第11話 「神の元に」
「うわああぁっ! なんだこのゴーレム共!」
「全然壊れねぇ!」
俺とジークフレンが居る場所より離れた位置、蒼と赤両陣営からの阿鼻叫喚の声が戦場にこだまする。冷徹なまでに無機質、無感情なゴーレムの軍団はその眼から光線を射出し続け森一面を焼き払っていく。
蒼の騎士の守りも通じず、赤の兵士の剣はその堅牢なゴーレムの前では歯が立たない様子だ。
「くるぞ、サクヤ!」
「うむっ!」
襲い来るゴーレムの軍団に対し、俺の『黒蝶丸』とジークフレンのハルバートが振るわれる。神の領域に存在する2つの武器は、容赦なく数多のゴーレムを破壊していった。
左側から迫るゴーレムの剛腕を屈み避け、その支えとなる両足を斬り態勢を崩すと、その隙を突きジークフレンのハルバートがゴーレムを破壊した。
敵となれば恐ろしい存在だが、仲間だとこうも頼もしいとは。
撃破されたゴーレムから魔法陣が現れる様子は無い。どうやら純粋に、この戦場を荒らす為だけにこのゴーレム共は創られているらしい。
思考している間にも、前方で立ち塞がるゴーレムを両断する。バチバチッと火花を散らしたゴーレムの傷の隙間から、幾つもの金属が飛び出した。
「これは、機械だな」
「機械じゃと?」
ジークフレンが呟くのを俺は聞き逃さなかった。なるほど、機械か。どうりで違和感を覚えるはずだ。ムラクモ国では機械の分野はほぼ発達していない。
それもこれほど枢密に創られた機械式のゴーレムだ。現に俺達【神技】のスキルを持つ者しかゴーレムの破壊に成功していない。
かなりの技術力を持つ人間が生み出したゴーレム。例えば、俺達と同じ【神技】のスキルを持つような……。
「イグニスッ!」
ジークフレンが叫ぶ。振り返ると、地面に倒れ込んでいたイグニスの元に3体ゴーレムが迫っている。
マズい、イグニスが動けないのは俺が翼を斬ったからだ。ジークフレンは別のゴーレムに囲まれている。俺が助けなくては――!
駆けだすのと同時に俺は斬撃を飛ばす。イグニスの近くにいた1体が斬撃により斬り飛ばされると、俺は即座に左手を突き出した。周囲の黒蝶が粒子となり手のひらに集まると、そのまま黒の【魔弾】となり発射される。
【魔弾】はゴーレムの中心部を貫通するとその動きを止め、最後の1体の足元に飛び込んだ俺の『黒蝶丸』による一閃がゴーレムを破壊し連鎖的な爆発が起きた。
「サクヤ、なんで……。私たちは敵同士なのに」
駆け寄ってきたジークフレンが胸に手を当て俺を見つめてくる。もはや先程までのジークフレンの面影は無い。花畑で出会った時の、儚げな女性へと戻っている。
「わらわは、ジークフレンの。いや、ジーク姉の事が好きじゃ。たとえ戦争で敵同士であろうと、ジーク姉の悲しむ顔なんて見たくは無い」
「……サクヤ」
ジークフレンへと俺は笑顔を向ける。花畑で出会い正体を知りながらも逃亡の手助けをしてくれ、強者として戦う機会すら与えてくれたジークフレンを嫌うなんて選択肢は俺には存在しない。
この体になってから、俺はベアやスヴェンたち、ジークフレンと助けられてばかりだ。それに対し俺が出来る恩返しと言えば……。
「この手で大切な者を守る。それは、ジーク姉も同じじゃ」
「――っ! サクヤ!」
「うわっ!」
頬を赤く染め瞳に涙を浮かべたジークフレンが俺に抱き付いてくる。ゴーレムの登場により、俺達の戦いも決着を迎えた様だ。
戦闘狂の一面はすっかりと影を潜め、ウルウルとすっかり元の性格に戻っているジークフレンに対し、俺は柄にもなくその綺麗な純白の髪を優しく撫でた。
「ほれ、ゴーレムの軍団はまだ少数残っておる。わらわ達が片づけねば」
「……うん」
コクッと小さくうなずくジークフレンの背後から、木々をかき分け1体の巨大なゴーレムが姿を現した。
チッ、良い感じの雰囲気がぶち壊しだよ。
俺が黒蝶丸を構えるその瞬間、人影が突如として俺たちとゴーレムの間に入りゴーレムを切り崩した。
見事な甲冑に身を包み、屈強な体格をした騎士。
オールバックにした金髪と、年相応の渋みのあるヒゲが良い感じのダンディな男。その騎士が俺とジークフレンを交互に見つめると、低い声で話しかけてきた。
「君が話に聞いていた黒の領土の【神技】使いか。よく耐えてくれた。ここから先は我々に任せてくれ」
「お、お主は何者じゃ?」
「ムーランス王国の騎士団長、クラウディオだ」
ニッと、安心させるようにクラウディオが笑うと、クラウディオが連れてきたのであろう蒼の騎士たちが一斉に、ゴーレムの軍団へと駆け出し鎮圧に向かった。援軍に登場により兵士たちの士気が上がり、徐々にゴーレムの軍団を押し始める。このオッサンが『蒼穹の聖騎士』クラウディオ……。蒼の領土最強の人間にして、ベアの父親。
「お疲れさまでした、サクヤ」
唖然としている俺の肩を、ポンと何者かが叩く。振り返るとそこには、にこやかにほほ笑む『蒼の神』の姿があった。
何よりも俺の目をくぎ付けにしたのは……。
「く、『黒の神』! なんでアンタまでここにっ!?」
「ホッホッホッ、相変わらず可愛いのう咲夜。もっと近く来い、尻触らせろ」
「性欲に素直すぎるっ! わらわの話を聞け!」
袴姿の腰を曲げたヨボヨボの『黒の神』が居た。俺の隣りにいるジークフレンも困惑の表情を浮かべている。無理もない。神が揃って戦場に現れるなど普通あり得ないことだ。
しかし相変わらずどこか楽しそうな笑みを浮かべている『蒼の神』は、両手を横に広げると空に向かいその綺麗な声を響かせた。
「『赤の神』、貴方もここに居るのでしょう? 姿を見せたらどうですか?」
なっ!? 『赤の神』もこの場にいるのか? いよいよを持って異常事態だぞこれは。
『蒼の神』の言葉に反応するように、空から火球が1つ高速で飛来すると地面に激突し大爆発を起こした。周囲にいたゴーレムのほぼ全てが一瞬で焼き払われ、燃え盛る業火の中マントをひるがえしながら、重鎧に身を包む大男が近づいてきた。
クラウディオとは別の方向で渋みのある大男は、まるで山賊の族長のように雄大に、かつこちらを鋭く睨みつけながら俺達の元へと歩み寄ってきた。
「お久しぶりですね『赤の神』」
「ホッホッ、相変わらず眉間に跡が残りそうなほど睨みつけとるのう」
チラッと、神の2人を一瞥した『赤の神』は、その2人には反応せず俺の隣りにいるジークフレンを睨みあげた。
「何をしているジークフレン。お前の役目は俺に代わり赤の領土に勝利をもたらす事だ。駒の役割を果たせ馬鹿者」
「…………」
ギュッと、ジークフレンが力なく俺の袖を握る。明らかに『赤の神』を恐れている。俺は無意識にジークフレンを庇うように『赤の神』の前に出ていた。
「なんだ小娘。この俺に、神に歯向かうつもりか?」
……やべぇ。何言うか考えてなかった。下手して『赤の神』と喧嘩になったら目も当てられないし。かと言ってこのジークフレンをほっとく訳にもいかんし。えぇい、こうなったらヤケクソだ!
俺はビシッと『赤の神』に指を突き立てた。
「ジークフレンはわらわのモノじゃ。お主の駒では無い!」
ピクンッと、ジークフレンの体が跳ねる。成り行きを見守っていたクラウディオからは「ほう……」という言葉が漏れ、『蒼の神』はプッと思わず吹き出していた。
「……小娘ぇ。どうやら死にたいらしいな」
「……あれ?」
何を間違った!? 『赤の神』すっごい怒ってる!
オロロンとしている俺と、今にも暴れ出しそうな『赤の神』の間に『蒼の神』が割って入る。
「まぁまぁ。落ち着いてください『赤の神』。私は貴方と休戦協定を結びに参ったのです」
「休戦協定だと?」
前代未聞の神の介入により、戦争は終結へと向かっていた。




