第16話 「古代遺跡にて」
さびれた荒野の片隅に捨てられたかのように佇む、今にも崩れ落ちてしまいそうな古代遺跡の入り口を前に俺とバレットは到着した。乾ききった砂と石で建造されているその遺跡は、如何ともしがたい不気味さを誇っている。
「バレット、なぜこの依頼を受けたのじゃ?」
「この遺跡に最近出没した魔物が、体内に高濃度の魔石を精製しているらしいんだ。その魔石を手に入れる為だよ」
魔石とは、読んで字の如く魔力を含んだ特別な石のことだ。大抵は魔導士が扱う杖などに取り付けられいる場合が多く、その役割は魔法の威力を高めたりといった補助である。それぞれが炎や水とった属性の魔力を含んでおり、属性濃度が高い順にS~Eのランク付けがされる。
また、稀に全属性を含んだ魔石も見つかるらしい。
魔石の価値はランクごとに大きく幅があり、属性濃度が高ければ高い程魔法を使った際の威力が大きくなり、Sランクの魔石となるとそれ単体がとんでもない価値となる。更に属性濃度が高い物で『魔晶』というのが存在するが、これは伝説レベルでありまずお目にかかれない。
ただし、Sランクの魔石の多くは魔法が発達した『紫の神』が統治する領土が独占している。他の領土に出回るのは大抵A~Eのどれかだ。
「ん? でもバレットは銃を扱うのじゃろう? 魔石なんてどうするのじゃ?」
「ふっふーん。それがボクの銃の秘密なのです。ジャン! これ見て!」
そう言うと、バレットは腰のポーチから弾丸を1発取り出した。銃弾の形はしているものの通常とは異なり透明な箇所が存在し、透明な部分の中では赤い光がキラキラと宿っている。
「これは?」
「『フレイム・バレット』。銃に組み込まれた魔石と、この銃弾に仕込んである起動型の魔法陣が反応する事で銃から魔法を放つ事が出来るんだ」
「では、先程の野盗との戦闘で使った炎の弾丸の正体はコレだったのじゃな」
「そう! これの凄いところはね、魔法が扱えない人も疑似魔法を使う事が出来るって点なんだよ! 魔法を扱うには難しい知識が必要だし、スキルの影響で魔法が全く使えない人もいる。でもボクのこの銃ならそんなの関係ないってわけ!」
これは、想像以上に凄い発明かもしれないぞ。人にはそれぞれ魔法を使う際『適正』という壁が立ちふさがる。
適正とは、いわば自分が扱える魔法の属性だ。ベアで考えれば雷の魔法に適正があるが、彼女はかわりに氷の魔法が全く使えない。
それはひとえに、氷の属性において適正がないからだ。
だがバレットの造ったこの銃であれば、その適正問題も解決され冒険者であれば魔物に対して取れる選択肢が広くなる。
これは本気で世界を変える発明かもしれない……。いや! この技術は確実に世界を根底から覆す!
「バレット、お主は天才じゃ! その銃さえあればわらわもあらゆる魔法が使えるということじゃな!」
「ふぇっ!? ボボボ、ボクが天才!?」
褒められ慣れていないのか、頬をほんのり赤く染めたバレットが恥ずかしそうにクネクネと身をよじらす。
「でで、でもでも、まだ問題は多いんだ。銃弾に込められる魔法は構造の簡単な魔法だけだし。魔石の消費も激しくって……」
「それがなんじゃ! わらわで良ければいくらでも力を貸すぞ! いざ、魔物討伐に出陣じゃ!」
「サクヤ……。ボク君大好き!」
嬉しそうにバレットが俺に抱き付いてくる。ふわふわの髪の毛が気持ちいい。
俄然やる気が漲ってきた俺とバレットは、鼻息荒く古代遺跡へと乗り込んでいくのだった。
♢♦♢♦
「……で、どうしようかコレ」
「完全に迷子じゃな」
遺跡の中に足を踏み入れ早1時間。俺たちは目的の魔物にたどり着く事も出来ず、遺跡中を歩き回っていた。道中小型の魔物は何体か処理したものの、そのどれもが目的の魔物とは程遠いものであった。
「目的の魔物はどういった奴じゃったか?」
「えっと、地面に巣を作る昆虫型の大型モンスターだね」
昆虫型かぁ、虫苦手なんだよなぁ……。
「あ、見てサクヤ! ひらけた部屋があるよ!」
息苦しい狭い通路を歩いていると、突如かなり広い部屋に出てきた。かつてはダンス会場かなんかにでも使っていた部屋なのだろうか、今では見る影もない程に風化してしまっている。
部屋の中央まできた俺たちはしゃがみ込み、足元に広がる砂を拾い上げた。床は完全に砂に浸食されてしまっているな。
討伐対象は大型モンスターだ。
狭い通路が多いこの遺跡では、自然と巣を作る箇所は決まってくるだろう。ここにくるまでかなり歩いた。遺跡の内部も一通り見たはずだ。だとすればこの部屋はやはり――。
――ズズンと、地面の遙か奥で地響きがするのを感じ取った。
「バレット、ここがモンスターの巣じゃ!」
「えぇっ!?」
呆けているバレットを抱え上げ、俺は一気に部屋の隅まで飛び上がった。それとほぼ同時に、巨大な虫が盛大に砂をぶちまけ地下からその姿を現した。
縦に長い体にある何本もの足がウネウネと蠢き、太い触覚が2本グリグリと動いている。
き、気持ち悪過ぎるっ!
「バレット、怪我はないな?」
「う、うん! だ、大丈夫!」
ギュッと俺の服を掴んでいるバレットが、赤い顔で俺を見上げている。どうも遺跡に入る直前から、バレットの様子がおかしい。
頬を染めたと思ったら俺の方をチラチラ見てくるし、かといって近づくと慌てふためきながら遠ざかる。
「それよりも、サクヤ力持ちだね。ボクを持ち上げるなんて……」
「話は後じゃ、まずはアイツを片付ける!」
「わ、分かったよ!」
黒蝶丸を抜きモンスターの足を斬り裂く。緑色の血しぶきをあげモンスターが身をよじらせるが、即座に新たな足が生えてきた。
「うげっ、ますます気持ち悪い……」
「サクヤ! 闇雲に攻撃しては駄目だ! こいつは核を突かない限り再生を繰り返す!」
核だと? どこだ?
モンスターの口から粘着性の糸が噴出されるが、それを全速力でかわしつつ観察を続ける。逃げる俺を追う為にモンスターが体を持ち上げた瞬間、隠す様に顎の下に緑に光る物体を発見した。
――あれが核か!
「バレット! 顎の下じゃ! 顎の下に核がある!」
「よし、ボクが狙い撃つ!」
銃を取り出したバレットが狙いを定め引き金を引いたその瞬間、地面が大きく振動しバレットの態勢が崩れた。銃弾は狙いをそれあらぬ方向へと飛んでいく。
地面は半円状に形を変え、モンスターを中心にあらゆるものを引きずり込んでいる。これがあのモンスターの巣の形なのだろう。
「うわわわっ! ま、マズいよ!」
どんどんモンスターの方に引きずり込まれていくバレット。このままでは危険すぎる。
俺の目はバレットが放った銃弾を捉えた。周囲の黒蝶が消え、目に映るすべての物がゆっくりに見えはじめる。【神技】のスキルの能力、身体強化だ。
通常の身体強化魔法とはレベルが違う、神の領域にある魔法の1つである。
背中に蝶の羽を創り出し、壁へと突き進む銃弾へと加速し黒蝶丸でその銃弾を弾き飛ばす。跳弾した銃弾は進行方向を急速に変更し、大量な緑色の血しぶきを吹き上げさせ核ごとモンスターの頭を吹き飛ばした。
「サ、サクヤ!」
「バレット!」
砂に引きずり込まれていくバレットの手を掴んだのと同時に、俺たちの体はモンスターの巣へと沈み込んでいった。
――最悪であるハズのこの出来事であったが、俺は予想外にも機械仕掛けのゴーレムの黒幕へと近づく事となるのだった――




