第29話 「強襲」
緑色に光るその玉は、誰も質問すらしていないというのに、延々と1人でしゃべり続ける。
「いや俺っちさ、神じゃん? 何かみんな中々会いに来てくれないから暇でしょうがないんだよね。んで、今日ルンレッタが試練受けるって聞いてさ、俺っち昨日の夜から楽しみで寝れねぇってわけ、ウケる!」
ペラペラとうるさい翠の神をよそに、ベアがこっそりと俺に耳打ちをしてきた。
「……サクヤちゃん、翠の神なら魔人について何か知っているんじゃないかしら?」
「確かにそうじゃ。『聖戦』時代から生きてるエルフの所在も聞けるやも知れん」
まさか翠の神の方から会いに来てくれるとは思ってもみなかったが、こちらとしては好都合だ。
「翠の神、お主に聞きたい事があるのじゃが」
「おっ! なになに? 何でも聞いてくれっ!」
「『聖戦』について話しを聞きたいのじゃ」
「せいせん?」
俺の言葉に、ルンレッタの細長い耳がピクリと動いた。
「そういえば、サクヤさんたちは私たちと話がしたくてこの領土に来たと言っていましたね」
「ええ。私たち今『聖戦』について調べてるのよ」
俺の質問に「う~ん」と唸る翠の神。あまり話す気がないのだろうか。
「いや俺っちさ、『聖戦』で前の翠の神が魔人に殺されてるじゃん? 俺っちその神の生まれ変わりじゃん? 記憶としてはうっすら残ってんだけど、よく覚えてねぇんだよね」
適当に返ってくる翠の神の言葉。蒼の神が言っていたな、『聖戦』では黄、翠、紫の神が魔人に殺されたと。
記憶として多少は受け継いでいるようだが、あの歯切れの悪い言い方からして有益な情報を聞き出すことは難しいだろう。
それなら――。
「『聖戦』時代から生きてるエルフは知っておるかの? どうしても話を聞きたいのじゃ」
「あー! それなら1人知ってるぜ! 俺っちと同じく神樹の頂上で暮らしてる奴がそうだ!」
翠の神の明るい言葉に、ルンレッタとリコが大きく驚く。
「せ、『聖戦』時代からの生き残りはもういないと聞いていましたが……。それに、翠の神様と共に暮らしているなんて、その方は一体何者なのですか?」
「はははっ! まぁお前らみたいな若者エルフじゃ知らねぇのも無理ねぇや。そのエルフは滅亡したエルフ王家の生き残り、『ハイエルフ』だからな」
「ハ、ハイエルフ!? まさか、王家の血筋が残っていたとは……」
「でも、役に立てないと思うぜ? ちょっち問題があってよ」
問題? 何のことだ?
俺が頭の中で疑問を浮かべていると、翠の神から続いて言葉が紡ぎ出された。
「そのエルフ、『聖戦』で妹を失って以降声が出せねぇの。魂が抜けた様に1日中神樹から森を見下ろす毎日でよ、なーんも反応してくれねぇ。話しかけても無視、まさに無反応。おかげで俺っち独り言が得意になっちまったわ」
「『聖戦』以降って……、『聖戦』はもう2000年以上も前ですよ……。そんな長い時間を……」
唖然とした口調で、ルンレッタが言う。
翠の神が言うにはかつてこの翠の領土にはエルフ王家が存在し、ハイエルフである女王の元エルフたちは生活をしていたらしい。その女王には双子の娘がおり、今なお神樹の頂上で暮らしているハイエルフこそがその双子の娘のうちの姉の方なのだという。
女王と妹は『聖戦』の際に翠の領土に乗り込んできた魔人に殺され、ショックで殻に閉じこもった姉は人前に姿を現さなくなり、そのまま長い歴史を持つエルフ王家は幕を閉じた。
というのが、事のてんまつらしい。
「まぁ会いたいってんならここまで昇ってきてちょ。その幹の入り口から神樹の頂上まで繋がってるから」
どうやら、森の試練の最終到達地点は神樹の頂上らしい。だが、ルンレッタの試練の邪魔になってしまわないだろうか?
それに、そのハイエルフと会ってもまともに話をするのすら難しそうだ。しかし、手がかりがそのハイエルフしかいない以上、他に選択肢も無い。
「よし、わらわたちもそのハイエルフに――」
俺が翠の神に言いかけた途端、俺たちから離れた場所にて大きな爆発音が響き渡り、黒煙がモクモクと吹き上がりはじめた。あの方角はたしか、俺たちがお世話になったエルフの村があったハズだ。
何か起きたのか?
「事故かしら?」
ベアが煙を見上げ呟くと、リリィがルンレッタの髪を引っ張った。その顔は、不安に押しつぶされそうなほどに悲痛な表情を浮かべている。
リコの胸元にいるメイも、怯えているのか顔を引っ込めてしまった。
「妖精たちが悪意を感じ取っています。事故では無さそうです」
「……俺っちの推測が正しければ、翠の領土に何者かが侵入したな。しかも、かなりの数だ」
今までのお茶らけた雰囲気を払拭し、翠の神が真剣な声でつぶやいた。
動揺した様子で、リコが口を開く。
「で、でも、悪意の接近は妖精たちから報告無かったよ! これじゃあ、急に湧き出てきたみたいじゃない!」
……妖精たちに察知されず、それどころか翠の神にすら接近を悟らせないほどの実力。魔人か? それとも【神技】使い?
「と、とにかく。あの煙の方まで向かいましょう!」
「駄目だ!」
ルンレッタが走りだそうとした瞬間、翠の神がそれを制止した。
「ルンレッタは予定どおり森の試練を受けろ。今のお前じゃ恐らく太刀打ちできない相手だ。『守り人』となったお前の力が必要になる」
「し、しかし……」
困惑するルンレッタ。だが翠の神の言い分も分かる。相手は相当な実力者である可能性が高い。翠の神は、対抗できる力を身に着けてから挑むのが得策だと考えたのだろう。
それならば俺がやるべき事は1つだけだ。
「ルンレッタさん、向こうにはわらわたちが行く。今は森の試練に集中するのじゃ」
「……サクヤさん。……分かりました。終わり次第すぐに私もそちらに向かいます!」
ルンレッタの言葉に、コクリと俺は頷いた。
「俺っちもルンレッタが試練を終わらせるまで神樹の頂上から降りる訳にはいかねぇ。すまねぇがそっちは頼んだぜ、サクヤ」
「うむ。任せるのじゃ。リコはどこかに隠れておるように」
「う、うん」
その言葉を皮切りに、ルンレッタがすぐさま石の入り口をくぐり神樹の内部へと足を踏み入れ、俺とベアが煙の上がっている場所を目指し走り出した。
近づいていくにつれ、どんどんエルフたちの悲鳴が大きくなっていく。
♢♦♢♦
「オラァ! エルフと妖精共を生け捕りにしろぉ!」
村にたどり着いた俺たちの目に飛び込んできたのは、まさに地獄といった悲惨な光景であった。村のあちこちから火の手が上がり、村を囲う森もエルフたちが逃げられない様に燃やされている。
数えきれない程の野盗たちが武器を片手に、逃げ惑うエルフたちを捕らえ乱暴に妖精を瓶へと詰めていく。
あの野盗たちの羽織っているボロいローブ、見覚えがあるぞ。あれはまさか……。
「『インフィニティ・ギャングスタ』! どうして!? ジークたちが討伐に向かっているハズじゃ!?」
信じられない様子で、ベアが叫ぶ。そうだ、何故『インフィニティ・ギャングスタ』がここにいる?
俺とベアが武器を抜きエルフたちを助けようと走り出した途端、俺の視界の端で1人の男を捉えた。
俺とルンレッタが魔婚式の際に座っていた祭壇の上で、燃え盛る炎の中その男は野党たちが暴れまわっているのを、微笑を浮かべながらただ眺めている。
くすんだ赤髪に褐色の肌をしたその男は、上等な貴族の服を思い切り着崩した服装をしており、野盗たちに指示を飛ばしている。その男の耳は長く尖っており、一目でエルフである事が分かった。
なぜエルフが『インフィニティ・ギャングスタ』を率いてエルフの村を襲っている?
そんな疑問が頭をよぎったが、それよりも俺の意識は褐色の男ではなく、その男の肩に座っている存在にくぎ付けにされていた。
美しく輝く銀色の髪に、褐色のエルフとは対称的である透き通りそうな程に白い肌、そして左目に着けられた黒の眼帯。冷たい表情を浮かべた1人の妖精が、そこには存在していた。




