第28話 「魔婚式」
リコに案内された大きなツリーハウスの中では、数人の女エルフに交じりベアがせっせと荷物を運んでおり、俺がその部屋に入った瞬間ベアが笑顔を浮かべ近づいてきた。
「サクヤちゃん、魔婚のことは聞いたわよね? 今日の夜に行われるそうよ」
「うむ。ベアさん的には三色同盟の任務を遂行したいハズなのに、巻きこんでしまって申し訳ないのじゃ……」
「ふふっ、確かに最初は魔婚するって話しにビックリしちゃったけど。ルンレッタの気持ちも分かるもの。運命の相手に出会うって、女の子ならみんな夢見てることでしょう?」
「うっ……。わ、わらわは、そういうの分からぬ……」
そうか、女の子ならみんな夢見てるのか。ベアもそうなのだろうか? ベアも、誰か運命の男と結婚する夢を見てるのかな。
依然ベアが言ってくれた言葉が脳裏によぎる。
――「好きな人に守られるのでは無く、守れるくらいの力が欲しいって、サクヤちゃんに助けてもらった時に思ったの」――
ズキリと、胸が痛む。
この気持ちは何なのだろうか。彼女は俺を妹のように想っている。そこに不満なんてない。でも、この翠の領土に来てから考えるようになってしまった。
ずっと考えないようにしてきたのに。
……もし俺が『司 源吉』として今も生きていたら、この関係性は変わっていたのだろうか。
なーんて、そんなの考えるだけ無駄だよな。俺は今女の子の『司 咲夜』なんだし、忘れよ。
自分の気持ちに理解が追いつかず、俺はたまらず思考を放棄した。それと同時に部屋にいた女エルフたちが俺の元に集まって来た。
みんな手に色々と道具の入った小さなカゴを抱えている。
「あの、これはなんじゃ?」
「はい、リコからサクヤさんのおめかしをするよう承っているので、お化粧させて頂きます!」
「いっ!? お、お化粧!?」
「はいっ!」
キラキラした瞳で女エルフたちが迫ってくる。
後退りするも部屋の隅にまで追い込まれ、俺は椅子に強制的に座らされ化粧をされるハメになってしまった。
エルフ族伝統の化粧を施され、衣装も魔婚用のドレスへと着替えさせられる。化粧の最中に、女エルフたちからは常に質問が飛ばされてきた。
「サクヤさんは何故リリィに出会ったのですか?」
「盗賊に捕まっていたのを助けたからじゃ」
「じゃあじゃあ! リリィを助けたのも、翠の領土で最初に出会ったエルフがルンレッタだったのも偶然だったのですか!?」
「う、うむ」
「「すてき~!」」
女エルフたちが声を揃えてウットリとした顔を浮かべる。
小さい頃から魔婚相手を探しているからか、エルフ族というのは随分とロマンチストが多いらしい。世間的にエルフは感情が乏しく閉塞的な種族というのが認識としてあるのだが、こうして実際に関わってみるとそれは大きな間違いである事がよく分かる。
「わぁ~! とっても綺麗よ、サクヤちゃん!」
化粧が終わりドレスをひるがえした俺の姿を見て、ベアが声を上げる。なれない格好に、俺の頬が火照っていくのが分かる。
化粧までしてかなり気恥ずかしい。だが、これも今日の魔婚が終わるまでの辛抱だ。ルンレッタの為にも、覚悟を決め一肌脱がなくては!
♢♦♢♦
村中の飾りが魔力によって淡く輝きだし、夜の森を鮮やかに照らし出した。続いてエルフたちの歌声が響き渡り、空中を妖精たちがキラキラと飛び回る。
伝統の魔婚の儀式が執り行われる中、俺とルンレッタは村の中心にある祭壇の上でその儀式を見つめていた。
俺と同じく化粧を施しドレスに着替えて現れたルンレッタは、思わずため息が漏れてしまうほどに美しく、飾りに照らされた彼女のはにかんだ笑顔を見つめ、俺はこの魔婚を行って良かったと改めて感じた。
「――――♪♪」
俺とルンレッタの間に座り、音楽に身を乗せ楽しそうに体を揺らしているリリィも、シッカリとおめかししている。
「……はじめは女同士で魔婚なんてと思っていましたが。こうしてサクヤさんの隣に座っていると、やはり幼い頃の夢が叶うというのは嬉しいモノがありますね」
「ルンレッタさん……」
「……今夜だけは、ルンレッタと呼んで頂けないでしょうか? サクヤさん」
ルンレッタが頬をうっすらと染め、消え入りそうなほどに小さな声でつぶやいた。ルンレッタの精一杯のわがままに、俺は応えるべく彼女の手を握った。
「ルンレッタ、とても綺麗じゃ。魔力のように、いや、魔力よりもずっと……」
「ふふっ、リコから魔力にちなんだ褒め言葉の意味は聞いたのでしょう? 優しいのですね、サクヤさんは」
エルフたちの歌声が響く中、ルンレッタがそっと言葉を漏らす。
「やはり、魔婚相手が女の貴方で良かった。もし貴方が男性で、形ではなく正式な魔婚をしてしまったら、私は貴方の優しさに甘えてしまいそうですから」
――ズキリ。
ルンレッタの言葉にまた胸が痛む。無意識に俺は、ベアへと視線を向けていた。彼女は胸に手を当て、俺たちを見つめている。
胸の痛みに対抗するように、俺はルンレッタと繋いでいる手に力を込めた。
「サクヤさん?」
「……あっ、明日の森の試練、応援しているのじゃ」
「え、ええ。ありがとう、ございます」
ついまた考え込んでしまっていた俺は咄嗟に言葉を発し、少し驚いた様子でルンレッタが答えた。
何をやってるんだ俺は。今夜はルンレッタの為に頑張るって決めたじゃないか。それなのに、昼間からずっと自分のことばかり考えている。
儀式が終了し歌が終わった。ここから先は正にお祭り騒ぎだった。堅苦しい行事から解放された村中のエルフたちは、楽しそうに騒いでは幸せそうに笑う。
この陽気な側面こそが、世間には知られていないエルフたちの本当の素顔なのだろう。女エルフたちは俺とルンレッタの出会いの話に瞳を輝かせ、男エルフたちは酒を飲み俺たちが盗賊を退治した話に耳を傾ける。
その中心にいるルンレッタは初めて出会った時に感じた厳しそうな印象とは真逆の、恋する1人の女性のような笑みを浮かべていた。
♢♦♢♦
翠の領土の中心にそびえ立つ超巨大な大木、『神樹』。近くで見上げると、縦幅はもちろん横幅も果てしないほどに大きく、その全容を確かめることは不可能であった。
その幹の根元には、石で枠組みを創られた入口が存在しており、どうやらその入り口から神樹の内部へと入ることが可能のようだ。
その入り口の手前で、俺とベア、そしてルンレッタとリコが集まっていた。
「この入口から森の試練が始まるのね……」
「頑張ってね、ルンレッタ!」
入口をじっくり観察し緊張した様子で言うベアと、同じく緊張しながらグッと両手を握りしめリコがルンレッタを見つめる。
その言葉に、ルンレッタがコクリと強くうなずいた。
「森の試練が終わるまでわらわたちも待ってるから、頑張るのじゃ!」
「はい。皆さんありがとうございます。行ってきます!」
ルンレッタが石の入り口に足を踏み入れようとしたその瞬間、神樹の頂上から緑色の光がヒューンと落ちてきた。
その光は俺たちのすぐそばまで飛んでくると、中性的な甲高い声を発し始めた。
「やぁやぁ。間に合ったようだね」
突然喋り出した光の玉に、俺たちは互いに目を見合わせる。急になんだこの光の玉。妙に馴れ馴れしいな。
「な、何者よ貴方」
ベアが恐る恐る問いかけると、光の玉からは予想だにしていなかった言葉が返っていた。
「よくぞ聞いてくれました! この俺っちこそ翠の領土の統治者、『翠の神』なのだぁ! あ、一応その光の玉は俺っちの本体じゃないからね。会話用の魔法だから。俺っち本体は神樹の頂上にいるんだけど、降りるのメンドくさいからそれで我慢よろしくぅ!」
子供のように自由奔放に、話したい事だけを一方的に話す翠の神。
俺はこの瞬間に確信した。
『翠の神』絶対うぜぇ性格している、と。




