25話 凌多は強制的に起こされました。
リリー達が集落に到着してから2日が経過していた。
「凌多さんの様子はどうですか?」
朝、現状の共有を行うため凌多を除いた一同は元長老宅の屋敷に集まっていた。
基本的に到着初日からやることは変わっていない。集落に生き延びた者は存在せず、集落全員の埋葬を行なっている。カンナの機転によって集落の捜索を行っていたメリアも女王様の意向によって現在は埋葬の手伝いをしている。
「えーっと、あんまり変わってないかなっ? 意識はハッキリして来たけど、現実から目を背けている状態だよっ……」
カンナはリリーからの報告を受けると今後の動きはどうしたものかと頭を悩ませた。
「分かりました。そのまま引き続き近くにいてあげてください」
カンナの悩みはそれだけでは無い。隣に座るメリアが大人しい。
普段であれば腹黒さを感じさせるようなセリフをバカみたいに吐いているメリアであるが、集落についてからのメリアはあまり喋らない。
自分の中で何かを考えているような表情を浮かべているが、目の奥に潜む悲しさを消しきれていない。凌多より幾分かマシではあるのだが、どうにもやりずらい。
「出発は2日後かしら」
セフィリエルがポツリと発した。
「あらあら、どうしたのカンナちゃん。予定を決めておかないと動くものも動けないでしょう?」
セフィリエルは、当然の事を言ったのに何を慌てているのかと驚いている。
そうだった。女王様はこういう人だ。知っていた。しかし、自分の娘が現実と向き合っている今この状態で時間制限を設けるほど辛辣な態度を取るとは思わなかった。
「分かりました。そうですね、明日には埋葬の作業は終わりそうですし、その予定で動きましょう」
カンナの言葉に納得したのかセフィリエルは食事を終えると食事中のカンナ達を置いて先に教会へと向かってしまった。
一応、護衛を行なっている強面エルフのおっさんも後に続くとカンナとメリア、リリーがこの場に残った。
雰囲気は一言で言って重苦しい。
食器の擦り合わせる音が悲しく響く。
カンナは一呼吸つくとリリーに聞きづらそうに尋ねた。
「今後のことも考えると2日後までに行動を開始しなければ間に合いません。凌多さんは間に合いそうですか?」
「う、うんっ、なんとかするしかないかなっ?」
たぶん復帰のメドも立っていないのだろう。返答のトーンが暗い。リリーの性格はこの前の旅で少しは把握したつもりだ。
この表情は、自分の事を責めていそうな表情ですね……
凌多とメリアが大変な状態でリリーまで堕ちてしまうと今以上に大変にな状況に陥りそうだと思いつつも解決策は浮かばないままに食事を終えた。
食事を終えるとリリーは凌多分の食事を持って寝室に、カンナとメリアは教会付近に作っている墓地へと向かった。
実際、この人数で集落に存在した全員分の墓を作って埋葬するとなるとかなりの時間がかかってしまうだろう。しかし、リリーの魔法によって作ったため、時間の割にクオリティーの高い物が出来ている。
作業は予想していたよりも順調に進んでいた。
「あらあらこのペースなら思ったよりも早く終わりそうかしら」
セフィリエルの言葉に対してカンナとメリアは頷いた。
このままのペースであれば今日中には完了するだろう。
「メリアちゃん、お願いがあるのだけど、リリーちゃんと、凌多くん?を連れてきてくれるかしら」
「お、お母様、凌多くんも連れてくるんですぅ?」
「そうよ、凌多くんが見送らなきゃこの子を埋葬出来ないじゃない」
セフィリエルの視線の先にあったのはエリスの姿であった。
「そうですが、今日はまだ凌多くん回復してなかったですぅ。そんな状態で現実を突きつけるのは酷なものがあるですぅ」
「うーん、そうねぇ、でも埋葬する時に立ち会えないほうが後悔するわ」
セフィリエルの言葉に対してメリアは何も言えなかった。
なにせ自分も今までそのような場面に遭遇することは無かった。
「わ、分かったですぅ」
メリアはセフィリエルに背を向けると屋敷へと向かって行った。
「女王様、だいぶ荒治療に思えますが……」
「あらあら、カンナちゃん、でも何か無いとあの状態から抜け出せないでしょう?」
「それは、メリア様と凌多さん、どちらの事を言っておいでですか?」
「どちらもよ……」
セフィリエルはこれで会話は終わり。とでも言うように作業に戻ってしまった。
「ですよね…..敵のいない戦いというものは厳しいものですね……」
カンナは呟くと、作業に戻った。
「うーん、どうやって伝えればいいかわからないですぅ」
屋敷の前に座り込んだメリアは唸っていた。
セフィリエルの言葉に対して何も反論できなかった自分は言われた通りに動くしかない。
「分かっているのですぅ。でもキツイですぅ」
自分の中で散々迷った挙句に出た答えはノープランで、出たとこ勝負だ。
「自分の中でも整理ついてないのにちゃんと話すのは無理ですぅ。ありのまま話すですぅ」
屋敷に入るとリリーと凌多がいるであろう寝室のドアを開けた。
ベットの横にある窓から光が差し込み凌多を照らしている。凌多は窓の外に顔を向けているがどこを見ているのか分からないほど遠くを見ているように見える。
隣に置いてあるイスに腰をかけているリリーは凌多を見つめていたが、こちらに気付くと振り向いた。
「あれっ? 作業はどうしたのっ?」
リリーが疑問を投げかけてきた。凌多はそのままメリアに気づかずに外を見ている。
「あ、あのっ、お母様からここに来るように言われたですぅ」
「そうなのっ? なんで? 何かあったのっ?」
「それがですね…言いずらいですぅ…」
メリアの表情を見たリリーはゆっくりでいいよっ! と優しく促すと、メリアはセフィリエルから聞いた言葉をほぼそのまま伝えた。
リリーはメリアのオドオドしながら紡ぐ言葉を優しく包むこむように聞くと、納得した表情になった。
「伝えてくれてありがとうっ」
にっこり微笑みながら返された返答に戸惑いつつもリリーに疑問をぶつけた。
「怒らないですぅ?」
「なんでっ?」
「だって、凌多くんこんな感じですぅ、それなのにエリスさんの埋葬のお誘いなんて……」
「でも、しょうがない事だよねっ、過去のことなんだから、今更やり直しは出来ないからっ、前に進むために今出来る事をしないとっ、エリスさんに逆に失礼だよっ!」
リリーの言葉を聞いたメリアは思った。自分の中にあった蟠りはシンプルな話であった。
責任を果たすことが出来なかったのだ。王族として生まれて、その才能が評価されて巫女という職業になった。自分の中で出来る事は文句を垂れながらもある程度やってきたつもりであった。
それは上に立つ立場としてしっかりとしなければいけないと言う使命感からだ。妹は戦線に出て成果を残している。自分も巫女としての役割は精一杯やったと言っていいだろう。
でも、足りなかったのだ。ただただ実力が足りないために、この集落の人たちが死んだ。何ならそれまでの進軍の中でも生死が関わってくる部分はかなりあった筈だ。目に見えなかったというだけで、実感できていなかった。戦争という出来事に対して、命の奪い合いに関しての知識と経験が足りなかった。
でも、今理解出来た。自分がやらねばならない事と持たなければいけない責任を理解したから、贖罪をするために必要なのは悔いる事では無い。次の犠牲を減らす事、これ以上に自分にできる事はない。
何なら、故人を今思う事さえもやってはいけない事であろう。自分がすべき事を全てやりきった後にのみ許される行動だ。
メリアは覚悟が決まった。
申し訳ないが、魔族に対して一片の同情をしてやるつもりも無い。
我儘に自分の国と国民の事を一番に考える。戦いの火蓋を落としたのはあちら側なのだから。
メリアの表情の変化をリリーは目の当たりにした。
「うんっ、さっきよりもいい顔だねっ!」
「ちょっとだけ、間違ったこ考え方をしていたので、それを今から正シクするだけですぅ」
そういうと、今日中にエリスの埋葬をしたいから来てくれという事を伝えたメリアは勢いよくドアを開けると外に飛び出して行ってしまった。
「メリアは前に進めたみたいだよっ、君はどうかな凌多くんっ」
リリーは小さく呟いた。
悲しかった。
理解ができなかった。
理解したくなかった。
ここは自分の知らない世界だった。
欲しいものがここにはあった。非現実的な世界では魔法が使えた。人間以外の人種がいた。未開拓の地があった。日常的で平凡な生活を送っていた凌多にとって全てが新鮮で魅力的な世界であった。
しかし、理想通りの展開に進まなかった。物語の主人公であると思っていた自分は物語のように上手く事を進める事が出来なかったのだ。
今までに無い感情だった。自分のお世話をしてくれた親しい人が亡くなった。自分の腕の中に抱えた瞬間に冷たさが伝わってきた。エリスさんの人生の価値が全て否定されているような冷たさだった。
正直、そこまでエリスさんと長い時間を共にしたわけではない。関係としても浅いものであっただろう。エルフ秘伝の魔法や、もう一人の自分の事について話をしてくれたがそれだけだ。一緒に旅をしてくれた訳でもなければ一緒に戦った戦友でも無い。
しかし、一番最初に自分をこの世界に迎え入れてくれた気がした。特に深い意味はない。ただ、そう感じたのだ。そして、エリスの死は自分の心を大きく蝕んだ。
この世界では簡単に命が失われる。
自分も魔物を狩って戦争に備えた準備を行っていたが、その時には感じなかった。いや感じる事は出来なかったのだ。
今までの人生と比べるとおかしい事はハッキリと分かる。魔物があちらの世界でいう野生動物だとすれば、自らの手で野生動物の命など奪った事は無い。戦争に勝つため、殺しの技術を学ぶ事も凌多の身の回りでは無かった。
この世界では『命の価値が低い』という事を身近に感じていたエリスを失う事で理解してしまったのだ。
そのように考えると今度は自分自身が嫌になってくる。
自分はエリスの死からくる悲しみよりも、エリスの死を通じて命の価値が低いという事を理解し、恐怖に怯えてしまった事を考えると自分自身の存在を消し去りたくなってしまう。
「そうだ、今までもそうだった、俺には何も無いんだ。異世界に渡ったからといってチートをもらった訳でもなければ何かが大きく変わった訳でも無い。秘伝の魔法も他人と比べれば多いMP量も何も役には立ってくれなかった。異世界に渡ってなお、僕には何も無いんだ……」
実際に言葉に出来たかどうかは分からない。
凌多の意識はそこで途絶えた。
頭の中がボヤッとしている。日差しが眩しく降り注いでいる。
リリー達が合流してから2日が経過していたが、凌多はまともな状態ではなく、何日経過したかなど理解できていなかった。
「あらあら、お寝坊さんかしら、そろそろ起きないといけないわ」
パチン……
頬に走った痛みで強制的に意識を戻された。
「セフィリエルさんっ、それはやりすぎじゃないっ!?」
「いつまでもお寝坊を続けているこの子には相応しい起こし方だと思うけれど」
凌多の視界に入ったのは、目の前に怒気を放っている凛々しい女性のエルフであった。
「見た感じ、メリアちゃんは立ち直れたみたいだわ、君はここで立ち止まったままなのかしら」
細腕のどこにそんな力があるのかと思うほどの力で凌多の腕を引っ張り無理矢理にベットから引きずり出すと腕を引かれたまま外へと飛び出した。
向かう先には教会がある。理解した凌多はなされるがままになっていた腕に力を込めてセフィリエルの手を振り払った。今までなされるままであった凌多がいきなり力を入れたので拘束はすぐに解かれた。
「どうしたのかしら?」
「そっちには行きたくねぇ」
「あらあら、やっと喋ってくれたかしら」
美しい顔立ちから感じる怒りはなぜ向けられているのか凌多には理解が及ばない。
もう一度無理矢理にでも連れて行こうと手を取ろうとした女性のエルフの手を払い除けようとしたが、払いのけようとした腕の関節を決められると、そのまま引きずられるように連れて行かれた。
教会近くは墓地になっていた。凌多がこの場を去った後に作ったのだろう。真新しいお墓がかなりの数並んでいる。セフィリエルに引きづられたまま作られた墓地の中心方向に向かってどんどんと進んでいく。
「悪りぃ、帰る。」
「ダメよ、あなたには見届けるという使命があるのだから」
何をいっているのかは分からないが、このまま引きづられて行くと嫌な予感がする。必死にもがくが拘束から逃れる事は出来ない。
引きづられたままに進んでいくと、そこには大きな墓地が存在していた。
……目の前にはエリスが横たわっている。凌多は拒絶反応を起こし、吐き気が襲う。
「ここに俺を連れてきてどうする気だ!!!!」
墓の周囲には、カンナ、メリア、強面エルフのおっさんが並び、後ろにはリリーが控えている。
「ちゃんと見ていなさい」
セフィリエルは凌多にそう告げると、エリスの遺体に火をつけた。火は一瞬にして燃え広がる。数分経つとエリスの死体は誰であるかも想像がつかない姿になってしまった。
「あ、ああっ、、、あっ、、、」
凌多は声にならない声と燃える火の音だけが支配する。
両の目からは涙がこぼれ落ちた。」
火葬後に骨だけとなったエリスは目の前のお墓に埋められた。作業が終了すると、
「そこに立ち止まっているのか、前に進むのかは自分自身の心と相談して決めるのがいいかしら」
それだけを伝えると、凌多を除く全員がその場を離れた。
凌多は膝から崩れ落ちた。エリスが頼りたかった時にそばにいることの出来なかった悲しみと、エリスの事を心配する以上に自分の事を考えてしまい、恐怖に押し潰されてしまった罪悪感が襲ってくる。
誰もいなくなった墓の前で凌多は声を上げて泣き喚いた。
永遠に悲しさと謝罪の言葉を口に出しながら。




