第6話 「現れる巨岩兵」
ムーラリアの門を再びくぐり抜け、俺は西の森へと続く草原を歩く最中、戦争の始まりについてベア達に聞いていた。
「つまり、赤の神の領土にあるゴルガ帝国から宣戦布告を受け、戦争状態に突入したということじゃな?」
「えぇ。元々赤の神は世界統一を野望として掲げているそうなのよ。赤の領土に隣接しているのは私達蒼の領土、それと黄の領土の2つ。黄の領土を攻めるのは色々と不都合があるから、手始めに蒼の領土に攻め入ってるってトコでしょうね」
「なるほどのぅ」
黄の神が統治する人間は、手先が器用で商才に溢れる者が多い。ムラクモ国ではまるで発展していない分野、「機械」とやらに最近は力を注いでいるらしい。
話に聞けば、魔法を使わずに動くゴーレムや飛空艇などが存在すると。
また、黄の領土が製造する商品は世界中で数多く使用されており、もはや人々の生活の一部と化している故に商売ルートの大半は黄の領土が関わっている。そして、商品を輸入しているのは赤の領土も例外では無い。
推測するに赤の神は、黄の神に戦争を仕掛け対立した結果、自国への輸出を止められ国力が落ちるのを恐れたのだろう。
赤の神が黄の神に戦争を仕掛ける時は、きっと一瞬で終わらせられると確信を持った時だろう。
それの布石として、今回の蒼と赤の戦争という訳だ。
「なれば尚更、この戦争負ける訳にはいかないのじゃ」
意気込む俺の言葉に、スヴェンが頭に疑問符を浮かべる。
「なんでだ? 黒の領土は赤の神とは関係が無いだろ?」
「いや、赤の神は蒼の領土を手に入れれば確実に、わらわ達黒の領土に攻め入ってくるじゃろう。それを思えば、他人事とは言えんくなる」
「あ、言われてみりゃそうか」
黒の領土は極東に位置し、壁になるように蒼の領土が隣接している。黒と蒼は同盟を結んでいる事から、国を脅かされる心配が無い。
しかし、赤の神が蒼の領土を占領すれば話は変わってくる。小さい黒の領土なんてあっという間に攻め入られてしまうだろう。
ここは、黒の領土の【神技】使いとして頑張らねば!
「……何かいる」
突如足を止めたラウラが、耳をピクピクさせながら周囲を見回している。
「ラウラ、魔物か?」
「……獣の匂いはしない」
スヴェンの問いかけにラウラが首を振る。
俺達は全員武器を抜くと、互いに背を寄せ合い四方を警戒する。
獣の匂いがしない? 相手は生き物ではないという事か……?
「……【索敵】で今から見つける」
そう言うとラウラの瞳が虹色に輝き始め、再び周囲を見回し始める。恐らくラウラの神託の儀式で授かったスキルだ。
「……見つけた。あれは、人? 岩?」
混乱気味にラウラが指さす方向には背の高い草木が生い茂っており、それは突如として現れた。草木をかき分けゆうに俺達の背丈を超える怪物。岩で全身が固められており、精気を感じさせない無機質な顔が俺達を見下ろしてくる。
「ゴーレムだ!」
スヴェンが叫ぶ。
ギギギッと軋む音を鳴らしながら、岩で作り上げられているゴーレムの瞳から光線が飛び出してきた。光線の先には、ラウラがいる。
「ゴーレムの光線くらい!」
キッとした眼つきになったラウラが、杖を構え呪文を唱える。杖の先には巨大な火球が形成され、轟轟と音を響かせる。
「ファイアーボール!!」
ラウラの叫びと共に火球が射出された。迫りくる光線が火球に触れるその瞬間、火球は消し飛ぶかのように爆散し光線が突っ切る。
「ラウラ!」
スヴェンが右手を前に突き出すと、光線はラウラに当たる寸前で曲がりスヴェンの持つ強固な盾へと激突した。衝撃でスヴェンが跳ね飛ばされ、盾に大きな傷を残す。
「ぐっ! 俺の盾に傷を……」
地面に倒れたスヴェンが驚愕の声を上げる。森に向かう間に、スヴェンのスキルは聞いていた。【吸引】と呼び、あらゆる攻撃を自分へと向けさせるスキルだ。
「雷撃槍!」
隙を突き電撃を帯びた痛烈なベアの一撃が、ゴーレムの腹にさく裂する。激しい雷鳴音とまばゆい閃光が周囲を照らしゴーレムの巨体を揺らした。
――そう、揺らしただけだ。
ゴーレムの体は槍の攻撃を受けて貫通どころか、傷1つ着いていなかった。
ただのゴーレムじゃない!
ゴーレムは魔法で生み出される人型兵器の事だ。その強さは生み出した魔導士の魔力が大きく関係してくるのだが、それでもこのゴーレムの強度は異様だ。
「ゴルガ帝国のゴーレムか!?」
「いや、ゴルガ帝国にこんなゴーレムを作る技術は――!」
スヴェンの言葉にベアが答えていると、ゴーレムの腕が振り上げられた。無論、狙っているのは近くにいるベアだろう。
「ベアさん!」
俺は地を蹴り上げ急速にゴーレムへと接近する。
全身の筋肉が躍動し、『黒蝶丸』を持つ手に力が入る。
周囲に飛ぶ蝶が1頭粒子と化し消え失せ、それと同時に俺の体は更に速度を上げた。ゴーレムの拳がベアへと触れる直前、俺はその前に音速で躍り出た。
『黒蝶丸』の漆黒の刃が、ゴーレムの拳より先にその巨体を斬り裂く。バチバチッといった異音と共に小さく火花が散り、岩とは何かが違う感触が手に伝わる。
だが違和感の正体を探る暇もなくゴーレムの体内に宿っていた魔力が爆発し、強烈な爆風が俺達を襲ってきた。ベアが吹き飛ばされないよう槍を地面に突き刺すのと同時に、巨大な魔法陣が崩れ落ちたゴーレムから出現した。
「術式内蔵型のゴーレム!? 逃げて!!」
遠くにいたラウラの声が耳に入る。
だが魔法陣は既に起動をはじめ、俺の体を光が包み込み始めた。
「サクヤちゃん! 掴まって!」
ベアが手を伸ばし、俺も必死に掴もうとする。互いの指先が触れる直前、俺はその場から消えた。
♢♦♢♦
「う、うぅん……」
どれだけの時間が経ったのだろうか。甘い花の香りで俺は目を覚ました。周囲を見回すと、辺り一面小さな花々が綺麗に咲き乱れている。
そして、その花を手入れする女性が1人。
「す、すいません」
「――?」
俺の言葉に振り返った女性。美しく風になびく純白の髪に、思わず見とれてしまう程に綺麗な紫の瞳。町娘といった格好の女性は優しくほほ笑むと、手を伸ばし俺の頬に触れた。