第2話 「黒蝶の舞」
絶望の神託の儀式が終わりを告げ、俺はトボトボと自分の村への帰路についていた。のどかな山景色が連なる道中、晴れ渡る空とは裏腹に俺の心は暗く沈み込んでいた。
村には家族も友人もいるのだ。意気揚々と神託の儀式に出た男が、帰って来た時には性転換し女になっているなど誰が受け入れるのか。
「はぁ~。厄日だ……」
何度目か分からない溜息をしたその瞬間、のどかな雰囲気を斬り裂くかの如く魔物の咆哮が周囲に響き渡った。素早く辺りを見渡すと、この国では珍しい金色の髪をした少女が1人、無数の魔物に囲まれているのを見つけた。
「あれは、鬼の群れか!」
『黒の神』統治下であるこの『ムラクモ国』特有の魔物だ。でかい図体の人型の魔物であり、高い知性を持つ非常に厄介極まりない強敵だ。
そんな魔物相手に豪快な槍捌きで金髪の少女は戦っているが、ジリジリと押されているのが遠目でも分かる。
あのままではマズい。
そう思った瞬間、俺の体は無意識に走り出していた。黒髪が風になびき、ヒラヒラと着物が舞っているのを肌で感じる。
目標は鬼の殲滅。
神器『黒蝶丸』の力を試す良い機会だ。一番近い鬼が刀の間合いに入ったその瞬間、俺は一気に『黒蝶丸』を抜いた。
鞘から漆黒に染まった刀身が抜かれた瞬間、どこからともなく黒い蝶が数頭現れ華麗に舞いはじめた。実体ではなく、見た限り魔力で生み出されている蝶だ。
漆黒の蝶の群れは戯れるかのように鬼の回りを飛び、鬼の視線を集める。
「――ハァッ!」
その隙を突き、がら空きと化した鬼の体を両断する。
血しぶきをあげ崩れ落ちる鬼を飛び越え立ち塞がる他の鬼を切り崩し、金髪の少女を庇うように鬼の群れへと対峙し刀を構える。
唖然とした表情を浮かべる金髪の少女は、綺麗な蒼の瞳を見開きながら俺を見ている。
「あの数の鬼を一瞬で……。あ、貴方、何者なの?」
「話は後で。今はここを切り抜けましょう!」
「え、えぇ。分かったわ!」
少女が槍を構え直し俺の隣りに並ぶ。
それにしてもこの刀、凄い力だ。並の武器では太刀打ちできない鬼をいともたやすく斬り伏せた。だがまだだ。まだ『黒蝶丸』の性能を引き出せていないが分かる。
もっと、ただ斬るだけでは無く……。
「雷撃槍ッ!!」
金髪の少女が叫ぶのと同時に、まばゆい閃光が走り彼女の持つ槍が雷を帯びた。バチチチッと激しい雷鳴音が鳴り響く。
あれは高等魔術の1つ、『属性付与』だ。その名の通り武器に属性を与え、威力を高める魔法だ。
そうか、属性付与だ! 【神技】のスキルを持つ今の俺なら属性付与も出来るのかもしれない。
改めて刀を構え直し意識を集中させる。すると周囲を飛んでいた蝶の1頭が粒子となり消え、それと同時に『黒蝶丸』の刀身に黒い雷が走り始めた。
いける!
確信したその瞬間、俺はその場で刀を横に薙ぎ払った。
決着は一瞬の出来事であった。
ヒュンと軽やかな刀の軌跡が宙に走り、黒い轟雷が周囲の鬼を襲い根こそぎ焼き払ったのだ。
「……凄い」
隣でポツリと少女が呟く。
「グ、ゴオォォ」
離れた位置に居た鬼が俺達に背を向け逃げていく。あの方角は駄目だ! 俺の村がある!
手負いの鬼に滅ぼされた村の話は子供の時から嫌という程聞かされてきた。
俺はバッと刀を天に掲げた。掲げられた『黒蝶丸』に応えるが如く、先ほどまで快晴だった天気は急激に雲に覆われ雨が降りしきりはじめた。
「穿て、黒雷!!」
俺が叫ぶのと同時に轟音が鳴り響き、逃げていく鬼を巨大な黒い雷が精密に撃ち抜いた。全ての鬼を殲滅し、活躍の機会が無いまま少女の槍に纏っていた雷は弱々しく消えていき再び静寂が訪れた。
ポツポツと降りしきる雨の中、興奮した様子で少女は俺の両肩を掴んできた。
「あああ貴方、ホント何者なの!? あっ、それより助けてくれてありがとう!」
「ぶ、無事でなにより……」
「天候を変化させる程なんて大賢者か何か? でも、刀捌きも相当なモノだったし。大体私と大して年が違わなそうな女の子がこんな力を持ってるなんて……」
ブツブツと独り言を繰り返している少女は、唖然としている俺に気付くと恥かしそうに頬を染めながら慌てて離れた。
「ご、ごめんなさい。自己紹介がまだだったわね。私は『蒼の神』が統治するムーランス王国から来たベアトリクスよ。ベアって呼んで」
「ムラクモ国のげんき……。咲夜です。よろしく、ベアさん」
「ムラクモ国のサクヤ。やっぱり聞いた事ない名前ね。貴方ほどの実力者なら世界的に名が知れ渡ってると思うけど」
「いやぁ、今日が神託の儀式だったから知れ渡るハズは……」
「し、神託の儀式を今日受けたの!?」
ベアが驚きの声を上げる。ま、まぁ驚くのも無理はないだろうな。自分だって予想以上の力にビビッてるんだから。
それにしてもベアはムーランス王国からきたのか。『黒の神』と『蒼の神』は比較的友好的な間柄で、国も隣り同士であるムラクモ国とムーランス王国は何かと親密な関係を築いている。
『蒼の神』の統治下の人間は剣技に優れ騎士道精神を重んじる傾向があるらしい。よく見てみればベアの格好も軽装ではあるものの、白銀の鎧を身に着けており騎士と呼ぶに相応しい。肩に触れる長さの金色の髪にキリッとした勝気な瞳は、思わず見惚れてしまう。
「天才って貴方みたいな子の事を言うのね……。神託の儀式を受けたばっかりって事はまだ15歳なのね。私は17歳で、ムーランス王国を中心にギルドに所属している騎士よ」
「この国には魔物討伐の依頼か何かで来たの?」
「まぁね。……そうだ! 貴方、私と一緒にギルドに来ない? パーティの皆にも貴方の事紹介したいし! ね、いいでしょ?」
ベアと一緒にギルドにか。ギルドに所属する者は国の境を越え活動することが認められている。まぁ、その国を統治している神にまずは謁見しなくてはいけないのだが。
つまり、ギルドで仕事をする分にはどの国で活動しても問題は無い訳だ。ベアはかなりの実力者のようだし、そのパーティと顔見知りになれるのもこれから先何かと便利かもな。
なにより、女の状態で故郷の村に帰りたくない。
よし、ここは思い切ってベアに着いていこう!
「一緒に行くよ」
「そうこなくっちゃ! 貴方、小さくて可愛いし、きっと皆気に入ると思うわ!」
そういうや否や、ギューとベアが俺に抱き付いてくる。
ななな、これはマズいですぞ! こんな近くに女の子が! いい匂いにがするし、やや、柔らかいモノが腕に……!
女の子同士だとこんなにガード薄いのか。……悪くねぇかもな、女の子人生。
いや、むしろ良い!
「いざ、ムーランス王国へ!」
意気揚々と、さも当然の如くベアが俺の手を握り歩いていく。
向かう先はムーランス王国。俺は始めてムラクモ国の外へと足を踏み出したのだった。