8話 箱車でデート
アカーシとクビカッタが日参し始めて、もう20日になる。
毎日、朝日がのぼる直前の1番箱車でやってきて、昼頃帰る彼らの気配を記憶できるようにまでなった。
いいかげんラージも面倒になりつつあったらしい。
けれど、
「今日は来ないね」
どうしたんだろう。朝、小鳥たちがさえずるのと同じように、彼らの話し声も目覚ましの合図になっていたんだけど。
表に出て辺りを見回すけど、気配なし。
「アレスも起きてたのか?」
……ラージの気配感じなかったよ。
「毎日来るとうっとうしいけど、来ないと心配になるね」
「俺は別に心配はしてないけど」
そう?その割に駅に行く道だよね、ここ。
一駅向こうのガッタイ町から2番箱車が来るまで、あと20分弱。
「私、箱車を見たことないんだよね~」
人を乗せて運ぶ物がレールの上を走って来るっていうのは聞いて知ってるんだけど。
「近くだから行ってみるか?もう少ししたら2番箱車も来る時間だしな」
「いいの?」
とはいったものの、心持ちほっとした表情をされると、気になってるって素直に言えばいいのにと思う。
ヤマノナカ駅に着いたけど、朝早いのに人がそれなりにいて驚く。
みんな早起きなんだね。
あ、来た来た。遠くにピンクの四角い乗り物が見えてきたよ。
……なんかもの凄い勢いだけど、止まれるのかな。
「そこ、どきなせえ!」
私の横から3人の男の人が飛び出した。
間髪入れずにラージに抱き寄せられる。アレに巻き込まれるほど鈍くはないつもりなんだけどな。
彼らは胸の前で手を合わせると、フ~と息を吐いた。
で、でも箱車きてるよ!危ないよ!
ゴウンゴウン唸りを上げてきた箱車に向かって、3人が手を出す。
ぶつかる!
思わず身体が硬直したけど、箱車はギギーっと止まった。
お兄さんたちの足から煙出てるけどな。
「これがハメハメハハ〜だぜい。野郎ども頭が高け〜ぜ。地面にこすりつけて有り難がるがいい。お嬢さんケガはないかい? キラン、決まった!」
きゃ〜とか歓声があがってる。
うざいし、わからん。
「アレスもああいうのがいいか?」
「いいや。けっして」
即答すると、ラージがホッと息を吐いた。
同時に3人のお兄さんがこっちをガン見した。コワイ。
しかし、この箱車にもアカーシ達が乗っていなかった。それらしい人が降りて来なかったからね。
「私、1度箱車に乗ってみたいんだよね。1駅いくら?」
反対側の箱車がやってくるまであと5分。ここまで来たら、もう行っちゃおうかなって思ってしまった。
「そのくらい出すよ。案内させてよ」
そう?私、持ち金少ないから言葉に甘えちゃうよ、ラッキー。
反対側に移動すると、周りにいる人たちが男も女もみんな手を繋いでいた。
私もラージと手を繋いだ方が浮かないかな?
ラージを見ると目が合った。同じことを考えているっぽい。
さっと手を繋ぐとラージが飛び上がった。その動きにびっくりするわ。
「どした?」
「い、いや。予想外のことが起きたから」
え、何が起こったの?
「別に何でもないんだ」
ぎゅっと手を握られた。なんだか楽しそうだから、いいか。
箱車に乗り込むと、2人掛けのベンチ席に腰かける。そこでもやっぱり、みんな手を繋いでる。男同士でも繋いでいる。
いや、なんだろう。男女のペアとか、女の子同士とかはかわいいなと思えるけど、男同士だとムサく感じるから不思議だ。
「反対側の箱車はみんな普通だったのに、こっち側はなんでみんな手を繋いでるの?」
ラージに聞くと、はじめて周りの様子に気がついたらしい彼が前方を確認した。
「ああ、あれじゃないかな。ピンクの」
言っている途中で、ピンクのトンネルに入った。
「ああ、ロマンチック」
後ろからうっとりした声が聞こえてくる。
あ、そういうこと?な~んだ。
身体の力を抜いてラージに寄りかかると、ものすごい力で抱き寄せられた。
「って、何馬鹿なこと言ってんのよ。気合入れなさい!」
「あんた初心者ね!」
「ここからが正念場よ!」
またしても後方から罵声が飛び出す。
へっ?
「きゃああああああああ!!!」
箱車が急降下。
身体が浮き上がるのを、ラージの身体でガッチリと抑え込んでもらっている。
うそおおおおっ。
レ、レールから箱車浮いてるけど!
自分で空を蹴り上がった方が何倍も怖くないし、浮遊感が気持ち悪い。
しっかりラージにしがみつくと、ラージの鼻息が荒くなった。重たいよね、負担掛けてごめん。でも、よろしく、う?
と今度は猛スピードで駆け登り始めた。
そりゃあ、下がれば上がるもの。でも身体にかかる圧が半端ないんですけど。
「くうう」
圧プラス2人分の体重をお腹に受けて、さすがのラージも声が出た。
ほんっっとごめんなさい!
平らな道に戻ると、みんな一斉に脱力したのがわかる。
ラージの膝に横抱きにされながら、あの2人はいつもこんなのに乗ってくるんだなと思って、あまりの不憫さに涙が出てきた。
「悪い。先に言っておけばよかったな。3年前に橋の一部が崩落して、1か所だけ平らではなくなったんだ。怖かったか?」
指で涙を払われる。あ、うん。そういう意味の涙ではないんだけど、説明が面倒だからまあいいわ。
「でも、ほらもうこの先は平らで平和だから」
言われて窓の外を見る。
「あ、本当だ。釣りをしてる人がいるんだね」
楽しそうだな~。
「いつか私もやりに来たいな」
って、ん?
あの人のお尻に刺さってない?尖った魚が刺さってるよね。
でも喜んでるね。
口元が「タイリョウ、ウヒヒ」って動いているもんね。
じゃ、いいか。
私、見なかったことにするわ。