7話 主人公はかなりの不安を抱えました。
「あ〜どうすればいいんだ、無理ゲー過ぎるだろ。」
エルフは俺が救うと宣言してから一夜が明け、凌多は激しい後悔に襲われていた。
長老の家で行われた話し合いは俺の宣言と共に長老が涙を流し、お開きという流れになった。涙を流すほど喜んでいたのは、エルフの国まで攻め込まれた時に戦場になる可能性が一番高いのがこの集落であるということが原因であったようだ。
話が終わり気が抜けると凌多は慣れない登山の後に転移されてしまった為、疲れのピークが来ていた。
もし、良ければ寝床を貸してほしいと頼むと、最初に水浴びが出来る裏庭に案内をされた。体を綺麗にしてください。と案内されたのが風呂場では無かったことに文化の違いを感じ戸惑いを覚えたが、5日間も体を洗っていなかった為、『異世界なんだからシャワーも風呂も無いのは当たり前』と自分に喝を入れつつ水浴びを済ませると、客室に案内された。
案内してくれたのは、大広間で話し合いをする際にお茶を淹れに来てくれたエルフの女性であった。客室までの移動中、気になっていた寿命についての確認をさせてもらった。
エルフは長いもので1000年、短くても800年は生きるらしい。魔族は約500年、獣人族とドワーフは約200年も生きるらしい。それ以外の他種族も人間と比べると寿命が長いようだ。人間は、俺の世界と同じように8〜90歳まで生きるのかと思ったが、平均寿命は40歳前後らしい。
まぁ、医療が進んでいる訳でもなければ、医療体制が進んでいないのだろうと勝手に理解したが、自分の暮らしていた日本は、快適な環境であったことを改めて実感させられた。
案内された客室に着くと、疲れ果てていた凌多は客室に設置してあったベッドを見つけると一目散に飛び込んだ。
朝を迎えた。
久しぶりにふかふかの寝床を使うことが出来たので熟睡であった。
目を覚ましたものの、まだ寝ていたい、、、、
二度寝の体勢に入ると、「もう朝よ、いつまでも寝てないでシャキッとしなさい!」とリリーの飛び膝蹴りが、顔面に直撃した。まどろみの中、とても良い気分であったというのに、このアラーム機能はキツすぎる。スヌーズが始まる前に起きよう。
「おはようリリー、朝から飛び膝蹴りするのは2度とヤメてくれ」
「それは君の心がけ次第だわっ!」
なんでこいつ、いつも眠そうにしてるのに、朝が強いんだと思いつつ覚醒しつつある頭で考えると、そういえばと、昨日の事を思い出してしまった。
今更ながらに宣言してしまった事に対して後悔が出てきてしまったのである。
「リリー、どうしよう、エルフを守ってやるって言ったのは良いんだけど、どうすれば良いのか分かんねぇ、、、」
「えっ、何か考えがあって言ったのかと思ったよっ。やっぱり凌多は結構考えてるフリしてるけど抜けてるよねっ!」
「しょうがないだろ、神からの依頼じゃ断れねぇし、おじいエルフの顔見たか?あんな顔されたらなんとかするって言うしかねぇだろ」
「呆れるわっ、無謀な期待を持たしてどうするのよっ、戦争を止めるって事自体が二人でやるには無茶が過ぎるのに対立している王族の二人をどうにかして納得出来るようにしなきゃいけないんでしょっ!」
「そうなんだけど、八方塞がりだったじゃん。リリえもん。何とかしてよー」
「リリえもんって何よっ、変なあだ名つけないでっ」
「そう言わずに、なんとかしてよー【幸運】でしょー」
縋るようにリリーに頼み込むと「凌多は私のこと【不幸】って言ってたじゃん調子の良いこと言わないでっ!」と過去の失敗を掘り起こしてきたので、これ以上言うのはやめておこう。
本格的にどう動いて良いか分からない。王城では王女様と王様がこじれているみたいだから安易に関われないし、エルフの国に進行してきている魔族に対して、2人で出来ることなんて無いしなぁ。
考えても良い案が出そうに無いことは分かるが、適当に行動を始めると良く無い展開になってしまいそうだ。一通りのことは、昨日の話で聞いたが、まだまだ情報が足りないと思考を中断したタイミングで、部屋のドアをノックする音が聞こえた。
「入って良いですよ、今さっき起きました」
「ガチャ」
「失礼致します。朝食の準備が整いました。準備した部屋までお連れ致します」
昨日から世話をしてくれている女性エルフはエリスさんと言うらしい。凌多を見たときに昔の知り合いに似ていたことから世話係りに立候補してくれたそうだ。
おねがいしますと伝えると、俺とリリーはエリスさんに続いた。
案内された部屋に入ると、10人近く座れそうな食事用の大きな長方形のテーブルがあった。誘導された席に着くと、昨日は取り乱してしまい申し訳ございません。と言いつつ笑顔の長老が席に着いた。隣には強面エルフのおっさんも座っている。もう一人、強面エルフのおっさんよりも少し若い男性エルフがいない事に気づいた。
「あれ? 昨日話した時はもう一人いませんでしたか?」
「昨日、話の席に帯同させてもらったのは私の部下の一人だ。英雄様から国を救っていただけると言うお言葉を頂いたので、巫女様に情報を伝えるために話し合いの後すぐに走らせたのだ。今頃、巫女様の元までたどり着いているだろう。」
「あっ、そうなんですね、自分の名前は凌多と言います。いつまでも英雄様では呼びにくいでしょうし、名前で呼んでください」
「お心使い感謝する。それでは凌多殿と呼ばせていただきたい」
「それでは、儂も凌多様と呼ばせていただきたいと思いまする」
「私はリリーだよっ!よろしくね」
エルフの二人は頷き返答した。名前で呼んでほしいと言うのも、何も出来ずに何をすれば良いかも分からない自分が英雄と呼ばれる度に心が締め付けられるような悲しみに襲われるからである。
正直な所、自分の器が小さいなと思う。異世界転生憧れてたんだけどな、、、
実際なってみると、苦労しか感じない。自分で得た立場ではなく、他から与えられた立場というのは、思っていたよりも重く苦しい重圧がのし掛かってくる。
制限時間は2ヶ月後、魔族の軍がこの集落に着く前になんとかしなければならない。圧倒的に時間が足りない。特に策も無ければ情報もない、前にいた森は魔物と呼ばれる存在も居ないような不思議な地であった為、戦闘経験もなければ【スペシャルギフト】である刀でさえふるった事がない。
分かっていたことではあるが、問題が大き過ぎる。どんな奴だって役不足だ。こんなの勇者とか呼ばれる奴の役割だろ。
「きっついなぁ〜」
心の中で留めたと思った言葉が小さく漏れた。
リリーが「どうしたの?」とでも聞いてくるかのようにこちらの顔色を窺っている。この場で、これ以上考えるのは止めよう。そう考えると、ちょうど良いタイミングで食事が運ばれてきた。
「あー運ばれて来たよっ、ご飯っ、ご飯っ!」
こちらの顔色を窺っていたリリーは、食事が運ばれてくると、俺から食事に興味が移ったみたいだ。
リリーさんや、もう少し心配してくれても良いんだぜ。
食事が揃うと長老が「口に合うと良いのですが、、、」と言いつつ食べるように進めてくる。目の前に、並ぶ食事は和朝食のような野菜類中心のおかずに、主食としてパンのようなものが添えられていた。
「「いただきますっ!」」
エルフの食事は、素材の味を活かすように作られていたため、味付けが少し薄かったが美味しくいただくことが出来た。テーブル上にまさかの味噌汁が置かれていた。慣れ親しんだ味は、不安からくる心のざわめきを落ち着かせてくれたように感じる。
もう一杯欲しくなる。エリスさんにおかわりを頼むと、700年ほど前に、遠い国から来たという旅人が味噌という調味料の作り方と、料理を教えてくれたということを話してくれた。
十中八九異世界転生もしくは、転移者であるだろうと思いながら今はただ味噌汁を楽しんだ。異世界という環境補正があるからだろうか、久しぶりに味噌汁を味わいながら飲む気がする。
食事が一息つくと、強面エルフから連絡事項を伝えられた。
「凌多殿、今後の話をさせていただきたい。1週間ほど、この集落に滞在していただいてもらおうと思っている。巫女様の元にすぐさま伝令を走らせたのには理由がある。エルフに力を貸していただけるとなった場合、凌多殿のサポート役となる者を巫女様が選別し、こちらの集落に送ってくださる予定になっている。その際に王城の正確な情報も得ることができるだろう」
「正確な情報が手に入るのは嬉しい。計画的に準備してくれていたのは助かるな」
「じゃあ、この後はどうするっ?まだ疲れが残ってるならもう少し休んでおくっ?」
リリーは先ほどのやり取りを思い出したのか、気を遣ったような発言をしてくれる。
「気遣ってくれてありがと、体は問題なさそうだけどやることが無いなぁ、、、」
「そうしたら、集落の中でも回ってみるっ?」
「そうするか、長老さん集落を回ってみてもいいか?」
「勿論でございます。集落内であれば自由に行動してくださって大丈夫でございます」
「あっ!! 運動とか出来る場所とかあるっ?」
「御座いますよ、あまり大きくは御座いませんが、正門を出て真っ直ぐに進むと、集落の周辺警備していた者達が使っていた訓練場がございます。集落内から出る時には門番に一声かけて頂きたいです」
「オッケーっ、ありがとっ!」
「他にも分からないことが御座いましたらその都度、このおじいか、エリスにでも聞いて頂ければと思います。基本的にこの屋敷にいますので」
エリスさんもコクリと首を縦に振っている。
「分かったありがとう。まぁ、今日は適当に回ってみるよ夕食の際にでも分からなかったことは聞くようにするよ」
凌多とリリーは食事をしていた部屋を後にすると集落を見るために屋敷の外に出た。集落を軽く見回るとエルフ以外の種族がいるのが珍しいのか、遊んでいた子供達に絡まれ質問責めにあったり、問題の渦中にいる第二王女について井戸端会議をしていた女性のエルフに聞いたりする事で午前中を過ごした。
正午近くになると木陰の下でリリーと共に昼食をとる。先程、エルフの子供達に追いかけられたことに対して、リリーが怒っていた。
「どんなに私が魅力的だからといっても追いかけ回すなんて、失礼しちゃうわっ!」
「まぁまぁ、人気者になれたんだから良いじゃんか」
「あんなに追いかけられたら嫌になるわよ!凌多も助けてくれないで、女のエルフと楽しくお喋りしてたみたいだしっ!」
「まぁ、リリーが子供達を引きつけてくれていたおかげで、ちゃん話が聞けたよ」
「まぁいいけどっ、私にちゃんと感謝しなさいよねっ!」
リリーはほっぺを膨らませ、まだ怒ってます。と言う表情を見せると、昼食を食べさせるようにとジェスチャーを送ってきた。リリーの口元まで食事を運びつつも、第二王女様について分かった情報を伝えた。
・国民から大きな支持を受けており、次の王位後継者の第一候補
・将軍としての立ち位置は前々回の魔族侵攻の防衛戦の際に大きな戦果をあげたことにより授与された
・エルフの成人は50歳で迎える。成人になるとき多くエルフは婚約を結び生活の安定と共に結婚するが、
第二王女様は、成人を迎える前後は戦線で活躍していたらしく婚約を結んでいない。
「それで、王女様が婚約を結べて無い事について、王女様がバトルジャンキーだから同等に戦える者じゃないと夫にしないっていう説と、王女様を溺愛してる王様が結婚を阻止してるっていう説があったらしいんだけど、今回の件で、同等に戦える者じゃないと夫にしない説が勝ったらしいよ」
「でもでもっ、王様が結婚に反対してお城から出ないようにしてるんじゃなかったのっ?」
「敵の将軍で魔族が王様になるわけにはいかないでしょ。って事から勝敗が決まったらしい。長年、疑問のタネになっていたらしくてスッキリしたって言ってたよ」
「なるほどー、戦争も押され気味で深刻そうに長老さんが話してたけどっ、集落の人たちは結構楽観的なんだねっ?」
「いや、集落の人たちは戦線が押されてる事を知らない気がする。いつも通り、少し時間が経てば魔族は撤退するだろうって言ってたから、イタズラに不安を作らないようにしているんだと思うよ。」
「なるほどねっ!」
よく考えてみれば集落の状態がおかしいことは分かる。2ヶ月後、この集落の近くで戦闘が発生すると分かったら、普段通りに生活している今の状況は不思議に思う。夕食の際にでも今後集落に対しての対策をどうするのか聞いてみよう。
情報共有が終わると、リリーは眠くなったようで、胡座をかいている俺の太ももの上に寝転ぶと、思い出したように質問をしてくる。
「そう言えば、運動できる所があるか?とか聞いてたけど、何かしようとしていたのか?」
そうだった!とばかりに起き上がると
「ちょっと、やってみたいことがあって聞いてみたんだよっ!もう集落の中にいてもやる事ないよねっ?」
「あぁ、俺は別に何もないけど、、、、」
「そうしたら、長老さんが言ってた訓練場に行ってみよっ!」
「訓練場って、何するんだ?」
「えへへっ、イイ事だよっ。まだ内緒だけどっ!」
何故かテンションの上がっているリリーは凌多の肩に飛び乗った。
凌多は変な事にならないと良いなと思いつつ、訓練場に向かう為、正門へと足を進めた。
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