17.死する者は思い出す
起きろ! 起きろ!!
何者かに背を押されるように、私は寝ていた身体を勢いよく起こした。誰かに声を掛けられていた気がしたが、何だったのだろう。妙に胸騒ぎがする。
私が起きたことに、ガレウが気付き挨拶してくれる。おはようと返せば、彼はガロウを起こし始めた。ガレウはあんな起こし方しないなと思い、別の誰かとして考えるが分からない。
先ずはリュフォネに言われた通り、昨日の部屋に戻ろう。小さくなった身体にも慣れ、大分混乱せず過ごせるようになった私は、寝ていたベッドから飛び下りようとし、固まった。
そこがベッドではなかったからではない。部屋でもなく、屋敷ですらない。建物の中ですらない屋外で、野宿をしていたことにだ。何で、ここにいるのか理解が及ばない。
今日は、何日目だ?
村を出て森を駆け、一晩だけ野宿した。今の状況はまさにその時を示している。普段は夜明けと同時に起きるが、まだ日は昇っていない。頭が高速で状況を理解すべく回り、ベタつく嫌な汗が首筋を撫でた。
屋敷を歩き回ったのは、夢だった?
リュフォネに会って食事して、友達に、なったのは……?
夢だと思いたくても思えない現実だった感覚に、一つ、考えたくない可能性が浮かぶ。
友達って言うのは、嘘、だったの?
朝の支度をガレウが筆頭して行う中、私はイレイアにステータスを表示するように言った。
名前:フェル
ヴァイオレット
種族:不明
性別:不明
年齢:不明
職業:未定
加護:解析不能
技能:エクストラスキル『以心伝心』
エクストラスキル『一心同体』
解析不能
称号:解析不能
従魔:漆黒狼
漆黒狼:5体
純白狼
純白狼:4体
銀灰狼
銀灰狼:4体
スライム
スライム:未詳
ホブゴブリン:758人
武器装備
・心中願望
埋め込み型の首輪。純白の神々しい見た目とは裏腹に、禍々しい光を放つ。シンプルなデザインだが、骨のような印象も持つ。
ランク:SSS【呪】
種別:アクセサリー
効果:殺した数により〝ゲージ〟が溜まり、一つ溜まる毎に一つのライフを得られる。ライフを使い果たさなければ、本来の死は得られない。数は身体に刻まれる。刻む場所は変更が可能である。
代償:対象の死と感覚を忘れず、背負い続ける。尚、敵味方問わず苦痛を請け負うことが可能である。夢であったり幻覚であったりする。
2/4
そういう事か。刻む場所は変更が可能……なら、脳に刻んでおこう。決して忘れないように。
今悟った。目をきつく閉じ、繰り返した時を思い出す。瞼の裏に刻まれた数を眺め、私は既に、人としても魔物としても、平凡など望めないのだと。
記憶通りの道なき道を進み、記憶通りの屋敷に辿り着く。二度目で驚きもしない怪奇現象に、これも記憶の通りだと溜め息を吐く。リスラが軽く首を捻ったが、気にしないことにした。
また、二度目。どうすればリュフォネのいる部屋に行けるか考え、屋敷に入ってすぐの吹き抜けならと声を張ってみる。
「すみません! 誰か居ませんか!」
反響する声は、屋敷中に響き渡った。これでリュフォネには届いたはずだと思い、部屋には入らずに扉を開け放っていく。私の意図に、ガロウ達も手分けして手伝ってくれた。
前回よりは早かっただろうか。歓迎されるというよりも、こちらが押し入った形でリュフォネのいる部屋に入れた。似たような反応で自己紹介が済めば、飲み物だけが用意されたテーブルに促された。
「勝手に邪魔してごめん。俺はフェル。こっちがガロウ、ガレウ、ガラウ。そしてリスラ。リュフォネは特殊能力者なんだよね? 俺はその力を貸してほしくて来たんだ」
ガロウ達を手で示しながら紹介し、あくまで俺として話をする。そして言わなければならないことを、前回しなかった選択を取る。
「先に言っておく。ガロウ達は魔物で、力を借りたいっていうのは魔物の為に家を建てて欲しいんだ。でも、別に襲ったりはしないから安心してほしい。従魔契約っていうので契約してて安全だから」
この世界の人間にとって魔物がどんな存在なのか、私は何も知らない。ただ知っているのは、従魔契約を行えば脅威にならないということだけだ。誰もが契約を行える訳ではないことも分かっている為、その上で魔物に対しての一般的な考えが知りたい。
人との会話にはやはり慣れず、上手く回らない舌に自分のコミュニケーション能力を呪う。前世はもっと上手くできたと思いながら、今の見た目だった頃とは変わらないかと思う。だったらこれは幼児退行だろうかと、リュフォネとの会話を忘れない程度に頭を使う。
「魔物……」
リュフォネの口から小さく溢れたそれを、私は聞き逃さなかった。それからリュフォネの眼差しが変わるのに時間はかからず、それを見た途端、私は間違ったことに気付いた。彼は、知っていたんだ。
屋敷がまるで生きているように脈動する。底面が側面へと移り、テーブルに挟まれるように背を叩きつけられる。重力に逆らい、底だった位置にリュフォネは立っていた。
「何もするなッ!」
リュフォネに敵意を示すガロウを、それに乗っかろうするガレウとガラウを命令で止める。リュフォネは部屋から出ていき、ここには散らかった食器と私達しか残っていない。始めから魔物だと分かっていて、殺すことが目的だったのだ。
私も、魔物を初めて見たときは、恐怖しか抱かなかった。また考えが至らなかったんだ。
頭が重くて上手く働かない。人との付き合いが薄れてから、この世界に来て人とどう関われば良いのか分からなくなっている。
リュフォネの能力か、壁が四方八方から迫ってくる。この部屋から出たとしても、屋敷から出ることはできないだろう。逃げても意味がない。
せめて、せめてガロウ達だけでも……。
あ゛あ゛あ゛あぁぁあああぁぁぁぁあああああっ…………。
悲鳴と呼ぶにはあまりにも濁った叫びは、己の愚策と愚行への憤りで満ち溢れていた。
三度目の同じ時。
もう、諦めるべきなんだろうか。リュフォネの屋敷にさえ入らずに関わらなければ、繰り返すこともなく済む。
でも……。リュフォネのことがどうしても頭に引っ掛かる。使命に縛られるような、私がしなければならないことのような気がする。
そもそも魔物しかいないはずの森に、しかも荒野で魔物が増加している時にここにいる時点で可怪しい。何か事情があるとしか思えない。だからこそ、彼との交渉を取り付けなければ。
挨拶以外の最低限の会話を行わずに朝食を進め、愚策しか思い浮かばないのではと思われる頭に破裂しろと言い聞かす。そして私は固く閉ざした口を開いた。
「ガロウ、ガレウ、ガラウ、リスラ」
一人ひとりに目を向け合わせ名を呼べば、動かしていた手を止め向き直ってくれる。たとえ拒まれても、これだけは絶対に命令として聞いてもらわなければならないと心に決める。
「屋敷が見え次第、そこから先は待機していろ」
ぐわっと、空気が震えたと思えるほど一斉に目が見開かれる。また私がしでかすと思われたか、ガレウからは黒い気配すら感じられた。それでも譲る気はさらさらない。命令だと理解した彼らは、肩を一度上下させて押し黙った。
屋敷へ無言で向かう道行きは、今までで最も速かった。
招かれるように開かれた扉を潜れば、背後でバタンと音が鳴る。きっと今もリュフォネはこちらを覗っている。
「魔物、か……」
リュフォネが言っていた言葉。口の中だけで呟かれたそれは、誰かがいたとしても届かないだだろう。
転生して初めて会ったのはユノアだった。でも、あの日から自分自身の人としての存在が間違いのようで、魔物として魔物に紛れていた方が正しいと思うようになった。
最初は愛玩動物感覚だった。ペットとしてなら平気だと、狼とスライムを従魔にした。
ゴブリンは従魔の力試しのつもりだった。そもそも彼らに立ち向かう程の戦意はなく、濁った何も映さない瞳が、私のようで嫌気が差した。
従魔が進化して人となったとき、ペットとして飼うつもりだった私は当然戸惑った。これでは意味がないと。そう思っては、ガロウ達と話せることが夢のように嬉しくて仕方なかった。だからゴブリンでも平気だと、麻痺した脳が高を括った。
私は、人の道を外れた。そんな、人外が声を張る。人の皮を被り、自身ですら己を忘れた者が。
「すみません。どなたかいらっしゃいますか?」
抑揚のない声が、響き渡った。
「それで、どのような御用でこちらに?」
部屋に招かれた私は、リュフォネとテーブルを挟んでいた。見た目よりも大人びた対応には、既に警戒していることが感じられる。
遊びに来たのと女の子らしく戯けて見せ、続けて賭けをしましょうと低めた声で囁く。
「私が勝ったら、言う事を一つ聞いて。貴方が勝ったら、私が言う事を何でも聞くから。勝負内容は貴方が決めてくれていいよ」
自己紹介を済ませた今、彼にとって重要なのは私の要件だった。魔物と共にいるところは見られていない為バレてはいないと思う。しかし、魔物がいる森に子どもが一人でいることから考えて、私は化け物か何かに見えていることだろう。
顔を顰め睨み、大分時間が経ったときに応えられた。
「……鬼ごっこだ。制限時間は日が沈むまで。君が鬼で俺が逃げる。待ち時間は三十秒」
勝負内容がつらつらと語られ、最後にゆっくり席を立った彼は時間を数えながら扉に向かった。彼がカウントしてくれるらしい。重ねて私も数えれば、十を言う頃に彼は部屋を出た。
鬼ごっこが、始まった。
部屋を出ていくリュフォネを見送った私は、数えることをやめた。負けるつもりはないが、追う必要もなかった。一分一秒が過ぎていく。出されたカップに口を付け、飲む寸前で元に戻した。飲めないことに肩を落とし、飲めなくさせた自分が更に嫌になる。窓から刺す陽に目を向け、早く過ぎろと念じた。
リュフォネのいる部屋はいつも変わらない決まった部屋だ。だから埃が積もっていることもない。玄関口が見渡せるこの部屋は、彼にとって都合が良かった。何処を見ても埃ばかりだった屋敷に、私は寂しさを感じた。
何もせず時が経つのを待つのは、思った以上に疲労を促した。何も映さずにいる私の瞳は確かに数を眺める。ニが三に変わっていることに、これなら狂うこともないと考えた。
一人でいる時はイレイアと話すのに、そう思うことはなかった。代わりに別のことが頭を埋める。
リュフォネ。
私はその名を知っている。記憶なのか、前世でなのかは思い出せないが、聞いたときに確かに感じた。デジャヴのようでそうでない、知っているという感覚だった。
思い出さなければと、咄嗟に思ったことはそれだけで。リュフォネだけではないのだと、自分の不可解な思考に対して悟った。
これはただの転生などではない。況してや平凡を望んでいいほど温くもない。
この世界の名は――
この舞台の名は――
………………その、ゲームの名は――
――『ユグドラシル』




