第26話 「運命の確立」
「け、けけ結婚ってどういう意味!?」
ベアがリコの両肩を掴みグワングワンと揺する。リコが「お、おちついて~」と目を回らせながら言うが、ベアの興奮が収まる事は無かった。
何とかベアから解放されたリコは、足をフラフラさせながらも俺も見る。
「わ、私たちエルフ族は女が生まれると、同時に森の中心にある神樹からも妖精が生まれてくるの。女エルフは共に生まれた妖精の世話をしながら、自分以外にも妖精に魔力供給が出来る男性を探すのよ。妖精は世界で女と男それぞれ1人ずつからしか魔力供給を受けられないから、その男性を運命の相手とし、『魔婚』、つまり結婚をする掟があるの」
リコがふぅ~と呼吸を整え、パチンと指を鳴らした。すると、綺麗な青い髪をしたリリィ程の大きさの妖精が、ヒョッコリとリコの服の内側から顔を出した。
その妖精を見て、リコが笑う。
「この子の名前はメイって言うの。私が生まれた時に神樹から誕生した子。そしてリリィが、ルンレッタの妖精ってわけ」
「でも、エルフとは言ってもその数は多いでしょう? それにエルフは翠の領土以外にも暮らしてる人はいるし。その『魔婚相手』が見つかるのは、とてつもなく確率の低い話なんじゃないかしら」
「そう、だからエルフは寿命が凄い長いのよ。それでも『魔婚相手』が見つかるのはほんの一握り。ほとんどのエルフは『魔婚相手』に出会えずに生涯を終えるわ」
え、えらい事になってしまった。リコの話を聞く限り、女エルフにとって『魔婚相手』とは、文字通り一生をかけて探す特別な存在だろう。
もし出会えたとしたら、それは正に運命と呼ぶにふさわしい。何といっても、世界中でたった1人の相手なのだから。
「お、男側はエルフではない場合もあるのじゃな……」
「そう、不思議なことに『魔婚相手』は人間であることも稀にあるのよ。その場合は、寂しいけど翠の領土を出てもらっているの。この森はエルフと妖精だけの森だから。……でも、『魔婚相手』が女の子ってのは初めてだわ」
ジッと、リコが俺を観察してくる。
推測するに、俺の身に宿っている魔力は男時代の時のモノだ。だからリリィは俺の魔力を、男の魔力として受け取ることが出来たのだろう。
そしてリリィと俺の魔力の相性が良かったのは、まったくの偶然だったという事だ。
真剣な眼差しで俺を観察していたリコは、スッと手を伸ばしてきたかと思えば俺の胸を触り始めた。
リコの腕の動きに合わせて、俺の胸が形を変え未知なる感覚が俺を襲って来る。
「ななっ、いきなり何をするのじゃ!?」
「いや、女装している男なのかと思って」
「そんな訳なかろう! どこの世界にエルフの森にわざわざ女装して入る輩がいるのじゃ!?」
「あ、あはは。だよね……」
慌ててリコから離れ俺は体を両腕で隠す。
前から思っていたが、女の子同士のスキンシップ激しすぎないか? 男の頃は永遠に胸の柔らかさを知る機会など訪れないと思っていたのに、この体になってからやけにあらゆる人物に触られている気がする。まさか自分が胸を揉まれる側になるとは……。
「と、とにかくルンレッタの所に行こう! きっと私たちの村に帰ってると思うわ。あの子昔から悩みがあると、自分の部屋に閉じこもるから」
そう言いリコが森の中へと入って行く。俺とベアは1度顔を見合わせてから、急いでリコの後に続いていった。
♢♦♢♦
森の中は本当に不思議な景色が広がっていた。生え並ぶ大木からは光の粒子がキラキラと空中に瞬き、その至る所から淡い魔力を感じまるでおとぎ話に出てきそうな雰囲気だ。
そんな森を進み続けると、木造の家が見えてきた。地面の他に大木に添うように高い位置に建設されているツリーハウスも多数見られる。
「ここがリコたちの村?」
「そう! いいところでしょ~」
俺たちの来訪に気付いた村人たちが、一斉に俺たちの元に駆け寄ってきた。見る限り、女エルフのそばには小さな妖精がおり、男エルフのそばには見当たらない。
『魔婚』についての話はどうやら本当らしい。
「リコ! さっきルンレッタが凄い勢いで部屋に閉じこもっちゃったんだけど……」
「やっぱり。チョット訳アリでね……」
「そ、その人間に関係が?」
村のエルフたちが俺とベアを好奇な瞳で見つめながら質問した。その視線に、思わず身が引いてしまうと、間に割って入りながらリコが言う。
「そそっ。皆には後で説明するから、私たちはルンレッタに会いに行ってくるね」
「あ、あぁ……」
納得のいってない様子の村のエルフたちに見送られながら、リコと俺たちは村を歩き出した。
「ごめんね。皆悪気があって2人を見てたわけじゃないんだよ。どうしてもこの森じゃ人間って珍しいからさ。まぁ、妖精たちが2人の悪意を感じ取っていないから、落ち着いたら歓迎してくれるとは思うんだけど」
「大丈夫じゃ。気にしてない」
「そ、良かった!」
その後しばらく歩き続け、村の隅にポツンと立てられた木造の一軒家が姿を現した。すると、家の前で立ち止まったリコはポンッと俺の背中を押した。
「さ、後は君とリリィに任せるね」
「えっ!? い、一緒に来てはくれぬのか!?」
「まぁまぁ、仮にも『魔婚相手』のお2人さんに割って入るのは野暮かと。頑張って~!」
「あ、ちょっ……!」
嵐のようにまくしたてたリコが、同じく戸惑っているベアの背中を押しながら村の方へと帰ってしまった。
……くっ、どうやら覚悟を決めなければならんらしい。
俺は扉の前に立つと、意を決しトントンと木製の扉をノックした。少しの間が空き、ガチャリと扉が開かれた。
「……リコ、先ほどは失礼しました。人間たちはあの後……あ」
「ど、どうもなのじゃ」
扉を開けながら話していたルンレッタは、顔を上げ扉の前に立っていたのが俺であることに気付いた瞬間ガチーンと固まってしまった。
お互い動かないまま、気まずい空気が漂う。
いやいやいや、どうしよう! 俺自身なにを話すべきか纏まってないし、肝心のルンレッタは目を丸くした状態のまま動かない。
歓迎されていないと感じた俺は、ベアたちの元へときびすを返す。
……だ、駄目だ。この空間は危険だ! 一旦離脱する! 戦略的撤退を――。
帰ろうとした瞬間、俺の手を何者かが掴んだ。
「あ、上がっていかれたらどうですか? その、リリィを助けて頂いたお礼も、していませんでしたし……」
ルンレッタが俺の手を掴んでいた。彼女のポニーテールにしてある桜色の髪が風に揺れ、彼女の僅かに赤くなっている顔を隠した。
「い、嫌なら別に構いません。弓を向けたエルフの家など、入りたくないでしょうし……」
「そんな事全然! お、お邪魔するのじゃ」
「ど、どうぞ……」
ビックリして黙っていた俺に不安を抱いたのか、ルンレッタの声のトーンが僅かに低くなり俺は慌てて言葉を発する。
こうして、俺はルンレッタの家へと招かれたのだった。




