第3話:いつものサボり、相棒と
【ストーリー概要】
強引に寧々子に仕事を押し付けバイクで逃げ出した氷理は、
昔なじみの相棒のところへと向かっていく。
互いに罵り合いながらも、互いに親友だと認めている、
そんな相棒のところへ。
十一時三十二分 県道三千五百号
バイクで店を出てから随分と道を進んだから、もう追い詰められることは無いだろう。
「ふぅ……寧々子ちゃんが頭が悪い子で良かった……今日も無事に店を任せることが出来たぜ……」
オレはガソリンスタンドのベンチに座り、ソーダ水を飲みながら一息つく。
「ま~たサボりかよ氷理。お前店長なのに、よく頻繁にサボることが出来るな」
オレのバイクを濡れたタオルで拭きながら、背中越しに友人の二熊は言う。
「そりゃあもう、オレには有能バイトの寧々子ちゃんがいるからね。彼女に任せておけば、あの店も安泰だよ。堂々と今日もサボってバイクに乗れる!」
「……お前、普通にクズ体質だな」
「何を言っているのさ。今に始まったことじゃないだろ?」
「……いや、そこは否定できるように頑張れよ。お前プライド無いのかよ」
「一応あるけど……人に評価される努力をするくらいなら、オレは別にクズで良いよ」
よく言うじゃないか。やられる覚悟が無いなら、やる意志を持たなければ良いって。
「はぁ……まあいい。お前を説得したところで、すぐに店へ戻るという選択肢は無いのは分かっているから、俺は淡々《たんたん》と仕事をこなすことにするよ」
「ああ、いつもの満タンで頼むな」
「もう入れてるよ。すでに後半だ。毎回同じだから、聞くことすら面倒だ」
「さすが、以心伝心でうれしいぜ」
十年という付き合いから生まれた、余計な会話はいらないという男の友情という名の賜だな。
「やめろ気持ち悪い。クズが以心伝心でうつる」
しかし、その熱き友情の証をあっさりと否定してくる非情な二熊。
「ひどいなぁ……クズは遺伝するものじゃなくて、人間の悪い邪心が生まれることで、新たなる非が存在し始めるんだよ」
「いちいち難しい言い回しすんな。俺はお前が生み出す哲学に溺れる程アホじゃないぞ」
「ちぇー」
二熊は寧々子ちゃんみたく、言葉で引っかからないタイプだ。無駄な追撃はよしておこう。
「さてと……ほら、氷理。お前と無駄話している間にレギュラー満タン入ったぞ」
そう言って、二熊はオレのバイクから給油ホースを外す。
「お、さんきゅー二熊。一流の仕事をこなすガソリンスタンド店長はやっぱりひと味違うな。同じ店長として誇り高いぜ!」
「俺はお前ごときのクズ店長に上から目線で評価されるのはクソ嫌だ。普通に仕事しているだけで褒められるとか、どんなレベルの仕事を毎日しているんだよ」
「何って……仕事中に昼寝したり、テレビ見たり、バイクいじったり……たまにエロ本読んでいるくらいかな」
「……おい、店長」
二熊は顔をしかめながら、いつもより二段階くらい低いトーンでオレに言う。
「……で、でも、サボっているシーンは、たまにだよ、たまに。マジで。ほんとだよ? 信じて? ね?」
流石にその声の低さにオレもビビったので、両手を振りながら、愛想笑いで二熊に弁明する。
「……はぁ、もういい。なんかこのままだと水掛け論になりそうだからな」
「そ、そうか……はは……」
なんとなく、オレの自堕落っぷりを見逃してくれたのかな……? 思ったより引きが早くて助かった。
「……しかし、何でお前が自分の店を持てたのか俺には分からねえ……資本金二千万とかどうやって集めたんだよ。競馬か?」
「いやいや、オレギャンブルやらないし。賭博にお金かけるなら、動物達の餌とバイクのパーツに使うよ」
「じゃあ、どうやって稼いだんだよ。お前、自営やる前は動物園の飼育係だったろ? しかも契約社員で」
「しかも、薄給でボーナス無し」
自慢できない雇用形態。
どうだ、東京の仕事スゲーだろ?
数日で死にたくなるんだぜ。
「自分が食っていくのにもギリギリの収入だったのに、なぜかいきなり子金持ちになったあげく、ペットショップをポンと開業したっていうのが、未だに俺の中のミステリーになってんだよ」
「そこはまあ……オレという人間のミステリー性を持たせるために、秘密ということで……別段面白い話っていうわけでもないし」
色々とあった――というのが一番自分の中でスッキリしているけど、これを話すのは長くなりそうなので、ちょっと濁しておく。
モノで言うなら、あまり思い出したくない事象だ。
「……ったく、悪いことに手を出してないならまあいいが……」
「常にクリーンなお金しか持たないというのがオレの誇りですから」
「氷理、寧々子さんに稼いでもらったお金で食う飯はうまいか?」
「うん! 最っ高においしい!」
「……これがブラック企業っていうやつか。店長兼社長様の面も、極悪そうな顔をしているぜ……」
「ぐへへへ……照れるじゃねえか……」
「褒めてねえよ」
二熊は極悪面で笑うオレの顔に、正面からチョップを入れてくる。
本気攻撃ではないから別段痛くは無いが、仕事柄で手に付着するガソリンの臭いがオレのおでこに移ってしまい、鼻の上から下に目がけ、ぷんぷんとオレの嗅覚に攻撃してくる。
二熊のくせに生意気な。
「でも、一人で留守番を任せているとはいえ、オレの店は特別繁盛しているわけではないから、忙しくて辛いって事は無いと思うよ」
「寧々子さんは、店長のポリシーの面で、お前のことを叱ってくれていると思うんだけどな」
「いつも良い感じに寧々子ちゃんをからかっちゃっているから、オレに対してトゲトゲしているのかと思ってた」
「それも含まれているだろうが……ってか、寧々子さんが何でお前の店で頑張ってくれているか、ちゃんと分かってるか?」
指を強くビシッと指して、二熊は俺に訊いてくる。
「はぁ……本人的には家から近いし、一応動物好きだしっていう感じだったけど?」
「……成る程、そういう段階ね」
何かを理解したように、二熊は二の腕を組み、うんうん顔を縦に振っている。
「どういう段階だって?」
「あー……いや、いい。気にするな。俺個人の戯言だ」
「……? ああ、そうか」
二熊が軽く右手を振り、オレからの質問を流す。
何をオレに言いたかったのかはよく分からなかったが、とりあえず二熊的には、もう話題に至らない話になったのだろう。