第14話 「バレット・ラビット」
黄の領土が誇る巨大商業都市「ピストーラ」。
ムーラリア以上の広さを持つこの都市では、街中に所せましと店が立ち並んでいる。
お馴染みの武器屋はもちろん、見た事のない怪しい商品を扱っている店まで数多く存在し、見ていて飽きる事がない。
そして、手に入らない物は無いとまで言われたこの都市のギルドに、俺たち3人は来ていた。
大通りの市を越えた先にあるこのギルドは、酒場を兼任しており喧騒が後を絶たない。その中でも特に目立っているのが、酒場の中心で楽しそうにはしゃぐ1人の獣人の女の子だった。
「またバレット・ラビットが魔物を片付けたってよ!」
「この調子で次も頼むぜ、バレット・ラビット!」
獣人の女の子の回りにいる数多くの冒険者が、歓声を上げる。
その言葉に、獣人の女の子はブカブカの帽子から突き出たウサギの長い耳をピンと立て、人懐こい笑みを浮かべピースする。
「魔物退治はボクにお任せ! 銃工房『バレット・ラビット』もよろしくね!」
黄の領土の人間らしく、ちゃっかり店の宣伝までする兎耳の女の子。
それを遠巻きに見ていたベアが、女の子を眺めながら関心したように口を開いた。
「へぇ。随分人気の冒険者なのね、あの子。バレット・ラビットってお店も人気なのかしら」
「愛くるしい見た目じゃからな、人気なのも頷けるのじゃ」
「……サクヤは獣人の子が好みなの?」
「え、いやぁ、特にそういう訳じゃ……」
などと俺たちが会話をしていると、いつの間にかその話題の中心人物である獣人の女の子が、キラキラとした瞳で俺たちの側に来ていた。
「なになに? 君たち、バレット・ラビットに興味があるの!? 銃は好き!?」
「じ、銃?」
「うん! ボク冒険者なんだけど、本業は銃の製作者なのさ! さっき君たちがバレット・ラビットについて話してるのが聞こえたから銃が好きなのかなって!」
怒涛の勢いで話しかけてくる獣人の女の子に俺が押されていると、やれやれといった感じでベアが割って入る。
「ごめんなさい、私たち銃じゃなくて貴方自身の事を話してたの」
「へ? …………なんだ、銃には興味ないのか」
ズーンと、打って変わりキノコが生えてきそうな程に落ち込む女の子。しゃがみ込みイジイジと地面を弄っている。
っていうか、この子の名前は何というのだろう。さっきから獣人の女の子と、呼びづらくてしょうがない。
「ところで、お主の名前は?」
「ボク? さっきから言ってるじゃない。ボクの名前はバレット・ラビットだよ」
「……それはお店の名前」
「ちがうちがう! ボクの本名と銃工房の名前が同じなの! まぁ、珍しい名前だから驚くのも無理ないけどね」
そう言って、ピョンとバレットと名乗る女の子が立ち上がった。栗色の長い髪を2本の三つ編みにした髪型に、飾り気のない白のシャツと丈の短い黒のホットパンツを、サスペンダーで繋いでいる。
「はぁ、でも銃に興味ないのか……。ボクの銃工房、なぜか人気ないんだよね。おかげで冒険者としてばかり名が売れてるの」
「そ、それは大変じゃな……」
コロコロと表情を変えるバレットが、不意に疑問に思ったのか顔を上げる。
「ところで君たちも冒険者さん?」
「そうじゃ、黄の神への謁見の許可を得るために、このギルドに来たのじゃ」
今回の調査、俺たちは冒険者として黄の領土に入る手筈となっている。だが、俺たちの言葉を聞いたバレットが顔をしかめた。
「へぇ~。でもでも、黄の神に会うのは難しいかもよ? 黄の神は多忙で色んな所に飛び回ってるから」
バレットの言葉にジークフレンが怪訝そうな表情を浮かべた。
「じゃあ、ギルド登録はどうしてるの?」
「それなら大丈夫! 各ギルドが登録手続きをする権利を持ってるから、わざわざ黄の神に謁見する必要はないよ!」
そうだったのか。黄の領土では随分簡単にギルド登録が出来るらしい。
蒼の神からとんでもない条件を突き付けられた自分としては、何だか拍子抜けだ。
そんな俺たちの方を、バレットがチラチラと横目で見てくる。
「ところでさ、君たちが良ければなんだけど。ボクのお願い聞いてくれないかなぁ?」
「お願い?」
ベアの疑問の声に、いそいそとバレットが懐から2枚の紙を取り出した。そのどちらもギルドからの依頼書だ。
「この2つの依頼、魔物の討伐なんだけどボク1人じゃ心細くてさ。手伝ってくれたら嬉しいんだけど……。お礼に何でもするから!」
ん? 今なんでもするって?
という冗談はさておき、バレットが取り出した依頼書の内容を見てみると、どうやらそれぞれピストーラ近辺に出没した魔物の討伐依頼らしい。
「何故この2つの依頼を私たちと? 貴方このギルドで人気だしパーティ組みたい人は多いんじゃないかしら?」
「そ、そうなんだけど。大抵男の人もいて苦手っていうか……。君たちみたいな女の子だけのパーティって珍しいし」
バレットの気持ちは分かる。女の冒険者は、男に比べて数が少ない。バレットが尻込みするのもしょうがない事なのかも知れん。
それとは別に、例のゴーレムについて調査するに当たって、黄の領土の人間であるバレットと知り合いになっておくのはアリだ。
俺たち3人は頷き合うと、バレットの頼みを引き受ける事にした。
「ホント!? 助かるよ、ありがとう!」
「……でもこの程度の依頼、全員でやる必要は無い。2つのチームに別れて同時に済ませよう」
小さくジャンプしながら喜ぶバレットの横で、クジを手にしたジークフレンが言う。
いつの間にクジなんて用意したんだ、ジーク姉……。
全員がクジを引く。
さてさて、俺の相方となる人物は――。
「あ、ボクボク! よろしくね!」
何となく予想していた通り、俺とバレットがチームを組む事となった。




