37話 初めて伝えたこの思いは否定されました。
幼い頃、私には両親がいた。
優しくて、柔らかくて、とても温かい空気に包まれているような........
朧げに覚えているそんな情景は終わりを告げる。
春の暖かい日差しが差し込む私の家に、古い友人だと告げる数人が訪れた。
両親は突然の事に驚いていたが、快く迎え入れると、昔話で盛り上がっていた。
昼から続く笑い声は陽が落ちても終わる事なく、お父さんが隠していた名酒を持ち出し、酒の席へと変わった。
私はその友人達と両親の会話によって生まれる笑顔を見ているのがとても楽しく、この町に越して来ればいいのにと思ったほどだった。
多くの笑い話をした後に、友人の一人が真面目な話をしに来たんだと私の両親に告げた。
両親は、心当たりがあったのか、その言葉に頷くと私に寝るように促してくる。
当時の私にとって十分深い時間であったため、気を抜けば瞼が落ちてしまいそうな私はその言葉に従って寝室へと向かった。
朝、起きると友人達は既に家から出て行ってしまったようだ。
昨日のような唐突なイベントは、何度も訪れるものではない。
お父さんは仕事に行ってお母さんは家事を始める。そんな日常に戻ってしまったのかと思ったが、何故か朝起きると私を連れて色々な場所へと向かった。
お母さんによく連れて来られる広場には今日はお父さんがいる。
お父さんがいる事が嬉しくて、いつもより楽しい時間を過ごした。
その後、一年に何度か訪れる、お爺ちゃんのお墓へとやって来た。そんなに遠い距離があるわけではないそのお墓に特別でも無い日に訪れたのは初めてのことだった。
私は、遊びの疲れでうとうとしていたため、お墓に向かって話す両親の言葉を私は聞き取ることができなかったが、最後に両親は私をギュッと抱きしめてくれた。
優しさに包まれるような、絶対的な安心感に包まれるようなそんな感覚はこれ以上ない幸福感を私に与えてくれた。
家に帰ると、普段出て来ないほどの豪華な食事を堪能した。
その当時子供であった私は、あまり多くの量を食べることが出来なかった。
もう食べれないのにまだ食べたいと無茶な駄々をこねるほど美味しかった記憶がある。
次の日も日常はやって来なかった。
忙しなく何かの準備をする両親に何をしているのかと尋ねると旅行の準備をしているそうだ。
お父さんが家にいる事が嬉しくて何度もお話をしようとした。忙しくて少し困ったような表情を浮かべながらも私の話に付き合ってくれた。
なんだか分からない大掛かりな旅行の準備を一日かけて終えると、次の日に街と首都を往復しているという馬車へと乗った。
初めて乗る馬車に気持ちが高ぶって両親と話していると、両親は少し疲れた顔をしている。
私が、向かう先の話をして欲しいと告げると、疲れを隠しているかのように私とたくさんのお話をしてくれた。
五日をかけてたどり着いた。
この場所はエルフの国で一番大きいんだよ、そんなことを聞きながら街を歩いていく。
大きな教会ににたどり着いた。
両親は、私を抱きしめる。何故か分からないが腰が砕けて崩れ落ちるほど泣いていたのを覚えている。
いきなりの話でごめんと謝られた後に両親から、少ししたら戻ってくるから、数日だけ待っていて貰ってもいいかなと告げられた。
泣き崩れる両親を慰めたい気持ちで私は首を縦に振ると、頭を撫でられた。
両親は涙を止めると、私に向けたことのない様な憎悪の詰まった表情を空へと向けていた。
とにかく悲しい表情であった。
意思を縛られたような、決意に満ち溢れたような、どこかで後悔をしているような、そんな負の感情をそのまま顔に貼り付けたような表情であった。
そんな顔を見てしまった私は、何か悪いことが起こるのではないかと、両親が行ってしまうのを引きとめようかと思った。
でも、行動に起こすことは出来なかった。泣き崩れる両親がまた、泣いてしまう気がしたから.......
私は何も出来なかった。
神父さんから教会の方に入るように促されると、両親に手を振って教会に入った。
そこには私と同世代くらいの子供達が大勢いた。
みんな優しくてたくさん用意されたオモチャで遊びつつ両親が迎えに来てくれる事を待った。
その日は結局迎えに来なくて用意されていた布団に仲良くなった子達と一緒に寝た。
次の日も両親は来なかった。
その次の日も、
またその次の日も、
この教会にいる子供達はみんな両親が迎えにくる事を待っていた。
神父さんが言うには、帰って来る時期になったらみんなの両親が一斉にくるらしい。
1ヶ月待った。
誰の両親も来ないから、迎えはまだ先であることが分かった。
2ヶ月経った。みんなは両親が帰ってこない事に対して文句を言い始めた。
神父さんは、半年後に帰って来ることに決まったと告げた。
みんなはそんなに待てないと泣いた。むしろここまでよく持った方だろう。
数日が経過すると、逆に半年ということが分かったので半年間頑張って待つことにした。
みんなもそう思ったらしい。
みんなで半年間過ごした。
誰の両親も帰って来なかった。
数人の子供達が嘘つきだと神父に言い寄った。
神父さんは謝罪すると、まだ待つ様に子供達に告げた。
一年が経った。
神父さんは、みんなを集めた。
神父さんが告げたのは一言だけであった。
みんなの両親は帰って来れなくなったと、そう告げた。
泣いて叫んだ。みんなそうだった。帰って来ない理由を聞いた。
答えは無かった。理由も告げられないままにその教会での生活は続いた。
人生の意味を失った。教会では勉強や兵士さんによる訓練を希望するとできる事になった。
教えてくれる人達は優しい。徐々に精気を取り戻していった子もいれば私の様に落ち込んだままの子もいる。
二年が経った。
子供達の中で一番大きかった子達は、働きたいといって教会から旅立った人もいた。
そんなある日、同い年くらいの女の子が教会を訪れた。
「たのも〜!! 私のお供を探してるですぅ〜! 誰かいるですぅ?」
お気楽すぎるハツラツとした声にイラッとした事はいまだに忘れられない。
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「俺の感情が好きじゃないって、どうゆう風にお前からは見えてるんだ?」
「目的の為に自分の犠牲を厭わない顔です」
「なるほどな、正解かもしれないな.....」
少し寂しげに拗ねた様な表情で凌多はカンナに告げた。
「そうですか、私たちは凌多さんが戦争に協力してくれるだけで嬉しいのです。十分すぎるのです。だから、それ以上は必要ありません」
カンナの言葉に対して、膝の上に乗せられていた凌多は起き上がってカンナに顔を向けると真剣な表情で告げた。
「俺は何も出来ないし、俺には何も無い。そんな事は言わなくても分かるな? 今の鍛錬だってお前に一太刀も当てることが出来なかった。英雄とか言われてたか? そんな大層なものでは無い。お前も分かるはずだ。でも、決めちまったんだ」
「何を決めたのですか?」
「エリスの敵討ち。まぁ、復讐だな......」
凌多の言葉に対してカンナは、声を失った。
「まぁ、エリスは望んでいないかも知れない。でも俺は、俺の思いに正直になるって決めたんだ」
「そ、それは、凌多さんの本当の意思なのですか?」
「そうだよ。俺は、この世界の他の人達と命の価値観が違うらしい。人の命を悔いるという感情を初めて味わった。このやるせなさをどうにかするには、それしか無いと思ったんだ」
「そんな事をしてもその感情がなくなる事はありませんよ」
「そうかも知れないし、そうじゃ無いかも知れない…俺は何も自分で思った感情に従ったことがないから間違っているのかも知れないな」
そういうと、凌多は近くに置いてあった剣を振り始めた。
カンナに背を向けて思いを口にした。
「でも、決めた。だからその為に動く。エリスが死んだ根本の原因はどこにあるのか、ガリアル将軍が何故、参謀とか呼ばれる奴の言う通りに動いてエリスを殺したのか、背景を自分で調べて、俺の手で処理する。それが今の俺の望みだ。」
凌多は他の人に対して初めて自分の感情を伝えたのだった。




