第35話 「3人の【神技】使い」
背中に羽を創り出し神樹の頂上へと飛んでいる最中、翠の神が操る光の玉が「うわやべぇ」と一言残し消え去った。
神樹の頂上は何重にも折り重なった太い枝の数々が、幹を中心に隙間なく円状に大きく広がっていた。これなら、何の不自由もなく生活することが出来るだろう。
その枝で出来た大地とも呼べる空間には、ギヴとルンレッタがまさに争っている真っ只中であった。ルンレッタが桜色のポニーテールを揺らしながら、ギヴの隙を突き手に持っている魔装弓を放つ。
「あ! サクヤ、やっと来たか!」
幹の影から、明らかにサイズの合っていないブカブカのローブに身を包んだ少年が飛び出し俺に引っ付いてきた。
明るい茶色の髪を風になびかせながら、その顔は今にも死にそうなほどに疲弊している。
「はぁ~死ぬかと思った。流石の俺っちもここまでかと思ったぜ」
この特徴的な話し方からして、どうやらこの少年が翠の神らしい。俺の姿も大概小柄なのだが、翠の神はそれよりも更に小さい。まさに子供といった感じだ。
「ふぅ。サクヤおめぇ来るのおせぇぞ。イチャイチャしてる暇なんてないんだからな?」
「だ、だから、それは本当に悪かったと――ン!?」
ぶぅーぶぅー文句言って来る翠の神が、しかめっ面を浮かべながら俺の胸を揉んできた。
こ、このクソガキ! やけに引っ付いてきやがると思ったら何してんだ!
反射的に俺の平手打ちが翠の神にさく裂し、パァン! と軽快な音を響かせた。
「イッテェ! 痛いわマジで! お、おまっ、神に対して扱い雑すぎない!?」
「す、すまん、つい……。でも、今のは翠の神が悪いと思うのじゃ」
「神に正論かましてんじゃねぇよ! チクショウ! 子供の姿だからイケると思ったのに!」
平手打ちされた頬を両手で抑えながら、メソメソと翠の神がいじける。緊張感の欠片もないなこの神様は。
胸を揉まれた時に何となく黒の神の顔が頭をよぎって、ついイラッとしてしまった。黒と翠の神は似た者同士だな、変態という意味で。
「ハハハッ! お嬢ちゃん! あの女は見捨てて来たか!」
俺と翠の神がくだらない漫才をしていた奥で、ギヴが俺を見据えながら叫ぶ。
そうだ、こんなエロガキの相手をしている暇は無い。ルンレッタの助太刀をしなくては!
俺は肩で大きく息をしているルンレッタの横に並び立ち、黒蝶丸を構えた。
「ベアさんなら心配無用じゃ! 野盗たちも全滅した、今度こそお主の負けじゃ!」
「ハッ、なに寝ぼけたこと言ってやがる! 俺は2000年間を生きるエルフだぞ! テメェらみたいなガキに負けるハズがねぇだろ!」
ビリビリとギヴの気迫が伝わってくる。
ギヴが地面に手を置くと、彼の影が急速に俺たちの方へと伸びてきた。地面を這い続ける漆黒の影は、突如として地面を離れ鋭い槍として俺たちに迫る。
「ルンレッタ!」
咄嗟にルンレッタを抱きかかえその場から飛び退くと、無数の影の槍が地面から突き出していた。あれもギヴの【神技】の能力に違いない。毒や相手の動きを封じる魔法、そして影を自在に操る能力か。ギヴの【神技】のスキルは、かなりクセの強いトリッキーな技が多いらしい。
ルンレッタが新たに魔装弓から弓矢を放つが、ギヴはそれをいともたやすく躱す。拍子に、ギヴの後ろに広がっている幹から伸びた枝が弓矢によって砕かれ、その奥にいた1人のエルフが姿を現した。
感情を失ったかのように虚ろな瞳で森を見下ろしているそのエルフは、腰にまで届く美しいブロンドの髪をしている。すぐ近くの枝が吹き飛ばされたというのに、そのエルフは身動き1つせず座り込んでいた。
「……シエラ。やっと見つけたぜ」
そのエルフを見た瞬間、ギヴの瞳が揺れ動いた。途端、短剣を構えシエラへと飛び出し、俺の黒蝶丸に黒の雷が纏った。
シエラの眼前に飛び出した俺の黒蝶丸と、ギヴの短剣が交錯する。
影と短剣の波状攻撃が俺を殺さんと猛威を振るい、周囲の枝を斬り刻む。
「サクヤさん!」
「チッ!」
ルンレッタの神器、『魔装弓』がギヴの脇腹をかすめる。
神の領域に属する3人が、その全てを出し神樹の上で死闘を繰り広げる。俺とギヴの武器が衝突し合うたびに強烈な衝撃波が大気を揺らし、ルンレッタの放つ魔法の弓矢が高速で戦場を駆け巡る。
一瞬の油断が己の命を奪う。
その生と死の境界線で繰り広げられるこの戦いに、俺とギヴの武器が何度目かの鍔迫り合いをした。
「はぁ、はぁ……。お、お主はなぜシエラを狙うのじゃ? 秘術の生贄は、エルフと妖精が1人づついればそれで良いのじゃろう?」
「ハッ、ハハハッ! テメェの言う通りだ。だが、血の繋がったエルフを生贄に捧げた方が、秘術の成功率は大きく変わるだろうからなぁ」
「血の繋がった? まさか!」
「あぁ、そのまさかさ! クレアはそこにいるシエラの双子の妹だ! エルフ王家が滅びたってのに、未だにこの神樹に引きこもっていたとはなぁ! テメェのそのクレアそっくりな顔を見てると腹が立ってくるぜ!」
すぐそばで俺とギヴが戦っているというのに、シエラはこちらを向く事も無く森を見下ろし続けている。
「チッ、ダークエルフの俺なんて話をする価値も無いってことかい。シャーロットォ!」
「しまっ――」
鍔迫り合いをしている俺の間を抜け、シャーロットが剣を構えシエラへと飛んでいく。
まずい、あの剣には毒がっ!
しかし、シャーロットの剣がシエラに届くことは無かった。シャーロットの後ろから、リリィが必死に羽交い絞めにして押さえ込んだのだ。
「――――!」
「リリィ!」
リリィが懸命に桜色の羽をはばたかせ、シャーロットの進行を食い止める。すぐさまシャーロットのひじ打ちがリリィの頭に繰り出されたが、リリィは羽交い絞めにする力を緩めない。額から血を流しながらも、リリィはシエラを助けようと踏ん張る。
「リリィ! 今助けます!」
「やらせるか!」
「くっ……」
リリィたちの元へと走り出したルンレッタの足元から、大量の影の槍が飛び出しゆく手を阻む。
本来争い事など苦手であろうリリィは、シャーロットに蹴り飛ばされ地面に叩きつけられた。拍子に背中の桜色の羽が粒子となり消失する。
ルンレッタの悲痛な叫びが響き、ギヴの嘲笑が口から洩れる。
「ハハハッ! シャーロットには俺が戦い方を教えてある。そんな妖精1匹にどうこう出来る相手じゃねぇんだよ!」
「ギヴ! お主は妖精まで自分の欲に巻き込むのか!」
「だまれ! シャーロットはクレアの妖精。つまり、俺の所有物だ! どう扱おうが俺の勝手だろう!」
「――ッ! 愚か者が!」
俺の黒蝶丸がギヴの体を貫き、対するギヴの短剣も俺の腹に深く突き刺さる。互いに血しぶきをあげ、同時にルンレッタのゆく手を阻んでいた影の槍が消失した。
影が消えたのと同時に、ルンレッタが駆け出し横たわるリリィを抱きかかえる。
「なんて無茶をするのですか……リリィ……」
「――――……」
ルンレッタを不安にさせたくないのか、気丈にも笑顔を見せるリリィに、ルンレッタはポロポロと涙を流す。
その2人の姿を見つめ、ギヴの瞳が鋭くなった。
「ぐっ、シャーロット! 早くシエラを殺せっ!」
「――駄目じゃ!」
黒蝶丸に貫かれた傷を抑えながら、ギヴが血走った瞳で叫ぶ。俺はシャーロットを止めようと足を前に出すが、力なくその場に倒れ込んでしまった。
くそっ、腹の傷が深すぎて力が入らねぇ!
短剣に貫かれた傷口からドクドクと血が流れ続ける。
リリィから解放されたシャーロットは再び剣を構え突進する。ギヴの顔に勝ちを確信した笑みが広がる。
「……リーシャ?」
「――――――――!」
今まで何が起きても沈黙を続けていたシエラの口から、ポツリと小さく言葉が零れた。その顔は森では無く、目の前で剣を構え停止しているシャーロットへと向けられていた。
冷徹な印象だったシャーロットの眼帯をつけていない右目が大きく見開かれ、一筋の涙がその頬を伝いシエラの手に落ちた。




