第27話 「夢見るエルフ」
全体的に物が少ない質素な家の中で、俺とルンレッタが木製のテーブルを挟みお互いに向き合う形で椅子に座り込んだ。
俺の肩の上に乗っていたリリィが、ペタンとそのテーブルの上に座る。その様子を見て、ルンレッタがほほ笑む。
浜辺で出会った時の怒りを含んだ顔とは比べものにならない程に優しい笑みだ。
「リリィを助けて頂きありがとうございました。えっと、お名前は?」
「咲夜じゃ」
「そう、サクヤさん。リリィとはどこで?」
ルンレッタの質問に、俺は『インフィニティ・ギャングスタ』の下っ端3人組との事を全て話した。追われていた3人組を倒したらリリィが捕らえられていたこと。唯一自分の魔力だけがリリィに魔力供給を行えたこと。
話しを聞き終えたルンレッタは、ふぅと1度溜息をつくと指でリリィの頭を撫でる。嬉しそうにリリィが目を細めた。
「……そうでしたか。まさか、リリィの命を救ってくださった方が魔婚相手だとは。……これもある意味運命というヤツなのかも知れませんね」
「さ、さっきリコから聞いたのじゃが、魔婚相手とは結婚をする掟があるそうじゃな」
「えぇ、エルフの女は生まれた時から妖精と共に育ち、嬉しい時も悲しい時も2人で共有して生きていきます」
話しを続けるルンレッタの肩にリリィが飛び、コテンとルンレッタの頬に頭を預けた。その2人の仲睦まじい姿は、まるで1枚の絵画のように尊く見える。
まさに一心同体というモノなのだろう。
「そして、2人で夢を持つのです。素敵な魔婚相手を見つけようって。ふふっ、貴方たち人間から見たら笑えますよね。何百年もの時を生きるエルフの女たちは、死ぬまで魔婚相手に出会うのを夢見て、運命というのに憧れを抱き続けるのですから」
「……いや、そんな事は」
自嘲気味にルンレッタが小さく笑う。改めて事の重大性を思い知らされた気がする。今日まさに、俺はルンレッタが何百年も抱き続けた夢を打ち壊してしまったのだから。
もし俺が男の姿だったら、結末は変わっていたのだろうか。
「ですが、丁度良かったのかもしれません。私はもう700歳になります。貴方たちで言えば30を過ぎた頃合い。恋する乙女は卒業し、『守り人』に専念するようにという運命からのお告げだったのでしょう」
ル、ルンレッタが700歳? コッチで言う30歳だと? 外見年齢はジークフレンと同じ位にしか見えない。
それよりも、『守り人』とはなんだろうか。
「ルンレッタさん、その『守り人』とは何のことなのじゃ?」
「『守り人』とは、そちらで言うスキル所持者のことです。かつては守り人が神樹を守っていたらしく、その名残で今でも翠の領土ではそう呼んでいるのです」
「ほう、そういった歴史があるのじゃな」
俺の口から感嘆の声が漏れる。
「エルフは寿命が長いので、他種族と違い特殊な方法で神託の儀式が行われるのです。それが『森の試練』。森の試練を合格した者が、『翠の神』からスキルを授かれるのです。そして、明日が私の試練の日。行方不明のリリィがずっと心残りだったのですが、前日にこうして再会できたのだからやはり運命だったのでしょう」
たしかに、相方のリリィが不在のまま『森の試練』に挑むのは不安でたまらなかっただろう。だが、結局『魔婚相手』が女であったという衝撃が、ルンレッタの心に新たな影を落としてしまった。
俺が代わりに何かしてあげられたら良いんだけど。良いアイデアが思いつかんなぁ……。
う~ん、と俺が思い悩んでいるのを察したのか、ルンレッタは少し慌てた様子で口を開いた。
「魔婚の件ならサクヤさんが気にすることはありません。……それにしても、リリィのこの羽はサクヤさんの魔力なんですよね? リリィによく似合ってます」
俺を気遣ってか、咄嗟に話題を変えるルンレッタ。
いつの間にかルンレッタに寄りかかったまま眠ってしまっている、リリィの背中にある桜色の羽を見てクスリと笑う。
「そうじゃな。桜色の魔力の羽が、ルンレッタさんの髪色にそっくりでとても綺麗じゃ」
「――っ! わ、私の髪色が魔力にそっくりで綺麗……ですか……」
「ん? どうしたのじゃ?」
俺の言葉に頬を赤く染めたルンレッタが立ち上がり、何やらぎこちない動きで扉へと歩いていく。拍子で眠りから覚めたリリィがあくびをしながら俺の肩に飛んでくる。
「な、何でもありません! そ、そろそろリコたちが待ちくたびれてるでしょう。何だか暑くなってきましたし家の外にでも――」
そう言いルンレッタが扉を開け外へと出た瞬間、言葉を飲み込んだ。どうしたのだろうと思い俺も隣に立ち外に出ると、そこには何やらエルフたちが村中を飾り付けている景色が広がっていた。
「祭りか何かがあるのかの?」
「い、いえ。そのような催しは無かったハズですが……」
「あっ! ルンレッタにサクヤちゃん!」
遠くで飾り付けをしていたリコが俺たちに気付き、手を振りながら駆け寄ってくる。
「リコ。これは一体何なのですか?」
「うん! ルンレッタとサクヤちゃんのことを村長に報告したら、『魔婚』をするって言いだして!」
「えぇ!? で、ですが、私たちは女ですよ!」
「そんなこと村長も分かってるよ。でも折角だからルンレッタに『魔婚』を経験させてやりたいんだって。まぁ形だけだから正式な魔婚じゃないけど……」
そう説明をし終えたリコは、パンッと両手を合わせルンレッタにウインクをする。
「村長の気持ちも汲んであげて。村長はルンレッタが魔婚相手に出会えた運命を無下にして欲しくないのよ」
「……そ、そういうことなら私は構いませんが、サクヤさんは良いのですか? 形だけとはいえ、女の私と結婚というのは……」
誰にもばれない様こっそり指をモジモジとさせながら、ルンレッタが俺を横目で見てくる。目の前ではリコがキラキラした瞳で俺を見据えている。その瞳からは「もちろん良いよね!」という言葉がたやすく読み取れる。
まぁ正式なモノではないし、これで少しでもルンレッタの心の影が晴れるなら構わないか。
「うむ。わらわも大丈夫じゃ」
「やったぁ! サクヤちゃんならそう言ってくれると思ってたよ!」
「では、私も飾り付けをお手伝いしましょう」
「あーダメダメ! 主役の2人がそんな事しちゃあ。2人は綺麗におめかしするんだから!」
「っ! きき、綺麗ですか……」
「うん? どしたのルンレッタ。急に顔赤くしちゃって」
「なっ、何でもありません!」
再びぎこちなく動き出したルンレッタが、村の方へと走って行ってしまった。その後ろ姿を唖然とした様子で見送りながら、リコが俺の方へと振り向く。
「どうしたのかしらあの子。でも意外だったなぁ。あの堅物のルンレッタがまさか魔婚を承諾するとは。2人でどんな話しをしたの?」
「いや、特別なことは何も……。ただリリィの桜色の魔力の羽が、ルンレッタさんの髪にそっくりで綺麗だとしか言っていないのじゃが」
「あ~。それだね、ルンレッタの心を射ぬいた原因は」
「い、射ぬいた?」
俺が頭の上に疑問符を浮かべていると、まるで恋愛のスペシャリストのように溜息をつきながらリコが腰に手を当てた。
「エルフって何かと魔力と縁がある種族なの。だから、魔力にちなんで相手を褒めるっていうのは、エルフにとって最上級の褒め言葉なのよね。それはもう、耳元で愛をささやくレベルの。とんでもない口説き文句ねサクヤちゃん」
「そ、そうじゃったのか……」
遠くで村人に質問攻めにあっているルンレッタの横顔は、戸惑いつつもどこか嬉しそうに頬を染め笑みを浮かべていた。




