戦場で舞う
目が覚めても夢の中のような、そんな時がときどきある。
例えば今のような……。
「なあ、何でお前ら狼じゃないのかな?」
目を開き、暗闇に慣らすよう凝らしたら、整った綺麗な寝顔が目に入った。人型のガロウとガレウ。ガロウは私を抱き枕にし、ガレウは鼻が触れそうなほど近い。土に布を敷いて寝ている為、狭いのは分かる。分かるのだが、三人も入れば当たり前だろう。
私の声で目を擦りながらガレウが起きる。そういえばガラウがいない。
「ガレウ。ガラウはもう偵察か?」
「……はい。フェル様が眠って少ししたときに出ました。勿論、スライムを連れて」
寝起きの所為か、少し間をとってから返事が来る。どうやら送り出しができなかったらしい。眠かったのは確かだが、起こしてくれればいいものを。
私、やっぱりガラウに嫌われてんのかな……。
「ガロウ起きろ。動けない」
先ずは起きないガロウを叩き起こすとする。呑気に欠伸しながら起きるガロウに、若干苛立った。
簡易寝床を片し村へと向かう。夜明けと共に進軍する為、村には灯りが付いたままだった。
「どうして今回も駄目なんだ!」
「駄目です、絶対に!」
ガラウと合流し進行していた最中、ガレウとガロウにまたも止められた私は、耐え切れずに声を荒らげた。幼児体型で言われても説得力に欠けることは分かっている。それでも今回は譲れない。
討伐すると宣言した以上、契約することはできない。ガラウからの報告によると、蜘蛛は縄張りを糸で拡張し続けているらしい。簡単には蜘蛛に辿り着くのは難しいということだ。
「今回はスライムにも戦ってもらいます。特に蜘蛛の糸は、スライムが処理するのが一番です。
蜘蛛にダメージを与えるのは僕達がやりますので、フェル様は指揮の方に徹してください」
ガレウから正論が放たれる。反論できない。その通りだった。私ではダメージが与えられない。
「……分かった」
渋々頷く私に、ガレウの顔が見るからに安堵に変わった。それほど心配されているとは思わなかった。
川を下っていき暫くしたとき、蜘蛛の糸が張り巡らされた一帯にぶつかった。さて、スライムの仕事の時間だ。増えていたスライムを解き放てば、命令通りに糸を喰い溶かしていく。私の出る幕など始めからないのだ。これはもう時間の問題だろう。
蜘蛛の魔物の戦闘に、私とガラウは参戦しない。ガラウは偵察で貢献してくれた為お留守番だ。
「ねえガラウ。俺が勝手に戦いに行こうとしたら、止めるか?」
ガロウとガレウが獣化し、巣を撤去するスライムの後に続いてるのを眺め、隣で同じように眺めるガラウに問う。返事は期待していないが、今なら答えてくれる気がした。たっぷり十分経ってから、ガラウが口を開いた。
「止めない」
「そっか。ガロウとガレウは何であそこまで止めようとするか、ガラウは分かるか?」
「……失わない為」
答えが来たことに更に問いを重ねれば、また短くも確かな答えが来る。心を読んだのか、続きが述べられた。
「群れで、沢山死んだ。ガレウ、ガロウ、死んで欲しくない、からだと思う」
「…………そう、だったんだ。最後に一つ、ガラウは何故俺と話してくれなかったんだ?」
「……………………自分の、声が、嫌いだから」
話題を変えようと聞いた疑問の答えに、思わず笑いそうになる。以心伝心があっても、伝わらないことがあるのだと分かって嬉しくなった。
……!?
「どうやら、戦わないっていう選択肢はないみたいだ」
ガラウと雑談していて気付かなかった。産卵し孵化した蜘蛛の集団に、囲まれていることに。
蜘蛛は我が子でさえも喰らうときがある。空腹からの行動だが、目の前に敵と成り得る餌がいるならば話は別だ。蜘蛛の巣を壊した時点で気付かれ、挟み撃ちにする魂胆だったらしい。
「ガラウ、手伝ってくれ」
「了解致しました」
背後の複数の気配に反応したのは、私だけではない。むしろガラウの方が数拍早かっただろう。私が助けを求めれば、畏まった返事が来て口角が上がった。
ああ、戦える。
戦闘用武器は持っていない私だが、ナイフだけはずっと持っていた。相手は孵化して幼体の蜘蛛とはいえ魔物。話によれば全長一メートルはあるであろう。やはり、進軍させておいて正解だった。
「私は、ガラウの声好きだよ」
駆け出す直前溢れた本音が、ガラウに届いたかは分からない。それでも、応えてくれたことが嬉しくて嬉しくて。声が聞けるなら、名が呼べるなら、名が、呼ばれるなら。私はガラウを、誇りたい。
一直線に駆ける。身体が疼いて収まらない。前はあれほどまで怖かったものを。
ナイフに魔力を乗せ構える。試したことが無いにも関わらず、イレイアにできると確認を取った途端自信が背を押した。
魔力を風に変え振り切る。近距離よりも短いリーチも、魔法があれば中距離、遠距離に変えられる。私の一閃の後、ガラウが跳び出した。百を越え千を越える敵軍に対し、こちらはたったの二人。
十分だ。
血湧き肉躍るなど、戦場にあってはならない感情だ。それはもう、戦闘狂でしかないのだから。だからこれは、また別の感情。言うなれば、冷めない興奮が戦闘に走っただけ。
ガラウが私に敵を近付けず、私は距離を問わず斬りかかる。無敵とは言えずとも、体力と魔力の有り余る限り戦える。そんな陣形が出来上がっていた。
魔力を乗せたナイフは、見た目より刀身が伸びていた。風魔法に変えれば遠距離として使える。ナイフがあることで照準が定めやすく、的に当てることができた。未成熟の蜘蛛では外殻も容易に裁てる。振るえば振るうほど、視界の緑が赤に変わった。
これは、ガロウとガレウに怒られるかな。
蜘蛛の親玉とも言える大元に向かった愛しい従魔を思い浮かべる。この感情がどこまで届いてしまっているのかは分からない。ただ、今は全てバレても良いと思える。
戦闘を開始して三十分以上が経過した頃。蜘蛛の子の群れが途切れ、ガレウから討伐完了の報告が入った。赤く染まった森を見て、それから震える腕を見て、もう平気かと自分に尋ねた。
報告から暫くして、ガロウ達が戻って来た。幼体の蜘蛛の話をしていなかった私は、当然の如く叱られた。主従関係がもう分からない。萎縮しきった状態で村まで帰ることになり、余計気まずくなる。気が進まず、帰りはガロウではなくガラウに乗って帰った。
「ごめんなさい……」
乗っているガラウにも届かないほどか細い声で謝ったが、きっと届いてしまっているだろうと思う。
村に戻った私達を迎えたのは、勝利を知らされたゴブリン達だった。先に狼を一匹向かわせ、持たせた布の色で戦勝を伝えていた。
昇りきった日が気温を上げると同時に、勝者に熱を灯していく。昼に開かれた祝勝会は、日が落ちるまで続いた。私は揉まれるのを恐れ、早々に用意された部屋に退避した。
「お前らに名前、付けてやらないとな」
誰もいないはずの静かな部屋で、その声は妙に澄んで耳に帰ってきた。
スライムの命名。
ステータスを見て調べ分かったことだが、個体同士が集まり一つに見えていた為、正しい数が分からなかったらしい。どんな仕組みかまでは分からなかったが。
「どんな名前がいいか……」
自分にネーミングセンスがないことは百も承知だ。でも、呼べるならば名を呼びたい。
常に私の傍にいる三体のスライムを手で招く。綺麗で滑らかな輪郭をなぞるように撫で、その名を紡いだ。
「スイム、ライム、リイム」
ガロウ達の時と同様に、イレイアの進化可能という言葉が響く。今度ははっきりと進化させる意思を持って返答し、ガロウ達の進化時を彷彿とさせるようにスライムが眠りにつく。
今彼らに頼むのは悪い気もしたが、もうそろそろ狼全体に進化してもらいたい。
(ガロウ、ガレウ、ガラウ。宴が終わり次第、狼を全て進化させろ)
以心伝心により命令すれば、すぐさま返事が返される。強制的に出ることになる電話みたいなものだが、電話よりも便利だ。
(フェル様、ゴブリンの進化はいつ頃にするのでしょうか? この先も魔物と戦う機会はあると思われます。出来るだけ早い方がよろしいかと)
お、流石できる従魔ガレウだ。察して予定を聞いてくれるところが秘書っぽく感じる。
(明日から二、三十人ずつやろうと思ってる。ここの他にも似た場所がないとは限らないからな)
森全体が魔物が集まったことで食料枯渇状態になっているなら、この村以外も同様と考えるのが普通だろう。上位種に進化すれば少しでも生存率が上がるはずだ。
だからこそ今日は早く休み、また明日動き出さなければならない。最終的には、荒野の原因を突き止め解決したいとも思っている為、今まで以上に忙しくなるだろう。家も再建しなければならないし。
食料問題の解決。衣食住の確保。謎の荒野の侵食の阻止。
やるべき事は山とある。考えたい事もあるし、眠っていられないのも確かだが、休むことも大事だ。特に戦い続けた身体は素直に休息を欲している。ガロウ達におやすみと言った後、眠気に身を任せスライムを抱えて眠った。
翌日、命令通りに狼が進化していた。進化には一日ほどかかるはずだが、リーダーが進化しているからか早かったらしい。そしてスライムも進化が終わっていた。種族によってかかる時間が違うのか、回数を重ねる毎に速度が上がるのか。
スライムは見た目が変わらなかったが、ステータスに『人化』に加え『拡大』『縮小』『合体』が追加されていた。合体を使ったところ、村の至る所に散らばっていたスライムが集まり出し、進化させた三体に吸収されていった。同時に縮小も使われたようで、大きさは大して変わらないが若干大きくなっていた。
ゴブリンに周辺の村について情報をもらい、漆黒狼に乗って各所を巡った。理由は、協力関係を結ぶこと。荒れ地が森に戻っても受けた損害はどうにもならない。そこで協力関係にあれば、助け合うことが可能になる。
魔物は同種間でも協力することがない。村が違うというだけで要らぬ諍いを起こさないよう、無干渉を貫く。面倒なことに、強者が仲介したりしなければならない。そこで従魔契約も行われ、私の従魔は一気に数が増した。
同時進行でガロウ、ガレウ、ガラウの三人にスイム達を任せ、蜘蛛の魔物の後処理に向かってもらった。本当は私も行きたかったが、早期解決を考えれば仕方のないことだとも思えた。
二手に分かれ進めたお陰で、一日だけで終えられた。しかし、そこで問題がまた浮上する。
無理。マジでムリ……。
増えすぎた従魔の、命名である。




