41話 戦いの準備が整う事はありませんでした。
Side:セフィリエ
夕食を終えると、セフィリエルはリリーの作った温泉で疲れを癒した後に執務室へと向かった。
「あらあら、こんな時間まで作業に追われているなんてあなたらしくないかしら」
セフィリエルの前で執務を行っているのは、王様であった。
セフィリエルの言葉に対して、苦笑いすると、束になって置かれている書類に視線を戻す。
「私よりもそんな紙ペラの方が大事なのかしら?」
「そんな事は無いぞ、しかしだな、戦争と例の男について各方面からの連絡が鳴り止まなくてな」
「あなたがそこまで時間を費やすなんて、だいぶ大変なのかしら」
王様は非常に優れている。内政は言うまでもなく、戦時中も戦略を立てる事においてはエルフ国内で右に立つものはいないだろう。
娘の事になると、考えが凝り固まってしまうのが玉に瑕ではあるものの、歴代のエルフの王を見てもここまでの手腕を持ったものはいない。
そんな王様が、一日中机に張り付かなければならない事なんてそうそう無い。例えそれが、”エルフの命運を背負っている今回の戦争”であってもだ。
「ちょっと手伝ってあげようかしら」
セフィリエルが手を伸ばすと、王様によって止められた。
「まだ、お前の出る幕では無いな....」
「あらあら、隠し事かしら?」
「戦争が終わって落ち着いたらちゃんと説明をするから待ってくれ」
王様の返答にセフィリエルは面白く無いように口を尖らせる。
「あなたにとって、目の前の戦争はどうでもいいのかしら?」
「そんな事は無いぞ、もちろんのことだが、この戦争に勝たねばエルフの未来は無い。しかし、この戦争には英雄様がいるだろう」
「あらあら、随分気に掛けているとは思っていたけど、そこまで信頼していたのね?」
王様は、一息つくために椅子から立ち上がると、執務の手を止めて気持ちばかり照らされた窓の外に目を向けた。
セフィリエルは、一息ついている王様の背に体を預けるように抱きつく。仮にも王を名乗る者の背中だ。娘達と嫁に良いようにされているが、一国を背負う者の背はやはり力強さを感じる。
「私は、意志を持った彼に賭けた。今更、私が出る幕なんてないだけさ」
王様は、そんな言葉を哀愁に乗せてセフィリエルに伝えると、窓の外に面白いモノを見た。
「セフィ、窓の外を見てごらん」
セフィリエルは、言われたままに外を見ると、先日まで希望が全く見えない絶望に飲まれていた男の勇ましい背を見た。
「あらあら、こんな時間にどこに向かうのかしら?」
「男には、隠しておきたい努力の一個や二個あるものなんだよ」
「さっきのあなたと同じ様にかしら?」
意地悪そうな笑みで王様に告げたセフィリエルに対して、王様は誤魔化すように話題を変えた。
「ちょっと休憩してみるか」
「あらあら、努力の成果でも見せてくれるのかしら?」
「そちらに関しては善処する」
セフィリエルをお姫様抱っこすると、寝室へと向かった。
side:凌多
夕食時、凌多は『エルフ5人vsリリー』の大食い対決を実況をした。
給仕や、王城内で働いている者が多く集まり宴会の様な様相を見せ、対決を中心に大いに楽しんでいたので手の空いていた凌多が盛り上げ役を担った形だ。
最終的にまとまりがなくなってきたタイミングで、料理長による判断で決着がリリーの勝利が告げられると、ダメエルフ5人組の悲しみの咆哮が会場全体に響き渡った所で宴会はお開きとなった。
食事を終えて客室に戻ると、リリーはお腹いっぱいになったからなのか、すぐにスースーと寝息を立てて、眠りに落ちた。
タイミングを見計らっていた凌多は、リリーの寝息が聞こえると共に部屋を飛び出すと王城を抜けて、首都の正門へと向かった。
こうゆう時、エルフ秘伝の魔法は役に立つ。魔法で自分と周囲を限りなく同化させる事によって、正門を守護する兵士に見つかる事なく、首都の外へと来ることが出来る。
「まったく、リリー様の食べる量はすごいね〜」
「そうだな、残念ダメエルフ達の挑んだ勇気もすごいけどな」
「リリー様の食事量を知らなかったんだから仕方がないよ〜、そういう意味で言えば、リリー様は策士なのかもね〜」
首都の外に来たのは凌多だけであるが、パウラは凌多の中に存在しているため、実際に自分で歩く事なくここまでやって来た。
「そう言えば、俺はお前に何も言わずにここに来たわけだが、文句のひとつも垂れないなんて珍しいな」
「そんな事ないよ〜、僕は君に文句を言った事なんて一言もないじゃないか〜」
「いつも言ってるだろ!! 起きてる時は、俺の中でピーピー喚いてるじゃねーか!」
「喚いてるとはなんだよ〜、パウラは犬じゃないんだぞ〜」
「ほぼ、同じようなものだろ?」
「パウラは聖獣なんだよ〜、もっと敬ってほしいな〜!」
そんなこんなの茶番を終えた一人と一匹は周囲には何もない草原の様な場所にやって来ていた。
「そろそろ始めようか〜」
「そうだな、頼む」
「1ヶ月でどれだけ仕上げられるのか楽しみだよ〜」
パウラの声で、凌多の夜の特訓が始まった.....
side:魔族
エルフの首都から遠く離れた地にて、大勢の魔族の軍隊は、テントを張り、進軍の疲れを癒していた。
かなり長い距離を移動して来たことから最近は軍の疲労が溜まって来ている。それもそのはずだ、ただ距離を進んで来ただけでなく、何度も戦闘行為は行われているのだから。
エルフに限らず、最近では魔物がやたらと進軍を邪魔してくる。
こちらは軍隊であるため、負傷者が生まれても死者が出る事などほぼ無い事ではあるが、疲労はどうしても蓄積する。
「くっ、このままでいいのか….いやダメだ。でも、どうすれば….」
魔族軍の中心に位置する場所に張られた天幕の中で一人の男は、自問自答を繰り返している。
男は、自分の行動が正しいのか分からなくなっていた。進軍を始めた最初の頃は自分の目的の為だけに動こうと、ある程度、割りきって行動する事が出来ていたと思う。
全てが狂ったのは、あの女に出会ってからだ。
あの女と戦ってからというもの自分の感情が制御ができない。
覚悟は最初から決めていたはずだ。自分の大切なものを守るためにそれ以外の全てを失う覚悟を....
しかし、迷いは生まれた。
あの女は自分が今まで戦ってきた中で一番強かった。魔族の中に単騎同士の戦いであの女に勝てるものは誰一人としていないだろう。
そこまでは良かった。戦闘で強いものがいるなら、自分がそれ以上の力でねじ伏せればいいだけの話だ。難しい事をいちいち考えるまでも無い。食うか食われるか、やるかやられるか、そんな事は、どんな時にも変わらない唯一不変なこの世の法だ。
しかしあの女は違った。
戦いの中で、俺の心を覗かれた様な戦いだった。最終的に何かを決めたあの女は一瞬の隙をついて逃亡した。
戦況が五分五分であった。むしろこちらが押されているくらいのあの場面で、逃げに回った理由はよく分からないが、逃走を許してしまった。
「あなたは、自分の弱さに向き合う強さが足りないわ、次会うときに、あなたの本当の想いを教えてちょうだい」
最後の言葉は、戦いの最中に語られた言葉を集約したものであった。
「クッソ、分かってるんだ俺の弱さなんて、だがどうにも出来ねぇだろうが!!!」
目の前に置かれていた机を叩くと大きな音を立てて割れた。虚しさだけが、残った空間に一人の男が訪れる。
「どうしたんだガリアルよ、次回の戦闘に向けての肩慣らしか? それならこんな事をしなくても他にやりようがあるだろう。クフフ…」
不気味な笑みを浮かべながらもやって来たのは、魔族軍の参謀サンギであった。
「どうもしねぇよ、ウゼェから殴ったら壊れただけだ」
「おぉ、そうかい、大きな音がしたから駆けつけてはみたが、無事で何よりだ」
言葉の一つ一つが嫌味を帯びている。コイツと話していると気分が悪い。
「おぉ、そうだったそうだった。1ヶ月後にエルフの首都で最後の戦いになるだろうが、その戦いで勝利すればあの二人は君の元へと返しましょう。約束は約束ですから」
「返ってこなければ、お前の首を取るだけだ」
「おぉ、怖いですねぇ、約束は果たしますよ、クフフ…」
サンギはそう言うと、天幕を出て行こうとして足が止まる。
「おぉ、そう言えば、先ほど言い忘れてしまったのですが、今回は、本隊に加わって貰います」
「なんだと!?」
ガリアルは驚きの表情を浮かべた。
今までのエルフとの戦闘は、魔族の本隊がエルフの本隊と戦っている際に奇襲を仕掛けるこ事で上手くいっていた。この作戦はそれ以外の意味も込められている。
だが、ガリアルが今、驚いているのはなぜ今さら正攻法にという事であった。
「意味がわからん、理由を言え!」
「クフフ…あなたは知らなくていい事ですよ。従ってくれますね? あの二人も今頃、願っていると思いますよ、お兄さんが私の指示に従ってくれる事を」
「くっ、分かった」
「そんなに気にしなくても、1ヶ月後には、全てが終わってますよ」
そう言うと、今度は足を止める事なく、天幕を出て行った。
1ヶ月後、戦いの火蓋は幕を上げた。