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第5話:最凶の(ヴァラハラ)彼女、君臨

【ストーリー概要】

二熊の職場で働いている江梨子。

彼女の特技は『バラの香りしかしない』料理をつくること。


しかも、何故か大の男を屈服させるくらい強い。

自称、二熊の彼女を名乗っており、邪魔するものは拷問の末に死刑を執行する凶悪ぶり。


だが、美人だから許されるこの世界。

何ともちょろい世の中だ。

「ニーくぅぅぅん! お昼ご飯できたよぉぉぉぉ! 早くおいでぇぇぇぇぇぇ!」

「い、嫌だぁぁぁぁぁぁぁぁ! ヘェェルプゥゥゥッ!」

「……誰だ? あの女の子は……?」


 手を振りながらニー君と呼んでいるのは、ブレザーの制服を着ている高校生くらいの目がくりくりとした可愛らしい女の子だった。

 多分、オレが見たことのない初めての顔だ。


 二熊は、なぜだがあの女の子を見るやいなや、全力でガソリンスタンドの外へとダッシュで逃げ出した。

 それはもう、何処の陸上選手だよと突っ込みを入れざる終えないレベルに。

 しかし、二熊のその俊敏な足の速さであるというのに、女の子は風の早さで追いついて――


「は~い、捕まえた♪」

「ごふっ……!」


 と、笑顔で二熊の横につき、そのまま大外刈りからの固め技で、逃げる二熊の右腕を一瞬で押さえ込んでしまった。

 扉から二熊の居る場所まで微妙に距離があったのに、どうやって瞬間移動をしたのだろう。


「もう、ダメだよニー君。江梨子えりこはとっても速くて強いんだから、逃げても無駄なことくらい、いい加減覚えてほしいなぁ……」

「ぐ、ぐぅ……」


 女の子が笑顔で押さえ込みながら言う。あまりの衝撃だったのか、二熊はそのまま泡を吹いて気絶している様子がわかる。


「さあ、江梨子が作った特製のバラの香りしかしないビーフストロガノフを食べてね♪」


 うわ、何それ不味そう……。

 言葉で人を殺す料理なんて初めてみたわー。


「ひょ、氷理……バイクで……俺を……逃がし……」

「……ん?」


 気絶していたであろう二熊だったが、最後の気力を振り絞り、かすれた声でオレに助けを求めてくる。

 そんな二熊の言動を見て、女の子も二熊と同じ視線の先、つまりオレの方へと目線が動いた。


「あっ……」

「げっ……!」


 オレは一瞬見えた女の子の眼光がんこうに、思わずたじろいでしまう。可愛い女の子にビビってしまうなんて前代未聞だ。


「…………」


 あ、ヤバい……オレの事めっちゃにらんでる。今初めて合ったのに、殺意のアイビームで体を溶かしてきそうな勢いだ。


「…………」


 くっ……マズい、女の子が二熊の足をつかみながら、オレの方へと近づいてくる。


「…………」


 え、オレ……この場合どうすれば良いの?

 二熊に助けを求められた人として、助ける要素を潰すべく、オレのことを排除してきたり……なんちゃってな。


「…………」


 え、ちょ……なんか睨み付けレベルが上がってきたんだけど……!

 殺意的なオーラ増えているような気がするんだけどっ……!

 逃げなきゃダメかな……! 逃げなきゃダメかなっ……!


 近寄ってくる女の子の覇気に耐えきれず、オレは尻餅をついてしまう。

 ああ、もう逃げられない。

 で、でも……実は社交的でオレのことを優しく――


「あの、初対面ですみませんが、ニー君と江梨子がラブラブするのを邪魔するなら、拷問の末に死刑なのですが……」


 ……あぁ。最近の学生、すげー怖い。

 初対面でいきなり生命の危機を感じなくちゃいけないんだぁ……。

 オヤジ狩りって、こんな気分なんだろうなぁ……。


「事情は分からないけど、このままバイクで全速力で逃げ出したい……」


 思わず、無意識に呟いてしまう。


「や、やめろっ! 一人で逃げるんじゃないっ! お前だけが頼りなんだっ!」


 強い視線を送る女の子に引きずられている二熊が、必死さを感じられるような声でオレに嘆願してきている。

 しかし――


「氷理さん……とおっしゃるのですね。ニー君と仲良しの、あの氷理さん」

「え、えーっと……『あの』って……」


 穏やかに声をかけられているはずなのに、思わず身構えて返事をしてしまう。その前に、なんでオレと二熊が知り合いであることを彼女は知っているんだ。

 気になってそれとなく質問しようとしたが、そんな隙もなく、江梨子ちゃんとやらはオレを笑顔で睨み続けながら喋り続ける。


「氷理さん、これから江梨子たちは『モグモグタイム』に入るのです」

「……モグモグタイム?」

「はい、モグモグタイムです。江梨子とニー君の甘い甘いひとときの事を指します」


 江梨子ちゃんが頬を両手で押さえながら言う。


「モグモグって……食べる意味での、擬音で使われる、あのモグモグのこと?」

「はい、そのモグモグで相違ないです。プラスアルファで、男女の仲という項目が含まれますが……」

「えっと……それってつまり、二人が『モグモグ』で『ラブラブ』の場合は、外部から自分たちの恋愛に邪魔するなっていう意味が含まれていると、オレは解釈すれば良いのかな?」

「はい、その通りです」


 女の子が笑顔になり、先ほどより少しだけ殺気が消える。

 よし、このまま……


「そして、江梨子ちゃんは心優しい子だから、オレに対してどっか行けという言葉を直接的に言いにくかったから、間接的にオレが君たちの恋仲を邪魔してはいけないという事を解釈できるように誘導してくれたと……」

「さすがです氷理さん。ニー君が言っていたよりも、随分と頭の良いお方なんですね」


 江梨子ちゃんが右手でバッチグーのサインを出している。

 というか、ニー君の野郎、オレのことなんて紹介してやがるんだクソ筋肉。

 ほんの少しだけ、助けてやろうかと思っていたが、今の発言でオレの意志は決定した。


「なら、オレは別に二熊と江梨子ちゃんとの恋仲に対して、過剰に介入するつもりは無いから、これからお楽しみって言うなら邪魔はしないよ」

「ありがとうございます、氷理さん」


 オレは江梨子ちゃんと固い握手をし、そして別れを告げてバイクに跨がる。


「ま、待てっ……二人で勝手に話を進めるなっ……! 氷理、俺を助けてくれないのかっ!」


 エンジンをかけている裏から、二熊の悲痛な叫び声が聞こえてくる。


「いや、だってさ……これからお楽しみが始まるんだろ? ガソリンももう満タンだし、オレはもう行こうかと思ってね」

「そうだよ。氷理さんは忙しいんだから、あんまり無理言っちゃダメだよ」

「いやいやっ、こいつ絶賛仕事サボり中のクソ店長だから! アルバイトに仕事全部投げて自分は昼間からバイクで走り回っているクズだからな?」


 二熊がオレを指さして言う。


「……二熊、ニュートラル外して良いか?」


 イラッときたオレは、左足に力を入れる。


「実は心が綺麗な氷理くぅぅぅぅん! 俺もバイク旅行に連れてって下さぁぁぁぁぁぁい!」


 うん。こいつが屈服する姿はいつ見ても気持ちいい。

 まあ仕方ない……今まで見たこと無いような絶望感を抱いているようだし、今回は特別に助けてやるか……。


「……もう、ごめんなさいね氷理さん。ニー君が変なワガママを言っちゃいまして。後でたっぷり調教しないと」

「いや、気にしないで良いよ。それより江梨子ちゃん――」

「はい?」

「その……モグモグタイムの前に、事務所の冷蔵庫からサイダー取ってきてくれないかな? 喉が渇いたとき用に、いつもボトルをストックしていてね」

「あ、はい……お安いご用です」

「ありがとう」

「じゃあ……ニー君、行くよ」


 そう言って、二熊の足を再び引きずろうとするが――


「ああ待って江梨子ちゃん。二熊にガソリン代払うから、ちょっと本体置いていってもらって良い?」

「あ、はい。分かりました」


 江梨子ちゃんはオレの言葉を信じると、特に気にすることなく掴んでいた二熊の足をポイッと投げ捨てて解放した。

 オレが二熊を助ける気が無いという素振りを見せ続けたおかげで、逃げられるという可能性を考えていないようだ。


「ペットボトルのラベルにギガストロングって書かれているやつだから、すぐに分かると思うよ」

「はーい、ちょっと待ってて下さいね」


 江梨子ちゃんはオレの言葉に返事をすると、たたたっ……と小走りで事務所の方へと走っていった。


 ………………

 …………

 ……


 そして、女の子が遠くに行ったことを確認すると、ひそひそ声で二熊がオレに話しかけた。


「た、助かったぜ氷理。さすがは十年来の親友だぜ……」

「まあ……さすがにあのリアクションはマジなんだろうっていうのは分かったからな」

「……マジでヤバいと思ったぜ……」

「ひとまず、江梨子ちゃんが戻ってくる前にバイク出すぞ。ヘルメットはオレの予備を使え」

「さんきゅー」


 二熊はそう言うと、オレが投げたヘルメットを受け取り、慣れた手つきで装着する。

 そのまま後ろに二熊が跨がった事を確認すると、ニュートラルを解除して、ギアを入れる。

 ――しかし、それを妨害するように、後ろから二熊が足をついて発車を妨害してきた。


「……何だよ二熊、足上げろよ」

「…………」

「ん、どうした?」

「…………」

「足上げろって――」

「……なあ、氷理」

「……何だ?」


 足を下げたまま黙っていた二熊が、ボソッとオレに話しかける。


「……ガソリン代はいつ払う?」

「……ぐぐっ……!」


 ちっ、覚えていやがったか。バカのくせに。


「……お前、この前もエンジンかかるか試すとかなんとかで、金払わずに逃げたよな?」

「うふふ……そうでしたっけ?」

「おうコラ、政治家みたいな濁し文句使いやがって」


 オレの後ろから背中目がけてグーパンチがガスガスと刺さるように入ってくるのが分かる。


「まあガソリン代は重要だが……それより良いのか二熊。江梨子ちゃん、もう戻ってくるかもしれないよ?」

「ぐっ……足下見やがって」

「ほらほら、捕まってまたモグモグしたいのか?」

「こ、この野郎……クソ氷理……」

「さあ、さあ、さあ……どうする? オレはどうでも良いけどぉ~?」

「……ぐぐっ」

「……へいへいへいへい~!」

「……氷理さーん、おまたせしましたぁぁぁぁぁ! ストロ――」

「……氷理ぃぃ! 全速力で行けぇぇぇぇぇぇぇ!」

「その言葉を待ってた! しっかり捕まってろっ……!」


 その言葉を聞いたと同時に、オレはバイクを走らせ、ガソリンスタンドから道路へと出る。

 ギアはすぐさま三段階目に切り替え、隙を見せずにスピードを上げる。


「あっ……氷理さん、ストロング……」


 一瞬振り向くと、後ろで江梨子ちゃんがオレのストロングの炭酸を持ったままたたずんでいる姿が見えた。

 数秒後には、二熊をオレが逃がしたという事実も発覚することだろう。

 オレがボコボコタイムになる前に、止まらずに逃亡することに徹する。

 ……全く、オレのバイクは逃亡するのにもってこいだな。

 我ながら、あまり誇らしいとは言いがたいところだが。


 時刻はまもなく十二時。

 ガソリンスタンド近く、白良浜の潮風が、バイクで走る俺達を迎撃する。

 三月の風はまだまだ寒いが、潮風の心地の良い香りが、ヘルメット越しに伝わる。

 オレは、僅かに届く潮風を深呼吸で取り入れながら、弱く照りつける太陽の方向へと、まずは逃亡を試みた。

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