第9話 「戦場に渦巻く想い」
鬱蒼と生い茂る森の中、魔法が飛び交い剣と剣がぶつかり合い森に住む動物たちも逃げ出したその戦場で、蒼と赤の部隊が激闘を繰り広げていた。
元来守る事に特化している蒼の騎士たちは、防衛ラインから敵の侵攻を必死に防ぎ、気性が荒く攻めることを好む赤の兵士たちは、仲間たちの血を見て滾りひるまない。
そして、数日前に咲夜とはぐれたベアトリクスたちもまた、この戦場の最前線で戦っていた。
「ベア! 数が多すぎる! 第3部隊がもう壊滅状態だ!」
赤の兵士の剣を盾で防ぎ逆に斬り伏せたスヴェンが、隣で戦っているベアトリクスへと叫ぶ。彼女はこの戦場に対しある決意を持ってやってきていた。
『蒼穹の聖騎士』の異名を持ち【神技】のスキルを持つ父、クラウディオ。1人で戦況をひっくり返す力を持つとさえ呼ばれる父に対する思いは、いつしかベアトリクスにとって敬愛から畏怖へと変貌していた。
どれだけ自分が優秀な騎士に成長しても、絶対的な強さの父に勝つ事は出来ない。かつては父と同じ剣を扱っていたが、15歳となったその日、神託の儀式の日に剣を捨て槍を手にした。
「……お父様のいないこの戦場で、私は勝って見せる」
再び決意を宿したベアトリクスの瞳が鋭く敵の大群を睨むと、槍を構えその槍先に意識を集中させる。
「【閃光】ッ!!」
槍を構えたベアトリクスの体が、雷を纏った一筋の閃光となり赤の兵士の大群に突撃し穿たれる。波のように押し寄せてきていた赤の兵士の大群がベアトリクスによって隊列を崩し割れた。
「今よ! 皆ッ!」
「オォーーーー!!」
騎士団長の娘によって開かれた好機、蒼の騎士達は一斉に攻めに転じる。だが、その勢いは瞬く間に消される事となる。
「竜騎士部隊が現れたぞ!!」
戦場で誰かの声がこだまする。背の高い木々の更に上空に、戦場の終わりを告げる部隊が現れた。中型のドラゴンの背に乗った騎士が10人、編隊を組んで飛行してくる。
その編隊のトップで飛んでいるのは、紅い鎧を身にまとった軍人、ジークフレンであった。
蒼の騎士の間に絶望の色が浮かぶ。竜騎士部隊が操るドラゴンから吐き出される火炎に、蒼の騎士たちは悲鳴をあげ逃げ惑う。
「……『紅蓮の竜騎士』! 貴様を倒せばお父様をッ!」
父を越え長きに渡り自分を縛り続けてきた思いに終止符を打つべく、ベアトリクスは槍の先端を上空で飛び回るジークフレンへと向け狙いを定める。
「サンダーボルト!」
魔法陣が展開されたベアトリクスの槍から、轟音と共に雷が上空へと飛び出す。獲物を狙い放たれたその一撃は、ジークフレンが操るドラゴンの翼を僅かにかすめる。
「くそっ!」
「ベア、無茶だ!」
スヴェンの言葉を無視したベアトリクスは、2撃目の準備に移る。だが、自分に歯向かった相手を見過ごすほど『紅蓮の竜騎士』は甘くない。
ジークフレンがドラゴンに指示をしベアトリクスの元へと急降下する。相手を叩き伏せる事のみに重きを置いた無骨なハルバートが、ベアトリクスを標的に捉えた。
「ベア! 逃げろ!」
「くっ――!!」
眼前に広がる殺意のハルバート。死を覚悟し己の愚かさを悔やむベアトリクスが目をつむると、けたたましい金属音が響き渡った。恐る恐るベアトリクスが目を開けると、1頭の黒蝶がヒラヒラと目の前を優雅に舞っていた。
世界最強とも言えるジークフレンの一撃を、月夜に照らされた着物をひるがえす1人の少女が刀で受け止めていた。
♢♦♢♦
「あはっ! 来ると思っていたよ! サクヤ!」
「ジークフレン! 決着の時じゃ!」
戦場にたどり着いた俺の視界に真っ先に飛び込んできたのは、今にもジークフレンに殺されん瞬間のベアの姿だった。無我夢中で『黒蝶丸』を抜きジークフレンのハルバートからベアを庇うと、背後からは唖然としたベアの声が聞こえてきた。
「……サクヤちゃん。貴方無事だったのね」
今にも消え入りそうな震える声で、ベアが言う。
「こやつはわらわが相手をする! ベアさんは皆と共に他の竜騎士たちを!」
「え、えぇ! 分かったわ! でも、サクヤちゃんも気をつけてね!」
俺の指示に弾かれた様に立ち上がったベアが、槍に雷を纏い別の竜騎士と戦うべく駆けだす。
俺とジークフレンが互いに睨み合う。やはりジークフレンも赤の領土の人間。その瞳は戦いを望む狂気が見え隠れしていた。
「あの娘を1人で行かして良かったのか? 私の竜騎士部隊は生半可な人間じゃ太刀打ちできんぞ?」
「ふっ、何を言うかと思えば。ベアは強い、いらぬ心配じゃ」
「――そう。なら、私たちも楽しもうか。同じ【神技】を持つ者として」
「……気付いておったのか。わらわが【神技】のスキルを持つと」
「えぇ。人目見て分かったわ。貴方は強いと」
ドラゴンの突進に合わせたハルバートの一撃が、俺に縦横無尽に襲い掛かる。相対する俺の刀による一撃は、いともたやすく上空に逃げられかすめる事さえなかった。
「空を私が制する限り、サクヤに勝ち目は無い!」
はるか上空から見下ろすジークフレン。くやしいが彼女の言う通りだ。だが、諦める訳にはいかない。ジークフレンに出し抜かれたあの時から、俺は自分の中の甘さを捨てた。
それは戦闘であっても同じこと。妥協を脱ぎ捨て、神の領域に足を踏み入れる。それこそが、【神技】を持つ人間としてあるべき姿なのだから。
俺の想いに呼応した周囲の黒蝶の群れが一斉に粒子と化し消え、俺の背中に粒子が集まり出した。その粒子は次第に形を変え、黒に青のグラデーションがかかった美しい蝶の羽へと変化した。
「『黒蝶の舞姫』……」
戦場に突如現れた羽を持つ咲夜を見た騎士の1人が、見惚れるようにポツリと言葉をこぼす。
「ゆくぞ、ジークフレン!」
「来いッ! サクヤ!」
粒子の軌跡を残し飛び立った俺とジークフレンが、互いに勝利を求め空中でぶつかり合った。