16話 3人寄ると姦しくなりました。
「詳しくお話しさせていただきます」
二人きりの大広間、エリスはエルフ秘伝の魔法について語り出した。
「エルフ秘伝の魔法とは、端的に説明すると自然の力を借り受けて使用する魔法であり、私が使えるのは自然の魔法といっても森の力を借り受けることに限ります」
「ん?自然の魔法であるなら森である事が前提条件なんじゃないのか?」
「そんなことはありません。海であったり、火山であったり、空を見れば雲や風、様々な自然が存在しているでしょう?」
確かにそうだ。今まで自分の中では自然といえば森林であると限定していたが、自然の中にも様々な形がある。
「他の生命が意図的に手を加えていなければ、そこは自然になります。その中の森林からの力を借り受けて発動する現象をエルフ秘伝の魔法と言います。」
なるほど、凌多は小さく頷くと理解した事を伝えた。しかし、理解と同時に納得のいかないモヤモヤが心の中に現れたが、この事が何を示しているのか分からない。
「ふふっ、理解はできますが、何か納得がいかないと言う顔をされていますね。」
「よく分かったな、何か間違っている気がして。」
「それは簡単な悩みです。例えば自然である風を起こす事であれば...」
途中まで言いかけたエリスは、凌多に向けて軽く風魔法を起こした。柔らかな風が凌多の頬を撫でる。
「このようにして簡単に発生させる事ができます。」
単純に魔法を凌多にぶつけられただけであるのだが、凌多はエリスが何を言わんとしているのか理解できた。
「なるほどね、自然を使わなくても魔法で再現できる事はある。だから普通の魔法との差異が分からずにモヤモヤしていたのか。」
そう凌多が告げると、エリスは立ち上がった。
「貴方様は、言葉で聞くよりも体で体感した方が理解が早そうですね。行きましょうか。」
エリスに促され、屋敷を出ると集落の正門を抜けて森の中へと移動して来た。先導するエリスに黙ってついて行くとそこには小川が流れ込んで出来たのであろう小さな池のような場所まで連れてこられた。
「ここに何かあるのか?」
「いえ、ここ自体には何もありません。しかし、ここですと貴方様にも目に見えて感じる事ができます。」
エリスは池の際に両膝をつけて祈るように指を絡ませると、身体が仄かに光り始めた。
数秒光り続けたかと思うと、光りが無くなるのと同時に周囲に異変が発生した。
「ザワザワザワ…..」
木々がこすり合されたような音ともに池の水面に今まで無かった波が立っている。凌多は周囲の木々から優しい何か包み込まれているような優しい感情のようなものを感じた。
何もせずに、立ち尽くしているとエリスが祈るようなポーズを解き、こちらに振り返る。
「理解できましたか?」
「できるかぁぁぁぁぁあ!!!!」
池の周りにて、凌多とエリスは昼食を取っていた。エリスに大きな籠を持たされたまま移動をして来たのだが、これが弁当だったとは…….
準備がいいなと思いつつ、サンドイッチのようなものを口に入れているとエリスが喋りかけた。
「先ほど、木々のざわめきと、水面の揺れを感じる事ができましたか?」
「まぁ、一応な、でもあれがなんだって言うんだ?」
「あれは、自然の感情です。目に見えるもの以外も感じませんでしたか?」
「そういえば、優しいような柔らかような感情を感じたなぁ」
エリスは目を少し見開いて驚くような仕草の後に柔らかい笑みを覗かせるとそうですかとだけ告げ、食事に戻った。
「え、どうゆう事だ? 今のが何か関係しているのか?」
「先に食事を取ってしまいましょう」
エリスは最後にそれだけ告げると食べることに集中してしまったので、なんで勿体ぶるのかと思いつつも凌多も食事を再開した。
食事を終えると、エリスは先ほどのことについて説明しだした。
「先ほどのは、自然との対話をしていました。」
「対話?」
「はい、自然との親和性が高くなければこの魔法は習得できないと言うことは知っていますね?」
そういえば、最初リリーから聞いたときに、リリーのように自然を利用する魔法使いがいるとするなら自然との親和性が高いと言うような事を聞いた気がする。
「先ほどの対話では、この森が貴方様に対してどう思っているのかお聞きしたのですが、かなりの好印象でした。
その為、優しく柔らかい感情を貴方様は受け取ったのでしょう。まぁ、最初からその感情を受け取れる時点でかなりの親和性が有ると思いますが」
エリスはそう言うと言葉を続けた。
「貴方様がこの森の害悪でもあった『トロルオーク』を倒してくれたことが好印象に繋がったようです。
今までは警備隊によって討伐されていたのですが森林に少なくない被害が出ていたそうです。一方貴方様の戦いからは森林に対して一定の気遣いが感じられたそうです。」
リリーが自然を傷つけるとうるさいし、治さなきゃで時間ばかり掛かるから一応周囲を傷つけないように気を遣っていただけなのだが好印象だったようだ。
「そこでですが、貴方様に対して親和性を高める修行から始めようかと考えていたのですが、必要ないようなので第二段階から始めましょう。」
「第二段階?」
「はい、自然からの感情を更に明確に受け取れるようにする修行です。」
なるほど、先ほどは自然からの感情を受けとったわけだが、エルフ秘伝の魔法を習得しているエリスは感情ではなくより具体的な内容を伝え聞ける事が分かった。
感情のようなフワッとしたものではなく、より明確に理解できるようになるには修行が必要なのだろう。
「で、どんな修行をするんだ?」
「そこまで難しい事ではありません。自然を感じながら魔物を倒し、貴方様だけで森の中で生活してもらいます。」
「え、俺一人でか?」
「はい、明確に自然の言葉を受け取れるようになるまで感覚を研ぎ澄ませてください。」
「そんなこと言われても……」
実際にどこまで感覚を研ぎ澄ませばいいのか? などの疑問をエリスにぶつけようとした凌多であったが、思考を遮るようにしてエリスは話した。
「その際に、何も身に付けず、魔法も使わず、剣のみでかつ自然を傷つけることのないように害悪となる魔物の討伐を行って欲しいのです。自然と一体になって害悪を討つという敬意を示すことで徐々に感覚を研ぎ澄ませてください。」
何も身に付けずにと言っても身に付けているのはエルフの集落で借りた防具くらいだ。
問題であるのは、今まで基本的に魔法を駆使して戦っていたことや、リリーによって索敵をして貰っていたため、有利条件がなくなるということである。 凌多は自分にその条件で森の中を生き抜くことが出来るのか顎に手を当て思考した。
「…………しゃーない、リリー達も自分らの仕事をしているみたいだし、魔法なし、リリーの援護なしっていうのがだいぶ辛いがやってやるよサバイバル生活!!」
凌多はしばし考えた後に、決意をエリスに告げた。
「私はこのあと集落の方で待っておりますので自然と対話できるような感覚を身に付けたら集落の方まで戻ってきて下さい。」
凌多にとっては一大決心であったのだがエリスは当然やるだろうという頭でいたのか凌多の言葉を聞くと身に付けているものを外すように促してくる。
凌多は籠手のような皮の防具と軽い胸当てを外すと、凌多は腰につけていた鞘から剣を取り出し、肩に担ぐようにして持ち上げるとエリスに鞘を投げ渡した。エリスは受け取ると、弁当と共に籠に入っていた大きな巾着袋のような物に装備を入れ始めた。
「剣は持って行って良いんだろう?」
凌多がエリスに尋ねるとエリスはコクリと頷くと続けて驚くべき言葉を凌多に投げ掛けた。
「自然に敬意を払うため、本来一番自然体に近い姿になってもらうために何も身に付けてはいけないのです。」
「あぁ、だから身に付けているものは全て外しただろう?」
「自然に敬意を払うためには服も脱ぐ必要性があります。」
「はあぁぁぁぁぁぁ!?」
凌多の恥ずかしさと理不尽さへの嘆きが合わさった叫びが森の中に響き渡った。
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Side:リリー
集落を出発してから5日が過ぎた。
リリーとメリアを含めた一行は森を抜け、草原の中に整備がしてあると一応言えるような街道を歩いていた。
「後どのくらいかかるのっ?」
「予定では後10日は必要ですぅ」
メリアが答えるとだるそうな表情を前面に出しながらリリーはプカプカと浮いている。
メリア達と比べて浮いているので楽に進めているはずなのだが、楽しいことが無いためか移動が苦痛に感じる。
つまらなそうな顔を続けつつ、移動をしているとやがて日が落ち周囲の状況を確認できなくなったため本日の移動はここまでとなった。
薪となりそうな枯れ木を拾い集め、カンナが魔法で焚き火を作る。それぞれ自らの寝床を作り上げると、メリアから声がかかった。
「リリーちゃんの寝床は不思議ですぅ。すごく快適そうに見えますぅ」
凌多からリリー用として借り受けている寝床は地球の登山セットの形をしているため、エルフであるメリア達には不思議な寝床に見える。
使ってみたい気がするが、かなり小さくリリーの体にフィットしているためメリア、カンナには使うことができない。とても快適そうで羨ましい目でメリアが見ていると、リリーは凌多にもらったのっと自慢げに言い放った。
自慢が癪に触ったのか、メリアはリリーに対して挑発的な発言をした。
「リリーちゃんは凌多くんのことが大好き過ぎですぅ。なのに可哀想ですぅ。ううぅ...」
涙を流しているフリをするメリアに対してリリーが反応すると、メリアが続けて話す。
「今頃はエリスと裸の付き合いになってるですぅ」
「そんなことないもんっ、凌多は私一筋だもんっ」
「そうですぅ? 凌多くんは浮気性な顔ですぅ」
「凌多は童貞だからそんな勇気ないもんっ!」
凌多が聞いたら泣き出すか怒りを露わにしそうな会話をメリアとリリーがしていると、カンナが調理を終えた夕食を運んできた。
ご飯にテンションが上がったリリーは言い合いのことなど忘れてご飯を受け取ると、その小ささからは想像できない速度で食べ始めた。
食事の内容は途中で狩ったウサギのような動物を下処理をした後、ミルクと一緒に煮込んだシチューのようなスープとパンのセットだ。
「朝はパン、パン、パ、パン♪。 夜もパン、パン、パ、パン♪って5日連続でパンはもう飽きたですぅ」
「巫女様、仕方ないじゃないですかそんなに様々な種類の食事を運ぶことができませんし」
カンナがなだめるようにメリアに告げると、メリアはぷくっーっと膨れるとカンナを口撃した。
「妥協ばかりしてるからカンナの料理は上達しないんですぅ。このままだと一生、独り身確定ですぅ!」
「そんなっ….」
メリアから一番気にしている事を言われたカンナはガクリと肩を落とし、うな垂れた。メリアはそんなカンナの肩に手を置くと、
「大丈夫ですぅ。いざとなったら凌多くんがもらってくれるですぅ」
「えっ、本当ですか」
「本当ですぅ。凌多くん終始カンナのことが(知人に似てたから)気になってたですぅ」
「た、確かに視線を多く感じましたが…….」
メリアの言葉が濁したものであると理解できなかったカンナは顔を赤くすると俯いてブツブツ言い始めた。
「なんで、勘違いさせて私のライバル作ってるのよっ!」
食事に夢中になっていたリリーであったが、聞き逃せないワードが耳に入ってきたため会話に参戦した。
ブツブツ言っていたカンナも希望がみえたとばかりに
「独り身でないなら凌多さんでも....」
カンナの言葉を聞いてしまい、更にヒートアップしたリリーとからかって遊びたい腹黒巫女様、妄想が始まってニヤニヤしているカンナによる三つ巴の戦いが始まった。
3人がああでもないこうでも無いと言い争いをしている影で食事を取り終わり、明日の準備まで整えた強面エルフのおっさんは巻き込まれないため、隠れるようにして寝床に入った。
「はぁ、あと10日もあるのか…….」
姦しい3人の声を聞きながら早く帰りたいと小さく呟くのであった。
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