29話 全力のストレートは顔面に決まりました。
夜、月が一番高くなっていると思われる時間に正門の前に全員が集まった。
出発しようと思ったセフィリエルは周りを見渡すと、首を傾げた。
「あらあら、どうしたのかしら?」
セフィリエルは全体の......いや特にカンナの機嫌が悪い事が分かると、全員に向けて確認を入れた。
返答は返ってこない。
「あらあら、反抗期かしら。こんな時に面倒ね......拳で治す事にしましょうかしら?」
セフィリエルは黒いオーラを背後に浮かべながら凌多に近づくと、味方に向けてはいけない程の力で思いっきり背中を叩いた。
「痛ってぇーーーーーー!!!!」
「反抗期は出て行ったかしら? 出て行っていないのなら、もう一度やる必要がありそうね」
「出て行った!! 反抗期は何処かへ出て行っちまったよ」
「あらあら、それなら良かったわ。他の子達はどうなのかしら?」
カンナとメリア、リリーまでもが顔面を蒼白にしてウンウンと首を縦に振った。
「みんな揃って仲良しね〜、それなら良かったわ出発しましょうかしら」
そう言うと、セフィリエルは先頭に立って首都に向けて歩き出した。
凌多は、膝をついたまま、動けずにいたが、
「凌多くん。そろそろ出発の時間よ」
セフィリエルの言葉を聞いて今まで笑っていた膝が本来の動きを取り戻すと、一気に歩ける様になった。
「なるほどねっ、こんなやり方もあるんだっ!」
リリーが怖い事を覚えた気がするが、痛みを堪えている凌多はリリーに構う余裕は無かった。
少し進むと、凌多は違和感を覚えた。
「女王様とか、偉い人って普通後方を歩くよな?」
「私も最初はそう思ったんだけどっ、女王様はバトルジャンキーだから先頭を任せちゃって良いんだよっ!」
「バトルジャンキー......なるほどな、どおりで強いパンチだと思ったぜ.......」
疑問に答えたリリーは、一応、これから一緒に行動するわけだし、セフィリエルさんについて知っておいたほうがいいよねっ、と凌多にセフィリエルについて知っている事を語り始めた。
数分後、話題は移動していた1ヶ月間の食事になっていた。
「それでねっ、セフィリエルさんは料理も凄いんだよっ、今朝食べたシチューも移動中にセフィリエルさんがカンナに教えてやっと出来るようになったんだからっ!」
「そ、そうなのか.....」
話をふくらませようかと思った凌多であったが、前を歩くカンナからの冷たい視線を浴びて声にする事が出来なかった。
「料理は上手くありませんが、嘘を付く英雄様よりだいぶマシです!!」
何も口に出していないと言うのに辛口コメントがカンナから返って来た。
「悪かったって、もうしないからそろそろ許してくれよ」
「そんな適当な謝罪では受け取る気にもなれませんね、本来であれば土に埋めて悔い改めさせる所を英雄様なので特別に辞めておいてあげてるんですから」
この調子では、当分の間は許してはくれないだろうなぁ.......
これ以上地雷を踏まないため、余計な事を喋らないようにしようと思った凌多であったが、思わぬ方向から声が飛んで来た。
「あらあら、カンナちゃん。そんなに責めるなんて凌多くんに構って欲しいようにしか聞こえないわよ」
「お、お母様、そんな思ったまんまの事を言っちゃダメですぅ。時には黙っている事も優しさですぅ」
「あらあら、そうなのね申し訳なかったかしら」
おいおい、何言ってくれちゃってるんだ!?
この腹黒親子は、ってか何でメリアは火に油注いでるんだよ!!
短い付き合いではあるものの二人の性格はなんとなく知っている。メリアは気を使う方じゃないし、女王様は謝るような事をそもそもしない。これは、もしかして親子揃ってイジってきてるんじゃ.......
カンナの方向を見ると、額に青筋が走っている。
「ん?」
何故か荒い息づかいが聞こえて来たため、隣を見ると、何故か燃えているリリーがいる。
「凌多は絶対に渡さないんだからっ、女の子に対してかなり失礼で、愛想も悪いけどっ、もうリリーの凌多なんだからっ」
「(えぇー、リリーさん。いつから俺は貴方のものに......、ってか地味に傷ついてるんだけど!!)」
「ええ結構です。そんな嘘つきで、泣いてばかりいる男は私には相応しくありません!!」
「(うん〜、そうだね、でもそこはプライベートな部分だから触れて欲しく無かったな.....,)」
心の中で弱気なツッコミを入れていた凌多であったが、もうライフポイントはゼロに等しい。
「あらあら、二人ともそこまで言っちゃ悪いわよ。ただのヘタレ嘘つきなだけで、悪意は無いかしら」
「悪意の無い方がダメだと思うですぅ!!」
グサッ…
凌多のライフポイントは既に0になっている。ただの屍のようだ......
凌多の姿を見てセフィリエルは「そろそろお仕置きは終了かしら」と言うとメリアと共に笑い合った。
その恍惚とした表情は凌多の視線から見ると、悪魔の親子が揃って笑ってるようにしか見えなかった。
親子による凌多にとって最悪なイジリが終わり、森の中を進んでいると木々の間から朝日が差し込んで来た。
「この位置で朝日が昇り始めた。という事は日が落ちる前には首都に到着しそうですね」
カンナは日の位置と今の歩いて来た距離を考えて、到着時間の予想をした。
「そうだねっ、もし、順調なんだったら一回休憩にするっ?」
リリーの言葉に対してカンナが頷くと簡単な焚き火を作って、皆思い思いに腰を下ろした。
「そう言えば、魔族との戦争が始まった後の作戦はどうなってるのかしら?」
セフィリエルの言葉にメリアが答えた。
「簡単ですぅ、シルベルちゃんが結婚相手を捕獲して、お父様とお母様が首都の防衛を固めるですぅ。」
「シルベルって誰だっけ?」
「私の妹で王位後継者の第一候補ですぅ」
ドヤ顔で凌多に説明すると、続きを語った。ドヤ顔の意味は理解不可能である。
「それで、凌多くんが一軍を率いて戦争を終わらせるですぅ」
ブファッ……
凌多は飲み水を盛大に吹き出した。
「おい、一軍を率いるなんて聞いてないぞ!!」
「そんな事言っても、首都の防衛を厚くしないと今まで戦争を感じた事のない国民たちが慌てるですぅ。凌多くんが最前線で魔族を蹴散らしてくれないと困るですぅ。」
「戦争は何回もしてるんだろ? 国に入られなければそんなに慌てるような事じゃ無いだろ。ってか、防衛厚くして俺に賭ける方が攻め込まれやすくなるだろ!」
凌多の少し慌てたような言葉に対してメリアは冷静に答えた。
「今までの戦争はどれも首都から離れた魔族とエルフの国境付近で行われたですぅ。正直、今出ている犠牲でもかなり国は動揺しているはずなので国民の恐怖は兵士たちに伝わり、全体の士気が下がるですぅ。なので、凌多くんが少数精鋭でなんとかしてくれないと勝率は下がるですぅ」
「なるほどな…」
凌多は少し納得してしまった。俺がこの前なっていた悲しみにまみれたような状態に国民がなってしまえば、おそらく、恐慌状態に陥るだろう。
「あらあら、英雄様なら出来るかしら、リリーちゃんもカンナちゃんもいるんだから。この状況でやらないっていうのは男が廃るかしら」
セフィリエルから煽ったような言葉をかけられたが、正直何を言ってもやるしかない事は凌多が一番分かっている。最悪、そのシルベルとかいう最強の妹が出て来るまで耐えればなんとかなるのだろう。
凌多は実際にどうやって戦うか考えていると、カンナから声が上がった。
「私ですか?」
「あらあら、カンナちゃん。そうよ、あなた以外に空いている手が無いもの」
「た、確かにそうですが……」
凌多はやっちまったと、今更に後悔の念が強くなった。
「あんな事で機嫌損ねなきゃよかった…」
カンナの方向に顔を向けてもプイッと顔を逸らされてしまう。
「取り敢えず、そろそろ休憩も終わりですぅ」
悲しさの溢れるような報告を受けて気が重いが取り敢えず今は首都に向かうしかない。
出発時よりも重みが増した足を強引に動かすとみんなに続いて歩き始めた。
日の出の時に取った休憩の後、一度だけ昼休憩を取った。
その後は、速度を緩めず歩き続けて、やっとの思いで首都の防壁が見えて来た。
メリアが最初に首都から集落まで来た時には2日かかったということを言っていたので、かなりの速度を上げて進んでいたのだろう。
「到着って事でいいのか?」
凌多はかなり疲れていた事と、達成感が相まって意味も無い確認をしてしまったのだが、残念なお知らせが返って来た。
「ふぅ…疲れたですぅ。でも残念ながら到着はもう少し先ですぅ」
「は?」
このまま首都の正門らしい場所まで行けば着くと思っていただけに、その言葉はかなり重い物に聞こえてしまった。
凌多とリリーだけが理解出来ていない物と思いきや、カンナも理解出来ていないようだ。
「メリア様? ここからだと首都に入る為には西の正門から入るのが近いと思いますが……」
「えっと、お母様言って良いですぅ?」
「あらあら、確認なんて取らなくてもメリアちゃんが認めたなら良いかしら」
「そしたら話すですぅ。エルフのこの首都には王位を持つものにしか通れない転移門があるですぅ。そこを使うですぅ」
「なんでそこを通る必要があるのっ?」
リリーは3人の意見を代弁するような質問をした。確かにこのまま正門を通って間違いない気がする。
「ここで門を通ってしまうと、検問が入るですぅ。そしたらお母様が首都に戻って来た事がお父様に伝わってしまうですぅ。」
「あぁ、そうゆう事か……」
「そうですぅ! お父様を完全に仕留める為に門を使って一気に城の中心まで行くですぅ!」
「なるほど、そんな手段があったんですね。そういう事でしたら、確かに私は知らない情報です」
カンナも納得がいったようだ。しかし、転移という言葉に対していまいちピンと来ていない様だ。それに対してリリーと凌多は何度か経験をしているのでかなり慣れたものである。
落ち付けようとした足を何とか動かすと、セフィリエルに続いて歩いていく。
かなりの距離を歩いた事によって日が沈みそうな頃合いになってしまったが、なんとかたどり着いた。
「ここか、なんか見た様なことがある鳥居だな」
「そうだねっ…この世界の転移門は全部あんな感じなのかなっ?」
凌多とリリー離れた様な足取りで鳥居の方面に向かって行くが、メリアに呼び止められた。
「そっちじゃ無いですぅ!」
「えっ? でも他に転移門になりそうな所は無いけどっ」
疑問に思う4人であったが、メリアとセフィリエルに続いて鳥居から離れた場所に向かうとそこには何体もの石像が置かれた場所があった。
鳥居の横にいた石像は狐の様なモチーフの石像だったが、この場所には様々な種類の石像たちが無造作に置かれていた。
「あらあら、ここだったかしら」
セフィリエルは亀の様な石像に近づくと石像の頭に手を当てて、何かを唱え始めた。
すると、石像の目は宝石の様に輝き始め、光ったと思うとセフィリエル以外を照らした。
「うわっ、なんなのっ? 何かを確認されたみたいで気持ち悪いんだけどっ!!」
リリーは驚き、文句を垂れている。仕方がないと言うように、メリアが説明した。
「この光線はエルフに、王族に悪意が無いか確認するものですぅ」
「ごめんなさいねぇ、だからさっき確認したのかしら、悪意がある場合、焼き殺されてしまうのよ」
なるほど、さっきのボヤかした会話はそんな怖い意味が込められていたのか…
背筋に寒気が走った凌多であったが、次の瞬間見ていた風景が一瞬にして変わった。目の前が真っ暗になった。
「あらあら、そのまま待ってて頂戴ね」
セフィリエルの声をきき一同はそのままの体勢で待機する。
1分ほど経った頃にいきなり明かりが灯った。
周囲には荷物の様な物が積まれている。
「ここは?」
カンナが疑問を投げかける。
「ここは地下倉庫の一つですぅ。一応、分かりづらいように細工をしているから、あまり知らない部屋かもしれないですぅ」
「そのせいで、管理も十分に出来ていないわね。明かりも消えてしまっているかしら」
明かりには、地球で言う所の電球に似たものが壁に取り付けられていた。形がクリスタルのようで、エネルギー源が電気ではなく、魔力でありそうなこと以外、ほぼ一緒である。
「みんな大丈夫そうね、そろそろ行こうかしら」
出入り口のドアを開けて外に出ると長い廊下が広がっていた。
「そうねぇ、ここからは二手に別れましょうか」
「どうゆうことですぅ?」
「ここからだと、メリアちゃんがシルベルちゃんを呼んで戻ってきてもすぐに追いつけるかしら」
「なるほどですぅ、なんとなくわかったですぅ…先にお仕置きを始めているってことですぅ?」
「あらあら、メリアちゃん賢くなったのね」
セフィリエルは満面の笑みを浮かべ、一方でメリアは、はぁ…と深いため息を吐くと、でシルベルの元へと向かった。
「さぁ、私たちも行こうかしら」
セフィリエルの後に続いて王城内を進んでいくとかなり大きな扉の前に来た。
扉の前には二人の警備兵がいる。
「あらあら、お勤めご苦労様。王様は王座にいるかしら?」
「は、はっ! 今の時間は大臣殿から各方面の報告を受ける時間であると聞いているため、この先におられると思います」
「そうしたら、この扉を開けてもらってもいいかしら?」
「はっ! ただいま」
兵士達は即座に扉を開けると、中から声がかかった。
「今の時間は誰も入れるなと言っていたはずだが?」
「あらあら、私のいない間に随分大変な状況を作ってくれた貴方にはそんなこと言う資格があるかしら?」
「えっ………はぁぁぁぁあああ!!!!!」
王様がセフィリエルの登場に驚き慌てていると、セフィリエルはゆっくりとした速度で王座に向かって歩いて行く。
「なんで帰って…後8年は帰って来ないはずなのに……」
「何でかしら?」
セフィリエルの額に青筋が走っている。
「違うんだ、話し合おう。セフィ、落ち着くんだ…」
「これが落ち着いていられる状況かしらぁぁぁああああ!!」
セフィリエルは思いっきり拳を振りかぶると、王様の顔面に叩きつけた。記録はクリーンヒット。
「王様ぁぁぁぁああーーーー」
大臣の悲しみに溢れた叫び声と共に王様は吹っ飛んでいった。
凌多とリリーはそのシンプルすぎる夫婦喧嘩を口をあんぐりと開けて眺める事しか出来なかった。
タッタッタッ……
後ろから複数の足音が聞こえたかと思うとそこには走って来たメリアともう一人のエルフの姿が見えた。
スラットした体型は母親譲りなのだろう。顔立ちはキリッと強気そうな一面と、柔らかな一面が混ざり合ったよう
美形である。
「うーん、やっぱりこうなったですぅ。予想通りすぎるですぅ」
メリアが納得したような顔で吹っ飛ばされた王様と拳を振り切った女王様の光景を見ると、
「はぁ……賑やかになったわね」
隣に立つエルフは呆れたような表情を見せた。
「あらあら、お久しぶりね、シルベルちゃんこれでいいかしら?」
「いきなり帰って来たと思ったら、唐突過ぎます。私にも分かるように説明して下さい。お母様!!」
久しぶりに集合した王族の会話は全体的に言葉足らずであった。
明日17時に更新予定です。
もしかすると22時登校になってしまうかもですが許してくださいw
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