16.屋敷の主
「そっか。じゃあ、会いに行こう。その変わり者に」
記憶を以心伝心で伝えられたはいいが、問題は残っていた。リスラは生まれたばかりと言っていいほどの知能しかなかった。だからこそ記憶を混乱せず取り込めた。だけど、ゴブリンのように幾らか知能を持った状態でやったら……どうなるか予想ができない。そして結局のところ、技術者は必要になる。
「屋敷はここから一週間ほど歩いた所にあるそうです。僕達なら一日あれば十分かと」
「流石ガレウ」
日が空を橙に色付けている。東には一番星が既に輝いているのではなかろうか。
「出発は……」
「すぐにだ」
ガレウの言葉を遮り、逸る思いをぶつけた。ガロウは呼べばすっ飛んで来て、ガラウはもう準備を始めていた。一体何処で話を聞いていたのか。
戦力を残す為に、各村に流狼族とスライムを置き、連れて行くのはガロウ達三人とリスラに限定した。
以前のように森を駆ければ、すぐに夜がやってきた。もともと村を出たときが遅かったから仕方ない。村で過ごした時間はそれほど長くはないが、忙しさからか野宿が懐かしく感じられた。
スライムは睡眠の必要がない。リスラが見張りをしているから安全なはずだが、ガロウ達は交代で見張りを夜通し行っていた。幼い頃の経験は大人になっても失われないと言うが、ずっと気が休まらないようになってしまったらと思うと気が気でない。休めるときには休んでほしいと思う。
日が昇ればまた進み、慣れた足取りで森を行く。
暫くすれば森に似つかわしくない、豪邸と言えるほど立派な屋敷に着いた。これは、インターホンがないと出てくるか不安だ。
リスラは人型と合体に慣れる為、元から人型で一人だ。狼姿のガロウとガレウに人型になるように指示し、私は不安と期待を胸に地を踏み締めながら玄関に近付いた。案の定インターホンという便利な物は付いておらず、届くかも分からないノックを鳴らし返事を待った。
…………シーン。と、効果音が出てそうなほど静かな時間が流れる。予想が当たりどうしよかと考え始めたとき、扉が音もなく開いた。既視感を覚えながら、背後で緊張感で張り詰めた従魔に安心するよう笑い掛ける。行こうと一言声を掛け、一歩屋敷に踏み入った。
バタンッ!!
「へ?」
皆が屋敷に入った途端、扉が今度は勢いよく閉まった。驚くより先に間抜けな声が出る。やばい。と、三文字の言葉が頭を埋め尽くす。次には、ホラーやダンジョンで入ってはいけない部屋に入ってしまったシーンが浮かぶ。
どうかさっきの声が従魔に届いていませんようにと願い、引き攣っている自覚がある顔で振り返る。ほぼ同時だったのか、ガロウとガレウは扉に振り返っていた。顔を背けられたと思ったが改める。扉に近い分、音も振動も彼らの方が強く伝わる。
ガラウとリスラはこちらを向いていた為目が合った。目が合ってからガラウは後ろを一度振り返り、興味なさげにまた正面を向いた。あくまで私が行動するのを待っているらしい。
リスラは私の反応に首を傾げ、記憶から何を思い出したのか納得した様子を示す。
何だろう、間違えた感が凄い。
ガロウとガレウが扉を見て、開かないことに強度の確認に移った。報告もなく重要視していないことから、破壊できる強度なのだろうと考える。
入れてくれたことから、歓迎しているかは分からずとも会うことはできるのだと思い、今は出ることは考えないことにした。
埃の積もった元は紅色だったのであろう絨毯が敷かれている。典型的な階段が正面にあり、二階の廊下が頭上にまで一周していた。一階の左右には、細かな彫り細工のあしらわれた扉が一つずつ。天井には火の灯されたシャンデリアが吊るされている。
何処から行けばいいんだろうか。外観からして思っていたが、屋敷の中が広すぎる。一階から回ろうかと考え従魔に訪ねてみたら、左が良いということだった。
扉を開く。何処も埃を被っているのに、蝶番が錆びた跡はなかった。奥に続く部屋に進む。部屋を一つひとつ回り中を見たが、普通の屋敷としか言いようがない。使われた形跡がない上に金属の錆がないことだけが謎だ。部屋は多いが複雑な間取りではないから覚えやすい。
階段を上がり二階も散策する。こうも人がいないと玄関での現象が本当にホラーになってしまう。回っても回っても終わりが見えない。
あれ? この部屋広すぎない? これだと向こうの廊下にぶつかっちゃうんじゃ……。
廊下が長すぎるし、天井が高すぎるし、これだと外観を軽く越えてしまう。
ついさっき入ったばかりの部屋を出る。廊下が仄暗く奥が見えないのが不気味だが、何の変哲もない。花瓶や絵画などが飾られもしているが、同じ物を見ないほど数が多かった。
同じ物を見ないほど。
「フェル、フェル」
小さな手が私の袖を摘んできた。私をフェルと呼び捨てにするのは、この場でリスラだけだ。抑えられた声量に疑問を持ちながら何かあったか聞き返す。
「動いてる。ここ、扉開ける度に動いてる」
私が薄々気付いていたことを言葉にされ、やっぱりかと溜め息を吐く。誰かに言われると確信めいていて怖い。一人でないことが救いか、逸れないようにと意識を強める。
イレイアに聞くことにした。
(イレイア、これは魔法か?)
《魔法の一種であると認識します。
ルフティの残滓を確認。同調し干渉した結果、特殊能力であるとの返答が来ました》
(色々と初耳なんだけど、先ず特殊能力って何?)
《特殊能力とは、アイヴィジアフロレシア王国にのみ見られる、生まれ持った能力のことを指し、魔力や魔素を使わず発動できる魔法の一種のことです》
(何それ狡い)
《……はっ》
(あ! 嘲笑われた)
《気の所為です》
(……。その特殊能力を妨害、阻止することは?)
《特殊能力者が解除する必要があります。
特殊能力は個人で能力に差があり、時間経過で解除される者、自身の意思で解除される者、死亡することで解除される者と様々です。尚、死亡が原因で解除されるかは、本人が死ぬまで分かりません》
進めもせず戻れもせず、どうにかするには家主に会うしかない。会うにはこの特殊能力を止めなければならない。完全に悪循環に嵌っている。
「おい! おい!」
イレイアと会話していた私に、ガロウが噛み付くように怒鳴る。長話をしすぎてしまったらしい。イレイアと話すときは呆然としているから不審に思ったのだろう。ごめんと謝り、また一つ部屋を覗く。
行動しながら話せるようにした方が良さそうだ。
(つまり、この屋敷の家主はアイヴィジアフロレシア王国出身ってことでいいのか)
《そういう事です》
何故かドヤ顔してる気がしてならない。無機質なようで、偶に感情の籠もった声になっているような。
《あと少しです》
(何が?)
ガロウに怒られた為部屋回りをしながら話せば、意味不明な言葉を言ってくる。
ギシッ。
ん? ギシ?
部屋を歩き回っていると、床から嫌な音が鳴った。今まで古びたような物はなかったのに。この部屋は団欒用なのか、テーブルと椅子が並べられている。暖炉の前は上等そうなソファーが置かれ、暖炉自体も高価な物に見える。
パタン。
今度は何!
焼けになりながら音の鳴った方を見る。開けていた扉が閉じていた。疲れからかホラー要素に若干腹が立ってきた。
「フェル様、この部屋にも人はいません。次に行きましょう」
「ああ」
私の心情を察してか、ガレウが促してくる。勝手に閉じた扉を開ける為ドアノブに手を掛ける。身長が低い所為で背伸びしないと届かない。いつになったら終わるかと思いながら、背伸びした状態で扉を開くと……
「よよよようこそ。か、歓迎、するよ」
そこには一人の少年がいた。緊張から舌を噛んだらしい。
鮮やかな布が飾り付けられ、飲み物や食べ物がずらりと並んだテーブルはパーティーの会場のようだ。人数分のグラスがあることから、私達の存在はわかっていたのだろう。
ここに辿り着けたのは準備が済んだからと言ったところか。
「よ、ようこそ。俺はリュフォネ。話すのは苦手で、上手く話せなくてごめん」
先ほどの言葉を言い直し、自己紹介をしてくれる。人見知りが理由なのに謝罪までしてくれた。
四人に以心伝心で一切喋らないように言い、彼との会話を私が受け持つ。
「勝手にお邪魔してごめんなさい。この屋敷は一晩で建ったって聞いたから、見てみたくなって」
「聞いたってことは、君の他にも人がいるのかッ」
私が聞いたと言うと、彼は前のめりになって目を期待に輝かせた。期待させて悪いが、私が聞いたのは人ではなくて魔物だ。
「ううん。人はいないよ。期待させてごめん」
彼の瞳から光が消えるのが目に見えて分かる。ずっと人を待っていたのだろう。本当に申し訳ないことをした。ここにいるのだって、魔物から逃げ助けを待っているだけかもしれない。
希望を失った眼で無理に笑う彼に、私は単刀直入に聞くことにした。
「自分はフェル。リュフォネ、君のその力を借りたくてここに来たんだ」
屋敷に入ってからずっと惑わされた。何らかの能力を持っていることは知られていいと考えて能力を使っているはず。
無理な笑顔が驚愕と恐怖に変わる。「俺の、力……」と微かに呟いたのがここまで届いた。
もしかして、無意識だったのだろうか。能力を使った自覚はなく、ただ部屋で私達を待っていたと言うのか。
取り敢えず席に着けばいいのかな。
用意された料理の中にはスープといった温かいものもある。冷めない内に食べた方が良い。リュフォネに座っていいか聞くと、しどろもどろになりながらも頷いてくれた。
私が示された席に着くと、従魔達も座り出した。私を中央にし左右それぞれ二人が座る。リュフォネは向かいに一人で座り、テーブルが長いからとはいえ人数の差を考えてしまう。
「改めて、俺はリュフォネ。多分分かってるだろうけど、アイヴィジアフロレシア王国の出身で特殊能力を持っている。フェル、さんは俺の力を使いたいってことで良いのかな」
パーティー会場だった部屋が、一気に面接室に変わっていっているように感じる。
「うん、そうだよ。さっき言ったように、一晩で建てたって聞いたから。あと、フェルでいいよ」
「俺の力を貸すことは構わないよ。その代わり、フェル……俺と、と友達に、なって、くれないか」
最後が小さくて聞き取りづらかったが、確かに聞こえた。望みが可愛くて頬が緩む。力を貸してくれるとリュフォネから言ってもらえたからには、それだけのことはお安い御用だ。
そして、話をしながら食事をし、今夜はこの屋敷に泊めて貰えることになった。少しだけだがガロウ達の紹介もでき、あっという間に夜を迎えた。
…………
「ユノア、ユノア。また、楽しいことがあったよ。ユノアも一緒なら良かったのにね」
黒、紫、青。闇が覆う森の中、屋敷の窓枠に座りそれを見上げる。
星の数を数えても、終わりが来るはずもなく。
知る限りの歌を口ずさんでも、闇に吸われ行くだけで。
全て知っていた。
何も知らなかった。
君の色は何色だい?
「私、わたし、わた、し? おれ……オレ? 僕ぼくボク、? 君って誰? 誰だっけ。私、俺、僕……どれだっけ? 何だっけ? あれ、行かなきゃ。イカナキャ」
色が消えてしまう。
大丈夫。まだ、数がある。
『――/4』
歌が、止まった。
(눈‸눈)
《……はっ》




