ショートショート031 認識
ターゲットに近づきつつある宇宙船の中で、宇宙人たちが話しあっていた。
「見えてきたぞ。あれが今回の獲物だ」
「実にきれいな星だな。なんという名前なんだ」
「住人はチキュウと呼んでいるらしい」
「チキュウか。たまたま見つけた星だが、どうやら資源は豊富にありそうだ。文明の程度もたいしたことはない。侵略は、そう難しくないだろう」
「そうだな。さっさと征服して、資源を吸い尽くすとしよう」
「今回も例の装置を使えそうだ。今まで侵略した星々と同じように、あの文明も無機物に大きく頼っているみたいだからな」
宇宙人の一人が、無機物ならば何でも消し去ることができる装置を撫でながらそう言った。
「これを使ってやつらの武器を次々に消し去れば、侵略はあっという間だ」
「有機物を消し去る装置があればいいんだがな。住人を全部消せば、こんな回りくどいやり方をせずにすむ」
「有機物は構造が複雑すぎるんだ、しかたがないさ。それに、いきなり武器を失ってパニックになる様子は、何度見てもおもしろい。娯楽だと思えばいいんだよ」
「それもそうだな。じゃあ、始めるか」
宇宙人たちは特殊な電波で地球全体をスキャンし、どんな武器があるのかを一瞬で調べあげた。一定レベルの危険性を持ち、かつ最も多く存在している武器は、どうやら銃というもののようだった。
そして宇宙人たちは例の装置を動かし、地球上にある銃をすべて消し去った。
「見ろよ。パニックになってやがるぜ」
「それはそうだろうよ。いきなり目の前で武器が消えたんじゃあな」
「次の消去は、また明日だな」
「ああ。エネルギーの消費が大きすぎるんで、一日一回しか使えない。何とかならんもんかね」
「まあ、いいじゃないか、そのくらい。ひそかに侵略を進められるんだ。それくらいは待つさ」
そして一日が経った。
「おい、様子がおかしいぞ」
「どうした」
「銃が消えたことを、喜んでいるやつらがいるようだ」
「そんなばかな。見せてみろ」
宇宙人は、高性能の望遠鏡で住人の様子を観察した。銃を失ってがくぜんとしている者も多かったが、むしろ喜んでいる者のほうが多いらしかった。
「や、本当だ。なぜだ。武器が消えて、なぜ喜んでいる」
「わからん。わからんが、とにかく次だ。予定どおり、もっと威力の高い武器を消そう」
「何という名前だったか」
「砲弾だ。銃よりも遠いところまで届く。さすがにここまでは無理だがね」
「なるほど。よし、やろう」
そうして宇宙人たちは再び装置を動かして砲弾をすべて消し去り、また一日待った。
「やはりおかしい」
「また喜んでいるやつらがいるのか」
「そうだ。喜んでいるやつは、昨日よりももっと多いみたいだ。わけがわからん」
「こうなったら、段階を踏むのはやめにしよう。一番威力の高い武器を消し去ってやろうじゃないか」
「たしか、核とかいうやつだな。原子の分裂エネルギーを使う爆弾だったか」
「ああ。あれはかなり危険だ。ぜひ消しておかなければならない」
「さすがにこれが消えれば、きっと大慌てになるだろうさ」
宇宙人たちは三たび装置を動かし、すべての核弾頭を消し去った。
最大の脅威も消えたところで、宇宙人たちは侵略を開始しようと考えた。しかし、これまでの地球人の反応が理解できなかったためにどうにも不安になり、もう一日だけ様子を見てみることにした。
そしてまた一日が経った。
「様子はどうだ」
「だめだ。がくぜんとしているのは、ごくわずか。チキュウ全体で、喜びの声が上がっている」
「いったい、どうしてなんだ。最大の武器をすべて消されたんだぞ」
「まったくわからん。なにか、われわれとは根本的に認識が違うのかもしれない」
「なあ、おれは少し、不安になってきた」
「おれもだ。侵略のためには、あいつらを一時的にとはいえ、管理しなければならない。しかし、ここまで認識が違っていたのでは、管理しきれるかわからん」
「そうだな。不測の事態が起こり、われわれが襲われる可能性もないとは言えない。なにせ、あの数だ。もしそうなったら、対処が面倒だ」
「今回はやめにしておかないか」
「残念だが、そうしたほうがいいだろう。なに、他にもあの程度の星なら、いくらでもあるさ」
そうして、宇宙船は地球から離れていった。
「それにしても、なぜあいつらは武器を消されて喜んだんだろう」
「わからん。武器というのは、われわれのような侵略者から星と仲間を守るためのもののはずだが」
「いくら考えたところで、たぶん無意味だぜ。さっきも言ったように、きっとわれわれとは根本的に認識が違うんだ。われわれには想像もつかないような、深い事情があるのかもしれない」
「ああ。もう考えるのはやめだ。次のターゲットを探すとしよう」
アメーバのような体を持った、すべての個体が同一個体由来のクローン体である宇宙人たちは、まさか地球人が同士討ちをする生き物であるなどとは思うはずもなく、そのまま地球から去って行った。