38話 修練場は修羅場へと変わりました。
「それは.....」
カンナは凌多に対してどのように返していいのか答えが見つからなかった。
「そうゆう事だから、あまり休んでいる時間はないんだ」
剣を振り続けるその背はあまりにも頼りない。自分で何も無いと言いながらも、自分の意思に従って行動しようとしている凌多の考えは到底理解できるものでは無い。
凌多は剣を振り続ける。凌多の発言と行動がどこかズレている事は、凌多自身も分かっているのかも知れない。
「その敵討ちは上手くいきそうなのですか?」
自分の考えをまとめることに精一杯であったカンナがふと、口にした言葉は、凌多の傷つける可能性のある鋭い言葉であった。
「分からない。だから、今鍛錬をしてるんだ。少しでも成功の確率を上げる為に.......]
カンナの疑問に対して凌多は当然の事のように受け流した。
何も出来ない自分が、復讐のために動いたとして成功する可能性はほぼ0に近いだろう。
なんならエリスの死んだ原因が誰であるのかも分からない可能性すらある。
だからこそ、彼女の言葉は納得できる。
それでも、凌多は自分の意思を貫くために本能に従って、行動しなければならない。
初めて自分で決めた事だから......
凌多の表情は、自分の両親がいなくなった時と同じ顔をしている。そう思った瞬間に口から出る言葉が凌多をまくし立てるものに変わった。
「エリスさんの事はエルフ側の問題です。凌多さんの出る幕じゃありません!」
カンナは、ちゃんと理解出来ている訳では無い、訳では無いのだが、凌多の行動しようとしている事は、悲しい結末しか生まれ無いことを分かっていた。
「すまんな、勝手に顔を突っ込んで、だがエリスは俺の中でかなり大きな存在だった。間違ってても、可能性がどんなに低くたって、俺はやると決めたんだ」
「復讐は凌多さんが、個人的に行うという事ですか?」
「そうだ」
「仮に私がこの鍛錬をやめると言い出しても凌多さんはやるつもりですか?」
「そうなるな」
「なんでそんなに簡単に言えるんですか?」
カンナは感情的な声でぶつけるように言い放った。
「簡単じゃ無いさ、自分の意思で決めたんだ」
そんな凌多の返答に対して、カンナは更に感情を高ぶらせて言い放つ。
「凌多さんには、戦争や復讐といった争い事は向いていません。協力を仰いでいる身で申し訳ないですが、それ以上のことはやめてください。あなたに生きて欲しい人がいるはずです。その人達の事を考えないんですか?」
「そんな人は、俺にはいないよ......」
「そんなことないはずです!!」
「そんな事あるよ、俺は、生きていて欲しいなんて言われたことがないぞ」
「私が生きて欲しいと思っています」
「そんな事をいきなり言われても本気じゃないってことくらい俺にもわかるさ」
「本気です!」
そんなやりとりをしていると、修練場につながる廊下の先からコツコツ......と言う音が聞こえてきた。
「どうしたの?」
声をかけたのは、何気無しにやって来たシルベルであった。
「お前はいつもタイミングの悪い時に現れるな....」
「そうなの? 狙ってやっている訳じゃないけど、都合が悪かったらごめんなさいね」
悪びれた様子もなくシルベルは言った。
実際、シルベルが悪い訳ではないのだが、こうもタイミング悪く現れると狙ってるのではないかと思ってしまう。
「それで? 何のことを話していたのかしら?」
「そ、それはですね.....」
カンナはシルベルに事情を話し始めた。
・・・・
「なるほど、やっぱりそうなるかしら」
シルベルは話を聞くと、そうなる事を予想していたかのような相槌を打った。
「シルベル様は知っていたのですか?」
「こうなるかもしれないと思いながらけしかけたのは私だから」
「なんで、そんな事を言ったのですか?」
自分より立場が上であるにも関わらず、カンナはシルベルに突っかかる。
「自分の意思で動かない者に本当の幸福は訪れないわ」
「意味がわかりません。それが何故、復讐に繋がるのですか!!」
「知らないわ。私が決めた事じゃないもの。でも一つ言えるのは、彼は自分の感情や、自分の意思で行動が出来ていなかったわ。そんなの可哀想だと思わない? 何を成しても、どんな失敗をしても自分の外の出来事。まるで、世界に必要ないと言われてるみたいじゃない」
「そんな事は......」
「そんな事があったんだよ」
凌多は自分の異世界に渡る前の事を思い返しながらも言った。
「俺は何もやらなかったから何も出来なかった。挑戦する事を全て諦めてた。やってみなきゃ分からないことを全てやらなかったから何も無かったんだ。だから、始めてのこの感情には従う。誰に何を言われようと俺の始めての意思のこもった感情だから」
「......英雄さんは弱くて、バカなんですね」
「そうだよ、俺はそんな人間だ。弱くて、行動もろくに起こせない。自分の無い人間だ。だからこそ、ここは自分の意思をちゃんと示さないといけない。俺が俺であると僕に証明するためにな」
凌多の目には、どこか自分を自虐的に見せながらも、意思を感じる。これ以上言っても無駄だと思ったカンナは呆れたようにハァ....と息を吐くと、呆れたような表情を見せた。
「そうね、私がけしかけてしまったようだし、剣の鍛錬は、私が面倒みようかしら?」
カンナの表情を見てクスッとにやけたような表情を見せたシルベルはカンナに向けてそんな言葉を投げかけた。
カンナはシルベルの言葉に反対した。
「それはダメです。凌多さんをシルベル様に渡したらもっと良くないことになりそうです」
「あら、そうかしら? 凌多の考えは私と合っているようだし、剣の腕も私が上よ」
「それでもダメです!!」
「そう、じゃああなたに任せるわ、ちゃんと凌多の行動をサポートしてあげてね。あなたの意見を押し付けるのではなく」
「分かっています!」
カンナはシルベルに対して喧嘩を売るようにして、剣の腕が止まった凌多を自分の元へと引き寄せると、シルベルに対してむすっとした表情を向けた。
「それじゃあ、私は私のやるべきことがあるから」
そう言ったシルベルは、振り返るとそのままどこかに行ってしまった。
「凌多さん、今度からそう言うちゃんとした話は私にもしてください」
「そんなことしなくていいだろ」
「ダメです。どこに悪い虫がいるか分かりません」
「悪い虫って、お前の国の次期女王様候補なんじゃないのか?」
「それでもです。私決めました。凌多さんはどこか危ない面を持っているので、私がちゃんと英雄としての道を歩ませるって」
「なんで勝手に決めてんだよ.......」
凌多が呆れたような表情になりながらもカンナの事を見ると、カンナはむすっとした顔を見せたままだ。
引き寄せられたため、腕に胸が当たっている。
気づいた凌多は、カンナから離れようとするがまたしてもタイミングが悪かった。
最悪の状態を見られてしまった。
一番見られてはいけない人に......
「あ〜っ! 何してるのっ!!」
仕事を終えたリリーが修練場にやって来ていた。
「なんでそんなにくっついてるのかなっ?」
大声でこちらに近づいて来たリリーは、凌多の目の前に立つと、ニッコリとした引きつらせた笑顔を見せながら質問してくる。
「い、いや、流れだよ」
「流れ? 凌多ってば女の子とまともに喋ったことも無いのに流れが読めるんだっ!」
「酷いこと言うなっ! 喋ったことはあるわ!」
「こんな近い距離でっ?」
凌多は腕にくっ付いているカンナを見ると、思ったよりも近い距離で顔に覗き込むような形になっている。
リリーの声を聞いてカンナは凌多の背中に腕を回してニッコリと微笑んだ。
「えっ!? なんで?」
考えが口からこぼれてしまった。
今まで、むすっとした表情を浮かべていたカンナが恋する乙女が好きな人のそばにいるかのような笑顔を凌多に向けてくる。
もちろん、リリーにもその表情はバッチリ丸見えだ。
「えっ? なんで? じゃなーい!! さっさと離れなさい!!」
そんなリリーの言葉と同時に凌多の背中にあったカンナの指が背中に沿われた。
「(お・し・お・き・で・す!)」
凌多には何をしようとしているのか分からないが、指でそのような言葉を書いたことが分かった。
「リリーさん聞いてください」
カンナは謎のお仕置きという文字を凌多の背中に書くと驚愕の言葉を発した。
「凌多さんから、今日一日俺にくっ付いていろと。鍛錬になるからと言われれば、エルフを救ってもらう立場の私たちは何もできませんから.....」
カンナは悲しげな表情を浮かべると、リリーの怒りは頂点に達した。
「凌多? 私に戦争の準備をさせておいてあなたは何をしているのかしら?」
「いや、違うんだ。これは俺の意思じゃなくて.....」
「問答無用っ!!」
「リリー話を聞けよ!」
「女をたぶらかす男の話なんて聞く価値がないよっ!」
「ま、待ってくれ、そのシルベルがだな」
「シルベルなんて、ここにはいないよっ! いるのは、私とカンナと凌多とメリアだけじゃないっ!」
「メ、メリアっ!?」
「ずるいですぅ、また仲間はずれにしたですぅ!! カンナは仕事サボって逢引してるし、やっぱり減給ですぅ!」
「なっ、ち、違います。メリア様!!」
「やっぱり、凌多が自分から鍛錬なんてするわけないし、カンナとの逢引してたんだっ!」
「してねーよ! ってか、いつからメリアいたんだよ!」
「ずっといたですぅ!」
「メリア様、ずっといたんだったら逢引じゃないって分かりますよね!!」
「膝枕してたですぅ!」
「逆になんでそんな前からいるのに、逢引だと思ってるんだよ!」
「膝枕見てたら、私も眠くなって寝てたんですぅ。起きたらくっついてたんですぅ!」
「ねぇっ、凌多!? ひざまくらって何?」
「い、いや、カンナなんとか言ってくれ」
「膝枕しろと強要されました」
「逃げんなぁ!!!!!!」
修練場は修羅場と化した。
ここまで読んでくださってありがとうございます。
次回の更新予定は月曜日の9時です。
もしよかったら読んでいただけると嬉しいです!




