第13話 「剣を胸に抱く騎士」
会議室の扉をくぐり廊下に出ると、外に待機していたベアが駆け寄ってきた。戦争で怪我をしたのか、頭に包帯を巻いている。
「サクヤちゃん!」
「ベアさん、何故ここに?」
「紅蓮の竜騎士から助けてもらった時の事、まだお礼を言えてなかったと思って……」
そう語るベアの表情は、暗く沈んでいた。
「私、お父様を越えたい一心で回りが見えていなかったわ。あの時、サクヤちゃんが来てくれなかったら、私はきっと紅蓮の竜騎士に殺されていた。だから、ありがとう」
「……私がどうかした?」
「え? ぐ、紅蓮の竜騎士!?」
ヒョコッと、俺の後ろからジークフレンが顔を出し、ベアが驚愕の声を上げる。
「そ、そっか。この会議、紅蓮の竜騎士も参加していたのね」
「うむ。だがジーク姉は決して悪い人間では――」
「ジーク姉!?」
再びベアの声が城中に響き渡る。その顔は先程の驚きとは違い、信じられないモノを見たと言った表情だ。
「ササ、サクヤちゃん? 紅蓮の竜騎士のことジーク姉って呼んでるの?」
「……サクヤは私の妹。ジーク姉は当然の呼び方」
ギューっと、ジークフレンが俺に抱き付いてくる。心なしか、花畑の時よりも抱き付く力が強い。対しベアは、ムッと片方の頬をむくれさせた。
「な、納得がいかない! 私の方が先にサクヤちゃんと知り合ったのに! 私もベアお姉ちゃんって呼んでほしい!」
「え、そこに怒っておるのかベアさん……」
「……ダメ、サクヤのお姉ちゃんは私1人」
ジークフレンの反対側からベアが俺に抱き付いてくる。
両方から美女に抱き付かれ男冥利に尽きるが、俺にはまだ刺激が強すぎるっ!
廊下の少し離れた位置から、黒の神がニヤニヤと下心満載の顔で俺たちを眺めており、その姿を蒼の神がこの世のモノとは思えないほど冷たい視線で見下している。
ベアが俺の体に密着していると、ベアの腰に差している剣に気付いた。なぜベアが剣を?
「と、ところでベアさん。その剣は一体?」
「ベアさん……、まぁいいわ。この剣は私の決意の形。槍じゃなくて、もう一度剣の道を歩む事にしたの」
俺がベアさんと呼んだことに納得の言っていない様子のベアの言葉に、会議室から出てきたクラウディオが大声を上げる。
「ベアちゃん! パパが贈った剣をやっと使ってくれるんでちゅか!?」
「お父様、いい加減その話し方やめて。もう私17なんだけど」
「うっ。す、すまんベアトリクス……」
……うわぁ、赤ちゃん言葉かよ。クラウディオのダンディな人物像が一瞬にして瓦解していく。しかし、ベアの腰に差してある見事な装飾のあの剣はクラウディオが贈った武器なのか。
かなり綺麗な鞘に収められており、遠目からでも一級品の業物であることが分かる。これほどまでに見事な剣を、今までベアは使っていなかったのか。
俺の疑問の視線に気付いたベアが、小さく笑い吹っ切れた様に言葉を紡いだ。
「この剣、私が神託の儀式を受けた日にお父様がくれたの。でも私はお父様への嫉妬から剣を使わずに、槍を手にした。本当は剣の方が得意なのに、ね」
「……そうじゃったのか。でも、今その剣を持っているという事は?」
「えぇ。たとえお父様みたいに強くなれなくても、私は私。好きな人に守られるのでは無く、守れるくらいの力が欲しいって、サクヤちゃんに助けてもらった時に思ったの」
……ん? 今好きな人って言ったか? チラリとベアの顔を見上げると、自分の発言の意味に気付いたのか顔を赤く染めており、それを見た俺もつい頬が熱くなってしまう。
もちろん俺たちは女の子同士ゆえ、ベアの言葉が恋愛感情から来ていない事は十分知っている。だが、ここまでストレートに気持ちを伝えられた経験の無い俺にとっては、どうにもムズ痒く感じてしまう。
すると、バンッ! とクラウディオが俺の両肩に手を置いた。
「娘を、お願いしますぅぅ!」
「ち、ちょっとお父様! 何言ってるの!」
なぜか号泣しているクラウディオと、顔を真っ赤にしながら怒るベアの姿があった。娘関連となると途端に親馬鹿な一面を覗かせるクラウディオが、まるで娘の門出を見送るかの如く涙を流すその横で、蒼の神が困り顔で俺たちの方へと振り向いた。
「サクヤとジークフレンの旅路、ベアトリクスも同行しては如何ですか? こちらとしても、蒼の人間が一行に加わってくれるとありがたいのですが」
「旅路?」
会議に参加していなかったベアに、蒼の神が説明をする。事情を聴き終えたベアは、眉を下げ不安な色を表情に浮かべた。
「でも、私なんかが同行して大丈夫なのでしょうか? 私は【神技】使いではありませんし……」
小さく言葉を紡ぐベアの手を、蒼の神が優しく握る。
「ベアトリクス、貴方は既に蒼の領土を代表する立派な騎士です。恐れる必要はありません」
蒼の神に続き、クラウディオが真剣な眼差しでベアを見つめる。
「大切な者を見つけたのであれば、常に傍で守るのが騎士の務めだ。お前の母を愛した父のように。ベアトリクス、お前のやりことは何だ?」
「私のやりたいこと……」
不意に、ベアが俺とジークフレンへと振り向く。ゴクッと1度生唾を飲み込み、ベアは決意の宿った何時もの勝気な瞳で蒼の神を見据えた。
「私は、この2人と共に行きたいです。仲間を守り主を守り、国を守る。それが私の理想の騎士だから!」
新たな道を歩み出したベアを加え、俺たちは遂に黄の領土へと向かい始めた。




