能力を知っていると伝えられただろうか。
「勝つつもりがないんだったら、賭けなんかして遊ぶなよ!」
あぁ、きっと間違ってなんかない。
本気で賭けのあるゲームに乗ってくれたのだと思い、嬉しくて微笑みそうになる。必死に表情筋に力を入れそれを堪えた。
彼、リュフォネは、ユグドラシルの世界に出てきた謎多き人物に似ている。
ある時、一晩で国を造ったバケモノと呼ばれる者がいた。一晩で国を造り、一晩で消し去る。各地でそれを繰り返し行っては噂を広め、家を建てて欲しいという依頼を請けては引き換えにゲームをしていた。
ゲームをこよ無く愛し、ゲームに執着し、ゲームで裏切られ、ゲームを恨んだ。それでもゲームから離れられなかった。
「ゲームは好き? もう少しで叶うよ」
ゲームの賭けは何でも言う事を聞くということだった。それなら彼の願いが叶う。もし、本当にここがゲームのユグドラシルなら、放ってなんておけない。
椅子に腰を掛けた状態で振り返り、彼に言う。手で窓の外を示せば、ちらりと一度だけ視線がそちらに向く。また真っ直ぐに私を見据え、ゆっくりと近づいてきた。静かな威圧感が凄い。
正直言って、いつ殺されるのかと内心ハラハラしてたりするのだ。今だって心臓がバクバク鳴って煩くて、リュフォネに聞こえていないかと心配になっている。
そんな心配をよそに、リュフォネは私の手を掴んできた。鬼である、私の。
え……?
何で負けるようなことしてるの?
疑問が浮かぶ中、リュフォネは歪めた顔を変えずに掴む手を重ねる形へと持ち変えた。……これではどちらの勝ちか分からない。丁度その時、窓の外が明らかに暗くなった。夕暮れが終わり夜が来る。
「えっと……これは、どっちが勝ちになるのかな?」
まだ握られたままの手を見て、リュフォネに向けて尋ねる。ぼそっと小さく返されるが、小さ過ぎて聞き取れない。握られた手に私からも力を込めて返せば、腕から手にまで伝わるほど肩が上がった。
「…………聞く、から。………〜〜っ、………遊、っで」
次はちゃんと聞き取れたが、その声は掠れていた。ふと見上げると、ぱたりぱたりと、顎を伝った水が落ちていっていた。水が溜まっては溢れ、また溜まる。零れ落ちたそれは頬を伝い、落ちる寸前の水と合流して小さな音を作っていった。
それ以上声が出ないらしく言葉は続かなかったが、リュフォネの言いたいことが分かった今、今度は私の番だと思い口を開いた。
「リュフォネ」
自分が思う満面の笑みを作り、彼の名を呼ぶ。握られた手はそのままにもう片方の手を掴んだ。堅く握られていた拳を取れば、彼の眉が僅かに動く。
もしかして、リュフォネからはよくて私からは駄目とかだろうか。それだったらちょっと悲しい。
瞑られた目から止まることがないそれが、俯いた今は床にそのまま溢れていく。ただでさえ背の低い私は、椅子に座っているとより低くなる。俯かれた顔が見上げれば正面になるほどだ。
嗚咽が酷くなり出した彼の耳にも届くように顔を近付ければ、私の頬に水が落ちる。彼はどこまで行ったのか、時間軸が分からない上に詳しくない私には推測すらできなかった。
彼の顔を覗き込めば口元に見覚えがあるように思える。それに少しの確信を抱き続きを口にする。
「ねぇ、友達になってよ。リュフォネっ!!」
私の要望に驚いたのか、閉ざされていた目がカッと見開かれた。気付けば溢れていたものも止まり、残っていた水が若竹色の瞳を潤ませて、朝露を受けたように澄んで見えた。ようやく目が合ったと、そう思えて口が緩んだ。
止まったはずの涙をまた流し出す彼は、見た目よりずっと幼く見えた。
ある時を堺に、ぱたりと噂が途絶えた。一時の噂は、地元の民にとって英雄や勇者でなければ消えゆくもの。
どれほどゲームをしようと、胸に開いた穴を埋めてくれることはなく。すればするほど、虚しさが込み上げるだけだった。
リュフォネは母国に帰っていた。しかし、それが地獄の始まりだった。
すっかり沈みきった日を追うように、西の空を窓越しに眺めた。泣き止んだリュフォネは目を腫らしたまま、今夜は屋敷に泊まっていった方が良いと言い、今居る部屋まで私を案内した。今は部屋に私一人だけだ。
用事が済んだ為、以心伝心で待っている従魔達に明日の朝までの待機を伝える。少々文句が多い通信だったが、聞き流して乗り切った。後で謝ろうと心に留める。
夕食は部屋に運ばれリュフォネと食べることはしなかった。夕食後、暫くしてから私はリュフォネを呼んだ。まだこの時は話していなかったことを話す為に。
「話ってなんだ、フェル」
「リュフォネは、魔物は嫌い?」
核心を突けずに避けて話てしまう自分が情けない。手短に済ませるからと、話は立ってしている為、少しでも俯けば私の顔はリュフォネには見えないはずだ。〝魔物〟というワードが小さくなり、自分で自分の心情を理解する。
「そりゃぁ、襲って来るし嫌いだろ」
「……襲わない、魔物だったら?」
「…………スライム、とかか? 好きかって言われると難しいけど、嫌いじゃないよ」
リュフォネの言葉に希望を持ち重ねて問えば、嫌いではないという、欲しい答えが返ってくる。誘導しているようで本心からは離れているかもしれないが、リュフォネの答えで気持ちが落ち着けた。
手を前で弄って目を彷徨わせ、私は意を決して本命を告白する。
前世で友達になろうなどという台詞を言ったことなどなく、勿論告白なんかする相手もいなかった私は、今世でいきなり難易度が高い気がしてならない。
「魔物、好きで。…………魔物の、とも……だち、がいるん……だけど、…………〜〜〜っ」
ああぁぁあああぁぁぁぁあああああ。何ではっきり言えないのっ!!!! ちゃんと喋ってよこの馬鹿っっ!! 私の馬鹿! 馬鹿馬鹿、ばかっ!!!!
言葉が途切れて先が言えず、心なしか涙まで浮かんでくる。従魔を友達とか、これだけは言いたくなかった。これで察して欲しいなど、無理にも程があると自分で思う。しかしそんな私の考えを、リュフォネはいとも容易く砕いてしまう。
「フェルの友達なら、俺も友達になれるかもな」
まるで数時間前とは真逆だ。リュフォネの言う意味が理解できた瞬間、私は俯けていた顔を無意識に上げていた。優しい言葉が胸に沁みて辛い。初対面であんな酷いことをした私にそんな優しくする義理もないのに。
やり直しても黒歴史として記憶に残るだろうけどやり直したい! 自分が赤面してると自覚してるから尚更だ。
また俯いてしまった私は、続きをリュフォネに言えないでいる。そうしているうちにどんどん時間が過ぎ、寝ないといけなくなる。するとリュフォネから明るい声が放たれた。
「フェル、ゲームしないか。負けたら自分のことを話すんだ。じゃんけんで三本勝負はどうだ?」
あれだけ目を腫らして泣いていたのが嘘のような明るさで、上目で見れば若竹色の瞳をキラキラ輝かせて言ってくる。もうその言動全てが優しさのようでやめてほしい。泣きたくなるから。
リュフォネに返事をしようにも声が出なかった。頷くだけならと思ったが、生憎、今私はただでさえ俯いている。せめて早く治まれと両手で覆って冷やすが、リュフォネを待たせるだけだった。顔を覆っているから見えないかなと思い、両手を顔に貼り付けて頷く動作を返した。
火照りの治まった頃、リュフォネ提案のゲームが始まった。
「「じゃ〜んけ〜ん……」」
勝った。はい、私勝ちました。三連勝です。
リュフォネが目を丸くして褒めてくれたが、私は素直に喜べない。何せその前に色々やらかしているから。
ルール通りリュフォネから話すことになった。立ち話も何なので、私はベッドに、リュフォネは椅子に座る。
「俺はアイヴィジアフロレシア王国の人間だ。だから特殊能力を持ってる」
そう言って始まったリュフォネの話は、彼がこの森に一人でいる経緯でもあった。
リュフォネは知っての通りアイヴィジアフロレシア王国出身である。特殊能力者はそこでしか生まれない。これは全国共通の認識なんだそうだ。
田舎の男爵家の末の息子として産まれたリュフォネは、裕福とは言えないまでも幸せな日々を送っていた。
跡取りとして兄が厳しく躾けられる中、学びたいことを学んできた。町に出てはそこに住む子どもと遊び、いつしかゲームが一日の中心になっていた。
「だから気付けなかった」
リュフォネの語りがされる中、トーンの低められた声に思わず肩が上下した。灯りが最低限にされた薄暗い部屋で、リュフォネは暗い気配を纏っていた。
田舎の男爵。下手すれば王都の富裕層より貧乏なそこは、領主と言えど楽には暮らせない。特に森から溢れる魔物の討伐に兵を使い、兵を使う為にお金を使えば、魔物の諸問題のない領地に比べて軍資金の消費が激しくなってしまう。
軍資金は民の税に加え、国から出される援助金で賄われている。もともと人口の少ない土地では、民からの税はあまり期待できない。税を引き上げるにも相応の理由が必要であり、更に民からの反感を買わないともなると難しい。
それが原因で、数年前から問題が起きた。
魔物の増加と活性化だった。活性化は何年かに一度起こる事の為対処はできたが、増加した魔物に対して例年通りでは難があった。
領地の兵に、傭兵、冒険者。使えるものは使っただろう。それでも足りなかった。魔物を抑えるだけで手一杯で、騎士が派遣されて魔物の討伐は済んだものの、領地の被害は膨大だった。抑える為につくった借金の返済は、没落貴族へと追いやるには充分なものだ。娘を嫁がせて肩代わりして貰っても残るほどだった。
父である男爵がとった最後の手段が、一家心中だった。何も知らされずに殺されかけたリュフォネは、そこで初めて能力を開花させた。兄と共に能力により建てられた未熟な建物に籠もり事なきを得たが、両親は依頼された暗殺者により依頼通りに殺害されてしまった。
兄は次期領主だが成人していない為、代理の者がやってきて復興を行った。リュフォネの能力により、魔物の被害で壊された建物はすぐに建て直すことができた。
姉の嫁ぎ先からの支援金もあり復興は順調に進み、そのまま兄が成人して領主になれるところまで至った時だった。リュフォネは誘拐された。厳密には、領主代理に売られたのだ。
そこから流れるように奴隷にされ、売られ、気が付いたら物以下の存在になっていた。能力持ちである特殊能力者は、奴隷容認国にとって高値で売れる存在である。リュフォネもまた、例に則って高値で買われた。
奴隷使いである主人は、迷宮の宝物と強大な力を欲した。奴隷を何人も引き連れ潜った迷宮では、奴隷と言う枠の仲間が次々に消えていった。八人が罠よけとして、十五人が魔物に喰われて。その他数人は、意識が外れたときに消えていた。もう、初めに何人の奴隷がいたのかも分からないほどに、進むに連れて数が減る。
そして数が両手の指で収まるようになった時、リュフォネは主人と逸れてしまった。消えていった奴隷達の立場に立ったリュフォネは、長らく失っていた恐怖心を思い出した。そして迷宮内を彷徨っていると、この森に辿り着いた。
「屋敷を建ててからはずっとここに籠もりっきりだ」
リュフォネはそう言って、自嘲気味に笑った。重い話に、自分の話をする勇気がなくなっていく。「次はフェルの番な!」とリュフォネが言うので逃げられもしない。長い沈黙の後、私は重い口を開いた。
「数日前まで、川の上流の方で師匠と二人で暮らしてた。師匠は魔法が使えて、私は師匠に魔法を教えて貰ってた」
転生のことは話さず、真実にできる限り近くなるように語った。
ある日の朝、見知らぬ男が家に来て、気が付いたら私は師匠を殺していた。使い慣れたナイフで刺して、一面が赤に染まり、手も赤く染まってから気が付いた。赤を眺めていたら、男は消えていた。
そこにいられなくなった私は、知らない外の世界に興味を持ち、必要な荷物だけを持って旅をすることにした。取り敢えず川を下っていたら、狼の魔物に出会った。始めは戦おうとしてけれど、数が多かった為諦め、代わりに従魔契約という魔法を使った。できる確証もないのに何故かできて、その時にあの男が使っていたことを思い出した。
魔物と契約を交わし、今では狼にスライム、ゴブリンと増えた。生きる術を身に付ける為に、一部の魔物とは戦っても来た。そして今、ゴブリンの村の建築技術の向上の為に、技術者を探していると。
リュフォネの話に比べたら短くなったが、そもそも長い時が経っている訳でもない為仕方ない。最後に、この屋敷の話をゴブリンから聞き、今に至るというところで話は終わった。
「………………」
「…………あのさ、リュフォネ」
「ん?」
めちゃくちゃ気不味いンですけど!?!
「明日、その村に帰るんだけど。……リュフォネも一緒に、行かない?」
「! ……ああ。フェルと一緒ならな」
大分夜も更けた頃、私は私の最も伝えたかったことを伝えられた。
楽しむ為のゲームで決めた話し合いは、思った以上に暗く重たいものになってしまったが、リュフォネは太陽のような明るさで了承してくれた。夜の闇に光を見つけたような錯覚がして一瞬目眩がしたのは気の所為だ。夜更しして疲れているのだろう。
「フェルの友達の話してくれよ」
場の雰囲気を和ませようと、リュフォネが話題を変える。私もそれに乗ることにした。
「流狼族っていう狼の姿をした魔物が、初めて従魔契約をした魔物なんだけど……」
語った。聞いた。時間も忘れて語り合った。
「それでな、迷宮の中植物全部光ってて……」
知らない世界。
「俺の能力以外にも、透明になったり水を出せたりする能力があって……」
知らない力。
「初めて見た魔法は、師匠が空を鳥みたいに飛んで……」
未知との邂逅。
「魔法で水を出せるようになったのは……」
終わりなき研鑽。
ああ、楽しい。楽しいなぁ。
行きたい。見たい。触れたい。知りたい。
冒険が、したい。




