第10話 「黒蝶の舞姫VS紅蓮の竜騎士」
「はははっ! そうだ、サクヤ! お前の全てを私にぶつけてみろッ!」
月明かりに照らされたジークフレンが、嵐のようにハルバートを振り回しながら叫ぶ。薄々感づいてはいたが、ジークフレンは戦闘となると性格が変貌するらしいな。
しかし、こちらとて黒の領土の人間。強者と戦う日を想い、剣の修行をしてきたのだ。
この戦い、滾らずにはいられない――!
「ゆけぇ! イグニス!」
ジークフレンの口から、イグニスと呼ばれたドラゴンに対し命令が飛ぶ。イグニスの黒い鎧の奥にある獰猛な瞳が光り、俺に高速で迫る。
『黒蝶丸』の漆黒の刃とイグニスの磨き尖れた爪が幾重にも衝突し、その都度激しく火花を散らす。
ドラゴンの攻撃で終わるハズが無い。ジークフレンは確実に一撃を入れる瞬間を伺っているはず――。
イグニスの波状攻撃の間を縫うように、ジークフレンのハルバートが迫る。咄嗟に体をよじらせハルバートをかわすと、背中の羽を使い急上昇する。
上昇した軌跡には、光り輝く粒子が残りその下で口はしを吊り上げ笑うジークフレンの姿があった。
「ふふっ、よく避ける」
……危なかった。イジイジと思考している暇はない。ここは一気に決める!
「いざ、尋常に勝負じゃ! ジークフレン!」
衝撃波が出る程1度強く羽を羽ばたかせ、ジークフレンの元に急降下する。
「迎え撃て、イグニス!」
イグニスの巨大な顎が開かれ、そこから業火の渦が飛び出してきた。触れればひとたまりも無いであろう灼熱の炎。
戦場の多くの者が思わず空を見上げるほど強力なブレスに、俺は恐れを抱く事もなく突き進み続ける。
即座に『黒蝶丸』を鞘に収め、意識を集中させる。
刹那の間合いを見極め、一閃の元に敵を斬り伏せる居合。
――迫りくる業火の中、俺の瞳は一瞬の勝ち筋を捉えた。
「はあっ!!」
漆黒の一閃は業火を斬り裂き、力に反応した神器『黒蝶丸』が覚醒する。
距離の概念など無いに等しい神の武器から繰り出された居合は、黒い斬撃波となりイグニスの翼を大きく斬り裂いた。
「グギャアアァァッ!!」
イグニスの苦痛による叫びが戦場に響き渡る。
「イ、イグニス! くっ、何だ今の一撃は!」
「これで終わりじゃ!」
「しまっ――」
イグニスが斬られ、余裕を保っていたジークフレンに一瞬の動揺が走った。その隙を突き懐に飛び込んだ俺は、『黒蝶丸』を再び鞘に収め居合を再度抜き放った。
黒の斬撃は防御の構えをとろうとするジークフレンよりも早く、その紅の鎧の一部を砕いた。
飛ぶ力を失ったイグニスが落下し、ジークフレンと俺は地上に降り立った。
「うぐぅっ!」
「わらわの勝ちじゃ! ジークフレン!」
「何を言う! これは戦争だ、どちらかが死ぬまで勝敗は決まらない!」
ジークフレンの紫の双眼が輝きを増すと、その手に持つハルバートに紅いオーラが纏い始めた。
ジークフレンの本気の一撃。
相対する為俺も居合の構えを取る。
眼を見開き、ジークフレンがハルバートを振り下ろす。恐らくあのハルバートも神器。紅い斬撃が地面を抉りながら迫る。
同時に、俺の一閃から黒の斬撃が放たれた。
2つの斬撃は狙った相手を斬り裂く為突き進む。互いの横をすり抜けると、俺達の体に当たる事無く、俺とジークフレンの背後の異物へとそれぞれの斬撃が激突した。
バチバチッと異音を発するゴーレムが爆発を起こす。
そう、はなからジークフレンを狙った斬撃なんて飛ばしてはいない。突如現れたゴーレムへと放ったのだ。
勝負にこだわっていたジークフレンも俺の意図を察してくれたのか、戦いを邪魔されて腹が立ったのかは分からないが、俺の背後に現れたゴーレム目掛けて斬撃を放ってくれた様だ。
「なんだこのゴーレムは?」
すぐさま俺とジークフレンが背中合わせに武器を構える。周囲には大量のゴーレムが出現し始めていた。そのどれもが俺には見覚えがある。
俺をゴルガ帝国へと飛ばした、あのゴーレムそっくりだ。
戦場は突如現れたゴーレムの大群に混乱を極め、蒼と赤の兵士たちの攻撃はまるで歯が立たない様子だった。
蒼と赤の戦争は、意志を持たぬ第三勢力、ゴーレムの軍団の登場に新たな戦況を迎えた。




