第30話 「インフィニティ・ギャングスタ」
褐色の男から視線を外し、俺は今にもエルフに斬りかかろうとしていた野盗の剣を黒蝶丸で弾き飛ばす。激しい金属音が村に響き渡り、それと同時に50近くの野盗たちが俺たちの存在に気付いた。
「なんだあのガキ共、エルフじゃねぇぞ! かしらぁ、どうしますか!?」
俺たちを取り囲んでいる野盗の1人が叫び、かしらと呼ばれた褐色のエルフが祭壇を降りゆっくりと近づいてくる。
褐色の男が近づいてくるたびに周囲にいる野盗たちは次々と道を開け、その男は俺たちの正面に立ちふさがった。
「……血気盛んな野盗がわざわざ道を譲るなんて、あの男、只者じゃなさそうね」
白銀の剣をしっかりと構えながら、ベアが呟く。対して褐色の男は武器を構える素振りも見せずに、薄ら笑いを浮かべながら俺たちを見比べた。
「フッ。誰かと思えばまだ子供じゃあないか。エルフと妖精以外に用はねぇ。好きにしろ」
「「ヒャッハァーー!!」」
「来るわっ!」
褐色の男の命令に野盗が雄叫びを上げ、緊張のこもったベアが叫ぶ。
「ベアさん、下がって!」
ベアの肩を掴み俺の後ろに下がらせたのと同時に、太もものホルスターからリボルバーを引き抜きトリガーを引いた。
衝撃と共に銃口に緑色の魔法陣が広がり、突き破る様に弾丸が射出された。
「『ウインド・バレット』!」
リボルバー内部に組み込まれたSランクの魔石が俺の【神技】のスキルに呼応する。それは巨大な嵐となって取り囲む野盗たちに襲いかかった。
「なっ!? ま、魔法だとっ!?」
戸惑う野盗たちは荒れ狂う暴風に巻き込まれ、はるか遠方へと吹き飛ばされる。抵抗など無駄に等しい風の前に、野盗たちはなすすべ無く弾き飛ばされていくが、褐色の男だけは何食わぬ顔でその場に佇んでいた。
肩に座っている銀髪の妖精が飛ばされないよう片手で風を防ぎながら、着崩した丈の長い貴族服についたほこりを払っている。
「随分な銃じゃねぇか。ガキのオモチャにしては出来過ぎだ」
「……今の攻撃を防ぐとは、お主は一体何奴じゃ?」
まさか耐えるとは思っていなかった俺は、リボルバーを構えながらわずかに頬に汗を流す。
そんな俺の言葉にニヤッと顔の笑みを広げ、仰々しく褐色の男は両腕を横に広げた。
「俺の名はギヴ・テイカー。この『インフィニティ・ギャングスタ』の頭目だ」
「頭目? なぜ組織のトップが翠の領土にいるの? 赤の領土にある貴方たちの根城は、今ゴルガ帝国とムーランス王国によって攻め込まれてるハズよ」
「根城? ……クククッ、ハハハッ! 何を勘違いしてやがる! 『インフィニティ・ギャングスタ』が赤の領土だけで活動するチンケな組織だと思ったら大間違いだ!」
ベアの言葉に、ギヴと名乗った男は肩を振るわえながら声を上げて笑う。
何がおかしい? 世間に知れ渡っている情報だと、『インフィニティ・ギャングスタ』は赤の領土の野盗を牛耳っている巨大組織という話だ。
だが、ギヴの口ぶりからだと、組織の規模はそれ以上に大きなモノなのかもしれない。
「俺は世界中の荒くれ者共をまとめ上げたのさ。赤の領土だけじゃねぇ。俺の手下は世界全土に散らばっている。そして――ッ!」
ギヴが腕を高く掲げパチンと1度指を鳴らす。それを合図に、今まで何も無かった空間が歪み始め、その歪みから次々と野党たちが現れた。
「転移魔法!? まさか、翠の領土に侵入してきた仕掛けって……」
野盗の増員にベアが息を飲む。
恐らく初めにこの翠の領土に乗り込んだのは、あのギヴ・テイカー1人だけだったのだろう。領土に忍び込んだ後に、あの転移魔法を使い野盗たちを引き入れたのだ。
ギヴは気配を消す魔法か何かを使用し、妖精はおろか神の目すら欺いた。常人にはとても真似できない芸当だ。
まさか、あの男は【神技】使いだとでも言うのか? 神の目を欺くなど、それこそ神の領域に足を踏み入れた人間にしか実現できない。
「ハハハッ! 俺の手下を1人でも見かけたら、100人はいると思えッ! それが『インフィニティ・ギャングスタ』の名の由来よ!」
まるでどこかの嫌われ者の昆虫のようなうたい文句を言い放ったギヴは、掲げていた拳を強く握りしめた。
「何人来ようが、わらわの『ウインド・バレット』の前では無駄なことじゃ!」
ギヴはともかく、野盗たちはリボルバーさえあれば何度でも吹き飛ばせる。
俺は狙いを定めると、勢いよくリボルバーの引き金を引いた。同時にギヴが左手で空を切る動きをする。
――――カチャリ。
手に伝わるハズの衝撃はまるでなく、情けない間抜けな音だけが引き金から漏れた。銃口から飛び出すハズの『ウインド・バレット』は射出される事はなく、静寂が辺りを包み込んだ。
「な、なにが……」
「お探しのものはコレかな?」
空を切る動きをしたギヴの左手が開かれ、中から5発の弾丸が地面に落下した。そのどれもが、一部を緑色に輝かせている。
間違いない、あれはリボルバーに装填しておいた『ウインド・バレット』だ。なぜあの男の手の中から出てきた?
俺の疑問の視線にギヴは目を見開き邪悪な笑みを浮かべ、地面に転がる弾丸を踏み抜いた。バキリと弾丸が音をたてて砕け散り、中に仕込まれていた魔法陣の残痕が緑の粒子となって消えていく。
「俺のスキル【強奪】は手のひらに収まる全てのモノを奪い取る。ガキ、お前の銃は俺の前じゃあ無意味に等しいんだよ」
「スキルじゃと……? ならっ!」
俺は黒蝶丸を握りしめ、誰もが反応できないであろう速度でギヴへと飛びかかった。黒の一閃がギヴへと迫るが、その一撃はギヴの持つ短剣に阻まれた。
「くっ、神器である黒蝶丸を受け止めたじゃと!?」
「フハハッ、やはり貴様も【神技】使いか!」
「貴様も? ――まさかお主!?」
人はそれぞれ1つづつスキルを持つ。それはエルフも同じだ。だが、この男は神器である黒蝶丸の一撃を短剣で防いだ。神器の攻撃は、同じく神器でしか対抗する事が出来ない。
それはつまり、ギヴの持つ短剣が神器であり、その使い手であるギヴが【神技】のスキルの持ち主である事を意味していた。だが、あの男は既に【強奪】というスキルを所持している。
信じられない話だが、あの男はきっと……。
――鍔競り合いの中、ギヴの瞳がギラリと光った。
「ようやく理解したようだな。俺は世界で唯一、【強奪】と【神技】! 2つのスキルを持つ男なんだよ! さぁ野郎ども、テメェらの行く手を阻む障害はこの俺が取り除いてやる! このガキ共を押しつぶせ!」
「「ヒャッハァーー!! かしらに続けぇぇー!!」」
ギヴの口から衝撃的な事実が飛び出したのと同時に、狂気を含んだ野盗の波が俺たちに向かって押し寄せてきた。




