第3話 「ムーランス王国にて」
ムーランス王国は蒼の神が統治する領土で最大の大きさを誇る国だ。その首都、『ムーラリア』に蒼の神がいるらしい。
ベアに手を引かれるがままにムーラリアへと入る門をくぐる。街の景色は俺がいたムラクモ国とは全く違っていた。
綺麗な石畳が敷かれた道の端には石造りや木造を基調とした民家や武具屋、宿屋などが並んでおりすれ違う人々も活気に溢れている。
首都の中心には大きな広場が設置されており、噴水を囲むようにベンチが並び憩いの場として数多くの人間でにぎわっていた。
「へぇ。ムーラリアには初めて来たけど凄いな」
「ムラクモ国の街並みも私は好きだけどね。それにしてもサクヤちゃん」
そこまで言うと、ベアはじっと俺を見つめてきた。な、なんの真似だろう。まつ毛の数すら数えられそうなほど顔を近づけてくる。
「ど、どうした?」
「ん? いや、サクヤちゃん可愛い顔してるのに随分男っぽい口調で話すんだなぁって」
「げっ」
や、やべぇぇぇ! 当たり前のように話してたけど言われてみれば確かにそうだ。こんな言葉遣いの15歳の女の子なんてそうそういねぇぞ!
変わってるってことはそれだけ厄介事に巻き込まれる確率も上がる。イカン、ただでさえ性転換させられた上に神器まで持ってるんだ。
こ、ここは慎重にならなければ。何か言葉遣いで手本になる物を思い出せ――。
「……そ、そんな事無いのじゃ」
「のじゃ?」
「さ、さっきまでは初めて来た土地ゆえ緊張してただけなのじゃ! こ、これが本来の話し方なのじゃ!」
いやいやいや! 何やってんだ俺はぁ! のじゃ、じゃねぇよ! 今時ムラクモ国でもこんな化石みてぇな話し方する奴いねぇぞ!
咄嗟に子供の頃読んだ書物に出てきた登場人物の口調を真似てしまった。絶対変な奴だと思われた。ここで置いてけぼりにされても文句言えねぇよコレ。
恐る恐る顔を上げると、そこにはまさかの頬を紅潮させ目をキラキラと輝かせているベアの姿があった。
高速で正面から抱きしめられる。
「かっわいい~! それムラクモ国の伝統的な話し方でしょ!? 私本で読んだことあるもん!」
「う、うむ。その通りじゃ……」
まさかの好印象。ムラクモ国は独特な文化ゆえに多少話し方が変でも良い方向に捉えられるらしい。こうなっては仕方があるまい。
しばらくはこの口調で行こう……。
「っと、まずは神様にギルド登録の承認を得なきゃね。ホラ見て、あの巨大な城に蒼の神様がいらっしゃるのよ」
ようやく俺から離れたベアが指さす方向には、一際大きく堅牢そうな石造りの城がそびえ立っていた。回りに立つ砦からは青色の旗が風にたなびいている。
「本来ならギルドで手続きをしてからでないと城には入れないんだけど、私と一緒だったらきっと大丈夫よ」
「何かアテでもあるのかの?」
「そんなトコ。後で説明するわ。さ、行きましょ」
再び俺とベアは歩き出し、蒼の神が居る城へと向かって行った。
♢♦♢♦
「ち、近くで見るとより一層大きいのう」
「ムーランス王国が誇る最大の城だからね」
城門の前で、俺は口を閉じるのも忘れて城を見上げていた。蒼の神はこんな立派な所で暮らしているのか。いや、これが普通なのかな。
今思えば黒の神が暮らすお化け屋敷みたいな方がオカシイんだろうな。黒の神が好き好んで暮らしてたけど……。
「ベアトリクス様!」
城の大きさに圧倒されていると、城門の奥から門番兵が1人こちらに走ってきた。
「如何されました? 騎士団長はまだお戻りになられておりませんが」
「あぁ、お父様に用事はないの。この子をギルド登録させる為に神様に謁見がしたいんだけど、大丈夫かしら?」
チラリと、門番兵が俺を見てくる。
それにしてもこの門番兵の口ぶりからすると、ベアトリクスはまさか……。
「その服装から察するにムラクモ国の者でしょうか?」
「そう、すんごい強いのよ」
「ムラクモ国の者であれば問題はないでしょう。蒼の神は謁見の間におられますよ」
「ありがと」
門番兵との話を終え、ニッコリとほほ笑みベアが俺の手を引き城の中へと入って行く。長い廊下ですれ違う兵士達がベアを見る度に敬礼をしている。
「ベアさんは一体何者なのじゃ?」
「……やっぱ気になるよね、うん。私はこの国の騎士団長、『クラウディオ』の1人娘なの」
どこか悲し気に語るベア。
何か事情があるのかな、あまり深くは聞かない方が良さそうだ。
微妙な雰囲気の中、気付けば俺達は1つの扉の前に到着していた。絢爛豪華な装飾が施された扉には1人の近衛兵が待機しており、俺達を見るや否や敬礼をする。
「ベアトリクス様! 話は伺っております。どうぞ」
「ありがとう」
近衛兵が扉を開けると、赤い絨毯が敷かれた巨大な部屋が姿を現した。正面には高い位置にて玉座が設置されており、そこにはこの世のモノとは思えないほど美しい、純白のドレスに身を包んだブロンドの髪をした女性が座っていた。
ベアが膝をつき、俺も慌ててそれにならう。
一目見て分かる。この女性がきっと蒼の神なのだろう。ちゃぶ台でお茶すすってる黒の神とは大違いなほど気高いオーラを感じる。
「ベアトリクスですか。どうしたのですか?」
鈴を転がしたかのように透き通った声で、蒼の神が語りかけてくる。
「この者のギルド登録をお願いしたく、参りました」
「ほぉ。そこの方、顔を見せてはくれませんか?」
下を向き膝をついていた俺は、スッと顔を上げる。俺の顔を見た蒼の神は、口元に小さく笑みを浮かべると再び言葉を紡ぎ出す。
「これはまた可愛らしい方ですね。ムラクモ国の者でしょうか?」
「は、はい」
「うふふっ。では、あのクソジジイが統治する国から来たのですね?」
……ん? 今、清楚な顔の女神様からとんでもない言葉が聞こえてきた気がしたぞ。
俺は改めて蒼の神の顔を見つめる。そこには相変わらず、慈愛に満ちた笑みを浮かべる女神の姿があった。
な、なぁんだ。やっぱり俺の聞き間違いか。こんな美しい女神様がクソジジイだなんて――。
「あのクソジジイはまだ、くたばっていないのですか?」
聞き間違いじゃなかった! 相当エッジの効いた発言してるぞこの神様! てかウチの神様、どんだけ嫌われてるんだよ!
仮にも神なのにクソジジイ呼ばわりって!
隣にいるベアも唖然とした顔で蒼の神を見ている。きっと蒼の神の暴言を初めて聞いたのだろう。
なんかスイマセン、うちの神様がご迷惑おかけしてるみたいで。
「あのエロジジイがいまだ健在なのは残念極まりないですが、その国の者のギルド登録でしたら大歓迎……。あら?」
言葉を途中で詰まらせた蒼の神は、まっすぐに俺の持つ『黒蝶丸』へと視線を注いでいる。
「……なるほど。そういう事ですか、黒の神」
ポツリと、ギリギリ聞こえる程度の声量で蒼の神が呟くと、先ほどまでとは打って変わり真剣な眼差しで俺を見据えてきた。
「ギルド登録するには条件があります」
「えっ!?」
驚愕の声を上げたのは俺では無く、隣にいたベアであった。
どうしたんだ?
「現在、我が蒼の領土は『赤の神』と戦争状態にあります。貴方にその手助けをして頂きたい。功績が認められれば、貴方をこの国のキルドの一員として迎え入れましょう」
唐突な言葉が、蒼の神の口から発せられた。