第31話 「生きる為に」
「はぁっ!!」
迫りくる野盗に対し、ベアの剣が繰り出される。野盗の武器をはじき返し、その隙を突き確実に一撃を加える。彼女の繰り出す剣技はクラウディオ直伝の技の数々だ。
生半可な実力の相手では太刀打ちできない。加えて彼女の特筆すべき強みは速さにある。ベアの持つ【閃光】のスキルとは、自身の動きを最大限にまで加速させ、まるで閃光の如き素早さを一時的に得るといったモノである。
その姿はまさに疾風迅雷。ベアの持つ白銀の剣に纏う青白い稲妻が野盗の群れを掻い潜り、彼女は野盗に囲まれた己の戦場の中で自身を加速させていく。
「くっ、なんだこの女! 早すぎて目が追いつかねぇ!」
閃光となったベアの体は、縦横無尽に駆け廻り次々と野盗を斬り伏せていく。それに対し、野盗たちはただ闇雲に武器を振るうことしか叶わなかった。
「ベアさん、今までとは比べものにならない程強くなっているのじゃ……」
「はっ、よそ見とは余裕だな」
短剣を構えたギヴが、俺に言葉を投げかける。
そうだ、ギヴは俺が相手をしなければ。コイツをベアの方に近づける訳にはいかない。
俺は再びリボルバーをギヴに向ける。その行動に、ギヴはまるで馬鹿でも見るような顔で溜息をついた。
「おいおいお嬢ちゃん。銃は俺に意味ねぇって学ばなかったのか?」
「ふっ、撃ち出すのは何も銃弾だけとは限らん」
「あん?」
怪訝そうな表情を浮かべるギヴが、左手で空を切りその手のひらを見つめる。だが、そこには何も存在していなかった。
「……弾を込めてねぇだと?」
ギヴの言葉に俺は小さく笑みを浮かべ、リボルバーの引き金を引いた。それと同時に周囲を飛ぶ黒蝶が粒子となり消え去り、銃口からは黒い【魔弾】が発射された。
「チッ――!」
即座に屈み魔弾を避けるギヴ。思った通りだ。リボルバーに組み込まれているSランクの魔石は、俺の【神技】のスキルに呼応している。ならばそれを媒介とし、【神技】の能力である魔弾を撃ち出すことも可能なのではと睨んでいたが。どうやら正解だったらしい。
「お主の【強奪】のスキルも、実体のない魔力の弾丸は盗めないようじゃな」
「……面白いじゃねぇかお嬢ちゃん。伊達に【神技】使いやってねぇってことか」
俺の言葉に先ほどまでの余裕を失ったギヴが、怒りの色を顔に浮かべ睨みあげてくる。そのままギヴは地面を強く蹴り上げ、低い体勢のまま突進してくる。
「同じ【神技】使いといっても、扱う技は個人によって大きく異なる! 見せてやるよ、俺の戦い方を!」
上体を落とし走るギヴが、その手を地面にこすらせる。瞬間、ズブズブと俺の足が地面に沈み込んでいった。
俺の動きを封じるつもりか。だがこの程度なら!
背中に蝶の羽を創り出した俺は、勢いよく羽ばたき沈みゆく地面を脱出する。だが、この動きは狡猾なギヴに予測されていた。
空へと飛び立った俺は気づく暇もなく、上空に現れていた紫色の霧へと体を突っ込んだ。拍子に思わず紫の霧を吸い込んでしまう。
「――これは、毒!?」
咄嗟に口元を手で抑えるも、俺の体の自由は奪われそのまま地面へと落下していく。背中の羽は形を維持できず粒子となり霧散し消え去った。
「卑怯者と罵ってくれても構わねぇぜお嬢ちゃん。俺たちの世界じゃどんな手使ってでも生き残った方が勝者なのさ」
落下してゆく俺の体を串刺しにしようと、ギヴが短剣を構える。
ま、まずい……。体がまったく動かない……。
この毒の魔法も恐らくは、ギヴの持つ【神技】の能力の1つだろう。【神技】使いはスキルを授かったその瞬間から、あらゆる魔法に対し耐性がつく。
だというのに、これ程までの効果を発揮するとは……。
これまでかとまぶたを強く瞑ったその時、一筋の閃光が走り俺の体を抱きかかえた。この暖かさは――。
「サクヤちゃん! 大丈夫!?」
「ベ、ベアさん……」
【閃光】のスキルで俺を空中でキャッチし助け出してくれたベアが、ギヴから離れた位置に俺をお姫様抱っこしながら着地した。
そっと俺を地面に横たわらせると、ベアはキッとギヴを睨みあげ剣を構えた。
「待っててサクヤちゃん。今度は私が、貴方を守るわ!」
俺のトドメを刺しそこなったギヴが、小馬鹿にしたように拍手をしながらベアに対し称賛の声をかける。
「ハハハッ! まさかあれだけの数の野盗をたったの1人で蹴散らすとはな。……だが、随分と呼吸が荒いじゃねぇか。俺の睨んだ通り、テメェのそのスキルは持久力が問題みてぇだな」
「……強がりはそこまでよ。貴方の仲間はもういないわ」
「……クククッ、そうかい」
不気味に笑うギヴの眼が見開き、ベアに対して一瞬にして襲い掛かった。だが、さすがのギヴも速さという点においてはベアに敵わない。
ベアの体が青白く輝き、閃光となりギヴの攻撃をかわした。
「うっ……!」
だがベアの顔が苦痛に歪み、体に纏っていた青白い輝きが失われた。それを見たギヴの顔に、歪んだ狂気の笑みが広がる。
「ハハッ! やはりもう限界だったか! シャーロットォ!」
「シャーロット」とギヴが叫んだ瞬間、ギヴの近くでずっと飛んでいた銀髪の妖精がベアへと猛烈な勢いで向かって行った。
その手には妖精用の、針のように細い剣が握りしめられている。
「ベアさん! 危ない!」
「くっ――!」
妖精の眼帯をつけていない金色の瞳が輝き、ベアの首を僅かに斬った。細い剣に多少斬られた程度なら大したこと無さそうだが、その考えとは裏腹にベアは握りしめていた剣を地面に落とし倒れ込む。
息遣いは酷く乱れ、汗を尋常ではない量ながしている。明らかに様子がおかしい。
「ハッ、仲間がいないだと? 油断したな、俺の仲間はハナからシャーロットただ1人だ。荒くれ者共は態の良いただの駒に過ぎねぇ」
苦しんでいるベアを見下ろしながら、肩に座る無感情の妖精を横目で見るギヴ。あの銀髪の妖精の名前がシャーロットなのか?
「……ベ、ベアさんに何をした?」
「フッ、簡単なことだ。シャーロットの剣の先には毒が塗りこんである。早く助けてやらねぇと、その嬢ちゃんも死んじまうぜ? まぁ安心しな。2人仲良くあの世に送ってやるよ」
言い放ったギヴが、短剣を俺の頭上で構える。
俺は苦しみ悶えているベアを視界に捉えた。翠の領土に来る前の港で、クラウディオとの会話が呼び起される。
クラウディオは俺たちの帰りを待っている。なにがベアを守るだ。俺が油断したせいで彼女をここまで苦しめて。……情けない、情けない――!
「あばよ、クソガキ」
ギヴの短剣が振り下ろされる。しかしその瞬間、エルフの森に生え並ぶ木々から、キラキラと光る魔力が溢れだし俺の体へと注ぎこまれていった。それを見たギヴの短剣が、俺の頭に突き刺さる直前でピタリと止まる。
「これは……、森がガキを助けようと。テメェまさか、魔婚を行ったのか!?」
えらく動揺した様子を見せるギヴが、忌々しそうに森を睨む。その眼は完全に憎悪に蝕まれており、苛立たし気に短剣を握りしめている。
「…………あの時クレアは助けなかったのに、何故このガキの命を救う? 気に食わねぇ! クレアさえ死ななければ、俺はこんなクソったれな気持ちを抱え込まなくて済んだのによぉ!」
もはや俺とベアの存在を忘れ叫び続けるギヴ。
クレアとは誰だ?
森から注ぎ込まれた魔力のおかげか、俺の中の毒が浄化されていく。だが、相変わらずベアは苦しんでいるままだ。ギヴの言葉から考えるのならば、魔婚式を挙げた者を助ける機能がこの森には備わっているのかもしれない。
いや、あれこれ考えるのは後だ!
俺は黒蝶丸を強く握りしめると、勢いよく立ちあがった。
「ギヴ・テイカァー!」
「――ぐっ! このガキィ!」
森に気を取られ反応の遅れたギヴに対し、俺の黒蝶丸がその肩を貫いた。ギヴの顔が苦痛に歪み、突き刺された傷口から鮮血が宙を赤く染め上げた。




