19話 悪い予感は的中しました。
無我夢中に、これ以上ない速度で凌多は走った。
息をするのも忘れるほどに、
木々の枝先を避けることを忘れるほどに、
全力で森を駆けた。
全身の筋肉が悲鳴をあげているのにも関わらず、速度を落とすことをしない。全身の汗腺から尋常ではない量の汗が吹き出すように流れる。
『嫌な予感がする。』
凌多が集落へ急いでいる理由は勘だ。サバイバルの中で培った危機感が集落に危機が迫っていると最大級のうるささで喚いている。
今までも魔物の接近や、戦闘中に危機感を感じる事があった。魔物から攻撃される際、避けなければ命が危ないようなタイミングもあったが、その時でさえ、これほどまでに大きく警鐘を鳴らすことは無かった。
何が起こっているのかは分からない。まだ、悪意のある集団が集落に近づいてきているだけである。3kmほどであれば勝手の知る森であるためほどなくしてたどり着く事が出来るだろう。
森を全速力で駆ける凌多に対してパウラが遅れた。
「もうムリ、走ってついて行くのはムリだ…」
パウラの弱音が後方から聞こえる。凌多はパウラの存在を忘れてしまうほどに前に進むことだけを考えていた。付いてこれないのなら後からおいかけてくれば良い。
パウラが居てもいなくても状況は変わらないだろう。そう判断した凌多はパウラを置いて先に集落へ向かおうとした。
「置いていかないでよ〜」
パウラの声が後ろから聞こえたかと思うと、左手の親指の付け根から熱いものを感じた。
「(も〜、凌多ってば意地悪だよね〜)」
どうなってんだ? 凌多はパウラの言葉が音ではなく、心に直接語りかけてくるように感じる。
「(それはね〜、凌多の中に入らせてもらったんだよ〜)」
凌多は口に出していない。いや、正確にはまともに呼吸も出来ないような速度で駆けているため、口に出せる状況でもないのだが、今、実際に話していないにも関わらず、返答が返ってきた。
「(聖獣って言うのはね、加護を授けた者に宿る事が出来るんだよ〜、本来、実態の無いパウラ達は自然の一部であり、存在は無いようなものだからね〜)」
酸素が供給されていない今の頭でちゃんと理解できているのか分からないが、聖獣っていうのは加護を授けたものに寄生できるってことか?
「(まぁ、寄生って言いかた嫌いだけど〜、そんな感じかな〜)」
まぁいい。今は正直パウラがどこにいようとどうでもいい。この警鐘が鳴らされている原因を知るために、今はとにかく早く集落へたどり着くしか無い。
さらに速度を上げようと急ぐ凌多であったが、それに対してパウラは冷ややかだった。
「(知ってどうするのさ)」
パウラは凌多の中で小さく呟いた。全力以上の速度で駆けている凌多には届かなかったようだが……..
森を抜けた。小道に出ると遠くに集落の正門が見える。
今までであれば長い時間を必要としたであろう距離も今の凌多であれば短い時間でここまで来る事が出来た。
もう少しだと、気合を入れた凌多は速度を少し緩める。今の状態で行っては何かしらのハプニングがあった時に対処に遅れるであろう。逸る気持ちを抑えて息を整えると、いつでも刀が抜ける状態を取る。
正門についた。おかしい。門番がいない。
普段であればもう顔なじみといってもいいような気楽に話しかけてくれる爽やかな若者がいるのに。
正門をくぐる。おかしい。音がない。
集落はそこまで大きいわけではない。普段であればこの時間、集落の者は外で活発に活動しているといっても良い頃合いだ。このくらいの時間であれば喧騒とまでは行かないものの雑多な笑い声がこだましていてもおかしくない。
長老の屋敷に入る。おかしい。人がいない。
リリーやメリア、カンナがいないと言ってもこの屋敷には長老を訪ねるため人の出入りは頻繁に行われていた。しかも、基本的にエリスさんと長老は家にいるはず、おかしい。
この状況はどうなっているんだ?
凌多には理解ができない。エルフ秘伝の魔法の習得条件をクリアしたからみんなでサプライズパーティーでも開催してくれるのか?
そんな訳はない。秘伝と付くくらいだ集落の者は基本的にこんな魔法があることさえ知らないだろう。
何が起こっているんだ。
先ほどから、パウラは何も発さない。パウラはこの集落のことを知らないとはいえ、この状況でかなり困り果てている俺を見て何も発さないことに対して何故だか苛立ちを感じる。
屋敷を出た。
集落をまわる。
正門付近から屋敷までの道ばかり歩いていたため足が向いていなかったが、屋敷から出て正門と反対方向にも建物はある。
そっちで何かやっているのではないかと足を向けると、何故だか足が強張る。まるで行っては行けないような、体が行くことを拒絶しているような感覚がある。
「なんでだ?」
凌多は首をかしげる。今までは早く迎えと警鐘を鳴らしていた危機感が今度は向かうなと警鐘をうるさいくらいに鳴らしている。
「まぁ、どうにせよ行くしかないよな」
いつでも対応できるようにと刀を抜けるように準備していた体制は段々と解かれ、今では両の腕がダランと下がってしまっている。
建物を一軒一軒、シラミ潰しに回るが何もないし誰もいない。
そうこうしつつ歩いていると最後の建物が見えた。
大きな建物だ。今までは気にしたこともなかったがこの集落には離れたところに教会が存在していた。少し離れたところにある教会はかなり大きいように見える。あの大きさであれば集落全員の数百人くらいであればもしかすると入れるかもしれない。そう思って教会の方面に歩き出す。
教会に近づくと徐々に警鐘が強くなる。鼓動の速度が早まる。
「なんでだ!!」
自分の体であるのに自分で制御出来ないことに対して怒りが沸く。
教会がすぐそこに見えた。見えたと同時に直視したくない状況がそこには広がっていた。
死体が転がっている。無造作に、裂かれたような、焼き殺されたような、死体が壊して捨てた人形のように転がっている。しかし、この死体はエルフ族のものではない。十中八九魔族のものであろう。100体近くここにはある。
死体がエルフでないことを確認すると妙な安堵感が顔をのぞかせた。
「よかった….」
口に出した瞬間、今度は止めようのない吐き気が凌多を支配する。理解してしまった。理解できてしまった。エルフと魔族がなんらかの形で戦闘状態に陥り、恐らくエルフ側が勝利したのだろう。戦争である。命と命の奪い合いだ。
人間という種族ではないもの同士の戦争ではあるが、エルフにしろ魔族にしろどちらも人型であることには変わりない。その戦争には死はつきものである。理解していたはずであった。しかし、妄想と現実が違うように、頭で理解していても実際にその状況に陥った時、凌多にはその現実を受け入れる事が出来なかったのだ。
目から理由もなく零れ落ちてくる涙と共に、自分では止める事が出来ないような吐き気が凌多を襲う。
何も考えられない。ただ、体が勝手に反応してしまっているのだ。
しばらくの間そうした状態でいた凌多は、何とか衝動を抑える事ができた。頭はフラフラの状態である。凌多が思考可能なキャパなど、とうの昔に振り切れていた。
地球にいた頃には味わう事が無かった生と死を互いに奪い合うという残酷さを知り、生命というものは尊いもので、何にも代え難いと考えていたものが切り捨てられ転がっている。
凌多は、その場から移動しなければと教会を後にしようとする。
あれ?おかしい。
思考が働いていないにも関わらず。何かに引っかかるときがある。大抵そのような時は、物事の核心に触れているか、自分が都合よく隠している事があるときだ。
凌多はまだ確認していない。教会の中がどうなっているのか?
正面の大きな扉は開いていない。力の限り開けようと試みるが、開ける事が出来ない。
仕方ない。周囲には入れそうなところが無いか確かめてみる。
「あっ…..」
凌多はみてはいけないものを見てしまった。教会の正面ではなく側面に大きな穴が空いている。
大きな穴からは見えてしまう。赤く溢れた液体が地面に溜まり池のようになっている様が、凌多は近づいた。考えての行動では無い。
意味もなく、ただそこに行かなければならない気がして、血が溜まっている上をピチャピチャと音を立てて歩く。教会の内部まで足を進めた。
中に入ると悲惨の一言であった。祈る際に腰をかけるであろう木製の長椅子には血の飛沫が染みになっている。天国にいる神が描かれたような神秘的な壁画は上から血を垂らしたかのような有様になっており、まるで地獄を描いているかのような色使いになっている。
四方八方に赤い絵の具を撒き散らしたかのように赤でまみれている。
周囲を見渡してしまった凌多の目は悲しみも怒りも苦しさも嘆きも超えて驚きと喪失感により目を見開いてしまっている。
一点に目が止まった。嘘であると思いたかった。真実は現実だ。そう簡単に当てが外れる事などない。でもこの人ならなんとかなるのかもしれないと思ってしまった……
祭壇にもたれ掛かるようにしてエリスが死んでいた。
いつも読んでいただきありがとうございます!!
次回の更新は明日の予定です......
頑張りますwww
誤字報告ありがとうございます助かります。
誤字はなくせるように頑張ります!!




