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無双少女よ、刀を振るえっ!  作者: 速水 心太
第3章:『翠の神』楽園編
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第36話 「運命の相手」

 「……リーシャ、リーシャなのでしょう?」

 「――――!!」


 シエラが震える手を弱々しく伸ばし、シャーロットはその手を払いのけ頭を抱え苦痛に顔を歪ませた。

 妖精ゆえ声を発することは無いが、手に持っていた剣すら投げ捨てその場に崩れ落ちるシャーロットの姿に、見ている俺たちの胸が締め付けられる。


 「リーシャ、大丈夫ですか? わたくしを覚えていないのですか? シエラですよ」

 「……やめろ、ソイツはシャーロットだ。お前の妹の妖精だよ」

 「っ、貴方様は……」


 腹から血を流し倒れ込んでいる俺の横をすり抜け、ギヴは短剣をシエラの首元に向ける。ビクッとシエラの肩が跳ねる。その様子からして、本当に今の今までここで戦闘が行われていた事に気付いていなかったのだろう。


 「『聖戦』以降ずっとふさぎ込んでいたらしいじゃねぇか」

 「そ、それはっ……」

 「テメェは魔人に殺されたクレアの為に何かしたのか? あの女の墓はどこにある? あの女の死に花は手向けたのか? この2000年間、お前は何をしていた?」

 「――っ……」

 「……あまつさえ、この俺からシャーロットまで奪うつもりか? この妖精は俺のモノなんだぞ」


 ギヴの口から次々と憎悪の言葉が吐き出される。彼の足元で力なく座り込んでいるシエラは、その言葉の数々に言い返す力すら残っていないようだ。


 「まぁいい。グズなテメェでも役に立てることはある。クレアを蘇らせる為の、生贄にな」


 ギヴが短剣を振り上げる。まずいっ、動け俺の体!

 震える足に力を込め、俺は立ち上がった。おそらくギヴの持っているあの短剣にも何か仕込んでいたに違いない。腹から溢れ出る血は全く止まる様子を見せず、指先は痺れ視界は霞む。


 それでも、それでもここでシエラをギヴに殺させる訳にはいかない……。理由は分からないが、取り返しのつかない悲しい結末を迎える。そう思えて仕方がないのだ。


 黒蝶丸を握りしめ俺が歩み出したのと同時に、ギヴの短剣が振り下ろされた。


 「………………シャーロット、何をしている」

 「……――――!」


 シエラを庇うかの如く、両腕を広げギヴの前に立ちふさがるシャーロット。その背中にある赤黒い羽を羽ばたかせながら、彼女は瞳から涙を流しギヴを見つめている。


 その剣幕を離れた位置から眺めていた翠の神が、珍しく真剣な顔つきで俺の元にまで来て口を開いた。


 「やっぱりオカシイと思ったぜ。あのシャーロットって妖精」

 「ど、どういうことですか?」


 リリィを離れた位置に寝かせたルンレッタが、俺の体を支えながら翠の神に問いかける。ルンレッタは俺の額に滲んだ汗を優しく拭いながら、治癒魔法を使ってくれた。


 急速に斬り裂かれた腹の傷が癒されていく。これもルンレッタの【神技】のスキルの特徴なのだろう。


 「女エルフと妖精は、文字通り一心同体だ。妖精ってのは、自分のエルフが死ぬと後を追う様に粒子となって消えちまう。まるで、1つの命を共有しているみたいにな」

 「なら、クレアが死んでいるのであればその妖精であるシャーロットも死んでいるハズ、と言いたいのじゃな?」

 「あぁ、あのギヴってダークエルフは知らなかったんだろう。奴は迫害を受け続けた身。まともにエルフと妖精の関係を知る機会は無かったんだろうな」


 翠の神の言葉に、ギヴの双眼が見開かれる。


 「……じ、じゃが、なぜあの銀髪の妖精はギヴの魔力供給を受ける事ができたのじゃ? ギヴの魔婚相手はクレアじゃ。シエラの妖精であるリーシャに魔力の供給など不可能なハズ……」

 「これはあくまで俺っちの推測にすぎねぇけど、エルフの双子ってのは『全く同じ性質の魔力』を持つんじゃねぇか? うっすらとだが、俺っちの前世の神としての記憶がそう告げてるぜ」


 そこから、ポツポツと翠の神は自身の推測を語り始めた。


 エルフの長い歴史の中でも、双子として産まれたのはシエラとクレアが初めての事だったらしい。同時に神樹から誕生したシャーロットとリーシャも、瓜二つな容姿をしていた。


 彼女たちは互いが同じ性質の魔力を有していることに気付くことは無く日々を過ごしていき、ある日妹のクレアだけがギヴに出会った。

 

 『魔婚相手とはこの世界でたった1人の運命の相手』。これがエルフ族に伝わる常識。だから妹のクレアはギヴが自分の運命の相手であると信じ、ギヴはリーシャに魔力供給が出来た事に何の疑問もいだかなかったのだろう。


 だが実際は違ったのだ。シエラとクレアは全く同じ性質の魔力を持ち、その2人の妖精は共通した1人の男から魔力供給を受けることの出来る体であったのだ。

 それはつまり、ギヴの魔婚相手は――。


 「クレアとシエラ、エルフ王家の王女2人の魔婚相手だったんだろう。ギヴって男はよ」


 悲しそうに、翠の神が呟いた。魔婚相手は世界に1人という前提を覆す、衝撃の事実。

 翠の神の紡ぐ言葉に静かに耳を傾けていたシエラは、複雑な表情で顔を伏せたまま微動だにしないギヴを見上げた。


 「ギ、ギヴ様が、わたくしの魔婚相手……」

 「…………ちげぇ」

 「……え?」


 ギヴが顔上げ足元にいるシエラを睨みつけた。その顔は怒りに支配され、彼の体からは赤黒い魔力が溢れ出ていた。


 おそらく話に聞いた、ダークエルフ特有の魔力の暴走が起き始めているのだろう。


 「……俺の魔婚相手はクレア1人だけだ」

 「で、ですがっ」

 「チッ、クレアと同じ顔で俺を見上げるんじゃねぇよ。テメェもだリーシャ。2000年間俺を騙し続けやがって」

 「――――!!」


 ギヴの短剣がリーシャへと向けられ、リーシャの頬を僅かに斬る。


 「あの神の言う事が本当だったとしたら、クレアのモノは俺の手元に何1つ残っちゃいなかったって事か? ……ハッ、ハハハッ! ハハハハハッ!」

 

 心底くだらないとでも言う様に、ギヴはその場で笑い続ける。


 「……ハァァ、もういい。シエラ、リーシャ。テメェらを生贄にしてやる」

 「――っ! ギヴ! お主、共に歩んできたリーシャまでそんなっ!」

 「うるせぇ! コイツは俺のモンでも何でもねぇ。もうどうだって良いんだよ」


 無表情でリーシャを見据えるギヴ。その視線を受け、リーシャは反論をする素振りを見せない。彼女自身記憶を失っていたとはいえ、ギヴを騙してきた罪悪感に押しつぶされそうなのだろう。


 だが、だからと言ってそのリーシャを生贄に使うなど馬鹿げている。クレアを失い、今この瞬間までギヴを側で支え続けてきたのはリーシャだっただろうに!


 俺は黒蝶丸を構えギヴの後ろに立った。


 「ギヴ! これ以上はもう止めるのじゃ! こんなんじゃあ、誰も幸せにならん! お主も本当は気づいておるじゃろう!」

 「……言っただろう。これは俺のクソったれな気持ちに終止符を打つ為の戦いだ。誰も幸せになんてならなくても構わねぇ。俺自身、その先に破滅が待っていようと――!」


 ギヴの赤黒い魔力が爆発し、衝撃波が周囲を襲う。そして、リーシャに向かってギヴの短剣が振り上げられた。


 「――クレアにもう1度会う為だったら、何だってやってやる!」


 短剣が振り下ろされる寸前、先程まで晴れ渡っていた空が突如として闇に覆われた。ギヴの短剣がリーシャを斬り裂く瞬間に停止し、俺たちは突然の事態に周囲を見渡す。


 「空に誰かいます!」


 ルンレッタが闇に覆われた空に向かって指を指す。その方向には、見覚えのある白いフード付きのローブに身を包んだ人物が、レイピアを構え宙に浮いていた。


 「ュラーラと同じローブ。まさか、魔人……?」

 「えっ!? まま、魔人だとぅ!? 俺っちを守れサクヤ!」


 ヒシッと翠の神がしがみついてくる。神樹にいる全員が宙に浮く魔人を見上げていると、その魔人はフードを外しその顔を露わにした。


 青い肌に、漆黒に染まった眼。その中では金色に光る瞳が、俺たちを見下ろしシエラを捉えた。ュラーラじゃない、男の魔人のようだ。


 「フッ。2000年前仕留めそこなったエルフの王女の片割れを、再びこの手で殺める機会に恵まれるとはな。我が名は偉大なる魔人、『ャンドゥフ』! 翠の神すら屠った我の唯一の汚点、今ここで晴らしてくれようぞ!」


 ュラーラ同様独特な発音の名を名乗った魔人、ャンドゥフはレイピアを構えその場から霧となって消えた。


 そして次の瞬間、霧がシエラの前に突如として出現しその中からャンドゥフが猛烈な速さで突進する。繰り出されるレイピア。


 シエラへと迫る魔人の一撃は、かばうように間に飛び出したギヴの心臓を貫いた。鮮血が宙に舞い、ャンドゥフが頬に着いたギヴの血を舐める。

 

 「ギ、ギヴ様ぁーー!!」


 間近でギヴの血を浴びたシエラが、全身を赤く染め金切り声を響かせた。

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