第22話 「瓶の中の妖精」
あの後ベアが銃を手にし『フレイム・バレット』を撃ってみたが、その威力はバレットが野盗と戦った際に使用したものと同程度であった。
つまり、Sランクの魔石が【神技】のスキルに反応していた事が確かなモノとなったのだ。
「この銃、お父様に見せたら腰抜かしそうね」
「誰が見てもビビると思うのじゃ……。ん? 何か騒がしいの」
銃を俺に返しながら感心した様子でベアが言うはるか遠くから、ウマが駆けてくる音が聞こえてきた。それも1頭や2頭じゃない。かなりの数だ。
その音がドンドン近づいてきて肉眼で捕らえられるようになった時、そのウマは人間が乗馬している事が判明した。必死の形相でそのウマを操る男たちは全員ボロいローブを纏っており、苛立たし気に背後を気にしている。
「チッ、なんだって赤の領土に蒼の騎士団がいんだよ!」
「兄貴どうするんすか!? このままじゃ全滅ですよ!!」
「わかってんだよウルせぇな! ……捕まってたまるか、折角上玉手に入れたんだからよォ」
ギャーギャー騒ぎながら近づいてくるボロいローブの3人。3人から少し離れて、見覚えのある格好をした騎士たちが同じくウマを操り駆けている。
クラウディオが騎士団長を務めている蒼の騎士団だ。また、ゴルガ帝国の兵士も騎士団と共にローブの男たちを追っている。
現在俺たちはムーラリアへと向かっているのだが、そのルートは赤の領土を横断する道となっている。見るに、追われてる3人は赤の領土の盗賊か何かなのだろう。
「観念しろ悪党ども! 我々がいる限り好き勝手できると思うな!」
「ウルせぇ馬鹿ども! ――お? おいおいツイてるぜ!」
騎士の言葉に口汚く返した兄貴と呼ばれていた男は、前方にいる俺たちを視界に捉えニヤリと笑い出した。
これはどうせ――。
「おいテメェ等! あの女ども人質にしろ!」
「ヒャッハァーー! 流石だぜ兄貴!」
やっぱり。
死中に活ありと言った様子で、盗賊連中が馬上で各々武器を取り出した。
「やれやれ、馬鹿な連中じゃ」
「騎士団長の娘として、見過ごす訳にはいかないわね」
「……鬱陶しい」
相対する俺たちも、それぞれ武器を構える。
互いの距離は瞬く間に近づいていき、盗賊連中が武器を振り上げた。
「オラァ! おとなしく――ウゴォ!?」
「あ、兄貴ィ!! ――ウベェ!!?」
兄貴と子分その1が、俺の黒蝶丸とジークフレンのハルバートの攻撃によりウマから哀れにも振り落とされた。
……弱すぎる。ジークフレンやュラーラなどの強敵とばかり戦っていたからか、手ごたえがまるで無い。
「ややややべぇコイツ等!」
最後の1人が急いで手綱を引き右方向へと逃げ出す。そんな盗賊の後ろ姿を眺めながら、ベアがニッと笑みを浮かべた。
「雷撃剣!」
ベアの持つクラウディオから贈られた白銀の剣が、青白い稲妻を纏い始める。
槍の時以上に、属性付与の魔法が強力になっている。それだけ、剣の方が扱いに慣れているのだろう。
「俺だけでも逃げねぇと!」
「【閃光】ッ!」
「ほぇ? ――ウゲェ!!」
【閃光】のスキルにより一筋の稲妻として光速で突撃したベアが、遠くまで逃げていた盗賊を一撃で仕留めた。
どの技も槍の時よりキレが良い。ベアのあの勇士を見たら、クラウディオは感動で泣きそうだ。
「ベアトリクス様!」
遅れて到着した騎士団の4人が、驚いた顔で俺たちを見る。盗賊3人を縛り上げた騎士は、改めて俺たちに敬礼をした。
「まさかベアトリクス様がここにいらっしゃるとは」
「騎士団も大変ね。赤の領土の治安維持もやってるの?」
「はい。クラウディオ団長が同盟を結んだ以上協力するようにと」
なるほど、クラウディオらしい。恐らく、ムーランス王国の騎士団とゴルガ帝国の軍が互いに同意の上で行っているのだろう。
ゴルガ帝国の装備をした兵士が前に出る。
「蒼の騎士団が治安維持に協力し始めてから、赤の領土での犯罪率が徐々に減少し始めています。上層部はあまり良い顔をしていませんが、国民たちは感謝していますよ。軍内部ではクラウディオ殿を尊敬する者まで出てきまして」
「……赤の領土は血の気の多い人が沢山いるから、犯罪者率の高さが昔から課題になってた」
「ジ、ジークフレン将軍!? な、何故ここに……」
気絶している盗賊を見下ろしながら言うジークフレンにようやく気付いた兵士が、肩を1度飛び跳ねさせる。対するジークフレンは、まるで気にした様子は無い。
「この盗賊共は、我々ゴルガ帝国が長年追っていた巨大盗賊組織『インフィニティ・ギャングスタ』の末端の下っ端なのです。蒼の騎士団が協力してくれるという事で、本格的に討伐に向けて動き出しています」
同盟関係はどうやら、良い感じにまとまっているらしいな。クラウディオは随分と人望があるらしい。まぁ確かに、ベア関連の事を除けば渋くてカッコいいしな。
「こ、これはっ!!」
盗賊の武器を回収していた騎士の1人が、兄貴と呼ばれていた盗賊の懐から慌てて透明な瓶を取り出した。瓶はしっかりと蓋が占められているが、中心に小さく穴があけられている。
それだけならチョット変わった瓶程度だが、その中には手のひらサイズの小さな女の子が倒れ込んでいたのだ。
明るいオレンジ色の髪が目を引くその小さな少女は、息苦しそうに荒い呼吸を繰り返している。
「な、なんで妖精がここに? あり得ないわ……」
妖精を前に、ベアは汗を流す。当然だ。妖精なんて滅多に人前に出てくる種族じゃない。人によっては、存在しないとまで断言する程だ。
だが今はあれこれ考えてる場合じゃない。明らかに妖精は弱ってしまっている。
「とにかく、この瓶から出してあげるのじゃ!」
「そ、そうね。出してあげて」
俺たちの言葉に、瓶を持つ騎士が慌てて瓶の蓋を開ける。そっと手のひらに妖精の女の子を横たわらせる。
だが、一向に回復する気配を見せない。
どど、どうしよう。妖精の事なんて何も分からんぞ! 見た限り外傷は無いし、怪我をしているわけではない様だ。
「あわわわ、ベアトリクス様。この妖精はどうしたら……」
妖精を手のひらに乗せている騎士は、アワアワと口を動かしながら助けを求める。ベア自身、汗を大量に流しながら眉を八の字に曲げ困り果てている。
その場に居る者全員が、妖精の女の子に対し何もできず歯痒い思いをしていると、ふとジークフレンが妖精に向けて手のひらをかざした。
「ジーク姉。何をしておるのじゃ?」
「小さい頃読んだ絵本に描いてあった。妖精は魔力を吸収して生きてるって」
そう言うジークフレンは、妖精に対し魔力を注ぎだした。紅い魔力は優しく妖精を包み込んだが、妖精は変わらず苦しんでいるままだ。
「そ、その絵本の知識が間違ってるんじゃ……」
「いや、妖精には吸収できる魔力とできない魔力がある。どうやら私の魔力は吸収できないらしい」
「じ、じゃあ私のは!?」
ジークフレンに変わり、ベアが妖精に魔力を注ぎだす。青白い魔力が包み込むが、これまた吸収する気配を見せない。
「くっ、駄目か……」
「本来妖精はエルフの魔力を吸収してるらしい。よほど相性が良くないと人間のは無理なのかも知れない」
「そんなっ。こんなに苦しんでる子を……。助けることができないの……?」
ベアが悲痛の顔を浮かべる。この盗賊共は偶然見つけた妖精を捕まえ、何の考えも無しに瓶に詰め込んだのだろう。
おかげでエルフからの魔力供給を受けられなかったこの女の子は、今にも死んでしまう寸前にまで弱ってしまったのだ。
「サ、サクヤちゃんはどう?」
「う、うむ。やってみる!」
俺も妖精に対し手を向ける。今まで魔法の練習はほとんどした事がない俺は、僅かに震えながら魔力を放出した。ポワポワと弱々しい桜色の魔力が妖精の女の子を包み込んでいく。
すると、すぐさまパチッと妖精の眼が見開かれた。同時に包み込んでいた桜色の魔力が形を変えていき、妖精の背中で桜色の羽を作り上げた。
「――――♪」
ヒュンと軽やかに桜色の羽で飛び立った妖精は、くるくるとその場で回り創り出された桜色の羽を見てニコニコと笑う。
「た、助かったの?」
「そ、そうみたいじゃ……」
「良かったぁ~」
はぁ~、とその場にいる全員が安堵の溜息をついた。妖精はしばらく俺たちの回りをクルクルと回った後、縛り上げられている盗賊を見て慌てて俺の後ろに隠れた。
「――――! ――――?」
俺に訴えるように、身振り手振りで妖精が何かを伝えてくる。盗賊を指さし自分を掴むジェスチャーをし、最後に騎士の持っている瓶を指さした。
どうやら自分が盗賊たちに捕らえられた事を伝えているらしい。
その動きが可愛らしく、俺は思わず微笑んでしまう。対して妖精は、さっきまでプリプリと頬を膨らませ怒っていたのだが、僅かに顔を赤く染め俺の肩に座りニッコリと俺に笑顔を向けた。
「どうやら気に入られたみたいね、サクヤちゃん」
「魔力の相性も良いみたいだし、サクヤは命の恩人。当然と言えば当然のこと」
こうして、ムーラリアへと向かう道中に俺たちは妖精を一向に加えた。
そしてこの妖精の少女が、俺たちを新たな局面へ招く事となるのだった――。




