11.従魔
次こそは、失敗しない。必ず成功させてみせる。
前世で……日本で生きていた頃、そんな思いを胸に、何かに挑戦しようとしていたことがある。結局どんな結果で終わったのかは、覚えていない。ただ、雪乃が自分のことのように真剣に、一生懸命応援してくれたことだけは、鮮明に覚えている。
動物に嫌われている。懐くとそれが嘘のように戯れつくが、懐くまではいつも、酷く警戒されてしまう。
昔から、具体的にどれほど昔かは分からないが、私が物心ついた頃には、そうだった気がする。
………準備は整った。
現在、私を喰らおうとする数時間前と変わらぬ姿の狼と相対していた。
チャンスは一度きり。本来であれば無かったはずのチャンスだ。逃す訳にはいかない。
肺が破裂するほどに息を吸い込む。身体の奥底に閉じ込めていた熱を開放する。次に行う動作に、その熱を入れ……放った。
「従魔術、従魔魔法『鎖繋』」
張りのある声が、障害物のないその場で響く。静かな風が、私の声を拾い去っていった。
幾何学模様が狼を中心に現れ、光ったかと思うと消えていた。光とほぼ同時に、目に見えない何かが結び付く感覚がして心臓が跳ねた。カチリ、と聞こえない音が聞こえた気がした。
狼の群れが、私の前に跪いている。二度目にして正しい道に進めたように、危機は去っていた。それどころか、自身に迫っていたはずの危機は、形を変えて私の目の前にいる。開いた口が塞がらないとは、まさにこのことを言うのだろう。
私は動物に嫌われる体質なのだ。実際は違うのかもしれないが、野生であれば警戒されるのは当たり前だろう。私が使った魔法、従魔とは、魔獣や魔物を従えるものだ。一発で成功できるとは思ってもみなかった。
本来は使いたくなかった魔法なのだが、選択肢が他になかった。使いたくない理由は、ユノアを思い出してしまうからだ。私が掛かった魔法だと思われる。
――人間であり、人間ではありません。
イレイアにそう言われたことを思い出したとき違和感を覚えたのだ。必ずとは言い難いが、異世界などにある使い魔や召喚獣などが、この世界にもあるのではと。術者に逆らえなくなるようなものがあるかもしれない。そう思ったときの悪寒は今でも覚えている。そして、皮肉なことにそれは当たった。
――称号『鎖繋者』
――称号『従順者』
あの時は意味の分からなかったそれも、今では良く分かる。
私は繋がっていたのだ。縛られるように、絡むように。
拒否権があった。その事実から目を背けたい。
胸が張り裂けそうだった。心臓が耳の横にあるのではと思った。喉が焼けるように熱く、息が上手くできない。頭が回らなくなる。収納魔法を開くときのような歪みが、視界全体に起こる。
『――――――――――――』
え??
突如として聞こえてきた声に、歪んでいた視界が開けた。忘れ掛けていた現状に、ようやく目がいった。獣達が、そこにいた。
私がされたと同じように、縛ってしまった者たちだ。今更切り離すことはできない。できたとして、それは自分の死に繋がることだ。恨みを買っていてもおかしくないのだから。
従魔。魔獣や魔物と契約を交わし、使い魔とすること。または、その使い魔のことを指す。
呻きにも似た声で、主である私に何かを訴えていた。本来なら分かるはずもない。にも関わらず、私には訴えが手に取るように理解できた。魔力で結ばれた、目に見えない力を感じた瞬間だった。
狼の一匹に餌として肉を与える。十六匹に上げるのは骨が折れる。一匹だけの従魔契約で芋づる式にできたはいいが、何故なのかは分からなかった。
これからどうしようかと思いを馳せる。意図的か自然現象かは分からないが、周りを一周掘られたような崖がある。それを越えなければ先には進めない。
陽が沈みきり、空気が冷えてきていた。しかし、何ら問題はない。狼の毛によりぽかぽかだ。まあ、それはともかく。崖を下りることが難しくなったのではないかと思う。この十六匹をどうすればいいのか分からない。
……明日の自分に任せるか。
崖下から風が吹き上がる。私の髪と、十六の毛を撫でて。
熱い……。
汗を掻き、髪が肌にべっとりと貼り付いている。邪魔な髪を払いながら、視界を覆っているものを退かす。起きていたのか、すぐに気づき退いてくれた。陽の眩しさに目が眩む。汗ばんで気持ちが悪いのを堪えながら、「しゅ〜ご〜」と声を掛ける。狼が二列で半円を描き、私の前に集まった。
「…………」
止めるか。
それぞれに名前を付けようかとも思ったが止める。他に思考を巡らせた方が得策だ。
先ずは、崖を下りる方法を見つけることからだ。
……う〜ん。…………。
「朝ご飯食べよっか」
意味があるかも分からないが、狼達に一言掛けて朝食を摂ることにした。材料や調理器具はあるし、火や水も魔法で出せる為、野外でも凝った物が作れる。パンを使いホットドッグにして、残りの肉を狼に上げる。野生だったからか交替して食べる様子を眺め、私は少し安堵する。その間も、崖をどうするか思案しては唸った。
朝食後、背後にずらずらと並ぶ狼を無視し滝に向かった。滝の横から崖下を覗く。結構な高さがあり、たとえ姿勢を正した状態の狼にも無理だとわかった。
安直すぎるとは思ったが、土魔法で階段を作れないかと考える。地に手を突き魔力を込め、魔法を発動させる。今では夢かどうかもあやふやだが、記憶の通りかそれ以上の規模だった。
掌以外でもできるよう、足でも魔法を使ってみる。進みは悪くなるが、これで別の作業も可能となった。
狼に自由にして良いと指示を出し、本を解読し始める。やはり、少しでもこちらの文字に慣れることは大事だ。狼達は、半分はどこかへ行き、半分は私の隣で寛いでいた。
本は依然として読みにくかったが、なんとか読むことができた。
『従魔契約』
召喚術から派生した契約魔術の一種。契約を交わした従魔は、契約主との『絆』により成長する。召喚術とは違い、喚び出すことはできない。
『絆』
強固な結びつきのことをいい、連携や信頼により変動する。
そこまで読み、また何頁か捲る。紙を捲る音に、狼の耳がピクピクと反応した。横目でそれを眺めながら手を止める。視線を戻し、続きを読んだ。
『呪器』
代償を払うことで扱うことのできる武器装備。装備した場合、装備者の死か装備破壊でのみ解除される。
呪器…………?
魔道具のようなものだろうか。それ以外の記述はない。深くは考えず、目を休ませる為にも本を閉じた。
安全の為幅広に作った階段の一段に足を乗せ、崖を椅子として腰掛ける。
そういえば、よく狼達から走り逃げられたなと思う。体力はあまりなかったはずだ。
足を使った魔法で足場を更に固めた。
自然が鳴らす音に耳を傾け、魔力を余りある限り流し込む。熱が無くなり身体が少し軽くなった。途端、眠気が私を襲った。あぁ、今更体力尽きたのか。なんて呑気なこと考えている内に、私の意識は薄れ、狼達の不安と共に闇に吸われていった。
一人の少女が佇み、こちらを眺めていた。髪が若干乱れ、息を身体全体を使って整えている。一瞬だけ男の子かとも思ったが、すぐに中身によって改めた。
試しに一言声を掛ける。聞き取れなかったのか、届かなかったのか、反応は芳しくなかった。家に招き、久々に淹れた御茶を少女に出す。警戒されているらしく、全く言葉を発しない。警戒を解く為、僕から自己紹介をし、好きな呼び方で良いと伝える。
彼女と呼んで良いのか難しいところだが、今はそう呼ぶことにしよう。
彼女と初めて言葉を交わしたのは、食事中のことだった。魔法を学びたいらしく、それを知ったときに背を伝った寒気には、確かに喜びが含まれていた。同時に酷く、悲しくもなった。
魔法の基礎を教え、彼女の名を考え、気付けば時が恐ろしく早く過ぎていた。為すべきことがあるのも忘れて。
アイツが直接僕の元に来たときは焦った。まさか本当に来るとは思いもしなかったのだから。そして、自分の行いを咎められもした。全く反省する気も、改善する気もないが。
君には辛い想いをさせることになるが、どうか責めるなら僕だけにして欲しい。
僕なんかが言っていい台詞ではないことくらい、僕が一番分かっている。
でも、
『きっと大丈夫。……ヴァイオレットなら…………』
鳥籠の鳥が、名前のない空へと羽ばたく。
拙いその姿に眉を寄せるのは、無事を祈ってのことである。




